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第六章「啼けない鳥」~②~

毎日投稿と言っていたのですが、近頃寒い日が続いて、体調の悪い日が続きました。明日からはまた終わりまで投稿し続けるかと思います。物語もそろそろ終わりへと収束していくでしょう。では、次回。

~②~


 一人、重汚染地帯を進む影があった。


 背負った小型の酸素ボンベ。


 そして、汚染された山岳地帯の森林を駆け抜ける俊敏な脚力。


 一部の樹木は枯れつつあったが、それでも未だ生命は息衝いているのか。


 動物は見かけずとも蟲の類や苔類は未だに生存している様子で足元をカサカサと小さな何かが行き交う。


(待ってて。千四君……)


 進み続けるのは蘆夜豊だった。


 彼女が対外的には肉体強化系の使いであるという話は紅蓮朋友会内部では比較的知られた話だ。


 その直接の上司である眼鏡を掛けた柔和な壮年、伊藤圭太は豊が恐ろしく有用な能力である【命使い】である事を組織内部に対しても公表していない。


 知るのは総代と一部の【衛星】達のみで部外秘扱いとしている。


 それでも彼女が周囲からの視線を誤魔化してやっていけるのは自らの肉体の疲労を常時取り除き続ける事が出来る体だからだ。


 疲労、怪我からの回復。


 欠落した四肢の再生。


 病気の治療。


 肉体、脳、細胞の気質的障害の除去。


 若返り。


 そして、死人の復活。


 その全てにおいて完璧なる成果を発揮する彼女は今まで発見されたどんな使いよりも希少価値がある。


 だが、紅蓮朋友会においては戦闘能力しかクラス上の数値は図らない事を利用し、情報は隠蔽された。


 しかし、切り札として寝かせておくのも勿体無い話。


 だから、伊藤は豊に監察官という役目を与えた。


 公には使い達の状況の把握と綱紀粛正が目的の任務だが、実態は命を感じ取る……使いを見つけ出す能力が非常に高い豊にスカウト相手を探させていたのである。


 この四年で監察官として世界を回った豊は多数の稀少な使いを発見し、同時に自らの能力を磨きながら、戦闘経験を積み続けた。


 今ではクラスAにすら届く逸材と評価する向きもある対使い戦のプロフェッショナル。


 それでも、そんな完璧にも見える少女にも一つだけ弱点。


 いや、能力の欠陥とでも言うべきモノがある。


 それは……命が見え過ぎる事。


 伊藤が彼女を遣わした国の多くが荒廃していたのは言うまでも無い。


 東南アジアの諸国は大半が水没してしまっており、辛うじて残った陸地にしがみ付く人々の生活は辛酸を極めた。


 それを直接見る程度ならば、別に人間は慣れるかもしれない。


 彼女がそういった事に慣れない人間だったとしても、許容は可能だろう。


 しかし、そういった“生きた地獄を味わい続ける人間”がいる場所で彼女は活動を大幅に制限される。


 命を感じるという事はそれがどういう状態なのかを見極められるという事だ。


 しかも、広範囲の感知能力が齎す情報は恐ろしく密度が高く。


 死に近付いていく命を感じれば、精神に多大な負荷が掛かる。


 どうしても、そういう場所で活動しなければならない時は伊藤が必ず数日以内での任務に調整していた。


 それで何とかなっていたが、今回の大陸行きは一週間以上の長期滞在と化した。


 それも……彼女にとって最も辛い“これから死に向かう人間”が未だ数億人以上 存在しているのだ。


 旅の初日から顔色が優れなかったのは人口が比較的密集している地域の有様が予想以上に酷かったから。


 最悪に近い生存環境に晒された人間の情報が数の多さも相まって津波のように襲ってくれば、吐き気を催すどころでは済まない。


 一応、能力で癒せてはいるものの、能力を緩めた途端に精神が削れていくので、常に集中力を途切れさせられないとなれば、心が疲弊するのは仕方ないだろう。


 眠っている時以外は気を張り詰めっぱなしのまま。


 今も頭が割れるような頭痛を何とか能力で取り除きながら、豊は自らの細胞を寸断し、DNA情報を細切れにしていく放射線の中を進んでいた。


 常人なら一時間で死の淵に立つだろう世界。


 一刻も早く抜けなければ、彼女とて集中が途切れる。


 時速22km。


 小型ボンベを背負って山岳地帯をこの速度で駆け抜けるとすれば、驚異的としか言い様が無い。


 最初期はヘモグロビン使いである蒼雲から高濃度の酸素を肉体が傷付かないよう吸収蓄積させたものを使い、次は背負ったボンベからの吸入。


 最後に持ち込んでいた軍用のマスクを着用する事になる。


 それにしても使用限界はあるわけでモタモタしていると舞い上がった埃などから放射性物質を取り込みかねない。


 如何に豊の能力が優れているとはいえ、常時能力を発動し続けられるわけではない。


 体内から排出されない放射性物質を取り除く方法が外科手術しか無い以上、彼女にとっても汚染地帯は魔窟だった。


 走り始めてから三時間。


 予定の半分を超えた道程は順調。


 だが、放射性物質を多量に含んだ雨雲が北西の方から吹き込んでいる事から、ペースを上げなければならないのは確実だ。


 足元が泥濘となれば、走れなくなってしまう。


 如何に肉体を回復出来ようと人間の基礎的能力を超えられない彼女の身体能力は並みだ。


 常に全速力で走り続けられるだけで、持久力には優れるが、瞬発力が上がるわけではない。


(雨が降り出す前に海辺まで到達しないと。この雲……きっと大雨になる)


 ボンベの酸素がそろそろ切れる頃合。


 ここからはマスクの出番だと酸素残量を確認して、豊は使い切った重りを投棄した。


 軽くなった分だけ早く走れる。


 黒い外套コートに黒い手袋。


 冷たい色のゴーグルに顔を隠すマスク。


 よくそんな恰好で被災した亜細亜を回っていた時の事を思い出して、何処か懐かしい気分になった豊はこの短い時間で自分の世界が変わっていた事にようやく気付いた。


(あはは……千四君や皆と一緒にいたからかな……まるでこっちの方があたしにとっての非日常みたい……)


 近頃、不味いオニギリも食べていないし、味気ない軍用食レーションも摂っていない。


 毎日毎日持たされた濾過装置で水を綺麗にしてから飲むわけでもなく。


 夜盗が横行する場所で野宿していたのが夢のようにも思える。


 少年の護衛として一緒に住むようになってから、彼女は常に恵まれていたのだと知る。


 毎朝のように食事を作る少年。


 学業と使いの訓練以外の時はインドア派でアニメとマンガとネットをしている少年。


 そうして、買い物に出掛けると必ず何か必要なものは、食べたいものは、欲しいものはと聞いてくる少年。


 部屋はそう大きく無いのに布団を一式買って、夜は其処に寝るよう言って、朝は共同の物干しに掛けてくれる。


 ……まるで守っているのは自分ではなかったと、豊は思う。


 守られていたのだ。


 年頃の男女が一緒にいるのだから、幾らも問題は起きそうなものだが、そういったものを少女が感じた事が無いのは確実に六六千四が配慮した結果だった。


 風呂に入ると言えば、さりげなく夜のコンビニに出掛けていたし、女性として月のものが来るような日には薬箱がさり気無く寝台の下から引っ張り出されていて、その中には常備薬に紛れ、男には必要無いはずの錠剤の箱が幾つか混じっていた。


 下着は別々に洗うべきだと自宅に洗濯機があるのにわざわざコインランドリーまで足を伸ばし、ゴミ出しだって、そういう豊の個人的なモノが出る日に限っては頼んでくれて。


(あたし、馬鹿だなぁ……ちゃんと、お礼言わなきゃいけなかったのに……一つも言えてないや……)


 速度が上がる。


 土を蹴り飛ばす。


(助けるから、絶対連れて帰るから……無事でいて……千四君)


 駆けて、駆けて、駆けて。


 蘆夜豊は自分に温かな日常というものを思い出させてくれた少年を救い出すべく、山道を走り抜けていった。

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