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第三章「黒き軌跡」~④~

これにて第三章は終了。続いて第四章に入っていきます。では、次回。

~④~


―――日本中部内陸。


『現在、交戦中の部隊に通達。配置を解く!! 繰り返す!! 配置を解く!! 現時点より撤退!! 退避!! 退避!! あの女に構うな!! 勝てる相手ではない!!』


 現在、日本内陸部の森林地帯の大半は軽度汚染からの回復まで国土交通省の管轄として、立ち入りの禁止された部分が大半となっている。


 自然保護の観点から三ヶ月に一回以上、大規模に人の手が入る事もあるが、基本的には無人の園だ。


 野生動物の激増問題などがようやく取り沙汰されるようになった現在。


 汚染が薄れたと確認された地域では動物性蛋白源としてジビエを用いる事を政府が推奨し始めた事もあって、森林に野生動物が跋扈しているという事は少ない。


 しかし、まるで猫の瞳のように暗闇の中で輝くものが幾つも夜の山林に蠢いていた。


 近頃は暗視ゴーグルなんて古臭いと言わんばかりに集光装置も小型化され、コンタクトや眼鏡型のものが比較的出回ってきている。


 頭部を覆わない程度の機器は重量も軽く。


 バイザーやサングラスのようなものに偽装させるのも容易だ。


 GPS機能やらクラウド機能やらの応用で電波が通る地域ならば小型端末一つすら高度な作戦を遂行する道具として十分という現実もある。


 山林で市街地戦ばりに電子機器をフル活用すれば、駒は訓練の質よりも武器の質がモノを言うのだ。


 その武器が従来の飛び道具とは一線を画するなら、別に装備は敵を補足する為の機器と防弾チョッキくらいでも問題ないという場合が多い。


 まぁ、使いの集団戦闘時の鉄則というやつだ。


 肉体は基礎的に強い事が求められはするものの、能力が銃並みに安定動作するなら鉄砲なんて死重量デッドウェイトだと言わんばかりに無手で戦う者もいる。


 勿論、対人殺傷能力に優れた使いばかりではないし、特定の場所や物が傍に無いと力が発揮出来ない無力な者が大半というのも確かな話だ。


 が、本当に戦闘に向いている能力を持つ使いは特定環境下では漫画アニメを地で行く。


 戦車だって吹き飛ばせるし、対戦車ライフルだって防げる。


 航空機の対地攻撃用装備の大半を無力化し、航空機そのものを落す者だっている。


 歩兵を盤上の駒のように薙ぎ倒し、山岳を崩落させる事すら可能だ。


 亜細亜全域を取り仕切る【紅蓮朋友会フレア・フレンズ】に限って言えば、ご当地能力者という類がいて、その地域ならばクラスがワンランク上の相手でも撃滅可能だと言われている。


 実際お前は何使いなんだというような万能性でもって、敵対者を破滅させる使いは有名ではないだけで実は多い。


『やられたッ!! 退路が塞がれてやがるッ!! ルートを迂回する!! 援護をッ!!』


『こちらのルートはダメだ!!? 川が氾濫してッ!? どうなってるんだ!!? 敵は何使いなんだ!!? 水に関する使いはいないんじゃなかったのか!!?』


『こ、こちら、お、お前は、や、やめ?!! ぐがぁああああああああああああ!?!?』


 まるで何か巨大なものが落着したような音と共に無線機が転がったか。


 何度もガンガンと岩らしきものが当る音が響いた。


 その後、何やらパンパンと表面を払うような音がして音声が響く。


『あ~あ~聞こえる? 聞こえてますか~? ま、いいか。じゃあ、聞こえてれば、コウフクカンコクって事で。聞こえてなかったら、独り言になっちゃうけど。え~亜細亜圏での貴方達の活動許可を出した覚えは無いよ。人の庭で勝手に監視装置付けたり、監視体制敷いたり、誘拐のプロを入国させたり、無駄に騒乱を起こせそうな能力者をダース単位で密入国させたりするのは明らかな【不破協定キョーテー】違反。そもそも在日米軍内での使いの戦力化プランは拒否させてもらったわけだけど、これはそっちの話も白紙にしたいって事でOK?』


 通信機が取られ、静かな声が返される。


『何の事か分からないな。我々は単に此処で訓練をしていただけだが? 何か勘違いをされているようだ。このような一方的な行動に対して我々は断固とした措置を取る用意がある』


『勘違い、ね……ふ~ん……じゃあ、此処に銃持って三ダースくらいいる使い達の事は何て言い訳するの?』


『言い訳? 我々は使いの戦力化などしていない。単に対使い戦の為のノウハウを蒐集していただけだ。我々の国では使いによるテロが頻発しているのはご存知だろう?』


『キョーテーで指定地域以外で他組織の使いは勝手に出歩けないのは分かってるわよね?』


『GPSの故障でどうやら行動地域を間違えてしまったようだ』


 しばし、沈黙が在った。


『……事故で基地から数百km離れた重要人物のいる地方の山岳部に監視誘拐用の装備をゴロゴロ持った銃の扱い方が上手い使いが三ダース紛れ込んで訓練してたって言い張るんだ……』


 恐ろしく無理筋であるのは理解しつつ、それでも無線機越しの相手に声は返される。


『その通りだ。今回はこちらの手違いによって事態が起った事を謝罪しよう。だが、事故に対して紅蓮朋友会が最大戦力を持ち出してきた事に断固抗議する。その旨は外交ルートで追求される事になると覚悟して頂きたい」


『はいはい。じゃあ、次に事故があったら、全員事故で遭難するかもしれないから、気を付けてね。隊長さん』


『私は彼らの隊長ではない。彼らを教導する者だ。総代殿』


 相手の超図々しい言い訳にげんなりした溜息が一つ吐かれ、ブチッと通信が切られた。


 すると、通信機のあるテントの周囲にドサドサと何かが振ってくる音がした。


 ガッだの、グッだの、男女の悲鳴やら呻き声が周囲から満遍なく聞こえ始める。


 今まで通信機越しのやり取りを聞いていた迷彩服姿の五十代。


 黒人の男が安堵の息を吐いて外へと出て行く。


『大丈夫か!! ジョージ!! スティーブ!! おいおい!? 骨が折れてるじゃないか!? マイケル!! マイケル来てくれ!! 今から怪我人の治療を始める!! ケヴィン!! 待ってろ!! 今、治癒系の連中を連れて来る!! 担架だ!! 急げ!! これからまた送られてくるぞ!!』


 再びドサドサと地面に何かが落ちる音。


 居場所が割れているのは予想の内だったが、展開された部隊の大半が仕事を一つもせずに送り返された様子から溜息が一つ、今まで通信機でやり取りしていた者の口から吐かれた。


 四十代の白人。


 スキンヘッドに細いフレームの眼鏡を掛けた男は野戦服姿だった。


 その肉体は軍人らしくガッシリとしている。


 横のパイプ椅子に座り込んだ男が胸ポケットからライターを取り出す。


「……ふぅ」


 通信機器の置かれていた台の端、煙草の箱から最後の一本を抜き出して彼は……咥えたものの、ライターを元の位置へ戻した。


「やれやれ」


 ずっと禁煙しようと思っていたのだ。


 苛々しているからと言って、寿命を縮めるのもどうかと思っていたのだ。


 丁度いいと踏ん切りが付いた。


 これから上にお前は首だと言われるのは明白なのだから、後は本国の田舎で年金でも貰いながら畑でも買って細々と生きていこう。


 そんな内心の弱気を吸ってもいないニコチンと共に吐き出して、男は気を引き締めテントの外へと出て行く。


 見れば、部下達が送られてくる兵隊。


 いや、実験部隊の“民間人”達を担架で運び、医療機器のある一角へと移送していた。


 殆どは二十代から三十代、それも性別人種肌の色もバラバラだ。


 その大半の腕や足があらぬ方向に曲がっている。


 まるでSFのワープのように何も無い虚空から転送されてくる誰もが悲鳴と絶叫と呻きを上げていた。


 ただちに軍医が麻酔処置を施していく。


 重篤という程でもない怪我だが、使い物になるまでしばしの時間が掛かる事だろう。


 日本の夜は蒸し暑い。


 山岳部ともなれば、蟲も湧く。


 辺りには殺虫用のスモークが炊かれていて、最小限のライトが野営地を照らしていた。


 男が遠方を見やると盆地に僅かな明かりが見える。


 電力制限が行われている内陸部には珍しい光景だ


 それが先日起きた使いによるテロ行為によって破壊されたインフラの復旧工事の為だと既に軍情報部は掴んでいる。


 だが、そんなのは彼らが動く理由にはならない。


 本来、彼らは極秘裏に“特殊な民間人”を戦力化する事を目的に米軍内に編制された教導部隊だ。


 比較的強い独立権限を与えられ、一部の“訓練”では外部の製薬会社と共に様々な治験を行なうし、米軍の先端研究を行なう部署から“特殊な工作機械”の使用ノウハウを纏める仕事も受けている。


 実働部隊になるなんて話はそもそも無かったのだ。


 男が任務を引き受けてから前日の夕方までは。


 だが、命令が発令され、一転して日本の内陸部にある地方都市に展開。


 隠密行動をしつつ、日本国内の組織に囚われている“特殊な民間人”の奪還作戦を遂行しろ、なんて言われて活動を始めた矢先、やんわりと掣肘を喰らった。


 投入した人員は尽く負傷。


 しかし、死傷者無し。


 それは本来なら二重の意味で信じられないような話だろう。


 彼らの訓練した“民間人”は在日米軍内の特殊作戦群と部隊の人員の数が同じなら相手を圧倒する戦力だ。


 銃は効かないし、ABC兵器の内、A以外は完全に遮断する。


 その上、既存の最新鋭兵器の九割近くに対してほぼ鉄壁の防御力を誇る。


 正面から激突すれば、海兵隊のスペシャリスト達を三分で無力化するその力は正しく米軍内最高の戦力ユニットとすら言えるだろう。


 それが作戦開始から約五時間で行動不能にされたのだ。


 相手の理不尽さが分かろうというものである。


東朱ひがし・あけ……極東の支配者か」


「いや~見事にボコボコでしたね~~」


 男が振り向くと背後に二十代後半程の日本人がいた。


 妙に目付きの細い相手だ。


 顔はまるで狐のようにも見える。


 それを心得ているのか。


 【FOX】なんて通り名で在日米軍内を闊歩している。


 国籍はどうも米国らしいが、だからと言って所属が曖昧な男が我が物顔で基地を歩いているのは癪に障るとあまり各司令官達からの受けは良くない。


 しかし、本国から何処でも顔パスで動ける権限を与えられた男は実際何処にでも出没する。


 まぁ、彼が“特殊な民間人”の供給元。


 南北アメリカ大陸の使い達を束ねる組織のリクルーターだと知れば、一部の人間は納得するだろう。


 世界が破滅してから四年。


 その短期間で国連と秘密裏に繋がった特殊能力者達の互助組織は主に三つ。


 南北アメリカ大陸を管轄する【愛国者組合パトリオット・クラブ】。


 日本とユーラシア東、オーストラリア大陸、亜細亜の全域を管轄する【紅蓮朋友会フレア・フレンズ】。


 欧州全域とアフリカ大陸を管轄する【黄昏領ヴェスペラード】。


 この組織達は今や国政にすら食い込んだ現実に世界最強の軍事力だ。


 三つの組織の内、最も国家と結び付きが強く。


 軍事や経済、政治に関して積極的関与を行なう【愛国者組合パトリオット・クラブ】は米国にとってペンタゴン、NSAなどと比べても遜色の無い軍事・諜報ツールの一つと化している。


 時に物理法則すら超越するコミックの中の超人達。


 確実にその一人なのだろう狐(FOX)もまた特別扱いされるだけの存在ではあると彼もまた認めるところだ。


 日本国内では“使い”と呼ばれるだろう一人。


 それが時に米国陸軍一個師団にも相当すると知れば、扱いはぞんざいに出来ない。


「瀬名さん。これは早いお越しで」


 また煙草を咥えたい衝動に駆られながらも、何とか男は笑顔で返した。


「ははは、このアーヴィン・瀬名・フラットマン。御呼びと有らば、月の裏側から【極点ルイン】の地まで何処にだって行きますよ。商売はまず足からというやつですね」


 胡散臭い狐顔がニッコリと笑った。


 紺色のスーツ姿。


 帽子が麦わらで無ければ、少しは全うな商社マンに見えるのだろうが、生憎と熊や鹿狩りが趣味な男はライフルでその脳天に風穴を開ける光景を思い浮かべる事しか出来なかった。


 ただでさえ、失態で彼の地位は風前の灯なのだ。


 失点を取り返せる当ては無いし、上から現地の部隊指揮官が独断で……なんて話が相手側に行くのも目に見えている。


 出来れば、とっとと消えて欲しい相手を前に冷静さを保ったのは一重に彼が根っからの軍人で皮肉と諧謔を弁えているからだ。


 そもそも極東最大戦力である少女


 米軍という巨大な世界最大の軍事力を軽く捻り潰せると専門家達が口を揃える特殊能力者達の頂点。


 クラスSS。


【紅蓮朋友会】総代。


 東朱ひがし・あけの情報を事前に入手し、一番穏便に済む言い訳を考えた程度には彼という男は優秀なのだ。


 自分達の暴挙がどういう結果に結び付くのか。


 理解していないはずもない。


 事前通告も無しに日本政府への話も通さず部隊を動かした挙句の敗北。


 自分達が正義であろうはずもないのは理解の範疇。


 出来れば、さっさと依願退職でもしたい気分な彼は疲れた視線で瀬名を見つめた。


「それにしてもポールドマン大佐。貴方もお人が良い。実弾持たせて無かったらしいじゃないですか」


「……そうでしたか? 素人には実弾とゴム弾の見分けが付かなかったのかもしれませんな」


「あははは、面白い冗談だ。いや、貴方のそういうお茶目なところ。実際、好感が持てますよ。こんな如何にも失敗しそうな、おっと……失敗確率の高い作戦を言い渡されて、一応は“民間人”である彼らに気を使ったお心遣い、痛み入ります。貴方のような人こそ、我々の窓口としては相応しい」


「何が言いたいのですかな? 瀬名さん」


 ポールドマン。


 そう呼ばれた男がシレッと返した。


「いえ、ね? 貴方みたいに我々を人間扱いして下さる方はこれでも貴重なんですよ。ほら、コミックだとよくあるじゃないですか。能力者は全員悪者だ~~いや、良い奴だっているんだ~~人種差別はんた~い、みたいなやり取りが……」


「すいません。コミックはあまり見ないもので」


「そうですか? いや、今度お貸ししますよ。面白いんですコレが中々。あ、日本のマンガも良いものなんですが、関税が高くて本国だと手に入り難いというのが難点で。今度お安く買える場所をお教えしましょうか? きっと、お子さんも喜ぶメイドインジャパンですよ?」


「はぁ……もしも、機会があれば。それで今日は視察という事でしたが、お分かりになっている通り、作戦は頓挫しています。こちらもまた上から指示を仰がなければならないので、出来れば手短に済ませて頂けるとありがたいのですが」


「今回の一件、無かった事になりますから、それを先にお話しておこうかと」


「はい?」


 ポールドマンが思わず渋い内心を覆い隠して訊ねる。


「いえ、ですから、今回の失態は無かった事になるんです。たぶん、明日の朝辺りには人事異動と部隊の解散が言い渡されるでしょう。今回負傷した彼らも貴方を慕っているそうですし、まぁ……問題は無いでしょう」


「……私が何処へ配属になるかお聞きしても?」


「米軍から出向という形で新規に我々が立ち上げる民間軍事会社(PMC)へ向かう事になるかと。ああ、ちなみに現在拠点を日本国内に整備中なんです。二日後にはお迎えが自宅の方に来ると思いますから、そうですね。禁煙の準備だけしておいて下さい。確か施設は全館禁煙だったと思いますから」


「―――そう、ですか」


 辛うじて。


 本当に辛うじてポールドマンは腰の拳銃を引き抜かなかった。


 軍事拠点を整備中。


 二日後には体制が整う。


 日本国内の最大戦力と戦闘が発生する。


 この式から導き出される答えは……陽動、囮にされた(たぶん)という事だ。


「ウチで散々試験してきた装備と薬品が配備される予定なんでしょうね……」


 嫌味でありそうな線を口にしたポールドマンにまるで驚いたような顔で瀬名が頷く。


「もうご存知でしたか? いや、やはり貴方は優秀だ。これで我々も安心して部隊を立ち上げられる」


「………」


「さて、そろそろお暇します。ああ、そう言えば、今回の一件で誘拐。おっと、“助け出す”予定だった民間人は中々面白い力を持ってるんですよ」


「はぁ、そうですか」


 もう投げやりに返すだけの諦観に沈んだポールドマンへ狐顔が囁く。


「実は“彼”……放射性物質を丸々除去出来る力を持ってるようで」


「――――――」


 ピクリと震えて、僅かにポールドマンの視線が瀬名に向けられる。


「いやぁ、彼の帰国予定が待ち遠しいですね。ああ、本当に待ち遠しい。きっと、彼が我々の味方となれば“素晴らしい治療”が本国でも可能でしょうねぇ」


「……そう……ですか」


 何とかそう返した相手の表情にニンマリとした後。


 狐顔の男はヒラヒラと手を振って、去っていった。


 まるで今まで男がいた間は消えていたように思えた喧騒が戻ってくる。


 未だに呻き声や絶叫が周囲には響いていた。


 胸元からロケットを取り出した拳銃の胼胝たこが出来た手がカチリとツマミを捻る。


 開かれた場所には写真の切れ端が一枚。


 そこにはニッコリと笑う栗毛の少女がいて。


「………アニー」


 蒸し暑い夜の喧騒に声は融けていった。


                  第三章「黒き軌跡」了

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