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第五章「使い達の流儀」~③~

物語は終盤へ。では、次回。

~③~


 服を着たフゥが食事を持って来ると言って部屋から出て行って十五秒程した頃。


 再び外へと続くドアが開いた。


 其処にいるのが何か忘れた少女ではなく。


 見知らぬ男。


 それも頬に傷を持つ酷薄そうな顔の迷彩服を着た三十代ともなれば、警戒して当然だろう。


 一応は防弾性の外套を着込んでいるとはいえ、無造作に銃撃されてもおかしくない立場である。


 フゥがどれだけの組織を構築したのか千四は知らないが、何事も絶対はない。


 内部対立が無いとは限らないのだ。


「どちら様で?」


「……これがあの化物の現物か。本当に見た目は人間なのだな」


「随分と日本語が上手いな。留学でもした経験があるのか? あんた」


「物怖じもしない。恐れも無い。どうやら、まだ何もせずに済みそうだ」


「?」


「お前を洗ったのはオレの指示だ」


「―――人の身体をツルッツルにしたのはあんたか?!」


「あの方に威圧感を与えるような、男らしさを極力排除しただけだ」


「何だと?」


 千四が男の言動が飲み込めず眉を顰める。


「心配するな。こちらにいる使いが丁寧に毛根から死滅させておいた。良かったな……施術は無料にしておいてやる……」


 その物言いにまったく自分と噛み合わない相手だと分かった為、少年は傍にある椅子に腰掛けた。


「で、結局あんたは此処に何をしに来たんだ? 軍服さん」


「ツァオ。形式的にそう名乗っている」


「千四だ」


「名前など、どうでもいい。話しがあるのは化物の方じゃない」


「……オレ個人はあんたみたいなヤバそうなのに好かれる理由が無いな」


「だが、お前はあの方に好かれた」


「あの方……フゥの事か?」


「ああ、そうだ。我々を導き消費する最後の女神。ジョカとは言うまい。だが、確かにこの大陸に始まりを齎す存在には違いないだろう」


「……人を創った女神、だったか? フゥの能力がそこまでのものとは思えないが」


「あの方の能力を知っているのか? 本人はあまり話したがらないはずだが。いや、そうしている以上、お前もオレと同じか」


「同類扱いは心外だ。それと自分の能力とあいつの今までの言動や行動、状況から照らし合せたら、この状況まで持っていける能力は一つしか思い浮かばなかっただけだ。予測に過ぎない」


「しかし、その予測に自信があるのだろう?」


「……記憶使い。それも広範囲へ一方的に干渉を送り付けるタイプ。ついでに言えば、記憶の編集は直接接触が望ましい。後、頭部に近ければ干渉効果が増す、くらいか」


「頭は切れるようだな。小僧」


 ツァオが鼻を鳴らした。


「あいつとの間にあった事にケチを付けに来たなら、帰ってくれ。人のプライベートに首を突っ込む奴は日本じゃ、馬に蹴られて地獄に落ちる」


 その言葉に不快そうな顔をした後、ツァオが視線を細めた。


「何故、オレが此処に来たのか教えてやる……あの方が恋をしたからだ」


「―――あんた、まさかフゥの事が心配で来たとか言い出す気か?」


「おかしいか? 自分の主がろくでもない男に引っ掛かったとあれば、命の一つも取ろうと思うものだろう?」


 沈黙して。


 千四が大きく溜息を吐く。


「あんたは……いや、あんた達はフゥに従うように仕向けられてるんじゃないのか?」


「半分当りだ。だが、半分は違う」


 ツァオが懐からプラスチック製の小さなライターと煙草を取り出して一服し始める。


「あの方の遣り方は簡単だ。記憶の一時遮断と夢……記憶の整理において、自分を救い主として刷り込む」


 千四は先程、目覚めるまで見ていた記憶の世界を思い出して、そういう事かと理解した。


「配下となった誰もがそうだ。そして、悪党程……あの方に心酔する」


「何?」


「あの方の救いは……夢はこの大陸において本当に信じられるものの一つだからだ」


「高が夢でもか?」


「その“高が”でどれだけの人間が救われていると思う?」


「………」


「此処は言うまでもなく地獄だ。あの夢は実に上手く出来てる。あれよりも悲惨な目にあっていれば、あれ程の救いは無い。そして、あれよりも幸せならば、あれ程に恐怖する世界も無い」


「見せられているのにか?」


「見る事すら出来ぬものが大勢いる。人を殺すのは慣れる。悪事も同様だろう。だが、自分の良心と過去から逃れられる者はない。どんな下種にも畏れるモノは在り、どんな人間も己の救済を望んでいる」


「なら、あいつのしようとしている事に賛同しているのは矛盾するんじゃないか?」


「一部の人間以外、あの方がしようとしている事なんて誰も知らないさ。そして、そういった上の理不尽に慣れ切っている大半の人間は畏れと救いの果てに、あの方へ付き従う」


 嘗て大陸を治めていたのは中国共産党だ。


 腐敗と賄賂。


 利権と地位。


 権力を求めるならば、上に従うのは絶対。


 一党独裁による長期統治は考えない国民を是とする。


「今現在、この大陸最大の“上”はあの方だ。それがどんな力による統治だろうと今までを知っている人間からすれば、マシの部類だろう」


「それで自分よりも年下の怪しい力を使う子供に縋るって言うのか?」


「あの夢は自分で考える者には効果が薄い。だが、考えない木偶人形を集めるには十分でもある。子供だろうと何だろうと縋るに値するモノはこの大陸に両手の指より少ないからな」


「なら、“考える”あんたはどうしてあいつに付き従ってる? あいつの考えに賛同してるのか?」


「いや、全面的に賛同はしていない。だが、支持はしている」


「……随分と半端だな。その方法しかないから、仕方なくそれに頼るのか?」


 ツァオがクツクツと笑って、煙を吐き出すと携帯灰皿に煙草を捻じ込んだ。


「なぁ、日本人。貴様等は考えた事があるか? 善人てのは何か」


 男は再び煙草を咥えた。


 しかし、火は付けない。


「孤児院を運営してた連中は子供を売り飛ばした。家族を守ろうとした夫は娘も伴侶も守れず死んだ。体を売った母親は絶望した挙句に娘へ身体を売るよう強制する。男は女を虐げ、老人は無駄飯喰らいだからと殺されて金品を奪われる。力なき役人共は人民の波に轢き殺され、人民は戦車に轢き殺される。銃声と嬌声以外には悲鳴と苦悶しか聞こえない。それがこの大地の現状だ。聞けば分かるだろう? お前達が考える善人て奴は大陸じゃ絶滅してるよ。いるのは誰かを虐げなきゃ生きていけない連中か。誰かに虐げられ続けるしかない連中の二択だ。そんな中で死に掛けの腕も脚も無い、ろくに自分も表現出来ない、ただ無為に死んでいくしかない痩せ細った餓鬼に……売れば、軍資金になるだろうに……高価な“薬”を使ってやるような奴を善人と言うとしたら、日本人……お前はそれをどう呼ぶ?」


「議論するまでもない。優しい極悪人てやつだったんだろう」


「く、くくくく、ああ、そうさ。だから、オレは此処にいる。この大陸で最近見掛けた一番優しい極悪人が、お前みたいな恵まれた国のロクでも無い餓鬼に踏み躙られたとしたら、殺したくもなる」


「生憎とロマンスはこの大陸にもう一度住める場所と水が戻ってきてからだ」


 ツァオが心底に暗い瞳で少年を見た。


 ゾッとするなんて表現は生温い。


 強いて言うなら、この生ゴミをどうやって処理しようかと考えているような、そんな眼光。


 命のやり取りをしようという類の目付きではない。


 人間を単なる物体以下として片手間に処理する……兵士というよりも純然たる狂人の顔だった。


 それに品定めされてはどう言い繕おうと気が滅入る。


 死人のような心地で少年がげんなりした。


「………いいだろう。だが、見ているぞ。貴様があの方を炊き付けた以上、残されたものが絶望だけなら、その時は相応の代価を払ってもらう」


「その時になったら、お帰り願うだけだな」


 二人の間にピンと張り詰めたものが漂い―――バタンと急激なドアの開閉で破られた。


「あ……そう!!」


 白く湯気を立てる饅頭マントーの乗った皿を持ってきたフゥが思わず日本語で驚く。


『我等が『王子ワンズー』よ。現在、山岳部に立て篭もった―――』


『出て行きなさい……』


『……分かりました』


 まるで今まで日本語をペラペラ話していたとは思えないような素振りでツァオは広東語で返し、素知らぬ顔のままスゴスゴ出て行った。


「だ、大丈夫アルか?! センシ」


 思わず皿を横の台に置いて駆け寄ってくるフゥに今までの事を話もせず。


 何だか用事があるようでウロウロしていただけだと嘘を吐いた少年に安堵した様子でフゥがマントーを持って来る。


ツァオはフゥさんの副官アル……昔は大使館付きの武官として各国を飛び回っていた。いわゆるインテリジェンス畑の間諜スパイだったそうアル。だから、その……あまり、気を悪くしないでくれると……」


「別に悪くするような事は何も」


 相成れない感じに脅されたものの、フゥの気の許しようから、彼女にとって大きな存在であるのだろうと千四は少し訊ねてみる事とする。


「副官って言ってたが、軍を実質指揮してるのはあいつって事でいいのか?」


「そうアル。ねーさんに拾われてから、この能力は開花した……記憶を弄れるようになった時、本当はどうしようか迷ってたアル……でも、軍閥は自分達の身内しか救わなかった。それだって……収奪する対象がいるから成り立っていて……一部の者だけが富を独占する構造は何も変わらなかった。だから、ねーさんにも秘密で自分の兵隊を集めてたアル。ツァオはそんな時、夢に溺れずフゥさんへ意見した初めての人間だったアルよ」


「あの夢か」


「センシにも掛けたアレは一度掛ければ、フゥさんがもう一度掛け直すまでは戻らない。手っ取り早く兵隊と物資と資金を集めるのに一番有効な方法だったアル。でも、ツァオは違った。フゥさんを怖がる事も、恐れる事も、従う事も無く。ただ……もっと計画的にやれと言って、色々教えてくれたアル」


「……先生みたいなもの、か?」


「そうアルね。出会ってからフゥさんのやろうとしている事に具体性を持たせてくれたのは間違いなく操アル。日本語を学び始めた時も何処からか専用の教材を掘り出してきてくれたり、組織の纏め方、銃の撃ち方や戦略、戦術、体術、兵器の扱い方、何でも教えてくれた……」


 表情を綻ばせるフゥの様子に少年は酷薄そうな男へ内心、親馬鹿のレッテルを張る事とする。


「そう言えば、意識を失ってからどれくらい経ったんだ?」


「一日半くらいアル」


「そんなに眠ってたのか……」


「あ、あのセン―――」


 何か言いたげなフゥの顔を見て、千四が遮った。


「謝る必要は無い。ただ、もしも、そう思うなら、この一件が終わったら、悪趣味な事は控えた方がいい。紅蓮朋友会の規則にかなりどころか。恐ろしく違反してるのは間違いないからな。目を付けられて刺客が送り込まれれば、どうなるかは分かるよな?」


「……はぃ。アル」


「僕に出来るのはこの大陸に環境と水を取り戻すところまでだ。そこからはこの大陸にいる連中がやらなきゃならない。もしも、このまま扇動した者として大陸を動かし続けるなら、覚悟だけはしておいた方がいい。それに止めるにしろ、続けるにしろ、大きな事をすれば、過去は追い掛けて来る。殺しに来る奴がいるかもしれない。利用しようとする奴がいるかもしれない。監視しようとする奴がいるかもしれない。だから、これからそういうモノが追い掛けて来た時、どうするかは考えておいた方がいい。先輩からの忠告だ」


(千四は……きっと沢山そういうことを経験して……最初から敵うはずなかった……だって……貴方は……)


 フゥは遠い視線で何かを思い出している横顔に感じ取ったものが、いつか自分も通る道にあるものなのだろうと思い至った。


 日本政府に出来る限り食い込む為に来日にした時、一部の議員から手に入れたレポートには事細かに様々な現場の状況が書かれていた。


 新型核弾頭すら防ぎ切った【破滅使い】の過去は断片的ながらも、悲哀だけが綴られていて。


 母親に半ば、育児放棄されていたとの話もあった。


 その母親も死んだ様子を見たと本人が証言し、天涯孤独。


 そして、カウンセリングと称した精神鑑定によって“異常無し”と判断された“異常な落ち着きよう”を鑑定医はレポートの中でこう纏めていた。


 この子の心はとても渇いている、と。


 政府の出した結論は触らぬものに祟り無し。


 手厚い保護を与えて、監視は付けるものの、それ以外には何一つとしてしない不干渉措置。


 下手に藪を突いて蛇を出せば、日本国内が即座に瓦解しかねない状況だった事から、少年はとても“配慮”されていた。


 分厚い付帯の中身はまるで……核弾頭を防ぎ切った救世主を分析するというより、その自国を滅ぼすはずだった核弾頭、危険な兵器の“取扱説明書ソレ”だった。


 厳密な精神鑑定とそれに基いた精神安定化策。


 何か熱中出来るものをと。


 子供の好きそうなアニメの配信やマンガの発売はどんなに企業や製作側がまずい状況下でも政府から補助金が下りて定期的になされた。


 生活上望んでいるという報告があれば、どんなものでも役所の方から優遇策が出るようになっていた。


 学校でも虐めのような事が無いように綿密に教育陣が厳選され、生徒すらそういう問題行動が無い者ばかりが集められたと資料にはある。


 柄の悪い生徒が周囲にいれば、問答無用で周辺から疎開させたとの記述、テロリストや災害の危険から守る為に周辺の警備体制に自衛隊の特殊部隊を動員するというプラン、大げさ過ぎる程に大げさな日常の維持は密かにさりげなく行なわれていた。


 ネットでの活動を解析し、教師、役所や周辺を巡回する警察からの定期報告を毎週毎週上げさせているなんて、悪い冗談だ。


 それを一目見れば分かったはずなのに少年はソレを脇に置いて話してくれた。


 忠告すらしてくれた。


 どれだけ、それが人間としての強さを試される事か。


 場所も性質も違えど、地獄を歩いてきた者に分からないはずもない。


「ありがとう……センシ」


「それは大陸が一段落してからだ」


 頷いたフゥと少年が仲間達への伝言や他にも詰めておかなければならない事を話し始めたのはそれからすぐの事だった。


 そうして、ヲタクゲーマーはまた一歩未来へと踏み出す。


 己を殺そうとした男へ告げたように。


 我が身で証を立て続けながら。


                  第五章「使い達の流儀」了

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