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第一章「遣わされた命題」~⑤~

ようやく事態が動き出します。本作品は学園バトルアクション+異能力というお約束を軸にして構成しているので、それなりに死人が出るかもしれません。此処が主人公のターニングポイントになるでしょう。では、次回。

~⑤~


「あれ?」


 停電の後。


 またネトゲでもするのだろうと思っていた不審者は千四の住居のカーテンから漏れる光がいつもとは違う事に気付いた。


 日常的に仄かに青白い灯りばかりが目に付いていたので、その光が何か思い当たらなかった彼女は、そう言えばと放課後の様子を思い出す。


「本を読んでるの?」


 珍しい。


 否、とても不思議な光景。


 漫画ならすぐに読み終ってしまうのが常だった千四の読む速度からして、夜に掛けて読むものがあるとしたら、それは活字以外にない。


 今のご時勢、人気の無い分厚い字の塊を読む気になれない若者は多いのだ。


 彼もその例に漏れないと思っていたのに今日は違う。


 それは一体どういう心境の変化からなのか。


 まだ観察を続けて日が浅いとはいえ。


 やはり襲われた事が関係しているのかと彼女が思うのも当然だった。


 堅苦しいもの=悲観的なもの=面白みに欠ける。


 という勝手な図式を思い浮かべた彼女からしてみれば、弱気になった彼がそういう類の本に逃避行しているのかもしれないと思うのも道理である。


 実際、不審者をしていても彼女の娯楽は若い大人達に漏れず漫画だ。


 それも女性向けのレディースコミックというやつである。


 ちょっと大人の恋愛を描いた分厚い本が外套の内側には一冊忍ばせてある。


「……自殺したりしない、よね?」


 よく自分の環境を悲観した若者が命を断つ、というテレビ特集が政府広報で組まれており、以外とメジャーなジャンルとして人々に受け入れられていたりする。


 この人が少なくなった時代に命を粗末にするなとのありがたい教えだが、復興の影で今も消える命は多い。


「どうするのかな……」


 団体に所属するのか。


 それとも敵対するのか。


 無視するのか。


 それによって不審者の行動も変わる。


 しばらく、ジッとゴーグル越しに住居を眺めていた彼女の懐でイリジウム端末が鳴った。


「はい。こちらD443」


『伊藤です。そちらはどうですか?』


「異常ありません。ただ、いつもとは違って活字の本を読んでいるようです」


『活字の本? 漫画本ではないという事でしょうか?』


「はい。今日は高校の図書館に寄ったので、其処で貸し出したものだと思います」


『そうですか。彼は今時珍しい字を読む子だったんですね……』


 何故か染み染み言われて。


 自分もそういうものを読んだ方がいいのかと不審者が外套内のコミックを意識しながら罰の悪そうな顔をした。


「は、はい。たぶん……」


『今日は急で悪いんですが、ちょっと街の方へ行ってみてくれませんか?』


「任務を中断して、という事ですか?」


『実は昨日、支部の出先機関が焼かれました』


「え!?」


『部隊が出先に帰ったら、もう全部炎に包まれていたとか。それで装備していた以外の物資や武器一式が全て失われたらしいです。詳細はまだですが、どうやらこちらが処理に向かったのを狙い撃っての襲撃だったとか』


「まさか、この地域で【紅蓮朋友会】に喧嘩を売るような……一般のテロが何かの間違いで出先が焼かれたという可能性は無いんですか?」


『あはは。それだったら良かったんですが、出先のビルは貴方も知っての通り、100%我々の貸り受けていた物件で。他には企業も個人も入っていません。明らかに我々に対する攻撃だと言って構わないでしょう』


「……他の団体からの嫌がらせ、という事は無いですよね?」


『【不破協定キョーテー】を破って【黄昏領ヴェスペラード】や【愛国者組合パトリオット・クラブ】が何かを仕掛けてくるなんて、よっぽどの理由が無ければ有り得ません。【旧式派ステレオタイプ】辺りならば、在り得ない事も無いですが、人的被害も出さずに襲う意味が分かりません。その気なら実働部隊の戦力を削いでくるはず。という事で今はまだ犯人の特定には至っていません。もしもという事もあります。とにかく気を付けて下さい』


「わ、分かりました」


『それと……いざという時は使っても構いません。さすがに襲撃者の正体が分からない以上、何もせずにいろとは言えませんから。まずは貴女の命が最優先だと思ってください』


「いいんですか?」


『ええ、今日は周辺の巡回の後にセーフティーハウスに帰投して下さい。一班をそちらに出しますから、監視任務に付いては明日また引き継ぎをお願いします』


「分かりました。伊藤さん」


『では、何かあったら連絡を』


 彼女はイソイソ電波塔から軽やかに降りると自分の務めを全うするべく街へと繰り出した。


 途中、少しだけ気になった住居をチラリと見て。


(……襲撃者。本当に襲ってくるのかな……)


 言われた通りの巡回へと繰り出して、何かしらの異常が無いかとあちこちを歩いたが、それらしい誰か、あるいは何かを特定する事は出来ず。


 三時間程の放浪で市街全域を何とか回った彼女は最後に千四の通う学校の前まで来ていた。


 人目に付かない場所。


 それが夜の学校だ。


 盲点と言ってもいい。


 人間が特定の時間だけ集う場所というのはそれだけでそれ以外の時間人の意識の外にありがちだ。


 私立高校の方より先に空滝高校を優先したのは私立の警備が厳重なのに対し、公立の防犯設備がおざなりであると彼女が事前調査で調べていたからである。


 時に用務員が買収されていたり、あるいは操作されていたりという事もザラにある話。


 監視対象の周囲に誰かの影が無いか見張るのも不審者にとっての任務の一つだ。


(監視カメラ2、3、7に問題無し。1、4、5に問台無し。6―――内部に不審な明かりを確認)


 超小型で内臓のバッテリーにより三週間程の可動を可能とする極小の盗撮カメラからの電波を受信して、彼女はゴーグル越しに内部で閃く妖しい光を発見した。


 それがパッパッと瞬間点滅しながら東校舎の内部を駆け抜けていく。


 その奥にあるのは図書館だ。


 どういう状況かは分からなかったが、妖しい事この上ない。


 足音も立てずに走り出せば、数秒で本校舎の壁際まで到達する。


 しかし、それで速度を落とさず。


 まるで壁面に吸い付いているかのような足取りで彼女は校舎を昇りながら図書館のある位置へ急ぐ。


 やがて、悲鳴が上がった。


 すぐ窓を隔てて数m先。


 迷わず蹴破った硝子の破砕音に内部で驚く気配。


 そうして、彼女はその光景を見た。


「―――」


 滴る血。


 広がっていく生温い命。


 今、断たれたばかりなのだろう肉体がグッタリと図書館の木製の扉に凭れ掛かっていた。


 たぶん、女生徒なのだろう。


 その手には懐中電灯が握られていた。


 その俯いた顔はバラけた髪に隠れて見えない。


「【不破協定キョーテー】違反者を確認。排除する」


 瞳の先。


 女の横にいた影。


 どうしようもなく怒りを感じたまま。


 事切れた肉体を一瞥して、彼女は疾風と化した。


 しかし、パッパッと廊下で再び明滅が起きる。


 その何かを知らせるように光った懐中電灯の明かりに彼女は勘のまま横っ飛びに再び硝子を割って校舎から脱出する。


 途端だった。


 ボッと図書館内部が紅蓮の明かりに包まれた。


 そうしてようやく響いた消火設備の鐘の音が周囲を姦しく辺りへと広がっていく。


 犯人がどうなったのか。


 もう一度戻るべきなのか。


 虚空で逡巡した時、爆発が彼女の外套を撫ぜた。


 咄嗟に身体を丸めて受身を取りつつ。


 相手からの追撃へ反撃を加えるべく転がり様に立ち上がる。


 しかし、そういった攻撃の気配は無く。


 影が爆発した付近から出てくる事や逃げていく様子も彼女は確認しなかった。


 周辺にある監視カメラからの受信は既に途絶えている。


 どうやら破壊されたらしい。


 影を追う事も考えはしたが、学校周囲の家々から人々が何事かと集まり始めていた。


「ごめんなさい……」


 暗視ゴーグル越しにも見えていた傷の深さ。


 女生徒の周囲へと広がっていた血の量。


 どれもが最悪の事態であった事は命のやり取りを長年している玄人から見れば明白。


 ついでにあの爆発で生きているなんて現実的には在り得ない。


 それでも巻き込んだか、死ななくても良かったはずの少女へ僅か黙祷と謝罪を捧げて。


 足は学校の敷地から足早に遠ざかっていく。


 夜、火災が起きた空滝高校校舎は幸いにも図書館とその周辺の教室が焼けただけで何とか鎮火。


 授業自体は別校舎で続行出来ると翌日の現場検証後、二日後に再開される事が決定した。

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