第六章「啼けない鳥」~⑥~
クライマックス直前です。後は流れるままに物語は終結へと導かれていくでしょう。では、次回。
~⑥~
蘆夜豊は走っていた。
目的地まで残り十数km。
このままのペースならば、予定よりも早く着く。
そうすれば、千四の命の気配を追って辿り着く事は簡単だろう。
だが、その目論見は早くも崩れつつあった。
(何? 後ろから何かが追ってくる……)
曖昧な気配。
命を司る彼女の力が捉えたのは人間とは違う何か。
しかし、野生動物の類でもない。
雨雲が少しずつ追ってきている。
彼女が走り抜けてきた場所はもう小雨が降っているだろう。
その中を何かが、来る。
急速に近付きつつある気配が一際速度を上げたのを感じて。
彼女は後ろを少し振り返った。
未だ森林地帯だが、その所々は樹木が枯れて山肌が剥き出しになっている。
彼女が見たのは数kmの山岳部の山肌を降りてくる赤黒い泡の雪崩だった。
「何アレ!?」
驚いたのも無理はない。
確かに命ではある。
しかし、人間ではない。
彼女とて一度も見た事の無いモノでは判断に困ろう。
(このままじゃ、追い付かれる!? 少なくとも穏健な気配じゃない。もう少しなのに此処で戦闘なんて……)
立ち止まって迎撃するか。
それとも相手の気配から遠ざかるルートを選ぶか。
目まぐるしく思考した彼女が答えを出すよりも先に南方の空から近付いてくるものがあった。
顔を上げれば、飛行機雲が引かれている。
「戦闘機?! しかも、あの形状……西側の……」
豊とて、使いの世界で戦ってきた一人だ。
時に現地の軍関係者からの協力を得る事もあった。
軍事智識は一頻り齧っている。
「!?」
機体の胴体下部に抱えられていた鋼鉄の槍が発射されるシーンを目撃して、彼女は目を丸くした。
大陸は仮にも軍閥が治めている。
その内陸で西の戦闘機がミサイルを発射するなど、普通では在り得ない。
(まさか、組織規模での攻勢?! アレが使いだとしたら、軍体規模の装備を持ち込まなきゃいけないくらいの脅威って事に……)
旋回して再び南方へと戻っていく機影。
それを見届けて豊はようやく走るのを止めた。
(このままじゃ目的地周辺が全部飲み込まれかねない。此処であたしが食い止めなきゃッ)
未だ少年がどういう状況か分かっていないのだ。
もしかしたら、抵抗も出来ない程弱っている可能性だってある。
明らかな危険を排除しなければ、救出も覚束ない。
「生物なら、止められる……」
ミサイルが何処に着弾したのか。
していないのか。
未だ勢いも衰えずに滑り落ちてくる血色の泡を受け止めるべく。
少女はマスクの中で呟いた。
「―――枯死。前方。射程全開。開始!!」
周囲の森林が赤に飲み込まれる寸前。
如何なる生物も敵わない命使いの本領が発揮された。
ビギ。
怒涛の勢いで降りてくる血色の雪崩が速度を落とし、落し、落し、その表面を鮮烈な赤から褐色へと変化させながら最後には彼女の前で止まった。
山肌を全て覆うはずだった一面の赤が固く固く締まりながら罅割れ、同時に背後から押し寄せてくる雪崩を急き止める壁の如く聳えていく。
やがて、森林地帯の全ての赤が静止した。
樹木の多くが血の泡と共に同じ色となって、枯れていく。
山岳部の稜線までの領域が完全なる生物の死滅地帯と化した。
(まだ、あっち側から押し寄せてきてる。力を止めたら、その瞬間にまた此方側に……動けないっ)
彼女の力は最大で数十km単位にも及ぶ実質的にはクラスAの力だ。
しかし、能力の範囲を拡大すればする程に出来る事は減っていく。
単純に細かい調整が効かない為、最終的には殺すか生かすかの二択となる。
命は複雑だ。
扱う為にはデリケートな管理が必須。
況してや。
人間を相手にするとなれば、雑な事など出来ない。
常に自らの力を最小限度で必要に応じて使ってきた彼女にしても、自らの力を死に向けて全開で使うなど、未だ嘗て無かった。
「……千四君。待ってて、必ず……あたしがっ」
ジリジリと精神が疲弊していくのを感じながら、少女は力を維持し続けた。
山の尾根では彼女の領域に入った泡が固まり、高く高く積み上がっていく……。




