第二話 ウチが来たわけ
ウチは、心地好いそよ風に吹かれ目を覚ました。
う〜んと伸びをして身体を起こす。
「やば!!ウチ人に起こされずに起きたの初めて!!」
「…華恋。君は随分よく眠るな。何度起こして起きなかった。」
「え!?うそ!!起こされてないよ!!てか居たんだ!?」
「何度も声を掛けた。」
「いやぁ。。声掛けるだけなんて、起こす内に入らないって!!」
男の人は着物を数枚用意してくれていた。
「その装いでは目立つ。着替えなさい。」
「えぇー。ウチ着物1人で着れないよぉ?」
「…人を呼んでくる。」
「あ~いいよいいよ〜!!頑張ってみる!!」
縁側に座って、ウチが着替え終えるのを待ってくれている。
てか。待たれてたらもっと焦って着れないんだけど……。
「ねぇ。帯だけ結んで貰えたりする??」
ため息をつきながら立ち上がり、帯を結び始める。
「っぐえぇ。。締めすぎじゃない!?」
「私は、腹の虫が鳴って仕方がないんだ。早く終わらせたい。」
「いや。心の声出し過ぎ!!もっと優しく!!花を触るように締めて!!」
「我儘を言うな。それに私も女の帯など結べない。」
「じゃぁなんで結び始めてんの!!先言ってよ!!」
「見ていたら、私も結べるかと思った。」
「見たぐらいじゃ結べないから!!自分の事過信しすぎ!!」
…無事。膳夫のおばちゃんに来てもらって、ちゃんと帯結んで貰えたよ。
おばちゃんに用意してもらった朝食を男の人と向き合って食べる。
この時代って、結構遅い時間に朝ごはん食べるんだな〜。なんて思いながら、昨晩見た枝垂桜を見る。
「あれ?昨日は真っ白だったのに。」
膳夫のおばちゃんは、ふふふ。と笑いながらウチの髪を結ってくれる。
「初めて見たら不思議ですよね。私もこの家に来てすぐの頃は、肝を冷やしたものです。」
「あの枝垂桜は、月下では白く輝き、日下では鮮やかな桃色に輝く。何故そうなるかはわからないけれど。私が生まれるずっと前から変わらないそうだよ。」
「へぇ〜!!不思議〜!!ウチどっちも好きだなぁ。白は綺麗だしぃ、ピンクは可愛い!一石二鳥ってやつだ!!」
膳夫のおばちゃんは、「そうですね」と笑いながら食器を下げ始めた。
「私も今日は家を空けるよ。あまり一人で歩き回らないように。」
「えぇ〜!どこ行くの〜?」
「仕事だよ。」
「お仕事!?どんなどんな!?」
「…陰陽師。」
「え!?マジ!!てか昨日も狩衣?って言うんだっけ!よく絵とかで見る服だなぁって思ったんだよね!!」
「そうか。」
「てか!ウチの大伯父ちゃんもお祓い屋みたいなのしてるよ!!陰陽師とは少し違うのかな?」
陰陽師がお仕事で、屋敷を出るのを見送った後。
ウチは部屋に戻って、イヤホンを付けスマホで音楽をかける。
「電波無くても音楽聴けるし、写真撮れるし、スマホ神すぎ〜。」
ウチは現代から持って来た荷物をバサァーっと広げ、一つ一つ並べていく。
「パパが荷物用意してくれたんだよねぇ〜。えぇ〜と。スマホっしょ〜、チェキに一眼レフカメラ、モババ~、手回しもできる太陽光パネル付いてるやつ〜、おきにのペン〜、あ。日記帳。パパに日記書くように言われてたんだった!!あとはぁ、カン…パン??なんで?まぁ良いや!!日記書こ〜っと!!」
ウチは敷布団に転がって、ボールペンを握って日記帳を開いた。
「ちょー楽しい☆っと。よし!!」
日記帳を閉じて、ゴロンと転がり仰向けに天井を見上げる。日が落ちて、部屋は深い影に呑まれていく。
ぼーっと庭の池を眺めていると、人影が近付いてくる。
バッと起き上がり、縁側に出る。
「おかえり!!」
「……た、ただいま帰り――」
「ねぇねぇねぇねぇ!!どんなお仕事してきたの!?妖怪居た!!?」
陰陽師は眉をひそめる。
「てか見て見て!!めっちゃ写真撮った!!上手くない!?」
「……写真?」
「うん!!え〜っと。写絵みたいな感じ!!」
「絵か。」
どう説明すべきか頭を悩ませた。
「う〜ん。まっ、そんなかんじ!!」
ウチは諦めた☆なんて言ったら良いかわかんないし!!
陰陽師はウチの事をまじまじと見る。
「なに~??」
「今朝渡した着物はどうした。」
「……あぁ~。着物、着物ね!!ちょっと汗かいちゃったから着替えた~!!」
「そうか。その装いで人目につく所には行かないように。」
「う~ん。わかってるよぉ~。」
睡魔に襲われて、その場で倒れるように眠ってしまった。
陰陽師は華恋を支えながら、縁側に座り込む。
華恋から薄っすら黒い邪気が漂う。
陰陽師は華恋を膝に寝かせ、懐から人形に切られた紙を取り出した。
「この形代で保つかどうか……」
形代をそっと近付ける。
形代は一瞬で黒く染まり、パンッと散り散りに弾け飛んだ。
「早く、祓わなければ身体が持たない。」
華恋は苦しそうに「うぅ。」と唸る。
陰陽師は華恋の額の汗を拭い、華恋の瞼にそっと手を添える。
華恋は、怨霊に取り憑かれている。
ただの怨霊ではない、華恋の後悔と自責の念を糧に、より一層力を強め今ではほぼ華恋と同化しつつある。
しばらくして華恋が目を覚ます。
「うわっ!!ごめん!!寝ちゃってた!?」
ガバッと咄嗟に起き上がって、髪を直す。
「しばしの間だけだ。」
「そっか!!ごめんね〜!!ウチ最近気付いたら寝ちゃってること多くてさぁ〜!!」
「そうだろうな。」
「うん!…ぅん??」
「華恋、君には怨霊が憑いている。君と怨霊が混ざり合い君を蝕んでいる。」
「そっか…。そっかぁ〜!!」
華恋ははにかんで笑った。
陰陽師はその表情を見て、庭の枝垂桜に目を移す。
「私ですら、簡単には祓えない程の力を持った怨霊だ。だから、安倍晴明公を訪ねて来たのだろう?」
「へ?あ、違う違う!!マジで安倍晴明はウチがちょ~リスペクトなだけ!!」
陰陽師は唖然としている。
華恋は、タイムトラベルをする事になった経緯を話し出した。
「ウチさ!お医者さんにももぉ死ぬよ!って言われたの!原因が分からないって。身体自体に異常は無いって。でも、どんどん学校にも行けなくなって、普通の高校生活送れなくなってるのにだよ!ウケるよね。」
華恋は、長く伸ばし紅を塗った爪を眺めながら笑う。
「ウチはさ、分かってるんだ。ママなの。貴方が言う怨霊って。ママなの…。ママはまだ、ウチの事怒ってるんだよ。」
ぎゅっと拳を握りしめ、両膝を引き寄せ腕の中に顔を埋める。
「ちょーヤな別れ方しちゃった。全部ウチが悪かったのに八つ当たりして、ママが正しかったのに。なのに、謝れなかったの。」
華恋は目を赤くしながら笑って見せる。
「……だから、祓いたいとかは違くて。普通にさ。安倍晴明に死ぬまでに一回くらい会いたいって言ってたら、パパがタイムマシン作ってくれたの。パパ天才っしょ!!」
華恋は顔を逸らしながら、部屋に戻り布団に包まる。
「今日は眠いから寝るね!!聞いてくれてありがと!!明日はちゃんと着物着るから!!おやすみ!!」
「あぁ、良い夢を。」
✿ ✿ ✿
「ママに、まー君の何がわかるの!?ウチの彼氏悪く言わないで!!」
「違うわよ。華恋、悪く言ってるわけじゃないの。ただ心配で――」
ウチは、ママの手を振り払って家を飛び出した。
公園のブランコに座って友達と通話をしていたら、気づくと24時を回っていた。
「やば。流石に帰らんと。」
『まぁ、親ってうざいけどさぁ〜。華恋のマミーなんてすげー良い人なんだからあんま喧嘩すんなー?』
「うん。マジ感謝。明日カフェオレ奢るわ。」
『やったねー!忘れんなよー!』
「わかってる〜。はぁ〜、帰ったら謝るわぁ。」
『おーん。ちゃんと謝れよー!』
「ありがと〜、切るわ〜。」
『うぃー!おやすみんちょー!』
「まげ〜。」
ウチは通話を切って、ふぅっと一息ついて公園を出た。
スマホの通知を見ると、ママから何件も電話がきていた。赤信号の横断歩道に止まって、ウチはママに電話をかける。
プルルルルッ――
『華恋!!』
「ママ、さっきはーー」
『華恋!前見て前!!』
「前??」
顔を上げると、横断歩道の向かいで元気よくブンブンと手を振るママが居た。
「ママ!?」
『迎えにきちゃった⭐︎』
信号が青に変わり、ウチはママの方に走る。
ママが慌ててウチに手を伸ばす。その瞬間、
ブァァアアアアアッ―――!!!
っとトラックのクラクションが鳴り響く。
全身に雷が落ちたような痛みが走り、視界が暗くなった。
ウチが目覚めた時、もぉママは居なかった。
お別れも出来なかった。でも、ずっとママが居た。
病室のベッド傍に、いつも立ち尽くすママの姿は日が経つほどに黒く淀んで行った。
「ママ。ごめんね。」
病室でウチはママに謝る事しか出来なかった。
パパもどんどん異形に変貌していくママを見て辛そうだった。
―――全部ウチが悪いのに……
ウチは退院してお墓参りへ行った。丁度百箇日の頃。
ママの好きだったお饅頭を供えて、手を合わせた。
しばらくは普通に高校生活を送った。
けれど一周忌の法事が終わってから、ウチは体調を崩す事が多くなった。
最初は熱や風邪と同じ症状で、日に日に悪化していき歩く事すらままならなくなっていった。
✿ ✿ ✿
翌日華恋は夜着で出てきて、その姿を見た陰陽師は頭を抱える。
「…若い女がそのような装いで出歩くものではない。」
「もぉ〜、おじさんみたいなこと言わないでよ〜!!」
「おじ…」
「着物はちょー可愛いけど重いんだも〜ん!!これ楽だし!!」
「私はまだ二十二だ。」
「……え!?うそ!!まじ!?」
「何故そこまで驚く。」
「ウチと六つしか違わないじゃん!!」
「君は十六か。」
「うん!!ぴちぴちのJKだよ!!2年になったんだ~!!」
「……じぇ…じぇ、けー?」
――華恋が来て五日が過ぎ……
珍しく夜が明ける前に起きていた。
陰陽師が様子を見に行くと、華恋は頭を抱えていた。
「大丈夫かい。」
「うん~。大丈夫~。」
「私は今日夜明けには家を出るよ。」
「お仕事~?」
「あぁ。山の祠へ少々ね。」
「そっかぁ。お仕事かぁ~良いな~……ウチもさ~夢あってさぁ~!!」
「……友達とカフェ開くの、ギャルカフェ~!!ちょ~良くない?夏休みになったらバイトもしてさ、パパ焼肉連れってあげるの。食べ放題のやっすいやつだけど!!あと、友達と来月オープンのカフェ行ってさ、修学旅行までに彼氏作って。ちょ~青春すんの………でもだめそっ。」
陰陽師は何も言わず家を出て行った。
華恋は、糸が切れたように貼り付けた笑顔を歪ませ、顔を伏せるとボソッと小さく呟いた。
「ねぇ……たすけて………」




