第六章「啼けない鳥」~⑤~
~⑤~
「コンニチワ」
「こ、こんにちわ……」
「本日、ハおひ、おひらがも良く……」
クルリと後ろで見ている仲間達にカンニングペーパーを渡された少女が再び、少年に向かい合う。
「よく、いら、しゃー、いマスた」
「よく出来ました。偉い偉い」
「♪」
褒められて擽ったそうにして微笑む二歳程年下の少女にフゥが何事かを囁くと。
それに子供達が驚いて何やら走り去っていった。
「何人くらいいるんだ?」
「二十八万人」
「に……そうか」
「汚染が薄い各地の区域も合せれば、三百万人程いるアル」
「……養えてるのか?」
「食事の配給は食料を一日一回。水は全て濾過済みのものを毎日最低限。衛生に付いては下水なんかを汚染済みの排水を使って処理してるアル。各地に残ったビール飲料の類から抽出したアルコールを使って、五日に一回は身体を拭かせてたりも……」
希望の地。
そう呼ばれる港湾都市の一区画に子供達はいた。
誰もが粗末に見える白布のワンピース姿。
何故かと言えば、フゥはアレが一番安全だからだと答えた。
何でも色の付いたものはそのまま着ると危ないらしく。
白い布ならば汚れ具合や傷なども分かる為、管理し易いのだとか。
「あの子達は全員が孤児アル。あの災害で生き延びた子供達の一部……フゥさんと同じアルね」
「フゥも?」
「孤児と言っても色々。両親が死んだ者。黒社会に売られた者。戸籍も無く浮浪児だった者。誘拐されて何処かの組織に構成員として飼われた者。フゥさんは無戸籍の浮浪児。所謂、ヘイハイズって奴だったアル」
「……」
「比較的温かい地方だったから、いつも何処から貰ったかも分からない薄着を着て、ゴミを漁って、物乞いして、何とか生きていたけれど……四年前、都市が沈んで。運良く沿岸部で救出活動中だったねーさんに助けられた」
「そして、使いになったのか」
通り過ぎる子供達が必ずフゥにお辞儀をしてから去っていく。
遠く手を振る者もあり、何度か手を振り返す少女は笑みを浮かべていた。
「本当はすぐねーさんに報告するべきだった……でも、その当時はまだねーさんの事もあまり信用していなかったから、この力で自分みたいに彷徨ってる子達を助けようと思ったアル。勿論、その上で良いものが食べられたり、良い場所に住めたり、そういう風になればいいとは思ってはいたアルけど」
「そうしてツァオに出会った?」
「そうアル。この力がどういうものか。当時は漠然と夢や他人が見ているものを操るぐらいに思っていて……それでも子供ながらに本質は何となく理解していた。だから、あの夢を作ったアル。その後、夢に屈しない初めての大人として操に出会って、ねーさんが各地を飛び回る間に色々と教わって……こういう場所を少しずつ……」
「軍閥に内部協力者を増やしていったんだな」
フゥが近寄ってきた少し鼻の赤い子供達の頭を撫で、何事かを呟いてから歩き出す。
「夢での洗脳が必ずしも効くわけじゃないのは操みたいな人間がいた事からも明白。本当に取り込みたい人間には彼と一緒になって、奇蹟を演じて部下にしていったアルよ。実際、彼らの中にはねーさんの事を恐れていた人間も沢山いた。そういう能力を持った人間がいる事はねーさんの活躍で軍閥内では公然の秘密扱い。その中でもフゥさんみたいな人の記憶に干渉出来るタイプは言ってみれば、“何でもあり”が可能になる。黄金の山を出す事も出来れば、貯金残高をいつ見ても増やし続ける事も出来た。夢が効かないような人間にしてみても、幸せだった頃の記憶や願いを夢の中で叶えさせる事は可能だった……」
「それが手を触れられない類のものだとしても、か?」
「センシ。この力は……本気になれば、リアルタイムで記憶を全て捏造出来るアル。何も無い場所でご馳走を食べる事も、過去に失った人と話す事も、素晴らしい景色を見る事も、最高の女を抱く事も、何もかもが幻影だとしても、実現出来る。そして、記憶だけは全て本物アル」
「脳内での活動が記憶に起因するなら、能力の影響下では幻想も現実と変わらないと?」
「そうアル」
「正しく何処かのSFだな。言い方は悪いが、情報ドラッグに近い事が出来るのか……」
「そうアルね。そういうものに近い……紅蓮朋友会にしてみれば、一番管理しなきゃいけない能力。だから、ねーさんには能力を幻影を見せるものと嘘を吐いたアル」
「考えたな。確かに強力だが、それならクラスAまではいかないか。本部にしても、自分達の手が回らない大陸の使いならば、そう詳しく調べられもしない、と」
「実質、大陸はねーさんの庭。だから、支部の管轄も人員の統括もねーさん次第。それで詳しく調べようとする輩は皆無だったアル。権力者にそのつもりが無くても、側近の機嫌を損ねる事を大陸の誰もが嫌った。だから、登録されてからも今まで何とかやって来れた……」
子供達の視線に晒されながら、少年が訊ねる。
「そうか……そう言えば、あの子達にも何か記憶を与えてるのか?」
区画の中に一人も大人を見掛けなかった事を不思議からすれば、最もな疑問だろう。
「そうアルよ。此処の管理は基本的に大人達を使わず。子供達自身に行って貰ってるアル。沢山の規則や守らなければならない掟。それをどうして子供だけで遵守出来るのか。答えはコレ、アルよ」
フゥがポケットから一冊の単行本を取り出した。
それは日本語で書かれたライトノベル。
千四ですら知っている有名な大御所が書いた一冊だった。
「他にもアニメやマンガもフゥさんが記憶出来る限りの情報が此処に詰まってるアル」
己の頭を指差したフゥが苦笑する。
「本当なら、ねーさんみたいなカリスマがあれば、良かったのかもしれない……けれど、フゥさんはこの能力が無ければ、日本語がちょっと出来る小娘に過ぎないアルから……」
「だから、それを最大限に生かしたわけか。記憶で娯楽を提供してるんだな」
「文字が読めない子もいるアルから。記憶を植え付ける能力は学習の機会を与える上でもすごく役立ったアル。でも、それ以上に基礎的な言語と日常会話、守るべき規範を分かり易く教える教材としてアニメやマンガは役立った。面白いものを自分の目や耳で見たいと思うから、誰もが意欲的に学び、自分のモラルを育てる。フゥさんが日本語を学び始めたのもねーさんがお土産に買ってきた読めないライトノベルが読みたかったからアル。他にもマンガやアニメは色々なものをあの子達に教えてくれた。勇気、友情、努力、根性、恋愛、人が人らしくある為に必要な沢山の事を」
「だが、それだけじゃない。あの子達には……暗さが無い。オレが知る限り、何処の国でも孤児ってのは表情が固いもんだが、それが無い。記憶に何か細工をしたんじゃないか?」
「……此処に来るまであの子達が生き残ってきた。じゃあ、どうやったら生き残れたか? 分かるアルか」
「それは……」
容易に想像出来てしまって、千四が言葉に詰まった。
「フゥさんは記憶を与える事は出来ても、奪う事が出来ない。だから、上書きしたアル。此処に来る前の辛い記憶には白いペンキを掛けるように塗り潰して。だから、あの子達は自分がやってきた事を知らないし、自分がどうやって生き延びたかも思い出せない。よく辛い事を知ってるから、優しく出来るんだ、なんて話をする大人がいるアルけど、辛い事を経験したら歪む方が簡単アル。乗り越えられない壁ならば、消してしまった方がいい。そして、出来る事なら、少しずつ乗り越えられる壁をゆっくりと登って、過去に囚われず成長していって欲しい。それが彼らを生かした者として、フゥさんが負う義務で、彼らに与える者としての要求……あの子達にはフゥさんみたいに歪んだ人間にはなって欲しくないアル……」
「フゥ……」
「さて、話はお終いアルよ。丁度、今日は此処でイベントが在る日。回りを見てみるアル」
「誰も、いない?」
いつの間にか。
周囲から子供達が消えていた。
「さ、行くアルよ。センシ」
フゥが早足に坂道へと入った。
それから数分後。
歩き切った小高い丘の上から下を見るよう言われた千四は驚きに目を見張った。
丘の下には何万人いるのか。
広い敷地に整然と少年少女達が座っていたのだ。
「今日の上映は未知の化物とロボットに乗って戦う少年少女の物語。まぁ、お約束の塊アルね」
腕を広げて。
瞳を閉じて。
フゥが何事かを呟いた。
その途端、ワッと子供達が歓声を上げて、何も無い空を見上げ始める。
「……一人で見るより、皆で見た方が楽しい。これはそういうイベント……譲り合う事を学ぶ場所でもある」
「一緒に何かをする。何かを見る。連帯感を育ててるのか……」
「誰もが自分の事だけを考えるから、軍閥は一つに成れなかった。けれど、他者と譲り合える心がもう少し育っていれば、自戒とモラルがもっと根付くなら、フゥさんの後に続く世代はきっと……同じような事を繰り返さないと。そう信じてるアル……」
細過ぎる背中が背負った物は如何程の重さなのか。
少年には……想像出来てしまう分だけ、哀しかった。
自分よりも幼くして。
自国の未来へ一石を投じる為に起った少女はもうこの先、普通の人生を望まない。
それに満足していると。
遣り遂げたいのだと。
決意させたのは生まれのせいか。
何にしろ。
少年には……その後ろ姿が見ていられない程、眩く……苦しかった。
『【王子】!!』
そろそろ、その場を後にしようとしていたフゥ達の後ろから声が響く。
見れば、数人の男達がやってきて、何事かを報告し始めた。
「センシ!! ちょっと」
男達の報告を聞きながら、子供達の前では何も話せないと少女がその場を離れる。
それに少年も続いた。
一分程歩いた場所でフゥが男達の一人が持ってきた小型端末を一緒に見るよう言って、画面が覗き込まれる。
その中では動画が流れていた。
紅の風船。
次々に人間を襲い、同じものとして同化していく。
それが映画やCGの類でないのは使いである千四にも分かった。
白い骨片が噴射され、軍閥も解放戦線も等しく串刺しとされていく。
最後には望遠レンズで捉えたと思しき街の全景と傘が何処までも広がっていく光景が数秒流れて途絶えた。
「……どう思うアルか?」
「使いの力。それもクラスB以上。だが、それにしても軍閥も解放戦線もどちらも攻撃されてる。軍閥の切り札というわけでもなさそうだ……もしかしたら、高位の使いが生まれて暴走したのかもしれない。少なくとも、宇宙人が侵略してきたって言うよりはそっちの方がありそうだと思う」
「この動画を見る限り、同意見アル。こんな……人間を侵食して変えてしまう力を平気で使える人間がいたとしたら、今まで使わなかった事の方が不思議アルから」
「一体、何処の映像だ?」
「この傘は此処から120km先の沿岸部で撮影されたらしいアル。現地の軍閥を攻めていた部隊の増援が撮影して、現在撤退中。今も大きくなり続けてると部隊からの報告が来てるアルよ」
「そんな近くにいるのか!?」
フゥが頷く。
「近くにミサイルや戦車、自走砲なんかを持ってる部隊はいないのか? あの人間を同化するシーンから見て、近付かずに叩くにはそれしかない」
フルフルと首が横に振られた。
「軍閥側との衝突の際にそういった兵器は全て軍閥の中枢基地を落すのに投入したから、残ってないアル」
「あれが能力の暴走だとすれば、たぶん肉体に関する何かを使ってる。だが、明らかに増殖してる素振りもあった。【破常】かどうかは分からないが、それに近い。歩兵じゃどう見ても太刀打ち出来ない。部隊の配置はどうなってるんだ?」
端末に詳しい地図と肉の傘が広がっていると思われる地域が示される。
「今、全滅した部隊がいるのが此処。そして、フゥさん達がいるのが此処。部隊は沿岸船沿いに徒歩で移動中。死に物狂いで遠ざかってるそうアル」
「丁度中間地点。大きくなってたが、今どのくらいだ?」
フゥが答えるより先に手の中の端末に映像受信のアイコンが立った。
「操が出した小型の無人偵察機が映像を本部に送ってるようアル」
操作するとすぐに映像がリアルタイムで映し出された。
「な―――」
「こんな……」
二人が驚いたのも無理はない。
先程の映像よりも明らかに赤い世界が広がっていた。
遥か上空からも確認出来る半径十数km以上の広範囲が、一面地平に届きそうな赤い傘が、何処までも広がり続けていた。
「……フゥ。周辺にある軍閥との戦闘地域や集落に避難勧告を出せないか?」
「不可能……アル。この総力戦を行なうに当り、残ってる情報インフラの状況を調べたものの、残ってる回線は微々たるもので、その大半も復旧出来なかったアル。情報機器も軍閥部隊を寝返らせて取った分を重要な戦線に配したせいで重要度の低い地域には殆ど無い。今、戦ってる七割の部隊は目的を果たすか全滅するかの総力戦の最中。目的を果たせば、伝令が足で周囲にある司令部まで情報を送る手筈だった……一応、最低限の設備は此処にも置いてある。でも、それは前線部隊との情報のやり取りの為のもので、周囲の危険度の低い地域に直接呼びかけるようなものでは無いアル。今現在撤退してる部隊はこの街に近い唯一の戦場という事で情報機器を持たせていただけで、それだって一部隊に小型端末が一つ切り」
「周辺の集落や鬼城との連絡はどうなってる?」
「今回の一件が終わるまで鬼城や軍閥周辺の集落が軍閥側へ荷担しないよう無線機器を取り上げたアル。此処の近辺も例外じゃないアルよ」
「周辺に連絡する手段は走るしかないって事か」
「そうアル。今が戦闘前や戦闘後ならば、まだ遣り様もあったアルが……」
「分かった……」
「センシ?」
少年が大きく息を吐いた。
「本来なら、蘆夜さんが来るまではと思ってたが、前倒しする」
「前倒し……ッ!? ど、どうするつもりアルか!?」
気付いた様子でフゥが慌てて千四の袖を掴む。
「酸素ボンベを用意してくれ。それと地図もだ。機会は最初から一回が限度だからな。この一回であの赤いのも大陸の汚染もどちらも片付ける」
「センシ―――でも、移動手段が!!」
「移動手段は要らないんだ」
「え?」
苦笑して。
手がそっとフゥの頭を撫ぜる。
「まぁ、高度に比例して戻って来れるかどうか怪しいから、本来なら少し事前に確認したかったが、事態が動いた以上……やるしかない」
「センシ……」
「この使いの力を全力にすれば、これから色々と面倒事が起る。だから、一つだけ約束してくれ」
「約束?」
「ああ、六六千四は此処にいるフゥとは何一つ関係無かった。そして、僕達は赤の他人だ」
「ど、どうしてアルかッ!?」
思わずフゥが叫んだ。
「これから使う力はたぶんどうしようもなく注目される。それこそ、その内実を知っている人間を拷問に掛けたり、脅したり、殺したり、情報を聞き出そうとする輩はきっと手段を選ばない」
「そんな……」
「フゥ。頼めるか?」
真っ直ぐに見上げて。
何処までも真摯な瞳で。
彼女は相手が本気だと知る。
「……どうしてそこまでして、自分が危険な事も承知で人を助けられるアルか……」
「約束したんだ」
少年は笑う。
「この力の使い方を」
そうして、ゆっくりと少女の頭から手を引いた。
「どんな綺麗事だろうと、この力は日常の為にって」
「日常?」
「ああ、僕の一番大切なものだ」
「センシが言うなら、それは凄く良いものアルね。きっと」
「はは、どうかな。でも、こんな力でも、フゥの言う未来に少しでも役立つなら、僕はこれからも、この気持ちをずっと持ち続けられる気がするんだ……この力はただ誰かを屈服させたり、虐げるだけの暴力じゃないって」
「……馬鹿アルね。そういうのを日本ではお人よしって言うアルよ?」
胸に抱き付いて、少女は呟く。
今にも潤んでしまいそうな瞳を閉じ、唇を噛み締めて。
「情けは人の為ならずって言うのも覚えておいてくれ。後、お人よしって言うのは蘆夜さんや皆の事だと思う。こんな力を持ってても、仲間として接してくれたんだから」
ギュッと拳を握って、離れた少女の顔はもう眼差し鋭い大陸に波乱を齎した者のもので。
「……分かったアル。すぐに言われた物の用意を。何処かに輸送する必要はあるアルか?」
「いや、この丘でいい。蘆夜さんの事は引き続きお願いする。そして、出来れば事後処理を頼むって伝えておいて欲しい」
「了解アル」
「開始は準備が出来次第すぐ。あの赤いのがこれ以上犠牲を出す前に終わらせる」
二人が互いに背中を向けて。
少年は空を見上げ、少女達は大人達を伴ってすぐに準備を始めた。




