41・星空茶会
たどり着いた夜の王立庭園は、闇の中に浮かぶように柔らかな光をまとっていた。
普段は、夕刻で閉ざされる円形の庭園。
夜間に解放されている姿を見るのは初めてだ。
装飾の美しい鉄の柵越しに、淡い光が揺らめいているのが見える。
入口には、受付と思われる男性が一人立っていた。
「星空茶会へようこそ。チケットを拝見しても?」
「あ、はい!」
私はポケットからチケットを二枚取り出し、差し出す。
受付はチケットを確認すると半券をもぎり、軽く会釈をした。
「会場は、この道を進んだ先にございます。暗いので、お足元にはお気をつけて」
受付が示した先には、レンガ敷きの歩道が伸びていた。
道の脇に明かりはあるようだが、確かに薄暗い。
「セレフィア、転ばないようにゆっくり行きましょう」
「はい」
シリウス様に手を引かれ、私は王立庭園の門をくぐる。
「わぁ……綺麗……」
入口からは気が付かなかったが、道の脇にある明かりは星の形を模したランタンだった。
小さな星々がいくつも並んで足元を照らし、歩く先を導いてくれる。
おそらく、星空茶会のために用意された特別な装飾なのだろう。
まるで、星の道を歩いているみたいだ。
(……あれ。そういえば、夜のはずなのに寒くない)
歩きながら、ふと気づく。
庭園の中に入ってからというもの、夜風の冷たさを感じない。
城下町を歩いていた時は感じていたはずなのに。
「シリウス様、ここって外のはずですよね? 大通りを歩いていた時より温かい気がするんですけど……」
「庭園周辺の空間に、防音と防寒の魔術が使われているはずですよ。夜間の催しですから、何の対策もなしでは国から開催許可がおりません」
言われて見上げれば、本来は何も存在しないはずの上空に、透明なドームのようなものが広がっていた。
星空はそのままはっきりと見えるのに、外気だけが遮られている。不思議な感覚だ。
しばらく歩いていると、視界がふっと開けた。
花壇に囲まれた円形の広場の手前に、案内係が一人立っている。
「ようこそ、星空茶会へ。こちらのお席へどうぞ」
案内にしたがって進んだ先では、白いクロスがかけられた丸テーブルがいくつも並んでいた。
テーブルの中央には、星の形をした小さな明かりが置かれ、柔らかい光が揺れている。
周囲では、数人の貴族たちが静かに談笑をしながら茶会を楽しんでいるようだった。
席に着くと、すぐに給仕係が三段スタンドと紅茶を運んできた。
下段にはサンドイッチなどのセイボリー、中央には焼きたてのスコーン、そして上段には星空色のゼリーと星砂のような砂糖がちりばめられた小さなケーキがのっている。
「このお菓子、かわいいですね」
私は上段の皿から、ガラスの器に入れられた紺色のゼリーを手に取った。
星の形にくり抜かれた欠片が浮かんでいて可愛らしい。
「色んなところに星が使われていて、幻想的で……楽しいです」
さすが、『星空茶会』を名乗るだけある、ということか。
お菓子にしろ、星型のランタンにしろ、いたるところに星の形が使われていてロマンチックだ。
それに何より、周囲に植えられた木々に切り取られたような空には、降り注ぐような星が瞬いている。
(さすが招待制の人気なお茶会……)
まさかこんなお茶会を体験できるとは夢にも思わなかった。
シリウス様は優雅な仕草で紅茶を口へと運びながら、私を見つめていた。
「あなたが楽しめているなら良かった。……セレフィア、星はお好きですか?」
「はい。好きですよ?」
「でしたら、食べたあとに場所を移動しませんか。もう少し星が綺麗に見える場所へ行きましょう」
◇◇◇◇◇◇
一通り食事を終えたあと、私はシリウス様と共にそっと席を立った。
シリウス様に手を引かれるまま、庭園の中央から外れていく。
星型ランタンの光は次第に遠ざかり、周囲は静けさを増していった。
やがて辿り着いたのは、小さな小川が流れる一角だった。
浅い川面には星空が映り込み、ゆらゆらと揺れている。
そのそばには、木製のベンチがひっそりと置かれていた。
「周囲の光が強いと星が見えにくいですからね。ここの方が良く見えます」
シリウス様はそう言って、ベンチへ腰を下ろした。
私も隣に座って夜空を見上げる。
「わぁ……本当ですね。綺麗です」
確かにシリウス様の言う通り、茶会の会場よりもこの場所のほうが星の光が強く感じられた。
透明なドーム越しに広がる星々は、まるで手を伸ばせば届きそうなほど近い。
ここが王都にある王宮庭園であることを忘れてしまいそうなほどだ。
(こんなにゆっくり星を眺めたのなんて、久しぶりだわ)
シリウス様も私も、しばらくただ黙って星空を眺めていた。
小川の水音だけが響き、心穏やかな時間が過ぎていく。
そうして――ここに来てようやく私は気づいたのだ。
(……今って、もしかしてプレゼントを渡すチャンスなのでは?)
私はそっと隣の様子をうかがう。
シリウス様は星空へ視線を向けたまま、穏やかな表情をしていた。
その横顔は、星明かりに照らされて美しい。
(こんなロマンチックな夜に二人っきり……。それなのに渡さなかったら絶対後悔するわ……!)
ここまでの絶好の機会は、もう二度と訪れないかもしれない。
私は、ポケットに入れたままの小箱へ服の上からそっと触れた。
心臓の鼓動がやけにうるさくて息苦しい。
落ち着かせるように深く息を吸うと、私は意を決して口を開いた。
「あ、あの……シリウス様」
声をかけると、シリウス様は私の方へ視線をずらした。
アンバーとライトブルーのオッドアイが、真っ直ぐに私へ向けられる。
「どうしました?」
「……実は、お渡ししたいものがあって」
私はポケットの中から、リボンのかかった小箱を取り出した。
手のひらにのせたそれは、星明かりを受けてほのかに光っている。
シリウス様へと差し出した手が緊張で震えた。
「これを、受け取っていただけますか……?」
「私に? 開けてもよろしいですか?」
「はい。あの、使っていただけたら嬉しいです」
シリウス様は私から小箱を受け取る。丁寧にリボンをほどき、蓋をそっと開けた。
「……これは」
金の縁取りがされ、中央でアンバーとライトブルーの混ざりあったカフスボタン。
箱に収められたそれを見た瞬間、シリウス様の動きが止まり、瞳をわずかに見開いた。
「……なぜ、私にこれをプレゼントしてくださったのか、理由をお聞きしても?」
「ええと、それは……」
静かに問われて、私はすぐに言葉が出てこなかった。
なんと伝えればいいのだろう。
(好きだから贈りたかった? 私の気持ちを受け取って欲しかった?)
どちらも事実だし、プレゼントをした本質ではある。
けれど私の口をついて出たのは、もっと単純な想いだった。
「……シリウス様に、どうしても贈りたかったんです。そのカフスボタンの石が、シリウス様の瞳にそっくりだったから……身につけてほしくて」
カフスボタンを見た時、あまりの美しさに一目惚れしてしまった。
まるで、シリウス様の瞳を初めて見たあの日のように。
『綺麗』だと、思ってしまったのだ。
シリウス様の顔がなんだか見られなくて、どんどんと私の視線は落ちていく。
膝まで視線を落としていると、シリウス様が私の名前を呼んだ。
「セレフィア」
「……はい」
そろりと視線を上げると、シリウス様は真剣な表情でカフスボタンを見つめていた。
「あなたは、カフスボタンを贈る意味をわかっていますか?」




