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灰色の帰り道Ⅲ

 お互い連絡先を交換して、次の雨の日に約束を取り付けた。

 エアコンで冷えた身体にはちょうどいい気温の中、傘がいらなくなった帰り道を良乃(いの)と歩く。


「よく黙っていられたね」


 少し先を歩く良乃の背中に声をかけると、何が? と言った横顔が街頭に照らされる。


「たろすけのこと。良乃だって見たでしょ」


 あの影を。たろすけと何も似ていないあの姿を見た良乃なら、あれが偽物であると理解しているはずだ。


「サンドイッチ食べてたから」

「本当信じられないんだけれど」


 まさか話聞いてなかった? 噓でしょ?


「興味ないんだね、本当に」

「【怪異】で説明がつくしね。強いて言えばなんでゴミ捨て場なんだろうくらい」


 なんだ、それくらいなら推測は簡単なのに。良乃はこういうところが本当に疎いというかなんというか。そんなんだから見えないんだよ。


「ゴミって人の手が加わるでしょ?」

「まぁ捨てるのは人間だしね」

「それに、ゴミって不用品だけじゃないんだよ。まぁ、あぁいうところは溜まりやすくはあるんだけれど」


 捨てたくないけれど今の生活には不要になってしまったもの。

 見えないところに追いやりたくて、ごみ袋に詰め込んだもの。

 それらには必ず思い出と感情がついて回る。


「だから【怪異】が居憑きやすいんだよね」


 けれど良乃はあまり興味を惹かれていないらしく、こちらを見ることもなく相槌を打つだけだった。


「ゴミはゴミだけれどね」

「良乃にとってはそうだろうけれど」


 こちらもあまり良乃(いの)の反応には期待していないし、良乃がこの手の話に食いついてくると思っていない。

 せいぜい本人が納得できる理由の保管にでもなればいいくらいの気持ちだ。


「というわけで次雨降ったらよろしくね。ちゃんと準備しておいて」

「え、めんどくさい」

「私とアミさんがいなくなったらどうするの?」

「莉音はやられないでしょ」


 それはそうなんだけれど、そうじゃなくて。

 あの場所にアミさんを連れていく以上、彼女のそばで守る人間が必要だ。

 【怪異】だけなら私一人で対処できるけれど、その後に待っていることを考えると良乃に相手してもらう方がよっぽどいい。


「それに、おれにメリット無いし」


 いつもの薄い笑顔で突き付けられる。

 良乃のいうことは何も間違っていない。

 これは私のわがままで、私の利でしかない。


「えっと……手伝ってくれたらごはん作るよ」

「それいつもやってくれてるじゃん」


 それを言われると弱い。これだって半分やりたくてやっているだけだし。

 何か良乃(いの)に提示できるメリットはないかと思案していると、そこでようやく根本的な問題に気付いた。


「じゃあ良乃にとって面白いものってなんなの?」


 本は文字を追っていたら時間つぶしになるからと言っていた。勉強だって軽く教科書を眺めているだけかと思ったら簡単に点数を取ってしまう。おかかたちは成り行きで拾っただけと言っていたし、なら良乃の好きなものって何なのだろう。


「ん~? 言ってるでしょ。好奇心が満たせるもの」

「それがわからないから聞いているんだけれど」


 【怪異】そのものには多分そこまで興味が無い。

 良乃にとって興味の矛先はあくまで、噂話が人間の手によるものなのか、【怪異】によるものなのか。

 それを知ることが面白いのであって、答えがわかってしまえばそこで興味を失ってしまう。

 良乃が一番面白そうな顔をしていた時は一体いつだった?

 必死に記憶を手繰り寄せて、一番最後に残った光景を思い出す。

 あの時の良乃は確かに、欲しかった玩具を見つけた子どものような顔をしていた。


「見せてあげるよ、幸福の魔女」


 九割のハッタリと、一割の本気で良乃を見やる。

 そこでようやく良乃の目が私を映した。


「へぇ、あれは幸福の魔女じゃなかったのに?」

「幸福の魔女じゃなくても、別の姿を与えることはできるよ」


 できると言い切ってみせたけれど、確証なんてない。

 けれど、無い物をあるように見せる魔法の使い方は、うんと昔に教えてくれた人がいる。

 目に見えないものが果たしてどこまで良乃に通用するかなんて今でもわからないけれど、今の私が良乃に提示できる精一杯はこれだった。

 数秒の沈黙。

 先に空気を震わせたのは意外にも良乃だった。


「いいよ、そこまで言うなら付き合ってあげる」

「え?」


 自分で言っておきながら、こんなにもあっさり了承されるとは思っていなかったのでつい間抜けな声が漏れてしまった。

 そんな私を見て良乃が笑う。


「先に言ったのは莉音でしょ。でも最初に言った通り、飽きたら帰るからね」


 それだけ言うと、良乃はさっさと歩きだしてしまった。

 良乃の言葉の意味を脳がようやく理解したとき、そこでやっと置いて行かれたことにも気づいて慌てて追いかける。


「置いてかないでよ!」

「莉音が止まっているだけでしょ」


 暗闇に溶けてしまいそうな良乃の背中を捕まえる。

 簾良乃という人間を、私は果たしていつまで利用できるのだろうか。

 私は良乃に何か返せているのだろうか。

 考えても仕方のないことを考え続ける脳に無理やりストップをかけて、人通りの少ない夜道を進んでいった。

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