第一章「遣わされた命題」~⑥~
ようやく事態が回り始めます。主人公の日常は崩落し、新たなる局面へ。そして、第一章の終りと共に第二章の開始です。では、次回第二章「災い来たりて」に続きます。
~⑥~
体育館に集められた生徒達が一日前の事件に付いて聞いた事はそう多くなかった。
「………」
「(ねぇねぇ、あの最後まで校舎に残って図書室の仕事してたのって)」
「………」
「(そうそう。たぶん、いつも図書館にいたっていう、あの子の事でしょ?)」
「………」
「(歯型が何でも一致したんだってよ)」
「………」
「(だけど、焼け焦げてたんでしょ? おぇ~想像したくないよぉ~きゃはは)」
「………」
「(一応、持ち物からも照合出来たとか。焼け焦げた掌に図書カード握ってたんだって)」
「………」
「(図書カードって何?)」
「………」
「(本を借りた時にパソコンでデータは保存してるんだけど、委員が一応、紙でもカードの形で誰が何を借りたか書いておくんだって。すごく焦げてたのに手の中にソレを握ってたから、身元がすぐ分かったんだってさ)」
「………」
「(そーなんだー。でも、ぶっちゃけ無くなってよかったよね? あの場所。だって、誰も使ってなかったし)」
「………」
「(まーねー。どうせ、今のご時勢物好きなやつしか活字なんて読まないでしょ。無くなってせーせーした。あはは)」
「………」
『こら!! 私語をしとるのは誰だ!!』
壇上で老人が何事かを喋っている。
それを黙って聞きながら、少年は静かに俯く。
周囲ではざわつきこそ最小限になっているが、図書館の焼失も人の死も大きなショックになんてなってはいないようだった。
そんなのは当たり前ですらあるかもしれない。
此処に生きているという時点で四年前を生き延びた勝ち組なのだ。
過去、ありふれた死の感覚は麻痺する程に膨大だった。
今更、図書館で誰か一人消えたからと言って、涙を流す者は無い。
家族も失った孤児が大半の学校。
友達でもいなければ、誰が哀しむというのか。
「………」
『大変、君達も苦しい事とは思いますが、彼女の死を無駄にしない為にも皆さんには前へ進んで―――』
「………………っ」
列の端から抜けて、壁際で立っていた教師の一人に具合が悪いので早退すると言い置いて。
少年は頭を下げて体育館を後にした。
誰も少年に目を向ける者はいない。
教師にしても『少し休んでいいぞ』と言うに留まった。
まだ長話が続くのだろう生徒と教師の群れを最後に一瞥して。
少年は一人。
ただ独り。
歩き出す。
「……工藤さん」
名前を呟けば、今にも何処からか明るい声が聞こえてきそうで。
いつの間にか向いていた黄色いテープの張られた廊下越しに彼は図書館を見やる。
爆発と火災で半ば崩れ掛けている廊下と図書館のあった場所は水浸しで今も黒く煤けていた。
しばらく、そのまま、光景を目に焼き付けてから、少年は自分のクラスへと向かう。
鞄を取って玄関に向かい。
靴を履いて何事も無く誰もいない校門を過ぎ去り、真っ直ぐ自宅への道を往く。
何事も無く。
箱へと辿り着けば、甘い声は未だ響いていて。
あんな事件があったとて、世界は何一つ変わっていないのだと彼に実感させた。
扉を閉めて。
カーテンも締め切ったままの室内でテーブルに投げ出された封筒から連絡先を取り出せば。
端末にその番号をもう少年は入力していた。
躊躇い無くボタンが押され。
コール一回で繋がった。
『はい。こちら【紅蓮朋友会】』
「……六六千四と言います。伊藤さんの紹介でお電話を差し上げたのですが」
『そうですか。すぐにお繋ぎしますので。しばらくお待ち下さい』
電話番の女性の声がそう告げると数秒回線にノイズが奔った。
『―――はい。こちら伊藤圭太です』
「伊藤さん」
『ああ、君ですか。千四君……我々のスカウトに応じて頂けるという話でしょうか。それならば、すぐに迎えを寄越しますが』
「一つ、いいですか?」
「何でしょう?」
「ウチの学校で火災があったんですが、何かご存知ありませんか?」
『……はい。幾つかの事柄に付いては耳に入ってきています』
「教えて頂けませんか? 何があの日の夜あったのか」
『それは我ら【紅蓮朋友会】に入会するという意思表示と受け取っても構いませんか?』
「ええ、そのつもりで検討していると考えて下さって構いません」
『そうですか。では、これからご自宅に迎えの車を出しますので。それでこちらまでお越しを。話はそれからという事で……』
「分かりました」
『では、次はこちらで会いましょう』
千四が腕のホルダーを外して端末をポケットに仕舞い込み。
制服のまま寝台に座り込む。
「………」
その瞳には貸し出したばかりの本が映り込む。
枕元のソレを静かに持ち上げて。
少年はそっと額へと押し付けた。
生温い室内でも紙の匂いはちゃんとして。
「………工藤さん。行ってくるよ」
少年はまだ五分も経っていない自宅前に止まる車両の砂利を轢き締める音を聞いた。
それが少年の物語の始まり。
終わってしまった世界で細々と続くはずだった日常に落ちる終幕の音色だった。
第一章「遣わされた命題」了




