20・不穏な手紙
シリウス様との外出を無事に終えた休み明け。
毎朝シリウス様と通勤するのにも、さすがに慣れてきた。
朝日が眩しい魔術省の入口前で、私とシリウス様はヴェルナー家の馬車が帰って行くのを見送っていた。
「それではセレフィア、今日もお互い頑張りましょう。ではまた」
「はい。また」
シリウス様と別れるのは、いつも魔術省内へ入ってすぐのところだ。
シリウス様が魔術師長室へ向かっていく背中を見送って、私も事務室へ向かう。
(今日も、頑張ろう)
廊下を歩きながら、私はそっとシリウス様からもらった指輪を反対の手でなぞった。
私たちの関係は契約で始まったもの。
それでもシリウス様の存在は、私の中で確実に大きくなってきているのを実感していた。
◇◇◇◇◇◇
事務の仕事は業務内容が幅広い。
魔術師たちから届けられた研究書類や報告書、省内の部屋の使用申請届の受理などなど。
今日も同僚たちと手分けして、仕事を処理していく。
(あとこの書類を片付けたら、ひとまず休憩しようかしら)
そんなことを考えながら、私がペンを走らせていたその時だった。
同僚の一人が小走りで近づいてきた。
「セレフィアさん、手紙が届いていますよ」
「ええ? 私に?」
ヴェルナーの屋敷ならともかく、魔術省にわざわざ私宛の手紙が届くなんて、珍しいこともあるものだ。
「差出人は……えっと、アルフレッド・バクスター? ご家族ですか?」
封筒の宛名を読み上げてくれた同僚の声に、どくりと心臓がはねた。
(お義兄様から、手紙……?)
「え……ええ。ありがとう」
手紙を受け取って、差出人欄を自分の目でも確認する。
そこにはやはり、アルフレッド・バクスターと記されていた。
(……どうして、今?)
胸がざわつくのを感じながらも、私は手紙の封を切った。
『セレフィアへ
元気にしているか?
俺は、お前が魔術師長と共に家を出たあの日からずっと、後悔をしている。
家の中は、お前がいなくなってから大変なんだ。
また一人、領民がうちの領地から出ていった。
父さんや母さんも、お前が居なくなってから機嫌がまた悪くなってしまった。
家の中もぐちゃぐちゃだ。
お前が戻ってきてくれさえすれば、きっと全部うまくいくのに。
あの日俺は、お前が幸せになると信じて手を離した。
……だが、お前は今、本当に幸せなのか?
あの男に何か、弱みを握られているんじゃないのか?
お前は昔から人に流されやすいところがあるから、心配で仕方がない。
お前はもっと大事にされるべきなんだ。
俺はずっと、今も、そう思っている。
また話がしたい。
返事をくれると嬉しい。
アルフレッド』
(なにこれ……)
手紙の文字を追う度に、なぜだか焦燥感が募っていく。
義兄は、優しい人のはずだ。
手紙の内容も、私のことを心配している風につづられている。
けれど同時に、責められているような気分だった。
(まるで、私が出ていったことが悪いことみたい)
領民がまた一人出ていったことも、義両親の様子も、家の中も。
お前が、お前が、お前が。
すべて私の責任のようにのしかかる。
(私がバクスター家に戻れば、全部が上手くいく……?)
そんな都合のいいことがあるわけがない。
私がいたときでさえ、家も領地も荒れていたというのに。
知らず知らずのうちに、私の指先が震えていた。
こんな手紙、他の誰にも見せられないし、見られたくない。
私が溜息をつきながら手紙を折りたたんでいると――。
「セレフィア、休憩入った〜!? ねぇ聞いてよ〜!!」
勢いよく扉が開き、アリスが涙声で駆け寄ってきた。
「……っ!」
私は反射的に手紙を机の下へと滑り込ませる。
「? どしたの、セレフィア。なんか顔怖いよ? 仕事でなんかあった?」
「い、いいえ、なんでもないわ」
笑顔を作りながら言葉を返すと、アリスは一応納得してくれたようだった。
「それで、どうしたの?」
いつもは明るいアリスなのに、涙目だなんて珍しい。
アリスは私の隣にどさりと腰を下ろすと、机に突っ伏した。
「それがさぁ〜! ここ最近、アリスちょ〜っと気になる人がいたの! 城下町にある魔道書店の店員さん! 優しくて、話も上手でイケメンなの!」
「素敵な人ね。それで、どうなったの?」
「それでこの週末、『恋人はいますか』って聞いてみたの! そしたら、幼い頃から結婚を約束した子がいるってさ〜! 当然だよね〜! 素敵な人はとっくに他の女の子に捕まえられてるの!」
「そ、そうだったのね……」
(かわいそうに……)
「アリスの恋は、始まる前に終わったってわけ! アリスの運命の人は一体どこにいるの〜!」
アリスは机に伏せたまま、ぐすぐすとすすり泣いている。
小さなその背中には、悲壮感が漂っていた。
放っておけなくて、私はアリスの背をそっと撫でた。
「大丈夫よ。アリスは魅力的だから、すぐにいい人が見つかるわ」
「セレフィアぁ……優しい〜……!」
アリスが鼻をすすりながら顔を上げ、私の両手を握りしめてきたその時だった。
「……あれ?」
アリスの瞳が、何かを見つけたようにきらりと光った。




