第六章「啼けない鳥」~④~
そろそろクライマックス。どうぞ、最後までお付き合い頂ければ幸いです。では、次回。
~④~
貴方は何を使いますか。
この世にいる全ての使いは必ず、そう訊ねられる。
それに答えたが最後、彼らには何かしらの能力が宿った。
四年前、極点の消滅と共に起った大災害と限定核戦争は破滅を導いたが、その前後に使いの数は増え始めたとも言われている。
現時点で分かっている事は三つ。
訊ねる存在が大昔から【御使い】と呼ばれている事。
訊ねられた時点で返答を行なわずとも内心を読み取られて能力が付与される事。
声を響かせる【御使い】は未だに声以外の全てが観測されない正体不明の相手である事。
故に使い達は過去から現在に掛けて、自らを能力者に仕立て上げたナニカを探し続けている。
一向に成果は上がっていないが、現代科学ですら解析不能の能力の謎を解き明かす為、組織化された使い達の団体の大半はソレを追う部署を設けるのだ。
大陸にそんな者達の一派が上陸したのは二日前。
彼らは蒼いフードを被った四十代から十代までの混成チーム。
その姿は異様でこそあったが、誰にも見咎められる事無く。
ひっそりと海岸線沿いの都市近く。
軍閥VS軍閥+民兵の戦いが激化した港で監察を続けていた。
「定期報告。現在、予測精度87%に向上。御使いの出現率は極めて高いと思われる。現時点で港町の七割を民兵組織が占拠。軍閥側は劣勢を強いられ、退却しつつある。ガソリンの枯渇からか。車両は見受けられず」
「あ、チーフ。役所に立て篭もっていた軍閥連中、何か奥から引っ張り出してますよ」
「……自走砲を確認。手で押しているのか? まったく、非合理的な」
港を見渡しているフード達が山岳部から高倍率の双眼鏡で港町の全景を観察しながら、事細かく胸元のピンマイクで音声資料を作成していく。
彼らの視線の先では大勢が決したにも関わらず。
軍閥が役所の倉庫方面から火砲を引っ張り出してくる相手の姿が見えた。
「うぇ……民兵連中、自分の仲間の死体を盾にしてやがる。それに何なんだ? 何で……あんな笑顔で……」
「今回の内紛には軍閥を裏から寝返らせた使いの存在が疑われている。そういう事だろう」
「おいおい。どんな悪魔だよ。精神干渉系……近頃死んだって噂の【人間使い】も真っ青じゃねぇか」
「チーフ。本部から伝達。第二班からあの黒く染まっていた場所のサンプル調査が提出されたと」
「結果は?」
「やはり、大気及び土壌、地下水脈、殆どの検体から放射性物質の排除を確認したようです。他にもどうやら環境ホルモンや生態系のバランスを崩していた産業廃棄物も同じようで……確定的ですね。相手の力はあらゆるものを排除する能力だと思われます」
「ふむ。やはりか。あの状況……四年前の……」
「チーフが言ってた。四年前の破滅を齎した使いって事ですか?」
「まだ断定とは言えないが、【極点】に関するレポート内容と現在のサンプリングされた場所の状況は似通っている」
「神って奴か。世界を破滅させるなんて、何の使いだったんだか」
「分からん。だが、神と名乗れる程度には強かった。そして、それを退けるだけの使いもまた存在する。これは事実だろう」
「チーフ!! 予定者を確認!!」
「すぐに詳細な観測へ切り替えろ。どうなっている!!」
フード達が同じ場所を双眼鏡で覗いた。
「どれだ?」
「庁舎前。自走砲の後ろで倒れてる奴です!!」
「口元をズームしろ。呟いている……」
「な、に、を? つ・か・い・た……死に掛けてませんか?」
「いや、これは……貴重な資料になるぞ!!」
「どういう事っすか?」
「死に掛けた人間にも【御使い】が呼び掛けたとするなら、その能力は宿ってすぐに消える事となる。それが何を意味するのか。分からないか?」
「チーフより、頭脳明晰じゃないんで」
「【承醒】による能力強化。これは通常、同じ使いを殺すよりも能力の上げ幅が高い。もしも、意図して死に掛けの人間に能力を発現させるとすれば……」
「まさか、御使いには能力を強化する意思がある?」
「それを今から調べる!! 全ての観測情報をレート最大で記憶しろ!!」
「それだと貸与されたストレージの残量から言って、観測時間が三時間を切りますがよろしいですか?」
「構わん」
「チーフ。こ、これどうなって!? 一斉に死に掛けてる連中が!?」
フード達が再び観察へ戻ると死体か。
もはや死人に近しいと思われる者達の唇がブツブツと呟いていた。
「当りだッ!! これは―――」
「呟き始めた?! チーフ!? 現在確認されているだけで……四百人超えました!!」
「嘘……これじゃ使いの数が飛躍的に増える計算に……」
「待て!! 慌てるな!! この状況、もしかすると、もしかするかもしれん」
「な、何ですか? もしかするとって」
「近頃、新世代の使いに恐ろしい程の能力を秘めている者が確認されている。これは……その生成方法かもしれないという事だ」
「―――同じ能力を死に掛けの人間を使って何度も強化していると?」
「で、でも、同じ能力を同時に他の人間へ与えられるもんなのか?! 能力は一人に一つ。同じ能力は存在しないし、与えられないんじゃ」
「我々が知らなかっただけなのかもしれん。今までに無い御使いの習性や能力があったとしてもおかしくはない。クラスSSの使いにしても、四年前始めて確認されたばかりの連中だ。もしも、彼らがこのような方法で使いにされたのだとすれば」
「半数が死んだ事を確認しました。現在、尚も減少中―――急激に生命活動が停止していく!?」
「残り150!! 90……40……20……0」
「周囲に更なる予定者を探せ!! クラスA以上の使いが現れる可能性があるッ!!」
急がしくフード達が観測を密にして、街の状況を記録していく。
「―――発見しました。予定者です!! 他には見当たりません。役所の屋上!!」
「何だ!? 死んで―――チーフ?! あの予定者!? 頭部が半壊してますよ!!?」
彼らの視線の先。
民兵達が役所の中に雪崩込み。
軍閥の兵達を駆逐していった。
手に持たれたのは農具や瓦礫の類。
銃を使う者もあったが、弾が尽きると鈍器として使っている。
もはや誰の目にも軍閥が終わりを迎えたのは明らかだった。
しかし、役所の屋上でフラフラと立つ頭部が半壊した半裸の男が呟く。
―――死にたくない。
が、その願いも虚しく。
屋上に続く扉から次々に民兵達が湧き出した。
最後の敵だと言わんばかりに男へ瓦礫や椅子。
硝子の破片を持って叫びながら突撃していく。
「次の予定者は?」
「いません。捜索していますが、何処にも」
「これで終わりなのか? ならば、次の予定者がいる場所が近くに」
一瞬、目を離したチーフと呼ばれたフードの男が小型の端末で情報を送信しようとした時だった。
「何だアレ?!! チ、チーフ!!!?」
「どうした、何が―――」
フードを被っていた誰もが絶句していた。
男の半壊した頭部に殴り掛かったはずの民兵達がブクブクと膨れたかと思うと蠢き。
ゴポンと風船のように膨れて屋上が血肉の風船に覆われた。
まるでその光景は血の泡だ。
だが、それだけに留まらず。
屋上から真下に広がっていく風船に触れた民兵達が次々に同じような色の風船と化していく。
最初こそ何が起っているのか分からなかった様子の兵も、人間が一瞬で服も弾けさせて別のものに変化していくのに気付き、慌てて役所から逃げ出していく。
「あ、あれは……一体、何を使って……」
役所を覆いそうな程に膨れ上がった悍しい赤い肉の風船が動いた。
バゴォオオオオオオオオオオオッッッ!!!
役場が内部から弾け跳んで、その瓦礫に民兵達が押し潰されていく。
内部から現れたのは風船を寄せ集めた塊。
その内部からパパパッと白いものが弾き飛ばされ、更に周囲の地面や建物、人間を散弾のように貫いていく。
「あの白いの骨? ま、まさか、あの風船……」
ゾッとした様子でフード達の誰もが押し黙った。
チーフが端末内で何やら黒いウィンドウを開くと指先で何かの承認ボタンを押す。
「最悪だ。こんなところで暴走状態の【移譲】……今、救援要請を出した。アレがこちらに気付く前にこの大陸から離れるぞ」
周囲に展開されていた観測機材を片付け始めたチーフの様子に他のフード達が尋ねる。
「チーフ。あれは一体……」
「お前達も聞いた事があるだろう。使いの中には自分の能力で人間を止められる連中がいる。主に肉体強化系の連中の極一部。全体で見れば、万分の一くらいの確率だがな」
「【移譲】……人間以外になるから、そういう名称なんですか?」
「ああ、ちなみに最も最悪なのは人間を止める前に思考や記憶に異常を来たした場合だ。人間を止めた以上、その肉体の恩恵に預かれない。つまり、精神の失調や記憶の欠落に対する回復が望めない。脳機能そのものを別の何かに移し変えたからと言って、脳が持っていた本来の機能全てを別の媒質で再現出来るかは別、という話だ」
「じゃ、じゅあ、あの風船になった男は……」
「もう意識も殆ど無いだろう。だが、能力が悪かったな。生き残る為に人間を取り込んだところで無駄だ。半壊していた頭部の状況から言って、正気には戻れまい」
「あれって数百人分の【承醒】を経てるとしたら、とんでもない怪物になるんじゃ……」
「沿岸部であれば、爆撃機が飛ばせる。本部からのメールだ」
チーフが全員に端末を見せた。
「焼却処分。出来るんですか?」
「その為にも早めに逃げるぞ。気化弾頭とナパームの雨が振ってくる前に」
「チーフ。やべぇ!? あの肉風船!! 民兵を取り込み始めやがった!?」
双眼鏡の先で民兵達が赤い巨大な肉風船に触れて同化。
規模が加速度的に大きくなりつつあった。
「……生存本能だけで足りない脳を補う部品を探してるのか。今の大陸には何処でも死体の山がある。本格的にホラーや怪獣映画の類になるな」
「言ってる場合ですか!!」
「こちらはもう終わった。後、一分以内に済ませろ。10km先の平原に三十分後、ヘリが来る」
「こっちは終わりました」
「こちらも」
「こ、こ、こっちも何とか」
フード達が全ての機器を収容し終えたのを確認して、チーフが号令を掛けようとした瞬間。
ズドボォオオオオオオオオオオオオオオ。
「な、何だぁああ!?」
役所のあった付近で一瞬にして肉風船が捻れて高く高く塔のように変形していく。
それだけではない。
その頂点がまるで傘の如く開いて延び始めた。
「付いて来れなければ死ぬぞ!! 脱出するッ!! 振り返るなッ!!」
走り出す誰もが空を覆い始めた肉の傘の異様に呑まれ、まるでSFだと内心で愚痴った。
「しがない研究職には辛いですよ!? 今回のフィールドワーク!!」
「我等【秘碩学堂】の会則を言ってみろ!!」
全速力で山肌を駆ける彼らは常人を張るかに超える脚力で現場から遠ざかっていく。
背後にバックパックを背負っており、その姿はフードも相まって、登山者のようには見えない。
『全てを解き明かせ』
チーフ以外の全員が唱和する。
「そうだ。それでいい。命を掛けぬ研究に何の面白みがある」
フードの下で男が笑う。
「とは言え。あんなのに勝てる使い。ウチの執行部と学長以外いましたっけ?」
「先程、本部に他の三組織へ【大完全戒列】の召集を要請した。現代兵器の砲爆撃が効かなかった場合の保険としてな」
「そ、それってアレでしょ!? クラスAの特別討伐部隊!! お高いんじゃないんすか?!」
「連中とて、自分の身が可愛いのは同じだ。特に【紅蓮朋友会】は同胞に手厚い。あんな化物になった者を放置しておく事はしないだろう。まぁ、ゴタゴタしているそうだから、手が回るのは遅いか早いか分からないがな」
「それって、オレらが逃げる間には絶対来ないって事ですよね?!」
「無論だ。召集に最低二日。出発に一日。到達は……【紅蓮朋友会】が主体ならば一秒。どちらにしても三日は来ない」
「死ぬじゃないですかヤダぁああああああ!?」
「静かにしろ。アレがどんな方法で感知してるのか分からないんだから!!」
雲行きが怪しい空模様の中。
彼らは進み続けた。
化物から逃げ延びられると信じながら。
三十分後。
輸送ヘリに乗り込み。
大陸から脱出する彼らが航空から見たのは全てを赤黒く蓋っていく傘と早くも飲み込まれたと思われる集落や街の成れの果て。
未だ嘗て無い新たな災厄が芽吹きつつある事を誰もが感じていた。




