第五章「使い達の流儀」~①~
第五章投稿しました。此処から終わりに物語は向かっていくでしょう。では、次回。
第五章「使い達の流儀」~①~
其処に一つの石版がある。
刻に置き去られた末に風化もせず残った一枚。
欧羅巴が複数の民族によって群雄割拠の体を無し、偉人と呼ばれる者達が指導者層を形成し、人が己の歴史を書き記すようになってから数千年。
しかし、それより過去の数十万年の間に一体何が在ったのかを知る術は無い。
人間が人間になってどれ程なのか。
洞窟から出て住居を建てるようになってどれ程なのか。
発掘されるものは数在れど、年代が古ければ古い程に全ては曖昧になっていく。
今日の史実が明日も正しいとは限らない。
だから、人々の歴史に対する認識は常に進歩している。
その石版もまた明日の歴史を形作る事が可能な発掘物の一つだ。
現代では考えられない。
何もかもが引っくり返る。
そんな世界への扉そのものなのである。
寂れた博物館の深奥。
欧州に端を発した二度の世界大戦、その前にも延々と繰り返されてきた戦争の数々にも失われて来なかった遺失物を隠匿する石室。
現在は【旧式派】と呼称される旧き使い達を束ねし組織の残した其処で無邪気な声が上がっていた。
『おお!? 何だよ何だよ!! どうなってんだ歴史は!? はははっ、これはまた馬鹿みたいに歴史が書き換わるって!? ジャパンのアニメさながらかよ!? 面白いなぁ~~昔から人間は人間止めてたわけね♪』
ゲラゲラと笑うのは二十代の男だ。
気品がある、とは言い難いが、スーツを土埃で汚しながら胡坐を掻いて旧いラテン語を読んでいる様子は子供のようである。
緩やかな金髪の巻き毛。
整った顔立ち。
済ました顔をしていれば、二枚目で通るだろう顔はしかし現在歴史の面白さに取り憑かれている様子で独り言が止まらない。
石室には強烈なライトが持ち込まれており、発掘者や歴史学者が見たなら卒倒してしまうだろう。
貴重な歴史資料がすぐにでも劣化してしまいそうな大型機材の持ち込み。
本来の湿度や温度を無視する送風機からの温風。
まったく遺跡に優しくない。
どれもこれも中で男が石版を読む為に快適な環境を作っているからだ。
正に冒涜。
人類の大いなる遺産を保存する気も無く。
露程も内部の状況に構わず夢中で石版を読んでいる姿はとてもウキウキとしている。
『ははぁん? こいつを書いたのは歴代の連中だったのか。はいはい。そういう事ね。え~~っと? 模造品を使う者……御使いの……く、くくくくく……アホかよ!? おま、それは無いだろ!? ずっと生きてるってのか?! しかも、使ってるのがそっちなのかよ!? え~何々~~後は頼む?! わ、笑い死にさせる気か!? くはははははははっ、ひ~~ひ~~丸投げとか昔から変わらないな。人間て奴は……は~死ぬかと思った。このオレ様が何たる無様か。ふ~、んぐ」
グビリと横に置いてあったペットボトルから水を口にして。
袖で拭った後。
文字を更に読み出す。
『ええと……ああ、最初に最後の階梯へ到達するマズイ奴だけ登録してたわけね。はいはい。それでか。他の石版が全部能力名だったのは……順番は到達順、と。で、栄えあるランキング一位の君は何使いなのかな~』
石版の最後に書かれた文字を読み取って。
男が肩を竦めた。
『儘成らないな。四年前に言え。そういうのは』
何処か乾いた笑みでポイッと石版を後ろに倒して。
男が石室を出た。
すると、外で待機していた白衣の男達がガヤガヤと入れ替わりに内部へと雪崩込んで行く。
『陛下。どうでしたか?』
まだ十にも満たないくらいの歳だろう。
男と同じ金髪の髪の天使のようにあどけない少年がトテトテと男の傍に寄って来る。
周囲には数人の男女が片膝を折って、頭を下げたまま控えていた。
『も~いいぞ。各自、持ち場へ戻れ』
立ち上がった男と同じスーツ姿の男女が全員、その部屋。
無造作に絵画が詰め込まれている場所を後にする。
周囲は光が入らないよう窓が無い。
更に蛍光灯が交換されていないのか。
妙に薄暗かった。
『大人しくしてたか? マルコ』
『はい。陛下が言った通り、フィッシュ&チップスを食べてました!!』
『偉い偉い。じゃあ、オレはそろそろ仕事に行かなきゃならない。【衛星】の連中に仕事が片付いたら、一度顔を出せとお知らせして来てくれ。場所はいつもの教会だ。あ、そうそう。後、【秘碩学堂】のトップにアポ取っといて欲しい。話があるから、近々向かうってな』
頭をナデナデしながら言う男にマルコと呼ばれた男の子が「はい!!」と元気に頷く。
『よろしい。じゃあ、行って来い』
『それでは失礼します!! 陛下』
頭をペコリと下げてマルコはドアを開けてタタタッと駆けて行った。
「さて、と。出て来い。ジジイ」
「おやおや。バレていましたか。久しぶりですね。ロムニス・ヴァラン」
日本語で呼ばれて。
スーツ姿の壮年。
柔和な笑みの男が物陰から出てくる。
「はぁ、あいつら気付かないとか。後で減俸だな。で、極東にいるはずのアンタが一体どうして此処へ? どういう風の吹き回しなんだ? 伊藤・クソジジイ・圭太、外部顧問」
「【黄昏領】の皇帝となってからは更に手厳しいですねぇ。ロムニス」
堪えた様子も無く肩を竦めて。
現在、大陸で四苦八苦している使い達の上司はポリポリと頬を掻いた。
「言いたい事があるなら、さっさと言え」
「現在動かしている貴下の大陸派遣軍撤退を要請しようと思いまして」
「あぁん? 人にモノを頼む態度かよ。ソレが」
ロムニスと呼ばれた男が伊藤にガンを付けた。
「一応、陛下と呼ばれているのですから、せめてヤンキー時代の自分くらい封印しては?」
「余計なお世話だ。そして、お前に対して払う敬意は無い」
「変わりませんね。嫌われたものだ。ははは」
「笑うな。キモチワルイ。で、派遣軍なんて上等なもんはやってないつもりだが?」
「いえいえ、クラスB+を三人も派遣されてはウチのような弱小組織は瓦解してしまいますよ」
「けっ、言ってろ。朱は何て言ってた?」
「好きにすれば、だそうです」
「じゃあ、いいじゃねぇかよ。ヘッドは朱なんだから」
「そういうわけにもいきません。これでも域内にいる使いの管理は我々の仕事です。同じ事をしたら、貴方だって嫌がらせの一つくらいしたくなるでしょう?」
「そうだな。とりあえず、三ダース程嫌がらせ用に取っといた政治カード切るわ」
「そういう話ですよ。我々にしてみれば、管理下の使いにケチを付けに来るわけですから、撤退を要請するのは妥当では?」
「……見たぜ? あの黒い球体。ありゃ、四年前の奴だ。どうやら手に入れて良い気になってるようだな? ああん? 何処で見つけたか知らねぇが、あんなもんで金儲けなんぞ企みやがって」
「金儲け? はて、何の事でしょうか? 我々は現在、国連下の【IAERA(国際原子力規制評議会)】から正式な受諾を受けて活動しているのですが?」
「お前~~それ本気で言ってんのか? もう調べは付いてんだよ!! メアリが愚痴ってたぞ!? 『朱があんな頭の回る事するわけないから、絶対伊藤さんが噛んでる』ってな!!」
「【愛国者組合】が羨ましいですねぇ。代表があんなにも聡明で……」
「お前のとこの資金がカツカツなのは朱の方針だ。それで満足しとけよ?! あんなクソめんどい事がまた起ったら、どう責任取るつもりだ? ぁあ?」
「それは無いと先に申し上げておきましょう」
「理由を聞かせろ」
「今の能力保有者は……そうですねぇ。僕が見込んだ男、だからでしょうか」
「何だと?」
「彼は……この世で一番あの能力の使い手として相応しくない。だからこそ、安心して任せられる」
「あのクソッたれな“神”と違うってのか?」
「ええ、それはこの伊藤圭太の名に掛けて保障しましょう。何せ、彼は根っからの善人で何より愚か過ぎて尊敬出来る類の博愛主義者です。彼がやる事なんて、きっと世界の救済くらいですよ」
「……アンタにそこまで言わせる、か。いいだろう……一時中断で手を打ってやってもいい。だが、今度そっちに行く。見極めさせてもらうぞ」
「ええ、どうぞ」
「チッ、乗せられた気もするが、今はこっちの仕事を優先だ」
伊藤が石室の方を覗き込んでから苦笑する。
「どうやら、随分大昔の話を引っ張り出してきたようで」
「お前に関係あるのか? 無いならとっとと消えたらどうだ?」
「まだ、実は次の便まで三時間もありまして。久しぶりにこの国のパイが食べたいのでもう少しお邪魔します。あ、そうそう。其処の石版の中身ですが、アレは半分ですよ。昔、口伝を残していた一族が僕が来た頃に消えて、今はもう知る術も無いと思いますが、どうしても知りたいなら、そうですねぇ……」
ポチポチと端末を操作した伊藤がロムニスに文字列を見せた。
「この能力を持った使いを探す事です」
「アンタ……此処の中身を知ってたのか……」
「昔の話ですよ。まだ若かりし頃、此処を管轄していた組織と懇意にしていた事がありまして」
「……どうしてだ」
「はぃ?」
「どうして、四年前に言わなかった? 全部、知ってたんだろう」
「ええ、ですから、言いませんでした。どちらにしろ。あそこで倒せなければ、人類の歴史は幕を閉じていた。あれ以上はあの頃の貴方達には余計な話でしかなかったですから」
「その結果、アンタのところにあの能力の使いが転がり込む。出来過ぎだな」
「いやぁ、こっちも驚いたのは同じです。まさか、彼がよりにもよってあの能力の継承者だなんて」
「……オレは金儲けに興味が無い。だが、もしもロクでもない事を考えてたなら、潰す」
ロムニスが瞳を細める。
「分かっていますよ。だからこそ、こうして誤解を解きに来たわけですからねぇ」
「行け。不愉快だ」
「そうしましょう。ああ、最後に一つ」
「?」
「亡命者への討伐命令を解除して頂きたい。ウチの護衛部隊から悲鳴しかないレポートがバシバシ届いてまして」
「犯罪者に掛ける情けなんぞ無ぇな」
「昔から変わらないですねぇ。ですが、あの一件に関しては必ずしも非があるとは言えないのでは?」
「それで通るなら、警察も軍隊もオレ達も要らないな」
「ま、それはそうですが、もう少し柔軟に、という話です。使いの数は結局一定数ですから、出来るなら危険な能力ほど管理し易い人間に持っていて欲しい。それは何処も同じ。そして、彼女はその条件にちゃんと合致しています」
「もしも、退けられたなら、第二陣は送らないでおいてやる。これで話は終いだ」
ロムニスが自分から部屋を出た。
すると伊藤もまた同じように出て反対側の通路へと歩いていく。
二人が古びれた小さな博物館の表と裏から出ると、其々にお付きらしき者が数人集まってくる。
『さぁ、懸案は消えました。どうやら面倒事になっている彼の下に向かいましょうか』
『お前ら仕事だ。今日中に大陸へ飛べ。最重要の監視対象が出来た』
そうして、新たな局面がやってくる。
争いの渦中にいる者達をまったく意に介さない男達の思惑のままに……。




