22・レセプションの始まり
翌日の夕方。
私は一日の仕事を終え、机の上を片付けていた。
今日は各国の要人が護衛を引き連れて魔術省内へやってきており、朝からずっと落ち着かなかった。
直接関係のない事務でさえいつもよりも忙しかったのだから、ほかの部署はもっとばたばたしていたに違いない。
(シリウス様も……今日は案内で忙しかったはず)
仕事中、要人を案内しているシリウス様をちらりと見かけたが、いつもよりも厳しい表情をしていた。
そして仕事を終えた私は今、シリウス様が来るのを事務室内で待っていた。
(これから支度をして、王城へ向かうのよね……。ああ、緊張する……!)
準備でさえこれからだというのに、私の心臓は緊張ですでにばくばくだ。
昨日、屋敷に帰ったあと、「あなたも明日は仕事があるでしょうし、ドレスは魔術省で着替えましょう。着替えはマーサに手伝わせますので、あなたは事務室で待っていてください」とシリウス様から言われたのだ。
けれど、定時をすぎてもシリウス様はなかなか現れない。恐らく案内などで忙しいのだろう。
気づけば同僚たちは一人また一人と帰っていき、事務室内は私一人だけとなっていた。
(なにかすることはないかしら。気を紛らわせたい……)
私が緊張をほぐそうと席を立ち上がりかけたその時だ。
ノックの音が響き、扉が静かに開かれた。
「すみません、遅くなりました」
姿を現したのはシリウス様だ。
いつもの格式張った外套から、正装用の黒いテールコートがのぞいている。
「シリウス様……! いいえ、お疲れ様です」
私は席から立ち上がると、シリウス様のもとへと歩み寄った。
昼間は要人を案内していたはずなのに、シリウス様の表情には疲れの色がほとんど見られない。
「あなたも。仕事は片付きましたか?」
「はい。片付けも終わったところです」
「それはよろしい。では移動しましょうか。着替えのために部屋を借りてあります」
シリウス様の後について、私も事務室を出る。
案内されたのは、事務室から少し離れたところにある会議室だった。
折りたたみ式の机や椅子が部屋の隅に寄せられている。
そんな会議室内の中央には、見慣れたマーサが立っていた。
「旦那様、奥様! お待ちしておりました!」
私たちがやってきたのを見て、マーサが朗らかな笑顔を浮かべた。
マーサの姿に、私の緊張が和らいでいく。
「マーサ、彼女の着替えを頼みます。私は外で待っていますので」
「はい! お任せ下さいな!」
◇◇◇◇◇◇
薄紫のイブニングドレスへ着替え終えた私は、魔術省から王城へと続く渡り廊下をシリウス様と共に歩いていた。
慣れない豪華な服装と、これから向かう場所にどうしても心は落ち着かない。
「セレフィア」
渡り廊下の終わりに差し掛かったとき、不意にシリウス様が足を止め私の名前を呼んだ。
「ここから先が、王城です。ここを抜ければ、あなたとゆっくり話すことが出来ないので、先に伝えておきます」
そう言って私の方へ振り返ったシリウス様の瞳には、私を気遣う色が浮かんでいた。
「私は、あなたがこのような場に慣れていないことを知っています。だから、無理はしなくていい」
淡々と告げられた私への言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような心地がした。
「あなたはただ、私の隣で堂々としていてください」
シリウス様は、きっと気づいているのだろう。
慣れない場所へ行く私が、緊張していることを。
「頑張ります」
私は手の震えを誤魔化すように握りしめ、どうにか笑顔を作った。
渡り廊下を抜け真っ直ぐに歩いていくと、やがて大広間へと続く重厚な扉が見えてきた。
扉の両脇には、見張りの兵士が数人控えている。
兵士たちはシリウス様の姿を見るなり、恭しく頭を下げた。
「魔術師長閣下! ようこそお越しくださいました! 皆様お揃いであります」
「わかりました。ご苦労」
(閣下……)
その呼ばれ方に、私は思わず瞬きを繰り返した。
閣下と呼ばれるシリウス様を見るのは初めてだ。
(この人、本当に偉い人なんだな……)
いつも隣にいるようになってしまったせいで忘れがちになるけれど、シリウス様は本来、私が関われるような身分の人ではない。
魔術の国家アステリエで魔術師たちを束ねる、魔術師長様なのだから。
(その隣に立つんだから、気を引き締めないと……!)
兵士との会話を終えたシリウス様は、私の方へ視線を向けた。
「セレフィア、入りますよ。私の腕につかまってください」
「は、はい」
言われた通りに、シリウス様の腕へ手をかける。
服越しに伝わるシリウス様の感触に、少しだけほっとする。
その直後、兵士たちによって大広間への扉が開かれた。
途端、眩い光と人々のざわめき、楽団の奏でる音が一気に押し寄せてくる。
(……すごい)
広間のあちこちでは、各国の要人や招待された貴族たちが思い思いに談笑していた。
煌びやかなシャンデリアのもと、人々の華やかな衣装が揺れていて、まるで別世界に来たみたいだ。
シリウス様に導かれるように大広間の中へと進みながら、私は初めて見る光景に圧倒されてしまっていた。
「この辺にいましょうか」
「はい」
シリウス様の声に、私はぎこちないながらも頷きを返す。
ほどなくして楽団の音がふっと止み、会場が静まり返った。
視線が一斉に壇上へと向けられる。
私もそれを追うように、壇上へと視線を向けた。
「国王陛下がお見えです!」
広間全体へそんな声が響き渡った直後、壇上の奥から国王陛下が姿を現した。




