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群青色の水槽Ⅳ

 前を向けばすぐに喧騒が帰ってくる。

 明るい室内と、たくさんのぬいぐるみやお菓子。そしてそれらを楽しそうに選ぶ人たち。

 いつのまにか最後のお土産コーナーに来ていた。


「何か買うんだっけ?」

「うん。せっかくだからたつたちにも何か買って帰ろう」

「おかかたちにいる?」


 いるいる。一日中お留守番してもらってるんだもん。

 何がいいかなと歩いていると、ふと目に留まるものがあった。

 あのパイプ水槽を模したような、クラゲが漂うインテリア。

 ほんのり蒼く照らされて、水面みたいに光を反射させているそれを手に取る。


「…………」


 あれは夢だったのか、現実なのか。

 本当だったらいいなと思うけれど、それを証明するものは何も残っていない。


「莉音、決まった?」


 横から良乃(いの)の声がして現実に引き戻される。

 相変わらず良乃は何も買わないつもりなのか、両手をポケットに仕舞い込んで立っていた。


「もうちょっと待って。おかかたちのお土産決まってないの」

「別にいらないって」


 カラカラ笑う良乃から視線を外すと、一つのおもちゃと目があった。

 紐を引っ張ると震えるメンダコのおもちゃらしい。

 試しに引っ張ってみると、想像以上に手の中で暴れて思わず声が出る。

 でも、こんなに動くなら双子は興味を持ってくれるかも。


「それ買うの?」

「うん。いいおもちゃかなって」

「たつがすぐ壊しそう」


 その時はその時だ。形あるものはいずれ壊れるって誰かも言っていたし。

 それからチョコクランチともう一つぬいぐるみを買ってレジを通る。

 一足先に出口にいた良乃が、珍しく少しだけ眉を顰めた。


「それ何?」

「何って……チンアナゴのぬいぐるみだけど?」

「大きすぎない?」

「だって抱き枕サイズだし……」


 私が抱きしめてちょうどいいサイズを袋から取り出して良乃に押し付ける。

 いるともいらないとも言わずに、良乃はされるがままにそれを受け取った。


「付き合ってくれたお礼」

「まあまあいらないかも」

「抱き枕にちょうど良いよ」


 良乃のベッド、本当に何も無いし。

 外に出るとすっかり夜の帳が下りていた。

 淡いグラデーションに覆われた帰り道を良乃と並んで歩く。

 この後しっかり良乃がお寿司屋さんに吸い込まれて、魚を見たその日のうちに食する羽目になった。美味しかったからいいんだけれど。

 良乃にチョコクランチとチンアナゴ、それからメンダコも押し付けて一人の帰り道を歩いていく。


「ただいま」


 水族館のように暗い家の中に明かりをともしていく。

 冷蔵庫の静かな稼働音だけが私を迎え、家に帰ってきたなと実感する。

 そのまま自室に戻り、ワンピースのままベッドに倒れ込んだ。


「……楽しかったな」


 まさかこうやって良乃と出かける日が来るなんて思ってもいなかったけれど。

 しばらく天井を眺めながら、今日見たものを順番に思い出していく。

 久しぶりに訪れた水族館は、おぼろげな記憶よりうんと蒼くて、透明で、暗いけれどそれが心地よささえあった。

 また行きたいな。今度は美咲を誘っていこう。

 そういえば、とお土産屋さんでもらった袋から買ったものを取り出す。

 ケーブルをつないでスイッチをいれると、ふわりと中のクラゲが浮かび上がった。

 部屋の中に小さな水族館ができたみたいで、ぼんやりとそれを眺める。


「死んだら水に溶ける……」


 水族館で聞いた良乃の話が脳裏をよぎる。

 じゃあ、私が死んだらどうなるんだろう。その時私は、あるべき物語を完走できているのかな。

 それに、柘榴お兄ちゃんは――。


「……?」


 ふと、背後に気配を感じて振り返る。

 当然そこには何もなく、お気に入りのカーテンはじっと夜を閉ざしていた。

 足音なんてものがあるはずも無く、代わりに秒針の規則正しい音だけがこだまする。


「気のせい、かな」


 今日はいっぱい歩いて疲れているんだろう。

 自分にそう言い聞かせて、お風呂の支度をするために部屋を出る。

 ドアを閉じた向こう。私の知らないところで蒼い光が少しだけ揺らめいた。

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