第一章「遣わされた命題」~④~
地軸が曲がった本作品の世界では季節も色々とズレており、冬は夏。春は秋。夏は冬。秋は春。という順番でローテーションが回っています。寒い季節に凍える指で書いた作品だったりと色々ズレが焦点になった作品でもあるかもしれません。
~④~
「はぁ……」
空滝高校最後列窓際。
今日も熱い真冬の日差しにジリジリと焦がされながら、少年はゲームを……していなかった。
それもそうだろう。
夜中、散歩していたら突如として妖しい男に妖しい力で襲われて全速力で逃げて来たのだから。
そのまま自宅の場所を知られるのが怖かった彼は一晩中街を歩いて明け方にようやく家へと帰った。
本来なら寝ていたいところだったが、学校に通う=生活費支給要件である為、安易に休めはしない。
病欠にするとしても、医者の診断書がいるし、そんなものがこのご時勢安いわけも無い。
国民皆保険制度はまだ崩壊していないとはいえ、支える人数も支えられる人数も大きく減った為、小康状態になっているだけに過ぎず。
基本的に病気に掛かって医者に行くという行為はあまり好ましくない。
それは普通の事のように思えるが、人間という資本が貴重となった昨今。
健康な肉体に宿るものは何でも高値で取引される。
例えば、骨髄。
例えば、精子。
例えば、卵子。
例えば、臍の緒。
そういったものを健康に保っておくのが傷病に関して移植出来るよう、他にも人種保全の観点からも国に奨励されているのだ。
成績が優秀ならば、高くなるのは当たり前。
学歴で人間の値段が決まると言われた時代は過ぎ去り、病歴ですら人の値段に関わるようになったのが現在の社会の実情である。
管理社会=反理想郷のような懸念があるのは最もな話だが、実際海外では独裁に近い形でしか国を維持出来ないところが増えているのも本当のところだ。
自由な経済活動がこれ以上惑星にダメージを与えた場合、人の生存圏がどうなるかは言うまでも無い。
エコや環境保全なんて言葉が特別ではなく当たり前となったのは生存環境を失って人類が学んだ唯一の事に違いなかった。
「今日はこれで終わりだ。日直」
「キリーツ、レイ、オツカレサマデシター」
定型分を喋るNPCみたいだな、という感想を抱きつつ、今日も何とか無事に学校での日常を追えた千四はイソイソと帰り支度を始めた。
ガヤガヤと教室から出て行くクラスメイト達は彼に見向きもしない。
目付きの悪さが決定的な差である事を知った彼にしてみれば、そんな連中に未練も無い。
そういうわけで今日はそのまま帰ろうとしたけだが、その瞳に廊下の先。
大きな木製の扉が目に入る。
空滝高校図書館。
そうプレートがドアの手摺には掛かっている。
(……帰るのはもう少し後でもいいか)
帰り道に妖しい男がいたりしたら、彼にとっては大ダメージだ。
夜になるまでとは言わないが、もう少し暗くなってからの方が安全だろうとの考えは素人目に見て正しいような気がしていた。
「お邪魔します」
カランと小鐘が鳴る。
貸し出しカウンターとその前に並ぶ本棚の群れ。
窓際に置かれた椅子には誰も座っていない。
今時の高校生が漫画雑誌の一つも無い書籍と新聞の巣窟に入り浸る要素は皆無だ。
時折、静かな睡眠を提供してくれる場所として使う輩がいるくらいのものである。
「あ~千四さんだ~」
てててっと小さな足音がやってくる。
それに反応した彼が奥を見ると小さな女生徒が本を抱えてやってくるところだった。
「こんにちわ。今日は本の貸し出しですか?」
目前まで来てニッコリ微笑むのは緑色のカラーコンタクトを瞳に嵌めた少女。
栗色の髪を古式ゆかしいおさげ髪にした一年生。
名を【工藤聖歌(くどう・せいか】と言った。
少年より20cmは小さい彼女はこの学園にあって図書館の妖精さんと言われる人物だ。
人気の無い図書館をやる気の無い図書委員達の変わりに管理している一般生徒。
その功績は計り知れない。
本の虫干しから整理、その他諸々管理が杜撰に投げ出されっぱなしである空滝高校図書館は彼女が時折泊り込んでまで管理していなければ今頃ただの埃が積もった一室と化しているだろう。
学校を取り仕切る大人達は生徒の自主性を尊重して、なんて心にも無い建前で管理を委員会に丸投げしている為、そこが機能しなければ実質は放置されるのと大差ない状態となる。
生活環境を支える系統の委員は権利意識が高く、自分達の為に活動も積極的という傾向が見て取れるのだが、自分の利益に結び付かない委員の殆どはやる気の無い幽霊委員の溜り場であって、彼らが働くというのは殆ど無い事だ。
それで図書館が寂れてしまうのが哀しいと立ち上がった本の聖女が数ヶ月前に現れるまで、空滝の図書館は一週間人が誰も来ない事すらザラという場所だった。
「いや、少し時間を潰したくて。いいかな? 工藤さん」
「勿論ですよ。図書館は来る者を拒まずですから」
嬉しげに細められた垂れ目の少女が本をカウンター内部に置きながら答える。
「時間を潰すならお勧めがあるんですけど。どうですか? 貸し出しもしますよ」
「……じゃあ、マスターのお勧めを貰おう」
「あはは、私マスターさんですか? 確かにいつの間にか図書館の主とか、図書委員長から図書室管理の権限とか貰っちゃいましたけど」
「世の中には向き不向きがある。君はここにとても向いた人材だと僕は思う」
「嬉しいです。そう言って貰えて。じゃあ、今から貸し出しますね」
本を一冊。
カウンター内から取り出した彼女が手打ちでデスクトップを操作して軽やかに貸し出し登録をした。
十秒で目の前へ出てきた本を受け取った千四がありがとうと言ってすぐ近くの窓際へと座る。
「そう言えば、千四さん。知ってますか? 昨日の事」
「昨日の事、とは?」
「あぁ、やっぱり知らないんですね。まだ、情報があんまり出回ってないのかな」
「?」
「済みません。一人合点して。その、昨日街の方で騒ぎがあったらしいんです」
「騒ぎ?」
「はい。何でもビルが一つ焼けたとか」
「そんな話題ならテレビで出ても良さそうな?」
「そうなんですよね。でも、何故か政府広報にも載らないし、ネットの地域サイトでしか扱ってないみたいなんです」
「まさか、テロ?」
「いや、どうでしょうか。今は国内の治安維持と管理の名目で外国人の入国制限も掛けられてますし、国内のテロ分子掃討は随分前に終わりましたから、近頃はめっきり残党狩りに警察が出る事も無くなったって言いますし」
「何にしても物騒な話だ」
「はい。ですから、数日くらいは街に出掛けるのは止めた方がいいかもしれません」
「忠告してくれてありがとう。工藤さん」
「いえいえ、常連客な千四さんがいなくなったら、此処は開店休業状態ですから」
何でもない事のように聖歌が笑う。
その表情に温かいものを感じて。
千四はその日、結局日が暮れるまで本を読み耽った。
いい時間になったところで少女に別れを告げて帰宅すれば、もう八時過ぎ。
そろそろ家電も外部電源を使う頃合。
漫画雑誌と単行本。
それからパソコンとテーブルと寝台しか無い一室で彼は前日伊藤から渡された封筒を前に固まった。
諸々、何も見なかった事にしてもいい。
だが、昨日の危険な体験を考慮に入れるならば、早めに接触する方が身の安全を確保するという点では吉かもしれない。
どちらにしても追い詰められているのだと半ば現実逃避気味に図書館で本を読んでいた彼は小さく躊躇う。
(何もしなければ……また平穏な日常が戻ってくる……わけもないか)
世の中がそんなに単純で停滞していてくれるなら、彼にとっては願ったり叶ったりだ。
劇的な事なんて望んでは無いのだから。
静かにゲームや漫画へ現を抜かし、そこらの国民皆労働制度を活用して単純労働で日銭を稼ぎつつ、余生を静かに過ごすというのが千四にとっての人生プランなのである。
ドラマチックな展開なんてのは物語の中だけでいい。
四年前に命以外の全てを無くした彼にとって、妖しい団体のお誘いというのは今から地獄に行けと言われるに等しい事だった。
「………はぁ」
溜息一つ。
資料が取り出されてテーブルへ置かれる。
パンフレットが一つと小さな住所と電話番号Eメールのアドレスが書かれた紙が一つ。
出てきたのはそれだけだった。
【紅蓮朋友会】案内の栞。
と題したソレを手に取った彼は正面に描かれているデフォルメ調のチビキャラに瞳を細める。
紅の髪がやけに跳ねた女の子が『素晴らしき世界にようこそ』と微笑んでいた。
開かれたパンフレット内に描かれた情報は前日、伊藤と名乗ったナイスミドルが言った事とほぼ同じだった。
私達は才能に溢れた人々を発見し、勧誘し、管理しています。
それらの人々が健全に暮らせるよう取り計らい、一種の権利の保障と向上も行っています。
その為に才能を悪用する人々を罰する戦力を保持しています。
貴方が団体に所属登録すれば、幾つかの特典が与えられ、幾つかの義務が課されます。
ですが、命を守り、生活を安定向上させる為に是非入る事をお勧めします。
尚、これらの情報の一切は秘匿事項である為、一般的に情報を流出させた場合のペナルティーが有り、取り扱いには気を付けて下さい。
尚、同団体の活動地域はアジア全域に渡っております。
「……アジア全域……」
思っていたより規模が大きい事に千四が眉を顰めた。
つまり、逃げ出すのは無駄だと言っているのだ。
この分では監視でも付いているかもしれない。
そう思った彼は電気を消して窓の外を見る。
無論、監視がいたとしても見つける事なんて出来はしなかった。
決断を迫られていると知りながらも、少年はそっとパンフレットを封筒に戻してテーブルの上に置く。
それから静かに停電になるまで静かに寝台の上で身を横たえた。
これからどうするか。
悩みは尽きなかったが、一先ずは日常に注力するべき。
そう結論付けた手には今日借りてきたばかりの本。
まだ三分の一しか読み終っていないハードカバーを指先でなぞって、明日には返しに行こうとネトゲもせず。
小さな寝台のバックライトを明かりに本の頁は捲られる事となった。
「………ふ」
返しに行くのを楽しみにしながらの読書は何処か彼の心を小さく弾ませて、少し温かい気持ちにさせた。
例え、世界が破滅しても人間というのは生きていける。
その現実こそ、彼が愛して已まない日常というものに違いないのだ。




