第一章「遣わされた命題」~③~
主人公を考える時、一つだけ決めている事があります。それはその主人公が一番何を大事に考えているかです。どんな物語でも主人公の内心一つで大きく展開が変わります。正義感に溢れた奴なのか。それとも平和を愛する奴なのか。それだけで敵も味方も大きく左右されてしまうので、よく考えてから書いています。よく考えて書いた結果がヲタクゲーマーなのは……まぁ、ご愛嬌という事で。
~③~
少年が怪しい男の来訪を受けた日の夜。
街を一望出来る電波塔の屋上に独り。
大きな外套に暗い色のゴーグルを掛けた不審者がおにぎりをモソモソ咀嚼していた。
その片手には衛星通信用のイリジウム端末が有り、耳に当てられている。
『やはり、能力の類型すらも分からないと?』
「はい。済みません」
『これは困りましたね。余程に用心深いのか。それとも単に使わないまま生活していられる性分なのか。どちらにしても、中々にして手強い』
「監視に関しては万全を期しているつもりですが、朝は普通に登校。授業中も昼休みも一人。夜は外部電源を使ってネットゲームをしているだけのようです」
「……何かしらゲームに使用出来る反射神経や知覚や記憶に関するもの……いえ、安易な推測は視野を狭めるだけですね。とりあえず、そのまま状況を継続して下さい。くれぐれも“使わず”に。気を付けて」
「はい。ありがとうございます。伊藤さん」
『では、また定時報告で』
溜息を吐いて。
不審者は今日も一つの住宅をゴーグル越しに見つめる。
どうやっても尻尾を出さない監視対象。
それはとても珍しい相手という事でもある。
人間、自分の欲望には弱いものだ。
だが、他人には無い才能や能力があっても、使わないのなら意味は無い。
使わずにいられるというのも一種の才能ではあるかもしれないが、それでは仕事にならない。
何とか相手が自ら進んで力を用いるように出来ないかと考えても、詮無き事ではある。
監視以上の事をして敵対すれば元も子もない。
「……ん?」
ゴーグルの中。
違和感を覚えて。
瞳が細められる。
(今日は光が漏れてない?)
ゴーグルの倍率が上がれば、綿密に内部の可視波長が増幅され、鮮明に住宅を浮かび上がらせる。
(どうして? 内部からの可視光が殆ど無い。紫外線も……)
どうなっているのか分からなかったが、明らかに異常だった。
暗過ぎるのだ。
普通に見ていては気付かないだろう。
灯りが付いていないだけならば、周辺からの光を照り返したり、月明りや星明りが周囲の明度を確保する。
だが、彼の住宅の周辺だけはそういった光量も殆ど無かった。
「これが君の能力……六六千四……」
事実として、その可能性は高いと不審者は推測する。
だが、その監視結果に満足して観察を緩めるような輩でもなかった。
それが違和感への気付きになった。
千四のいる住宅周辺の暗さに気を取られていた隙に小さな暗い領域が住宅の隙間を縫うようにして動いていた。
もしも、ベテランたる不審者でなければ見逃してしまっていたに違いない。
高度な偽装は近視眼的には大きな力になるかもしれなかったが、視野が広ければ丸分かりだった。
「逃亡してる、のかな?」
分からない。
だが、人間が常と違う行動を取る場合。
何かしら理由が存在する。
伊藤の来訪が切っ掛けになったのならば、それはそれで大きな成果だろうが、それだけとも限らない。
「尾行しないと」
ザッと電波塔から飛び降りた影はタンタンと鉄骨に着地しながら降りていき、先読みした移動先へと向かうべく行動を開始した。
そんな事になっているとは露知らず。
「はぁ……」
平凡なるヲタクゲーマーはフード付きのパーカーを着込んで冬の熱さに辟易しながら路地を歩いていた。
まだ計画停電の時間になっていないとはいえ、現在の地方都市に街灯は少ない。
現実的には治安悪化の懸念から街灯の削減はあまり行われていないが、それでも設置されている箇所は今の時代、住宅地や付近の商業施設付近に限られる。
故に道路を歩けば空の星明りや月明りが基本的には主な光源と言えるだろう。
「どうしよう」
その貴重な灯りから身を遠ざけるようにして歩く彼は言うまでも無く不審者。
いつもなら絶対に出歩かないだろう時間帯の外はいっそ千四にとって新鮮ですらあった。
(ああ、本当なら今日はβ版のテストプレイにドップリ浸かってるはずだったのにな……)
残念なのはそれだ。
こんなご時勢にもネトゲは確実に規模を拡大している。
基本インフラたる回線だけは停電中も生きている為、今もヘビーユーザーは多い。
ゲームなんて非生産的な行為。
この非常事態に不謹慎。
そんな自称有識者達の声が無かったわけではないが、国の諮問会議が文化の保全を名目に補助金を出している為、人員の消滅による会社の倒産こそ多かったが、ゲーム業界自体が潰れる事は無かったのだ。
近頃は元服の効果もあって、ネトゲだろうと青少年が諸々喜びそうな方向性が付加されていたりするが、千四的には昔から継続出来た数少ない習慣として今も魅力的に思っている。
世界は破滅したかもしれないが、やっぱり人間は三大欲求+知的な事、愉しい事を求める傾向にあるのだ。
行き辛い時代だからと言って、娯楽を諦めてしまうのは彼の生き方ではない。
そもそも娯楽産業が壊滅的被害を受け、愉しい事、熱中出来る事が減った結果として元服後の“大人達”が“そういう仕事”に走った、という側面もある。
今時の社会学者が分析した結果によれば、娯楽産業や娯楽が生き残っている地域の方が女性徒達のそういう職業に対する就業率が低いのだと言う。
ゲームは一日一時間。
そんな標語も過去となった現在。
不健全極まる職種に就くくらいならば、ゲームでもしていろというのが良識のある大人達の説教なのである。
(あの人……何か知ってる風ではあった……)
いつも登校に使う道をトボトボ歩きながら、空き家や廃屋の多い罅割れた道路を往く少年は厄介事を持ってきたナイスミドルを脳裏で思い浮かべる。
(想像してなかったわけじゃない。でも、そういう団体があるとしたら、お約束過ぎる……)
出版社の崩壊でライトノベルと呼ばれたジャンルの書籍が激減して久しい。
昔は粗製乱造かとツッコミを入れたくなるようなギャルゲー並みのハンコ絵的量産体制が取られていたものだが、今ではポツリポツリと隔月で何冊か出版されるのみである。
最強邪気眼オレTUEEE的相手はこの能力で死ぬ、なんて展開の熱い中二病設定に昔は彼もワクワクしたものだが、漫画とは違って小説の出版は大手が取り仕切っている為、貴重な紙資源の節約という名目上、ノンフィクションやら大家と呼ばれるような作家の書く真面目なものばかりが優先されている。
(昔持ってたやつにも同じようなシュチュエーションがあった気が……確か、主人公は超絶能力を持った奴で大きな組織と敵対してる、だったか?)
昔はよく読んでいた懐かしい題名を思い出しながら、千四は目的の場所が見えてくるを確認した。
今日の昼も行った人気の無い公園である。
夜更けに公園に街灯なんて付いているはずもなく。
当たりは暗い。
それでも噴水の縁に座って彼は空を見上げた。
昔と比べても満天の星と呼ぶに相応しいだけの煌めきが世界を彩っている。
地方都市とはいえ。
それでも排ガスで曇っていたはずの四年前はたぶん見えなかっただろう輝きだ。
人が減った。
たったそれだけの事で美しいものが輝きだすなんて皮肉なものだと感じている自分を認めて。
千四はポリポリと頬を掻いた。
別に皮肉屋を気取っているわけではないが、昔よりも良い部分を認められるというのは過去の世界に対して薄情のような気がしたし、気が咎めるような心地でもあった。
「『貴方は何を使いますか』……か」
思い出されるのは四年前の事だ。
今も人類が比較的生き残っている理由は核戦争が局所的に留まっている事に起因している。
だが、それでも出てしまった被害は暴動や略奪等の混乱が殆ど起きなかった日本でこそ顕著だった。
隣国が混乱に乗じて放った一発は彼のいる都市へと落ちた。
何でも政府広報に拠れば、首都圏に落されるはずだったものが地磁気の乱れや宇宙線の影響でGPS誘導出来ずに落ちた云云。
親は死んだし、隣人も死んだし、知人もいなくなったが、数千人の生き残りの中で辛うじて無傷で済んだのは……とある事が原因だと彼は知っている。
「はぁ」
蒸し暑い世界には蟲の声も無い。
公園に響いた溜息は水辺に落された小石のように波紋を生む。
だから、というわけでは無いのだろうが、彼は10m先の路上に誰かがいると気付いた。
「ああ、君まさか同胞かい?」
「―――」
投げ掛けられたのはそんな言葉。
闇夜の星明りに照らされて浮かび上がる輪郭は普通に見える。
声はせいぜいが三十代。
とても軽い響きだった事を除けば、一般人のようにも思えるが、そうではないと千四の脳裏に危機感が溢れる。
「やぁやぁ、こんなところで同胞に会えるなんて何て巡り合せだろう!! ちょっと、こっちへ来て一緒に話さないか?」
星明りに慣れた瞳には典型的なサラリーマンとも思える姿が映る。
草臥れたスーツと柔和な風体。
多少太っている男は太めの眉に濃ゆそうな顔をしていた。
真冬だと言うのに焼けた様子の無い肌は一日中書類整理でもしていそうな印象を彼に与えた。
「どうしたんだい? ああ、怖がらせちゃったかな。もしかして、君って新人だったりして……」
後半になると低くなっていく声。
ダラダラと嫌な汗を掻きながら、少年はどうしてこう今日は厄介事ばかりなのだろうかと運命というものを呪った。
普通に生きて、普通に死ぬのがいい。
それが彼にとっては人生の目標だった。
お気に入りの漫画が最終回を迎えるまでは死ねない、くらいの意味合いではあったが、日々意味も無く生きているよりはいいだろうと抱えた願いである。
何事も感情の閾値というのが振り切れると人間、後は灰のようなものしか残らない。
人生のクライマックスが四年前に押し寄せて以来、抜け殻みたいに前の日常を模倣して得た回答だろうと、そういうものが千四にとっては大きな意味を持つ。
「そうかぁ。君は新人なのかぁ。いやぁ、おじさんッ、すっごく付いてるなぁ。はは、はぁ……」
妙に低いのに興奮しているような声。
蒸し暑いのに呼気が湯気を上げているような錯覚。
何とか押し込めていたものが漏れ出した。
そんなイメージを持った彼が足を公園の外へ向けようとした時だった。
バコンと重い音がした。
(これ……タイルの音じゃ……)
バコン、バコン、バコン、バコンバコンバコン、バコバコバコバコバコ、バココココココ―――。
公園の地面に敷き詰められた白い正方形。
それがまるで逆立つ鱗のように倒立し、公園の出入り口を歩き辛くしていた。
「うん。本当に済まないと思ってるんだ! で、でもさぁ。やっぱり、自分の身が一番可愛いって言うだろう?」
「あの、何を言って……」
「き、君が悪いんだよ!? 僕はちょっと逃げてただけなのに!? こんなところにこんな時間うろちょろしているから!! 子供は子供らしく寝てれば良かったじゃないか!?」
明らかにおかしなテンションで早口に話し出す男が一歩少年へと近付く。
「もう大人、ですが……」
「そんなのは建前だよぅ。君ぃ」
「そう、でしょうか?」
「だから、ごめんよ。君には此処で僕の糧になってもらいたい」
少年が聞き返すよりも前に足場を悪くしていたタイルが四方から飛んで頭部へと直撃した。
「悪いなぁ。本当に悪いと思ってるんだ!? でも、レベルアップしておかないと何時あいつらが僕を殺しに来るか分かったもんじゃなくてね!!? いひ?」
男の唇の端がグンニャリと歪んだ。
「そもそもだ!! 【不破協定】違反だって、僕の責任じゃないんだよ!!? だって、そうだろう!!? 僕はただ会社の資金繰りがヤバイって言うから、ちょっと、ほんのちょっとだけ借りて運用してただけなんだ!? そう、そうなんだよ!!? 相場が一気に崩れるまではそれなりに利益も出して会社に還元してたんだ!! なのにさぁ!? あの馬鹿社長が僕を首にしたりするからッ!! 許せないだろう!! 人の善意を踏み躙るなんて!? だから、だから、僕はあの馬鹿な男を……」
ノイローゼ気味にブツブツと喋りながら男が千四へと近付いていく。
「き、君は知らないだろうけどさぁ。【使い】ってのは基本的に他の同胞を殺るとボーナスが付くんだ。そう、君だって新人とはいえ【使い】なんだろう? どんな力なのかは分からないけど、僕みたいな高位の【使い】が生き延びる為に役立ったんだ!! 君の死は無駄じゃない!! そう、無駄じゃないんだよ!!?」
「……はぁ」
「ッ」
ザッと男が驚きに背後へと飛び退った。
その距離は尋常ではない。
約15mの跳躍。
普通の人間には不可能な芸当だ。
「ま、まさか、ちゃんと使いこなしてる? 新人の癖に君は強いのか!? や、止めてくれよ!? ぼ、僕はただ単に生き残りたいだけなんだ!! 戦いとか!! そういうのは不本意だし、得意じゃないんだよぉお!!?」
ガッと男が吼える。
それと同時に頭部だけではない。
身体中に向けて四方八方から無数のタイルが飛翔した。
しかし、それが千四の身体を捉えるより先に吹き飛ばされる。
爆風。
「こ、これは爆発? いや、火は見えなかった!? なら、これは?」
濛々と公園内部に吹き荒れたのはタイルが無くなって剥き出しとなった地面の土埃だった。
「こ、こんなもので目暗ましをしたってぇぇ!!?」
逃がしてなるものかと男が片手を払う。
瞬間、ざあっと煙が公園から雲散霧消していく。
しかし、其処にもう対象である千四の姿を見つけられなかった男は顔を青褪めさせた。
「マズイ!? マズイマズイマズイ!!? な、何をしてるんだ僕は!!? これじゃあ、あいつらに報告されてしまうじゃないか!!? どうして一撃で片付けなかったんだ!!? 背後から一発入れれば、普通の人間だったとしても頭蓋をぶち割って殺せたじゃないか!!! クソッ!! クソッ!! は、早くあの餓鬼を片付けないと!!?」
狼狽気味に男が公園内部をギョロギョロと見渡して、星明りの下に足跡を見つけて笑顔となる。
「これを辿っていけば!!? まだ遠くには言ってないはずだ!? 早く行かなコバ―――」
ベシャリと後頭部からの衝撃に脳漿と眼球と骨片と血と肉の飛沫が地面へ跡を付ける。
『状況終了。【不破協定】違反者、個体名称【甲西双吾】クラスEの抹消を確認。回収班との合流後、逃走した対象の監視を観察官に引き継ぎ撤収します』
『はい。お疲れさまでした。いや、今回は結構な大物でしたから、どうなるかと思いましたが、彼が隙を作ってくれたおかげで助かりましたね』
『はい。対象の【外力排除能力】はクラスEとはいえ、用心深さが祟って中々狙撃の機会がありませんでしたから』
『では、引継ぎ後速やかに撤収を。ああ、公園の処理はこちらで行政に働き掛けておきますから、回収班には血痕やDNAの洗浄だけでいいと伝えて下さい』
『了解しました。これより狙撃班は待機任務へ戻ります』
公園から約250m離れた一般住宅の廃屋の上。
数人の男達が電波塔にいた不審者と同じ黒い外套を纏って屯していた。
隣人が風速計その他の計測機器と気象庁直轄で新設された気象観測機器からの情報を受信していた小型端末を仕舞い込み、相棒たる狙撃手の肩を叩く。
「状況終了だ。引き上げるぞ。一体、何見てんだ? お前」
「あ、ああ、あれが例のお嬢さんかと思ってな」
「お嬢さん? ああ、此処にいる監察官の事か?」
「南西800m地点を爆走中だ」
「別班からの引き継ぎを急いでるんだな。たぶん」
「まだ、ほんの子供だった……」
「お前、この仕事初めて何年になる?」
「言うな」
「……“巣”に帰ろう。此処にもうオレ達の出番は無い」
「そうだな……」
男達が撤収した後。
公園内部には同じ外套を着た男達が数人出入りし、三十分以内に人のいた痕跡は跡形も無く消え去った。




