薄青の魔女ごっこⅢ
翌日大学に行くと、どことなくあちこちで話し声が目立っていた。
大体の話は関係のない雑談ではあったけれど、その中にぽつぽつと幸福の妖精という言葉が混じっていた。
「〇〇ちゃんが幸福の妖精から手紙貰ったんだって」
「片思いしてた人の連絡先もらったんでしょ? いいなぁ、私もお願いしてみようかな」
あぁ、昨日喜多見莉音が置いていた手紙の内容か。
連絡先なんてどうやって手に入れているんだろうか。
試しに昨日喜多見莉音が手紙を置いていた201号室の教室に行ってみると、いくつか生徒の塊ができていた。
生徒たちの中心には例の手紙があり、特に女子生徒は興奮した様子だった。
そしてその中には、当然のように首謀者――喜多見莉音の姿もある。
彼女はそしらぬ顔で他の生徒たちと話しているあたり、やっぱり自分がやったと言いふらすつもりはないのだろう。
やっぱりわからないな、とその場を離れようとしたとき、莉音と目があった。
おれを見た莉音は薄く笑うと、こちらに近づいてきた。
「そういえば昨日、幸福の魔女を見たんですよね?」
その言葉に、注目がおれと莉音に集まる。面倒なことをしてくれたなぁ。
「なんでそう思うの?」
「だって言っていたじゃないですか」
ね? と視線が訴えてくる。さてはおれのことも噂に利用しようとしているな。
「え!? 見たの? どんなのだった?」
「ていうか妖精じゃなくて魔女?」
周りの生徒の反応に莉音が頷く。
「そうだよ。センパイがそう言っていたんだ」
おれ、莉音に学年明かしてたっけ? 内心首を傾げつつ、さてなんて言おうかと思案する。
ここで喜多見莉音がやっていたというのは簡単だ。けれど、今ここでそれを呈示したところで信じる人間がどれだけいるのかという話だ。
あと普通に莉音からの視線というか圧がすごい。
「んー、どうだろうね。よくわかんないや」
適当にはぐらかして人込みから抜け出す。
幸福の魔女の話に関しては概ね想定通りだ。昼間の喜多見莉音の様子もある程度見ることはできた。
そのうえで、やっぱり莉音の目的は幸福の魔女としてふるまうことより、幸福の魔女の噂そのものを広めたいように見える。
人助けではなく、噂に意味がある。
喜多見莉音ではなく、幸福の魔女に意味がある。
じゃあその意味を考えようとしたとき、そういえばと思い至る。
「幸福の魔女ってなんなんだろ」
噂が形作るのは、ふんわりと願いを叶えてくれる存在。
実態は喜多見莉音が演出しているもの。
あれが喜多見莉音の生み出した噂話なのであれば、何故願いを叶えてくれる存在を生み出したのか。
自分の願いを叶えてほしい、という理由ではおそらくない。それなら他人を助ける理由がどこにもないから。
授業を眺めながら考えるけれど、おそらくおれにはまだ判断材料が足りない。
どこか別角度で情報を集められるといいんだけれど。
そこでふと、未読のままにしていたメッセージを思い出した。
『今日は食堂で待ってるね』
授業前に白乃から来ていた昼食の場所の連絡。
そういえば白乃も幸福の妖精の話をしていたっけ。夜まで時間があるし、白乃にも聞いてみてもいいかもしれない。
今日の待ち合わせ場所を確認しつつ、次の授業へと向かう。
移動中の廊下でも、そこはかとなく幸福の魔女の名前を耳にする気がする。
異常だな。
一つのグループの中で同じ話題が共有されることは珍しいことではない。
けれど、大学という比較的大きな規模で見てなお、架空の存在について誰かしらが口にしている状況は異常だ。
「あ。良乃君」
教室に入ると、先に来ていた生徒がおれを見ると近寄ってきた。
「これ、良乃君宛てみたいなんだけれど……もしかして噂の?」
そういって差し出されたのは青い封筒だった。
女子の書くような丸文字で、簾良乃様と書かれている。
「どうだろ」
手紙を受け取ってシールの封を開ける。
「良乃君も幸福の魔女にお願いしたの?」
「まさか」
中に入っていた手紙には簡潔な文章が並んでいた。
『幸福の魔女のことを知りたかったら、昨日と同じ時間、同じ場所で待っています』
あぁ、やっぱり。
幸福の魔女ではなく喜多見莉音からの手紙だった。
それでもなお、幸福の魔女を演出している辺り、使えるものは何でも使おうとしているんだろうな。
「なんて書いてあったの?」
彼女は興味津々な様子だったけれど、別に面白いものでも無いしなぁ。
「んー? なんかお誘い」
「お誘い?」
彼女が首を傾げた時、教授が教室に入ってきて着席を促す。
もらった手紙をカバンにしまい込んで自分の席に着いた。
それにしても。
おれの時間割まで把握しているけれど、席までは把握していない。
どうやって情報を得ているのかはわからないけれど、おれの学年、時間割を把握している辺り、喜多見莉音という人間は相当情報収集にたけているとみていいだろう。
「あぁ……」
そうやって願いを叶えてきたのか? あらゆる情報を元に、その人の願いを、それを叶える方法を手に入れているのだとしたら。
よっぽどの変人か、或いはそこまでして幸福の魔女の仕業にしたい狂人か。
「どっちも同じか」
とはいえ本人が教えてくれるなら話は早い。
どうやって、はある程度目星がついている。ただ、その動機は推測の余地が無い。
であれば本人から聞き出してしまっていいだろう。喜多見莉音の方から開示してくれるというのであれば、これほど手っ取り早いことはない。
適当に授業を聞き流し、昼休みに食堂に向かう。
多くの生徒が集まる中、一足先に席を確保していた白乃を見つけた。
「あ、良乃こっちこっち」
日替わり定食とともに、手を振る白乃の席に座る。
「良乃は今日も日替わり定食なんだ」
「これ選んでおけば勝手にメニューが変わるからね」
そういう白乃はオムライスセットを頼んだらしい。
「そういえば神学部って幸福の魔女の噂流行ってるんだっけ」
「魔女? 妖精なら流行ってるけれど」
そういえば妖精が主流だったっけ。おれとしてはどっちも似たようなもの――同一だけれど。
「珍しいね、良乃が噂を気にするの」
「まぁ興味があったからね」
「幸福の妖精……魔女?」
「らしいよ」
噂の根源が魔女と言っていたのでそちらが正しいのだろう。
おおかた、噂が広まる過程で妖精にズレていったと言った具合かな。
「で、神学部の方はどう?」
「無くしものだよね。学校のどこかで無くした自転車の鍵が今朝自転車に刺さっていたんだって」
「それ、ただの勘違いじゃなくて?」
「うぅん。一回見た時は確かになかったんだって」
人の記憶ってそんな信用できるかな。
「あ、あと、昨日の夜公園で幸福の魔女みたいな人を見たって言ってる子もいたよ」
夜であれば喜多見莉音の帰宅中の姿を誤認した可能性もある。
あの様子なら、彼女は姿を見られたところで幸福の魔女として振る舞うだろうし。
「それ何時位の話?」
「あ、そこまでは聞いて無いや。ちょっと待ってね」
白乃が食べる手を止めてスマホに持ち変える。
そこまでして知りたいわけじゃ無いんだけれど、と言いかけてどうやらもう返事があったようだ。
「19時前くらいだって。駅前の公園の辺りらしいよ」
それはおかしい。
おれと喜多見莉音が会話をしたのは十九時前。
そうで無くてもその駅と大学までは急いでも十分ほど距離がある。
おそらく時間を間違えたか、もっと別の誰か。噂を気にしてそう言う風に見えた赤の他人の可能性もある。
「良乃、楽しそうだね」
「そう?」
白乃にうん、と笑顔で言われた。そんなに顔に出てたかな。
「自分ではそんなつもりないけれど」
「でも、興味が無かったらこんなに調べて無いよ?」
「それはまぁ」
こんな規模の大きな噂を広めようとする変人に興味を持たない方が難しいと思うけれど。
「まだ幸福の魔女探すの?」
幸福の魔女探しは終わっている。だからあとは――。
「どっちかっていうと答え合わせ?」
食べ終えたトレーを持って立ち上がる。
夜までどこで時間を潰そうか考えながら午後の授業に向かった。




