21・私が選ぶのは今
「セレフィア、その左手……」
「……っ!」
アリスの視線は、すっかり私の左手薬指に釘付けになっていた。
「ちょ、ちょっと待って!? 何その指輪! セレフィア、今まで指輪なんてつけてたことなかったじゃん!? どういうこと!? もしかしなくてもシリウス様からだよね!? いつ!? どこで!?」
「アリス、落ち着いて……!」
「落ち着けるわけないでしょ〜〜!?」
さっきまでの悲しみはどこへやら。
アリスは興奮冷めやらぬ様子で私の方へ身を乗り出した。
私の手を握りしめ、シリウス様からもらった指輪を食い入るように凝視している。
「うわ〜、綺麗〜……。これ、絶対婚約指輪でしょ〜!?」
「……ええ」
「いいなぁ、セレフィアは幸せそうで〜! アリスも早く続きた〜い!」
(幸せ……)
アリスの言葉に、先ほどのアルフレッドの手紙の内容がどうしても思い出された。
「……アリス」
「なに?」
「私って、幸せそう?」
私の曖昧な問いかけに、アリスはぱちりと瞳を瞬かせる。
それから、大きく頷いた。
「うん! なんかね、前までのセレフィアより、今のセレフィアの方が明るい気がする!」
「そう、ならいいわ。ありがとう」
アリスに尋ねてみて、心がスッキリしたような気がした。
(うん。私はやっぱり幸せだわ)
バクスターの家にいる時よりも、シリウス様と一緒にいる方がよほど。
アリスと話しているうちに、アルフレッドからの手紙を読んだあとの胸のざわめきはいつの間にか薄れていた。
指輪をそっと撫でると、より一層心が落ち着くような気がする。
――その時だった。
「セレフィア」
落ち着いた低い声が、事務室の入口の方から響いた。
「し、シリウス様……っ!?」
アリスが肩をはね上げて振り返る。
扉の前に立つシリウス様はいつもと変わらぬ静かな表情で、真っ直ぐに私を見つめていた。
「少しこちらへ。話があります」
「はい、なんでしょう」
小さく手招きをされ、私は小走りでシリウス様の元へと向かう。
「どうされました?」
魔術師長がわざわざ事務室にくるなんて、珍しい。
周囲の同僚たちも、そっと様子をうかがうようにこちらへ視線を向けているのがわかった。
「明日、アステリエと友好関係にある国のいくつかから、交流会と称して我が国の魔術施設や技術の見学に参ります」
(そういえば、そんなお触れが出ていたような……)
各国の要人が、魔術省内を見学して回るが、事務は気にせず仕事を続けろという話だった。
「夕方から王城でレセプションが行われる予定で、私も出席を義務付けられています。ですが、陛下が前日の今になって、私の『婚約者の顔がみたい』と駄々をこねはじめました」
「……はぁ」
国王陛下関連でシリウス様に驚かされるのは、契約を持ちかけられたときと、結婚式の日取りと、今回とで三回目だ。
もはや気の抜けた返事しかできない。
「突っぱねようと思ったのですが、連れてこなければ魔術省に押しかけて強引にあなたを攫う、とも脅されました」
「……左様ですか」
相変わらず自由すぎる国王陛下だ。
シリウス様がわざわざ事務室まで来た理由に、ようやく見当がついた。
「あなたに契約を持ちかけた時、私は『社交は気が向いた時でいい』と言いました。私は、あなたの意志を尊重します」
「どういうことですか?」
てっきり「同行するように」と言われると思っていた。
私が問い返すと、シリウス様は言葉を付け足した。
「私とともに社交の場へ行くということは、婚約者として表に立たねばなりません。もし同行に気が乗らなければ、そう言ってくれて構わないということです。私が魔術を駆使して、陛下の手からあなたを守ります」
シリウス様の口調には、冗談めいたものは感じられなかった。
私が「行きたくない」と言えば、本気で陛下の命令に歯向かうつもりなのだろう。
恐ろしい魔術師長だ……。
「どうなさいますか」
行かない、というのは簡単だ。
けれどそれは、シリウス様の立場を悪くすることに繋がるだろう。
(それにこれって、今の私が出来るお返しなんじゃない?)
私はたくさん、シリウス様から優しくしてもらっている。
ヴェルナー屋敷での居場所に、通勤手段に、服や指輪。
そして、私を気遣ってくれる気持ちが何よりも嬉しい。
どれもこれも、バクスターでは得られなかったものだ。
少しでも、シリウス様の役に立ちたい。
「……お供したいです。私は、シリウス様の婚約者ですから」
私が告げると、シリウス様の表情が和らいだような気がした。




