第三章「黒き軌跡」~③~
明かされていく真実、星空の下で語り合う事は尽きないでしょう。では、次回。
~③~
明らかな異常事態。
事故原発施設の全てが周辺の大地ごと綺麗さっぱり消え失せた。
そんな一大事を真直に見た輸送機の搭乗者達は十時間後、輸送機の給油の為に降り立った支部保有の隠し滑走路で一息吐いていた。
深夜、冷える内陸部の荒野を彼らの張ったテントの薄ぼんやりとした明かりが僅かに照らしている。
本来なら給油後にすぐさま飛び立つ手筈となっていたのだが、その燃料が足りない故の致し方ない野営だった。
理由は単純だ。
燃料を納入した会社の社員が食うに困って燃料をこっそりと売り捌いていたらしい。
支部の人員が着陸時に隠れているところを発見、拘束した末に聞き出した顛末は彼らの道程を最初から頓挫させかねないものだった。
偽装して地下に隠していたタンクの中には本来の半分程の燃料しかなく。
更にその燃料だけでは次の補給地まで辿り着けない事がすぐに判明。
彼らは支部の人員達が何とか手配した追加の燃料が届くまで外で野宿する事となったのである。
本当ならば、機内で夜を明かした方が危険は少なかったが、もしも外部からの攻撃を受けたら、航空機が破損する危険性もある。
そうなれば、積んでいる部品だけで修理が可能かも分からない。
という事で支部の人間と千四達が二時間交代で代わる代わる歩哨として周囲の警備へ当る事となった。
未だ具合が悪い豊が夜通しの見張りに就く事を頑として主張したので、彼女だけは変わらず暗闇を暗視ゴーグルで監視し続けている。
周囲に光の無い荒野は無人だ。
大陸ではエネルギーの枯渇も危険域に入っているらしく。
雪が降る季節は凍死者が数百万人規模で出るという。
海を隔てた自国がどれだけ恵まれた環境にあるのか。
小さなランプを囲みながら、使いの誰もが沁み沁みと寝袋で思った。
テントは七つ。
四人ずつ収容可能なものだ。
智紗、豊、フゥの女性陣と千四、佐上、蒼雲の男性陣が其々に一つのテントで過ごしている。
フゥが現在は豊と一緒に見回りをしていた。
テントの中で蒼雲と佐上は次の見回りの順番までグッスリだろう。
智紗はほぼぶっ通しで輸送機の操縦に従事していた為、見回りのリストからは外されている。
「こんなもんか」
一人歩哨に立つ少女達に何か飲み物でもと考えた千四は機内で簡易コンロにお湯を沸かして、備え付けの非常食に紛れていたインスタントスープを二つのカップに溶かし、外へ出た。
湯気が上がる。
匂いに釣られて振り向いた少女達に少年は僅かステンレス製のマグを揺らした。
一時の休憩。
何も無い荒野を暗視ゴーグル越しに見つめながら、三人が倒木に腰掛ける。
「……大丈夫ですか? 蘆夜さん」
「うん。此処はそんなに強くないから平気みたい」
「そうですか……」
自分を気遣う少年にニコリと笑んだ豊だったが、すぐ様真面目な様子で周囲の警戒へと戻る。
「……センシと監察官は恋人アルか?」
「「?!」」
思わずスープを噴出しそうになった豊がゴクリと口の中のものを嚥下した後、ゴホゴホと咽る。
「唐突過ぎないか?」
「違うアルか?」
「少なくともそういう関係じゃない。命を預け合った間柄ってところだ」
「そうアルか。でも、そっちの国は良いアルね……男も女も一緒に笑い合えるなんて……」
「どういう事だ?」
「フゥさんの国は今、女にとって地獄アル」
「……そうか」
千四は今回の旅行の前に色々と情報は仕入れていた。
現在の大陸で人権という言葉ほど、塵に等しい概念は無い。
「健康な女は軍閥の主要なトクサンヒン、アルから」
「奴隷売買……噂自体はあったが、本当だったんだな……」
「そうアル。今、女と言えば、稀少アルから……元々、男性が多かった国であの大災害アル。生き残ったのは大半が男性で女性は少数。その上、伝染病や犯罪で真っ先に餌食になるのは女性ばかり……この四年でたぶん女性の九割近くが襲われて、三割近くが犯罪で死んだアルよ」
凄絶な事をサラッと言ってしまうフゥに諸国の事情にもそれなりの理解がある豊は沈んだ様子で口を挟まなかった。
「ねーさんやフゥさんのいた場所はまだマシだったアルが、本当に女が枯渇しつつある地域では年齢を問わず女性を、男でも子供に限ってなら通貨代わりにしてるところもあるそうアル」
四年前の大災害ポール・バニッシュ以降。
急速に治安の悪化した無政府状態の地域ではそういった全時代的な風習や制度が復活したところも多い。
奴隷制。
これを国際社会は許さないとしていたが、非難はすれども他国に軍を派遣する余裕などあるはずも無く。
アフリカ大陸や南米、ユーラシア、北欧の貧しい地域などでは恒常的に人身売買が横行しているという。
それは沿岸部を失った大陸。
中華人民共和国も例外ではない。
元々、世界最大の人口を抱えながら、実際のところ人権問題の解決に積極的ではなかった為、沿岸部はともかく内陸部ではまだまだ人権という考えが浸透していなかった。
それは彼の国で農村での老後を考えた保険。
男児の売買が盛んであった事からも窺い知れる。
第二次大戦後も一貫して無くならなかった誘拐によって毎年万人を超える子供が浚われ、何処かへと供給されていたのだ。
その殆どが農村への次代の働き手としての男児売買と好事家や資本家、売春宿などへの女児売買であった事は公然の秘密だ。
無論、個人客だけではなく。
純粋に労働力として子供を売り買いしていた組織的な企業もある。
そういった裏社会の慣例が変わり始めたのは国の近代化で誘拐などのビジネスが成り立たなくなっていった事に起因している。
そこからは犯罪が発覚しやすい戸籍のある人間ではなく。
【黒劾子】と呼ばれる無戸籍の人間を扱う方向へと人身売買は大きく舵を切った。
人口爆発の抑制を目的とした政府の一人っ子政策。
つまり、第二子制限の為に農村部でも都市部でも戸籍を登録しない無戸籍の子供の出産が横行。
しかも、伝統的に働き手である男児を望む大陸では妊娠時に女児なら堕胎して男児なら産むという動きがかなり大きかった事で男余りは深刻な社会問題でもあった。
堕胎するのは可哀想だと女児や二人目の男児を産んだ家庭でも、戸籍登録は長男だけで他の子供は登録しない。
または隠して育てるか裏社会へのルートを通じて売買してしまうといった事件が現実に起っていた為、無戸籍の人間の数は増え続け、一時は数千万人を越えて一億人以上いるのではないかと囁かれた事すらある。
大災害以後、軍閥領内では公然とこういった悪習が現地の需要から発生、それを情報インフラの破壊で外部にも内部にも知られず知らせず、見て見ぬふりをした権力者がいたとしても、何ら不思議ではない。
無論、そのような非人道的な行いを比較的近代化された都市部出身の人間なら嫌悪するところなのだろうが、生憎と沿岸部が沈んでしまった現在、内陸部に人権を重視する気風は薄れてしまっている。
弱肉強食の理が時代を覆っている事も相まって、大陸は正に武侠ものでも真っ青だろう必要悪な因習を黙認する権力者と貧困の当事者達で溢れる魔窟と化していた。
「あはは……そんな顔しなくてもいいアルよ? こんな国でも、こんな国だからこそ、ねーさんはフゥさんを助けてくれたアル。フゥさんは凄く幸せアルよ……何もかもを失うのが当たり前の世界に、終わる事が救いの世界に、光を見られた。それに……」
「それに?」
雲が晴れ、月明りが差し込む。
「こうして皆さんに会えたアル。こんなに楽しい気持ち、ねーさんに本を買って来て貰った日以来アルよ」
「フゥ……」
照らし出された笑顔があまりにも無垢だったから。
千四は憐憫も同情もそっと心の内側へと閉まった。
「この気持ち、皆に教えてあげたいアルね。そうしたら、きっと少しは……」
その先の二人にも言葉は聞こえなかった。
ずっと黙って聞いていた豊が飲み終えたカップを千四へと返して立ち上がる。
「うん。もう大丈夫だよ。ありがとうね。千四君」
「いえ、具合が悪いのに一晩中立たせてる側ですから。これぐらいは」
「ごちそうさま。アル」
ニコリと微笑んで、フゥもまたカップを返して立ち上がる。
「良い休憩になったアルよ。センシは本当に良い人アルね……それに凄く強いアルし、上に立つ器アル」
苦笑した少年が首を横に振る。
「能力が幾ら強くても、自分が強いわけじゃない」
「あの能力を見てセンシを侮る能力者はいないアルよ? 本当にあの場所を更地にしてしまった……それがどれだけ凄い事か。あの場所で死んでいくはずだった人を救う事か……センシはやっぱり、権力やお金が欲しくないアルか?」
「その権力や金でアニメのクオリティーが上げられない限り、必要も無さそうだ」
少年の言葉にフゥが思わず目を瞬かせて、豊がクスクスと笑い始める。
「うん……凄く千四君らしいと思う。ふふ」
「そんなに笑わないでくださいよ。蘆夜さん」
「だって、もしもお金や権力があったら、もっと良いものを作るようにって企業やスタジオに働き掛けるんじゃないかな?」
「残念ですけど、お金だけじゃ神アニメは作れません。権力なんて表現の自由が守れなきゃ僕にとっては紙屑です。世の中の大半は金と権力で左右出来るかもしれない。けど、左右の仕方すら自由にはならない。それは何処でも同じだと思うんですよ。この大陸で一番権力と金を持った軍閥が自分達の想い通りにならない僕等みたいな“使い”を追うように……最後に人を動かすのは金でも権力でもない」
「……じゃあ、センシは人を動かすのは何だと思ってるアルか?」
「言葉にするのは難しい。けど、最も近いのはたぶん……必然だと思う」
「必然?」
フゥが首を傾げる。
「今まで積み上げてきたもの。今まで自分の傍で誰かに積み上げられてきたもの。人間が最後に動くのはそういうものの為だと僕は思ってる。過去に自分が一つずつ置いてきたものを振り返ったら、人間の行動なんて全部必然になるんじゃないかって」
しばし、千四の言葉に沈黙していたフゥが視線を少し俯ける。
「……難しい事言うアルね。センシは……」
「偶然が何かを決めるとすれば、それは人間の運命なんかじゃないと思ってる。一応」
「?」
フゥが首を傾げる。
「……誰かが死ぬ事も生まれてくる事も偶然なんて無い。死ぬだけの積み上げられた理由と生まれてくるだけの理由がある。怨まれたら、危険な場所に行かなければ、食事は、環境は、何だって死ぬ理由に為り得るだろう?」
「でも、生まれてくる場所は選べないアル。どんな自分に産まれるかなんて分からない……それは偶然じゃないアルか?」
「そうだな。フゥの言う通りかもしれない。でも、生まれてきた赤子が地図だとすれば、それは真っ白なはずだ。真っ白な地図に描かれる最初の“自分”は“誰かが積み上げてくれた自分”のはずだ。それは積み上げようとした人間がいなければ成り立たない。それはきっと必然だ」
「……その地図が破れたり、汚れたりしていたら、それは人間の運命、偶然なんじゃないアルか?」
「偶然に障害を負った、偶然に長生きできない身体だった。じゃあ、それをどうにもならない偶然、運命だと言ったら、それで諦められるか?」
「それは……」
「賽の目を変えたいと誰かが願う。それはイカサマかもしれない。でも、1を6に変えたいと願うのはいつも人間だけだ。無理矢理だろうと、摂理に反しようと、行動して偶然を否定したいのが、必然を積み上げるのが、人間なんだと……思うんだよ」
何処か遠く星を見つめる少年にポツリとフゥは聞く。
「……センシ……実はロマンチスト、アルか?」
「そうかもしれない」
思わず自分の言っている事を反芻して、苦笑が返る。
「偶然に決めて欲しい事なんて一つしかないから……」
千四の物言いにその未だ遠くない日の喪失を知っている豊は何も言えなかった。
自分がいたから、自分が使いだったから、友人を失った。
親しい人を失った。
共にいた時間の中で彼女は僅かに聞いた事がある。
優しい紙の匂いと穏やかな時間の紡いだ日々を。
「さ、そろそろ行くか。じゃあ、また朝に……」
余計な事を喋り過ぎたと立ち上がり、去っていく背中は星明りの下で少し寒そうだと二人の少女は思った。
きっと、傍にいるからこそ感じられる必然として―――。




