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第六章「啼けない鳥」~①~

第六章始まりました。では、次回。

第六章「啼けない鳥」~①~


 一人、滑走路に降り立った女が乗ってきたセスナを横目に荒らされた空港へと向かっていた。


 遠目には廃墟にしか見えないが、その建物に着いた傷は真新しい。


 日本の使い達が一時身を寄せていた場所だ。


「どうやら、ちゃんと逃げられたみたいね。おねーさんも頑張った甲斐があったわ」


 ワンの衣装は全身黒く染まっていた。


 一応、消毒の為にアルコールや洗剤で何回も洗ったのだが、連日連夜の戦いで返り血の量はもう完全にスーツを染物にしてしまっている。


 新しい服を調達しようにも、彼女の服は紅蓮朋友会からの貸し出し品で機能性に優れている上、防弾防刃性能が高い。


 何とか道中、漂白剤を手に入れようとしたのだが、何やら軍閥の同士討ちや見慣れぬ民兵組織が殺し合いの真っ最中で都市部には近付けなかった。


 結果、衛生上最低限の洗濯をしたのみで今もスーツは着込まれている。


「……八つ当たりっぽいわね。逃げられてご立腹だったのかしら?」


 滑走路脇の空港。


 建造物の中はやたら物が壊されている以外は血溜まりの一つも無かった。


 割れた硝子を割り砕きながら、辺りの様子を伺って大丈夫そうだと安堵した彼女は再びセスナに一端荷物を取りに戻ろうとして、ジャリッと土埃の立った10m背後に抜き様の早撃ちで一発。


 同時に横っ飛びで体を投げ出した。


(どういう連中!? 気付けなかったとしたら、練度高過ぎ―――)


 彼女とて人間。


 不意打ちで死ぬ。


 意識していなければ、狙撃でお陀仏という場合もある。


 如何に強くとも自分の限界を弁えた彼女は襲ってくる勝てる相手にしか戦闘をしてこなかった。


 銃弾も数箱持ち歩いていたのが今では空だ。


 襲ってきた人間から鹵獲した小銃や弾はまだ残っていたが、愛用の拳銃で戦う時が彼女にとって一番死が遠い時間である為、弾薬の消費は抑えられなかった。


 故に現在、残っている予備弾倉も合せて四十発程が命の保険だ。


 しかし、相手がテッキリ撃ち返してくると思っていた彼女が見たのは両手を挙げて顔を強張らせた十代の少年だった。


 日本の使いではない。


 それどころか。


 衣服の廃墟に大陸に相応しいとは思えない仕立ての良い制服。


 学生服の類だ。


 ブレザーに黒と緑のチェック柄のズボン。


 そして、首筋に撒いた蒼いマフラーが妙にアンマッチだった。


『貴方、誰なのかしら?』


 一応、英語でワンが問い掛けたのは相手が白人。


 それも長髪で紅のブロンドだったからだ。


 顔は三枚目という感じで少し厳つく。


 微妙に顎が弛んでいる。


 中年太りのように丸みを帯びた腹と汗を浮かべる姿は正しく場違いのオンパレード。


 だが、だからこそ、ワンは警戒レベルを最大まで引き上げた。


「え~~っと。あ、あ~~あ~~~日本語通じる?」


 ジットリと汗を浮かべてワンに向き直った少年がそう言うのをジットリとした半眼で見据えつつ、ワンが頷く。


「よ、良かった~~言葉通じないかと思ったよ。えっと、ワンさんでいいのかな?」


「貴方、日本語上手いわね」


「そ、そうかい? ぼくアニメとか好きな方なんだ」


「それで、そんなアニメ好きなお坊ちゃんがどうしてこんな所にいるのかしら?」


「紅蓮朋友会も基本的に自分達の目が行き届かないところで他の組織の使いが活動するのは見逃してるから、大陸でなら接触出来るかと思ってたんだ。君はこの大陸唯一のクラスAだからね。ところで、本当にワンさんでいいのかな?」


「しつこいわね。本当にワンよ」


「えっと、紅蓮朋友会のクラスAのワンさんだよね?」


「いい加減にしないと脳天にぶち込むわよ?」


「お、お~~け~~もう聞かない!! だから、銃の引き金は止めて?! いやぁ、ぼくの聞いた限りの情報と偉く実物が食い違ってたから、ちょっと自信無くてさ」


 ワンが一応、怪しいが戦意は無さそうだと引き金に掛けた指の力を緩めた。


 ちなみにどんな情報かと聞くべきかと思ったが、どうせ言い様からしてロクでもないのは明白なので触れずにおく。


「で、何か用かしら?」


 少年が両手を下げて、イソイソと懐から掌大のケースから一枚の名刺を取り出し、両手でワンの方へ差し出した。


「……自分で読みなさい。不用意に近付かないわよ」


「え、え~~ま、まぁ、じゃあ、こほん」


 少年がワンの要求に困った様子になった後、イソイソと名刺を読み出した。


「【被猫丘ビビアル】所属。クーゲル・シュライバー旅団筆頭理事。ビッグマウスです」


 ペコリと頭を下げた少年の言葉にピクリとワンが反応する。


「鉛筆? それに旅団て、あの商人連中の理事なわけ? その歳で……ちなみに年商聞いてもいいかしら?」


「まぁ、これくらい」


 ビッグマウスと名乗った少年が指を二本立てた。


「二億。まぁまぁね」


「いや、二百億なんだけど。あ、ちなみに円だよ」


「にひゃ―――そう。そんな、世界もあるのね」


 クラスAとはいえ。


 基本的に紅蓮朋友会の懐事情は寂しい。


 それも大陸は恐ろしく治安やらインフラやらが悪いので現物支給と$払いで諸々活動しているワンには二百億という数字は縁遠い話だった。


「それにしてもあの猫被り連中がこんな場所に何の用?」


 幾分か警戒は解いたものの。


 それでも銃は降ろさず。


 ワンが訊ねる。


「いや~~大規模な騒乱の気配となれば、復興事業が儲かるというのが世界の相場なもので」


「悪いけど、絶賛大陸はお取り込み中よ。後で来なさいよ。金に意地汚いとは言わないけど、あんたら戦力になる癖に戦いもしないし、物資の輸送運搬とか殆ど運び屋じゃない」


被猫丘ビビアル


 世界が破滅して以降、表側の世界で国連と接触した三組織とは別にある大小の使い達の集団の中でも大組織と呼ばれる集団の一つ。


 基本的に使いの集団というのは能力達が中心になって運営しているのが普通なのだが、彼ら【被猫丘】はその大半をただの人間で占める組織として他の集団とは一味異なる。


 その正体は本拠地を持たない数百人規模の旅団単位で構成された多国籍運輸事業団だ。


 主な柱は海運、続いて空輸と鉄道。


 会員全てが貿易事業に手を染める何でもありの運び屋。


 それが彼らの周りからの評価である。


 一応、使いの組織と言われているが、運輸に携わるエキスパート集団という側面が強い為、各国では逗留する彼らを不思議な能力が使える小間使い程度の認識で四年前からこっち使い続けている。


 国連と使いとしての直接的な繋がりこそないが、世界を三分する使いの組織が何かしら大きな事をしようとするといつの間にか事業の説明会に混ざっていたり、いつの間にか協力者に名を連ねているのが彼らの特性をよく表しているだろう。


 猫のように俊敏な足運びで各国を駆け回り、相応の金を払えば、どんな場所だろうと品を届ける姿は正に運輸業者の鏡である。


 同時にそれは世界の物流に食い込んでいるという事であり、恐ろしく頭脳派が多い事を示す。


 更に軍事的にも米軍相手に最適化された兵站管理や戦力の迅速な移動力を供給する影響力の高い組織でもある為、お世話になるNATO関係者は多い。


 米国に比肩すると言われる独自の衛星網をこの四年で構築しており、その物流に対する情熱は世界復興の中において確実に必要とされる要素ファクターだ。


 使いが混ざった輸送部隊は紛争地域においては武器商人。


 治安が良好な国では運送業者。


 その二面性の為に治安の悪い国程に彼らを知る者は多く、敵も増える。


 だが、彼らに面と向かって喧嘩を売る軍やテロ屋はいない。


 各国の防衛産業、兵器ブローカーが贔屓にする最大手の年商は純利益だけで年間数兆円、世界最大の自動車会社すら上回るのだ。


 金と物流を牛耳る者の前にはどれだけ高飛車な独裁者も大人しいとされる。


 その内訳の二百億を預かると言えば、大物と言って間違いないだろう。


「それもそうなんだけど。ぼくらのお得意様が負けそうなんだよね。それでちょっと戦後に口利きしてくれると助かるなぁと姿を表してみた次第なんだけれど」


「お得意様……軍閥連中の事かしら? それよりも負けそうってどういう事よ」


「あ~~貴女はまだ知らないのか。近くの都市で軍閥とドンパチしてるのを見なかったかい?」


「あの民兵組織っぽい連中の事?」


「ああ、そうそう。それそれ。他にも軍閥の正規軍と黒幇の連中が半分以上寝返って各地で軍閥が打倒されてるんだ。それで商売相手がいなくなっちゃって。このままだと無駄なコストになるから、引き上げるかどうか検討してるんだけどさ。此処で次の事業が出来るとなれば、引き上げのコストも要らないだろ? で、貴女に口利きをして欲しいって頼んでるわけ」


「意味が分からないわね。どうして、その民兵組織や軍閥の寝返った連中に私の顔が利くと思うのかしら?」


「え……あ~~まさか、気付いてない?」


 困ったなぁという顔でビッグマウスと名乗った少年が頭を掻く。


「私の知り合いにそいつらの何人かが混ざってるって言うの?」


「いや、君の妹さんなんだ。その民兵組織のリーダー」


「は?」


 思わずワンがそんな声で目を瞬かせた。


「う~~ん。知らなかった?」


「―――はぁ~~~~~~~そういう、事ね」


 思い切り溜息を吐いたワンが天を仰いだ。


「何だかご家庭の事情に首を突っ込んでしまったような気もするけど。どうにかならない?」


「見返りは何?」


「ウチを使う時、次に何処の旅団だろうと百万$までなら無償で協力するってのはどうかな?」


「……いいわ。それで手を打ちましょう。でも、あくまで私は妹に紹介するだけよ。それ以上は何も確約出来ない。いいわね?」


「それで十分だ。仕事を自分で取れるくらいには優秀だと自負しているからさ」


「契約成立ね。じゃあ、契約ついでに仕事の話をしない?」


「仕事?」


「私を今すぐ妹の前まで安全に運んで頂戴。これ、どれくらいになるかしら?」


「う~~ん。そうだな~~皆~~聞こえてると思うけど、どれくらいになると思う?」


 耳内にインカム、胸元にマイクでも付けているのか。


 すぐにウンウンとビッグマウスが声を聞いて結論を出した。


「最新機材と航空機の手配。それから機体の損害保険と各員の給与諸々……〆て十億くらいかな。円で」


「なら、日本に口座があるから前金で出すわ。口座番号とカードの暗証番号も教えるから引き落としておいて」


「ええっと、こういうのは日本語でまいどあり?」


「それでいいわよ。後、出来れば、早めにお願い。どうやら御仕置きしに行かなきゃならないようだから」


「あはは。出来れば、相手には生きていて欲しいなぁ……」


「紹介するのが死体じゃないなら、ちゃんと話しておくから、安心して」


「なら、ふむふむ。丁度、インドから出せるらしい。今から八時間後に此処から出発出来るよ」


「そう、ならそれまでは休めるわね」


「ぼくも一仕事終わったし、少し休もうかな。あ、有料で良ければ、【被猫丘】印の寝具や睡眠導入剤、他にも弾とか、水とか、食料とかあるけど、買っていかない?」


「後で口座から引き落としておいて……弾薬と水だけ買うわ」


 商魂逞しいビッグマウスにワンは溜息を吐いて、銃を降ろす。


「まいどあり~」


 制服姿のぽっちゃり系武器商人はにこやかに手配を始めて、グッとサムズアップしたのだった

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