第二章「災い来たりて」~①~
第二章始まりました。妖しい組織に入ってしまう主人公。此処からが物語の本番になるでしょう。優しい人が本当に優しい人なのかどうかは外見からでは中々判断出来ないものです。人を信用するというものにも種類があるかもしれません。では、次回。
第二章「災い来たりて」~①~
―――【紅蓮朋友会】支部地下四階。
少年がサングラスを掛けた年上の大人が運転する四駆の大型車で連れて来られたのは彼の住む地方都市の市街地端にある小さな灰色の貸しビルだった。
その外観は薄汚れており、何か企業や個人が入っている様子も無い。
それでも開いていた一台も車両が止まっていない地下駐車場で降り、脇に設置された狭いエレベーターで地下へ降りれば、電源が生きているのだと分かる。
チーンと安っぽい音がしてドアが開く。
そこで彼が見た世界は、安っぽい電灯の明かりに照らされた二十人近くの人々。
彼らは何故か一様に―――。
『入会おめでと~六六千四君~~』
パーティーグッズを手に持っていた。
冷房が利いたコンクリートの壁で取り囲まれた1フロア。
パンパンとクラッカーが鳴らされ、軽い飲み物が渡される。
若い大人達も多いらしく。
自分と同じ歳頃の顔を何人も見掛けて、少年の視線が曇る。
「まだ、入会する方向で検討しているだけ、という事になっているはずなんですが」
彼の言葉に彼らより十歳二十歳は老けた大人達が思わず目をパチクリとさせた。
そんな様子の誰もを少年は冷静に観察する。
市内にある中高の制服にはそれなりに覚えがあった。
少なくとも現地の人間、それも学生が数人混じっている。
それ以外の男達は体付きからして体育会系が多いと見えて。
武道か何かをやっていそうな雰囲気。
女性も半々くらいだが、どちらかというと内勤なのか。
手や歩き方からして文系に違いない。
(バランスの取れた組織構成員。でも、学生が僕と同じような力に恵まれてるなら、むしろ観察すべきは……)
少年が彼らの中央奥。
小さな事務机に座っている男の前へと向かった。
その雰囲気に誰もが最初の歓迎ムードから一点、静かに事態を見守る面持ちとなっている。
「伊藤さん。こんにちわ」
「こんにちわ。あまり歓迎はお気に召さなかったでしょうか?」
「いえ、緊張が取れました。感謝します」
「そうですか。それは良かった」
にこやかに左右へ資料が詰まれた間から微笑む男の内心があまりにも見えず。
困惑を隠しつつも、千四が訊ねる。
「それでお話の事ですが、此処で?」
「君にとっては我々の団体に入る事よりも大事な話のようだ……皆さん。すいませんがしばらくちょっと外させて下さい。ああ、君達も此処にいてくれるかな。これは二人で話すべき事ですから」
厳つい男達の幾人かが付いてこようとしたのを立ち上がった伊藤が制止した。
「では、行きましょう。付いてきて下さい」
頷いて歩き出す伊藤の後ろへと付いた彼は自分の背中に向く視線に僅か敵意を感じ取る。
まだ入るかどうか。
微妙な立場の人間がかなり上役なのだろう伊藤と対等に話すというのが問題だろう事は少年にも自覚があった。
しかし、これからどうなろうとまずは情報の取得が最優先だと少年は全てを無視してエレベーターへと乗り込んだ。
そのドアが左右から閉まる直前。
フロアの柱の影から黒い外套にゴーグルを被った何者かがチラリと見えた。
来ている服も学生服から私服から様々に見えた一団。
その奥に異質なものが隠れていたという事実を忘れぬよう。
少年は己へと言い聞かせる。
自分に出来る事と出来ない事をしっかりと把握すれば、心は落ち着いた。
「では、此処で話すとしましょう」
狭いエレベーターから出ると其処は屋上。
手摺のある小さなベンチの置かれた場所だった。
花壇の変わりにしているのか。
手摺の脇には鉢植えが置かれ、向日葵が群れて揺れていた。
「どうぞ」
「いえ、立ったままで結構です」
「そうですか」
同じように立ったまま話すわけでもなく。
伊藤が向日葵が降らせる木蔭に入り、ベンチに座り込む。
「……さて、まずは何から話すべきか」
「四つ尋ねたい事があります」
「ちょっと多いですね」
苦笑するものの。
伊藤が千四の顔に浮く無表情に顔を改めた。
目付きの悪い少年に表情が無い。
それはつまり異常事態に違いなかった。
少しの間しか話した事が無い伊藤にも分かる程に……少年は何事かを思っている。
それがどんな感情なのか。
外面からでは推し量れず。
伊藤の内心もまた静かなものへと移行していた。
「一つ。あの火災は人為的なものですか?」
「可能性の話になりますが、ほぼ間違いなくイエスと答えましょう」
「……二つ。あの火災に生徒が巻き込まれたのは偶然ですか? それとも……」
「何を持って偶然と言うのか。それによって解釈は別れるでしょう。君の事情があの火災に巻き込まれた生徒に対して影響力を持っていたのかはまだ分かっていません」
「………三つ。あの火災は誰が起こしたものですか?」
「報告ではあの当日、夜の学校に侵入していたものがいる。その何者かが火災を起こしたと報告されています。ちなみに我々の身内が関与していたかと言われれば、現段階ではノーと言って構わないでしょう。無論、絶対とは言えませんが、我々はあのような場所で無駄に一般人の命を散らせるような状況を支持しません。それは【不破協定】違反ですから」
伊藤はスラスラとした少年に極力不信感を与えない受け答え。
黒とも白とも言わない話法。
明らかに胡散臭いが、情報としては有益に違いない。
「四つ目。もし……」
「もし?」
言い淀んだ唇が声を紡ぐ。
「僕が団体に参加すれば、あの夜の事実を知る事が出来ますか?」
「―――」
思ってもいなかったのか。
伊藤がしばらく沈黙した。
しかし、やがて、その唇の端が歪んでいく。
「事実、と来ましたか……どうやら君は思っていた以上に優秀なようだ」
「?」
瞳を細める少年の前で伊藤がまるで美術史に出てくる女神のように飛び切りの笑顔で応える。
「僕は君みたいな【使い】を今まで三人見てきました。でも、誰もがその力の大きさに歪み、大切なものを落としていった。だが、君はどうやら違うようだ。そう“真実”を求めなかった君にならば……」
(この人。本当に……)
ギョロリと見開かれた瞳の奥に己を映し込まれた時。
少年は肉体の奥でザワリと何かが揺り起こされたのを感じた。
「おっと」
今までの表情を消して、伊藤が顔を常の柔和な微笑みへと戻した。
「いや、済みません。興奮するとどうにも独り言が多くなって。それであの夜の事実を知る事が出来るかとの問いに付いてですが、やってみなければ分かりません。現在、我々が把握してない誰か。使い達がこの都市に潜伏している事は間違いない。あの日、あの夜の学校にいたと思われる正体不明の使いを発見するか。またはその仲間を捕獲する事が出来れば、君の言う事実に近付く事も出来るでしょう」
「……使い?」
「五つ目の質問には答えないつもりでしたが、これはおまけにしておきましょう。我々は君のような才能。いえ、能力を持つ者達を“使い”と呼びます。例えば、火を出す事が出来る者ならば、炎使い。水を出す事が出来るならば、水使い。そのように呼称しています」
「そうですか。質問に答えて頂き、ありがとうございました」
頭を下げた少年を好ましそうに見ながら、伊藤が最後の質問をする。
「入って頂けますか? 我ら使いを束ねし翼―――【紅蓮朋友会】に」
答えは簡潔に。
ただ頷きを持って返された。
何事か。
お祝いを言う伊藤を見つめながら、少年は心の奥底にこびり付いた不安にようやく名前を見つける。
自分の前にいる“ソレ”はたぶん“人間じゃない別の何か”なのだと。
得たいの知れないもの。
それが【紅蓮朋友会】外部顧問。
伊藤圭太に違いなかった。




