第三章「黒き軌跡」~①~
第三章始まりました。此処から物語は核心へと迫っていく事でしょう。では、次回。
第三章「黒き軌跡」~①~
使い達を乗せた輸送機が襲撃から逃れて数日が経っていた。
離陸直前までマズルフラッシュが絶えなかった滑走路。
そこから朝霧の中から姿を現した小銃で武装した一団に突っ込んでいく姉を見ていたフゥはただ「ねーさん」とだけ呟いた。
次の目的地たる空港。
否、滑走路は現在地より東に約200km。
別の軍閥領に跨る廃墟だ。
其処は【紅蓮朋友会】が有する秘密の場所らしく。
荒れ果ててはいるが、定期的に滑走路の補修が為されているという。
そう機内でフゥに聞かされた面々だったが、途中から空路は変更を余儀無くされ、南へ向かう事となった。
と言うのも、輸送機に大陸支部から緊急連絡が入ったからだ。
どうやら現地の滑走路付近に軍閥の車両が多数集結している。
故に別ルートへ切り替えられたし、と。
何処から秘密が漏れたのか。
結局、彼等はまた別の山岳部にある施設へと身を寄せる事となっていた。
其処は標高だけで千mを越える一帯に設けられた場所。
それも支部御用達の四年前から新設された空の拠点。
少数民族が暮らす自治区の端に位置しているらしく。
軍閥にしてもわざわざ近付くような場所ではないとの事。
ワンも通信機の類は持ち歩いているらしかったが、未だ連絡は無く。
本部とも連絡が取れない支部は厳戒態勢が敷かれ続けている。
妹であるフゥが場を取り仕切って、本部からの事前連絡の通り、各地の補給路を経由しつつ、数十にも及ぶ原発を通過しながら大陸を巡回するルートの確保に奔走していたが、それもまた時間が掛かるとの事で使い達の誰もが空港というには聊か小さい屋根の下、時間を持て余していた。
「着替え洗濯し終わったぞ」
開けたロビーの一角。
ソファーの置かれた場所で地図に色々と情報を書き込んでいた佐上と千四が給湯室横の浴室兼洗濯場から戻って来た蒼雲を見つめた。
「おう。ご苦労さん」
「ありがとうございます」
乾燥機に入れて戻って来た服は皺くちゃだったが、アイロンを掛けようにもそんなものが施設に無かった為、女性陣も含めて使い達全員が微妙によれよれの服を身に纏っている。
「智紗と監察官は?」
「ああ、フゥちゃんと一緒に食料の配給に行って貰ってる」
「そうか。とりあえず、着替えは輸送機のトランクに入れとくぞ」
「了解だ」
佐上が相棒の言葉に頷いた。
「で、結局こうして数日も足止め食ってるわけだが、いつ出発出来そうなんだ?」
「明日にはフゥちゃんの方で調整が終わるそうだ」
「そうか。じゃあ、そうしたら出立だな」
「暫定だが、たぶん輸送機のルートはこうなる」
地図には幾つかの赤い点が描き込まれ、その横に黒い線が最短とは言い難いジグザグで引かれていた。
「やっぱ、軍閥の目を盗むとこうなるのか……」
「ああ、これが現在考えられる限り、最短のルートだそうだ。燃料も馬鹿にならないらしい。あまり途中で地上に降りたくないというのがこちらの本音なわけだが、少なくとも最低十回は何処かで燃料の補給が必要だとの事だ。幸いなのは乗せるのが人間だけで大きな荷物が無いくらいだとか」
「やれやれだぜ」
蒼雲が肩を竦めた。
「このまま引き篭もっていても、何れは軍閥に見付かる。なら、空の旅と洒落込んでいた方が安全なのは間違いない。軍閥も領土を完全に統治し切れていないらしいしな。とにかく人民統制に力を裂いているせいで各地を隅々まで見張るのは不可能。今、オレ達を追ってるだろう部隊も各軍閥が出せる最低限のものでしかないと彼女は言っていた。派閥争いや諸事情を含めると、どんなに人員が投入されていても、総数で千人は超えないと」
「千人、ね……」
多いと愚痴るべきか。
少ないと安堵するべきか。
何とも言えない表情で蒼雲が地図を見つめる。
「でも、この輸送ルート……原発自体には下りないんだな」
「ああ、千四君が空の上を通過する際に掃除するだけで十分と主張して、一帯を通るルートでは下りない事になってる」
「大丈夫なのか?」
今まで黙って地図を見ていた千四にチラリと視線が向けられた。
「この間の経験がありますから。たぶん、次は実際、三十秒もあれば十分だと思います」
「おいおい。あんたも大概だな。超新人」
少年はその言われように苦笑した。
「とにかく。明日まで軍閥が責めてこなければ、直接戦闘の危険はほぼ無いと思っていい」
そう佐上が締め括ると同時だった。
ロビーに炊事場の方から湯気を上げる椀を持って三人の女性陣が戻ってくる。
「あ、お昼ご飯持ってきたから、一緒に食べよう?」
山岳部に来てから具合の悪さが幾分改善した豊が蒼雲にニコリと微笑む。
「お、おぅ……(く、監察官はやっぱり、家庭的なシュチュが似合うな)」
漫画フリークの蒼雲にしてみれば、現実に出てきた二次元ばりの美少女に話し掛けられるというのは幸せ以外の何モノでも無い。
「あんた、鼻の下伸びてるわよ? うわ、キモ?! 近付かないでくれない?」
さっそく長年の付き合いから蒼雲の内心を読み取った智紗がジト目で一歩下がった。
「ち、ちっげーよ!? なんだよ!? 鼻の下なんか伸びてねぇ!?」
ガヤガヤと一瞬で喧しくなる場に他の全員が苦笑した。
それから一段落付いて。
白いスープに入った妙に平べったい麺を啜りつつ、全員がソファーで歓談し始める。
蒼雲と智紗は啀み合い、佐上と豊は明日の事で互いに相談を持ち掛け、あぶれたフゥと千四はそんな仲間達を横目に前よりは近付いた様子で話していた。
「本当に良かったアルか? 本部からの命令に従って」
「今更じゃないか?」
「……追ってくる奴らが掃除の結果を見れば、何処までも追ってくるかもしれないアルよ?」
「それは構わない。いざとなれば、全員を逃がす算段くらいはあるから」
「フゥさんは今まで色んな使いを見てきたアル。でも……監察官はともかくセンシの力が大きいようには……いや、本当に凄いのは分かってるアルよ? でも、軍閥に一人で立ち向かえるかどうかは力の強さとはまた別アルから」
「一応、クラスBなんだが」
「でも、気配が全然しないアル」
「色々あって……」
「色々?」
「まぁ、色々」
「……そうアルか」
それ以上、フゥは何も聞かなかった。
この数日、唯一翻訳出来る人材として働いていた為、微妙に顔色が悪い。
「あんまり、無理するなよ?」
「え……」
食べ終って一息付いたフゥの頭を千誌が撫でる。
「具合、悪そうに見えるぞ?」
「そ、そうアルか?」
「ああ」
「……疲れてるのかもしれないアル」
姉が死んでいるとは思っていないのだろうが、行方不明なのだ。
そんな中で一人仕事に忙殺されている少女に他の使い達も心配そうな視線を向けた。
「一端、ウチらの寝床で休んでくるといいよ」
智紗が出来る限り明るく言うとそれに同調して佐上や豊、蒼雲も同じように頷いた。
「あはは、皆さん優しいアル」
何処か擽ったそうに笑って。
しかし、緩々とフゥは首を横に振った。
「ちゃんと休むのは明日、飛び立ってからにするアルよ。今は皆さんの安全を確保するのが先アル」
そんな健気な様子に男性陣はフゥより無力な自分達に僅か罰が悪そうな顔をして。
女性陣はいい子だなぁと妙に感動していた。
智紗などは「フゥちゃん!! 本当に良い子!!」と抱き締めては頬ずりし始める有様だ。
そんな、微笑ましい光景に全員の口元が緩んだ時だった。
何事か。
叫び声がして。
施設の職員達の数人が彼等の傍まで走ってくる。
フゥが職員達の慌てた様子に質問して、外を指差した彼等は一様に一つの言葉を口にしていた。
黒幇と。
「どうやら、軍閥じゃない部隊がこっちを包囲しつつあるようアル」
冷静な瞳でフゥが職員達に指示を飛ばした。
すると、まるで蜘蛛の子を散らすように全員が施設の中を駆け去っていく。
「軍閥子飼いの幇が来たと」
「バン……確か、組織や団体、秘密結社の事だったか?」
千四の声に頷きが返る。
「ここら一帯を統括する軍閥は幾つかの裏社会の幇を飼っていて、その中で最悪の相手が黒幇アル」
「何なんだ? そのヘイバンってのは?」
蒼雲の言葉にフゥが全員へ付いて来るよう指示して、そのまま歩き出した。
施設はそう大きく無い。
しかし、地下はそれなりに広いらしく。
階段を下がると長い通路が電灯に照らされ、彼等の往く先は遠いのだと教えていた。
その道すがら。
フゥが現在、施設へと迫っている相手に付いて基本的な情報を開示し始めた。
「元々、幇と言ったら、商人の連合なんかを指すのが一般的アルが、四年前からこっち、崩壊した大陸秩序の中で幇の意味は裏社会の組織に対して使う用途へ偏るようになったアル。内陸部で組織が無傷のまま残ってた連中が生き残りを掛けて軍閥に取り入ったのが始まりで、今じゃ軍閥の正規軍並みの装備を持ってる傭兵集団って言った方が正しいかもしれないアル」
「正規軍並みの装備……要は捨て駒か?」
「ステゴマ? ああ、そういう感じアルよ。連中、基本的には軍閥の正規軍がするはずの汚れ仕事を引き受けてるから、重宝されてるアルよ。危険な任務は日常茶飯事で一週間で部隊の三分の一が入れ替わるのもよくある事って言われてるアル」
「まずいな……」
「何がマズイの? むろっち」
智紗が千四の渋い顔に首を傾げた。
「たぶん、そのヘイバンって言う連中は先遣隊。それも強襲偵察部隊みたいものだと思う。本隊はたぶん後方で待機していて、ある程度戦力を削ったって報告が入ってきたら、おっとり刀で駆け付けて来る。それもたぶん重武装で……」
「何でむろっち、そういうのが分かるの?」
「汚れ仕事専門の装備の充実した部隊が責めてくるって事は相手の目的は十中八九、正規軍閥の部隊じゃ手こずるだろう“使い”の排除だと想像が付くからだ。蘆夜さんはどう思いますか?」
「うん。千四君の言う通りだと思う。元々、大陸は重火器の規制が凄く厳しかったんだけど、四年前の崩壊で民間にも大量の違法銃器が出回ってるの。例え民間組織でも軍閥から武器供与されてるなら、侮れないと思う」
「おいおいおい。こっちは使いって言ってもほぼ学生。傭兵部隊と戦って勝てるわけねぇ?!」
蒼雲が最もな回答を吐いた。
「そうだな。監察官殿がクラスC辺りでも数十人から数百人規模の武装した相手が敵ではこの場の全員を守り切るのは難しいだろう」
佐上の言葉に智紗が千四を見た。
「むろっちはどうにか出来る?」
「……条件が揃えば、撃退とは行かないまでも相手を行動不能にするのは不可能じゃない。たぶん」
「監察官と連携した場合は?」
蒼雲の言葉に少年はどう答えたものか迷った。
「千四君はまだ基本的な訓練しか受けてないから、それは厳しいと思う。あたしは一人だけなら立ち回れると思うけど、他の人と一緒だとちょっと……」
豊がフォローして。
なら、どうしようかと周囲に沈黙が立ち込める。
「とりあえず、逃げればいいと思うアルよ?」
いつの間にか。
地下通路の端まで全員が来ていた。
重そうな鋼鉄製の扉のロックがフゥの細い指で暗証番号の入力されると即座に外れる。
フゥを先頭に全員が扉を潜ると其処は大きなドックになっていた。
しかも、内部には滑走路が備え付けられていて。
数百m先に出入り口が見える。
「こんな……ウチの技術にはいつも度肝を抜かれるな……」
佐上がまるでフィクションの中にあるような滑走路施設に目を見張った。
「上の輸送機は囮。此処にある輸送機で脱出すればいいアル……ちょっとした問題さえ解決出来たなら……」
「ちょっとした問題?」
千四にポリポリと頬を掻いて。
フゥがひっそりと呟いた。
「此処、山肌の離陸口が丸見えになってて……たぶん、離陸した瞬間に何か飛んでくるアル。主にRPGとか」
ああ、と少年は自分の感じていた違和感をようやく理解した。
このような分かり易い離陸用の出口が山肌に開いていたら、敵から丸見えなのだ。
それに離陸直前ならまだしも、まだ輸送機にエンジンすら掛かっていない状態で開いているのは明らかにおかしい。
「何か施設に故障でも?」
千四の問いにフゥが言い難そうに視線を反らす。
「……此処が造られた当時、施工業者が工事費用を“適正に使わされて”腹を立てたアル。それで本来隠蔽しておく為のカバー施設分の資金を持ち逃げされて……それ以来、本部から追加予算も下りず。今日まで……」
「つまり、外からは最初から丸見えだと?」
佐上の問いに頷きだけが返された。
「どうすんの? さすがに離陸直前を狙われたら、どうにもなんないんだけど」
智紗が自分が操縦する前提でも相手からの攻撃を回避するのは至難だと全員に釘を刺す。
「それくらいなら、どうにか」
佐上や蒼雲、智紗が視線を少年に向ける。
「頼むぜ? 超新人」
「ええ」
「なら、離陸直後はむろっちに任せるね」
「千四君。よろしくお願いする」
彼等はそこに疑問の余地も差し挟まなかった。
その光景を何処か嬉しそうに見ている豊にフゥが呟く。
「センシは信頼されてるアルね……きっと大丈夫。違うアルか?」
「……千四君は凄いもん。絶対、皆を守ってくれるよ……」
二人が自分達の前で仲間達に囲まれた少年に視線を送る。
それに気付かず。
少年は全員を守るべく自らの能力のお浚いをし始めた。




