37・差し出されたチケット
「もし良かったら、これを受け取ってくださる?」
「……これは?」
差し出されたチケットには、夜空を模した銀の装飾が施されていた。
星々が瞬くように光を反射し、チケットだけで胸が高鳴るような美しさだ。
「星空茶会ってご存知かしら」
「いいえ、初めて聞きました」
「まぁ、そうでしょうね。限られた貴族しか招待されない特別なものだから」
クラリッサ様はチケットを指先で軽く持ち上げながら続けた。
「簡単に言うと、招待制の夜のお茶会ってところかしら。これはそのチケットよ」
夜のお茶会……。なんだかロマンティックな響きだ。
「それって、かなり貴重なものなんじゃ……。私がもらっていいですか?」
「ええ、かなり貴重よ。本当はわたくしがシリウス様を誘いたいと思っていたんだもの」
(……それは困る)
クラリッサ様の言葉に、反射的に眉をしかめてしまった。
そんな私の反応を見て、クラリッサ様はくすりと笑った。
「……でも、今日あなたと話してたら、諦めがついちゃった。だからいいのよ。受け取って」
そう話すクラリッサ様は、どこかすっきりとした顔つきだった。
憑き物が落ちたかのよう。
「……ありがとうございます」
私がクラリッサ様から、そっとチケットを受け取った時だった。
「……セレフィア?」
突然背後から聞き慣れた低い声がして、咄嗟に振り返る。
「し、シリウス様……!?」
そこには、私たちの方へと早足でやってくるシリウス様の姿があった。
私とクラリッサ様が向かい合っていることを確認してか、シリウス様の表情は険しかった。怪訝そうに眉が寄っている。
「なんですか、レーヴェン公爵令嬢。セレフィアになにか御用ですか」
やってきたシリウス様は、まるで私を庇うかのようにクラリッサとの間に身体を割り込ませた。
その声音は低く、シリウス様が警戒していることが伝わってくる。
「ふ、普通にお話していただけですよ!」
先日の一件のせいでシリウスが誤解しているのは明らかだった。
慌てて私が声をかけると、シリウス様はちらりとこちらへ視線を向けてくる。
「本当ですか? なにか言われてはいませんか?」
まだ納得しきれていないのか、シリウス様は言いながらクラリッサ様へ疑わしげな眼差しで見ている。
「本当です!」
「……そうでしたか。それは失礼しました」
強く言葉を重ねると、納得してくれたらしい。
シリウス様はふうと息を吐き出すと、クラリッサ様へ向き直った。軽く頭をさげて謝罪する。
そんなシリウス様の様子を見て、クラリッサ様はふっとどこか含みのある笑みを漏らしていた。
「あなたも大変ね。こんなに心配されて」
「えっ……!」
からかうような声音で言われて、頬が一気に熱くなる。
「わたくしはただ、先日のお詫びに星空茶会のチケットを渡しただけですわ」
クラリッサ様がそう説明すると、シリウス様の視線が私の手元へ落ちる。
私が箱を持ちながらも握りしめていたチケットに気がついたようだった。
「星空茶会……? また珍しいものを……」
シリウス様が小さく呟くと、クラリッサ様は満足げに微笑んだ。
「良かったら、お二人で楽しんできて。それじゃあね」
クラリッサ様はそう言い残すと、くるりとドレスの裾をひるがえし、優雅な足取りで去っていった。
残されたのは、私とシリウス様の二人だけ。
「……あの、シリウス様」
クラリッサ様の去っていった方を見ていたシリウス様へ、私はそっと声をかけた。
「はい?」
シリウス様が私の方へと向き直る。
真っ直ぐに視線を向けられ、胸がどくんと跳ねた。
「よければ、この星空茶会……い、一緒に行きませんか……?」
言い終えた瞬間、全身がかっと熱を帯びたように熱くなる。
シリウス様から告白された時に想いを伝えそびれたことを後悔している身としては、今回こそはタイミングを逃したくなかった。
私の誘いを聞いたシリウス様は、迷うことなくすぐに頷いた。
「……喜んで。あなたとならばどこへでもお供しましょう」
「あ……、ありがとうございます!」
胸の奥が一気に明るくなる。
心も身体も軽くなるような心地がした。
私の様子を見つめていたシリウス様だったが、ふと、私が持っていたままだった箱へ視線を向けた。
「……それで、あなたはどこへ向かっていたのですか」
「あ! 王城の事務室に魔道具を持っていく途中でした!」
言われてはっと気づく。
そういえば私は仕事の真っ最中だった。
「ああ、メンテナンス済みのものですか。私が持ちましょう」
シリウス様は言うやいなや、私の腕から箱を軽々と取り上げた。
「えっ!? で、でも申し訳ないですよ……!」
「私が勝手にしているのだから、あなたは気にしなくていい。それよりも、チケットを落とさないように持っていなさい」
そう言って歩き出すシリウス様の背中は、どこか機嫌が良さそうだった。
「ま、待ってください、シリウス様……!」
私は慌ててシリウス様の後を追いかけた。




