第二章「帰来の王」~③~
第二章は此処まで。続いて第三章へと物語は移っていきます。此処からは五時台の投稿になるかと思います。では、次回。
~③~
ワン、豊、千四が空港に戻ってから一夜が明けていた。
少年の掃除結果を吹聴して回る事も無かったワンは千四達を尻目に送られて来たらしき飛行ルートや物資の受け取り、外敵の情報を処理するのに忙しく。
寝込んでいる豊は智紗や佐上、蒼雲が代わる代わる交代で見ている為、彼等の時間は半ば忙しく過ぎ去っていった。
本来なら、ヤバイ仕事が伸びたという事で批難される事も千四は覚悟していた。
しかし、【仕事】は成功したが追加され、更に旅行日程が伸びたとの報は支部の使い達にそう悪感情を抱かせず、また結束を強める材料となった。
というのも、彼等は彼等なりに今まで理不尽な【仕事】をそれなりにこなしてきた練達の者だったからだ。
内容が変更される。
情報が間違っていた。
期間が短縮・延長される。
そういった事は長期の【仕事】では日常茶飯事。
理解のある仲間達に千四は頭が下がる思いだった。
その朝も昨夜の晩と同じく、やはり具合の悪い豊に代わって、彼は滑走路や施設周辺をウロウロしていた。
未だ車の気配どころか。
人が周辺にやってくる気配も無かったが、それで安心も出来ないというのが千四の判断だ。
前日、上司から不安を煽られたのも大きい。
警告したのが無能な相手なら、何の気負いも無く明け方前の時間帯を寝て過ごしたのだろうが、組織の中核と言っても構わない程に有能だと分かっている為、言葉は鵜呑みにこそしていないが、無視も出来ない。
空港周辺の道路は草が生い茂り、道らしき道も舗装が所々剥げているとはいえ、いつ何時軍閥の車両が追ってこないとも限らない。
周辺を囲まれて篭城戦になるとか。
相手の攻撃で逃げ道を塞がれるとか。
諸々、最悪を想定して地形を確認していた少年は後ろから近付いてきてパッと目隠しした相手に「おはよう」と軽く挨拶した。
「だーれだアル」
「フゥさん」
「正解アル!? おにーさんは透視能力も持ってるアルか!?」
「言葉遣い的に一人しか心当たりが無いから、さすがに……」
「まぁ、それもそうアル。とりあえず朝食持ってきたアルよ。どうぞ」
「これは……」
「マントー。アル」
「まんとー……ああ、“まんじゅう”か」
少年はお礼を言った後、フゥが差し出した温かく白い饅頭を口にした。
「おにーさん。一ついいアルか?」
「何かな?」
「丁寧な言葉遣いじゃなくて……その、あの仲間の人達、寝込んでる人にするみたいな砕けた口調で話して欲しいです……アル」
「?」
「もう少し、おにーさん達の事を知りたいと思って、その……」
何処かソワソワした少女の姿に少年が別に構わないと頷いた。
「とりあえず、何て呼べばいい?」
「そ、それじゃあ、フゥさんの事はフゥって呼び捨てにして欲しいアル!」
「じゃあ、こっちもセンシって呼び捨てで……」
「セ、センシ!!」
「フゥ?」
「~~~」
何やら盛り上がった様子で少女が周囲に人がいないか確認して身振り手振りでワタワタし始める。
「そ、そう言えば、センシは昨日凄かったって、ねーさんから聞いたアル。その内に【衛星】昇格間違い無しって!!」
「え? いや、そういう権力とか地位とかにあんまり興味は……」
饅頭を食べながら、少年が苦笑した。
「これがストイックってやつアルか!? クラスAになったら、ご馳走食べ放題!! 権力使い放題!! 豪遊し放題!! ってねーさんが言ってたアルよ?!」
「そういうのが欲しいわけじゃないし、それが幸せかどうかも分からない。少なくともクラスAの地位に付いて回るものは、今の特権で吊り合わないと思う」
「吊り合わない……戦うのが好きじゃないアルか?」
「争う理由があるなら、それは自分で判断したいとは思うってところかな……」
「じゃあ、おにーさ…センシは逆に上に立つべきじゃないアルか?」
「逆に?」
「そうアル。そうすれば、自分で戦うかどうか判断出来るようになるアルよ」
薄靄の掛かる世界に明け方の陽射しが差し込み始める。
山の稜線から零れた光が照らし出した滑走路で少年は少女に向けて苦笑する以外無かった。
「戦う理由なら、きっと幾らでもある。けど、戦わなくてもいい理由だって、それと同じくらいある。少なくとも、それが生存競争でも無い限り、戦わなくてもいい理由の方が僕にとってはきっと多い」
「……戦わなくてもいい理由?」
目をパチクリとさせた少女は照らし出された少年の顔を凝視していた。
今時、このご時勢、世界は生存競争の嵐だ。
食料、環境、資源、根本的な部分で争う理由は五万と存在する。
「センシは……【楽観主義者】アルか?」
「難しい言葉知ってるな……でも、どうかな。【悲観主義者】程、絶望もしてなければ、【現実主義者】よりは夢見がち。そんなところだと自分では思ってるけど」
「難しいアルね……」
「……何事も程々がいいと僕は思う。少なくとも、どんな主義思想だって行き過ぎれば、毒にしかならない。平和利用を謳う原子力が一歩間違えば人の生存圏を奪う汚染源となるみたいに」
「確か、日本の諺……毒と薬は同じもの、だったアルか?」
少女の間違いを少年は頭を撫でて正した。
「毒と薬は紙一重。それは療法、容量を守って使うから、薬にも成り得る。使いの力も同じ、その人間にとって薬になるか毒になるかは使い方によって決まる」
「使い方……」
「だから、戦う理由があるなら、それがせめて納得出来るものであって欲しいと、誰からも望まれるような理由であって欲しいと、僕はそう願ってる」
少年の横顔に沈黙して。
フゥは自分の前にいる相手が今まで出会ってきた誰とも似ていないのだとようやく気付いた。
恵まれた国に生きている人間の戯言だと切り捨てるにはあまりにもその瞳の先にあるものは深く。
「センシは大物アルね……」
「大そうな主義も主張も無いし、大きな荷物も背負ってない。大物って言うのはちょっと……」
「じゃあ、小物アルか?」
「それはそれで男子としては哀しい気も」
「あはは、じゃあ中物にしとくアルよ」
互いに笑い合いながら、少年はフゥを伴って滑走路脇の建造物へと戻ろうとした。
そんな時だった。
微かに遠方からエンジン音が響く。
「ねーさんに知らせて来るアル!!」
フゥが走り出し。
それと同時に少年はその背中を守るように振り返って、滑走路の中央へと早足に向かった。
陣取ってから一分後。
数台の日本車。
バス、軽トラ、ジープらしき車両が滑走路上に止まる。
それと期を同じくしてフゥが姉を伴って少年の傍まで走ってきた。
「悪いわね。迷惑掛けて」
ワンの言葉に首が横へ振られる。
「どちらかと言えば、それはこっちの台詞かと」
何事か。
罵声のようなものが小銃で武装した男達の間から上がる。
「何て言ってるか。通訳して貰っていいか?」
ひそひそ千四が訊ねるとフゥが頷いた。
「お前が帰来のワンかって言ってるアル」
二人が後ろで話している間にもワンが何事か大声を張り上げる。
「帰来?」
「意訳アル。出戻りとか。簡単に言うと……結婚して戻って来た女の人をその……」
たぶん、言葉にするとかなりドギツイのだろうと少年が理解する。
「それで……そんなに大きな娘と息子がいるなんて、とんだ……悪女?」
何とか語彙の中から近くて当たり障りの無い言葉を持ってきたフゥの言いたい事は大体分かったので、それ以上の意訳を少年は止めた。
というか、そんな事をしなくてもワンの背中から立ち上る気配は限り無く冷たいので何を言われたのかは察せられる。
否、これで察しない人間はたぶん生きて帰れないに違いない。
「フゥ。その子を連れて輸送機に行きなさい。今、整備が終わったところよ。他の全員がもう乗り込んで準備してる。こいつらの相手はこっちでするから、次の合流予定地点に間に合わなかったら、貴女が輸送ルート上の敵を排除しなさい。いいわね?」
「分かりましたアル。ねーさん」
「いいのか?」
大丈夫なのかと少年が聞かなかったのは欠片も心配していなかったからだ。
ワンはそれを何処か嬉しそうに聞いて、頷いた。
「自分の仕事には最後まで責任を持つ。君には君のやるべき事がある。おねーさん、これでもクラスAなのよね」
ワンが男達の前で胸の谷間からマグナムを取り出した。
確かに脅威。
しかし、所詮は女の細腕。
自分達は数倍で自動小銃まで持っている。
何か恐ろしい力を持っているなんて言われているが、所詮はまやかし。
この物量に敵うはずがない。
サラリと男達の余裕の表情からそういった内心を読み取った千四は哀れな生贄達を前にして、少しだけ同情した。
「あまり死人は出さない方向でお願いします。出来れば、死体は誰にも見せたくないので」
「あはは、いいわ。そういうリクエストが出来るくらいには貴方にも認められてるって事だものね。ええ、命だけは取らないでおいてあげましょう。ま、動いて医者に行けるかまでは保障しないけど」
「十分です。じゃあ、お先に」
「ええ、間に合えば。次の飛行場で会いましょう。龍の如き人」
最後に自分には似つかわしくない言葉を貰って、少年はフゥと共に滑走路脇に止められている輸送機へと走り出した。
その二人の後ろ姿をニヤニヤして見ている男達に彼女は何となく待ち伏せ、輸送機近くに仲間が潜んでいるのだろう事を悟ったが敢えて言わなかった。
そんな事が必要には思えなかったからだ。
そうして、二人の足音が遠ざかった後。
ニヤニヤしている男達が小銃の照準をワンに向けて、下卑た笑い声を上げる。
端的に言うならば、脱げ、命乞いをしろ、と言ったところだろう。
しかし、彼女はマグナムを天に向けて一発、撃った。
気でも触れたか。
おかしくなったか。
そう嘲笑する男達を前に冷徹を通り越して、まるで死人のような、全ての感情が消え失せた瞳が向けられる。
『約束だから、その薄汚い口と頭は残してあげるわ』
ワンが男達に背中を向け。
それに怒声が上げられ―――ボジュンッと何かが弾ける音がした。
『S寰jW]Z9曻、クf孳ヨ県!?!!?』
もはや声にならない声。
発音すら儘ならない絶叫が周囲に木霊する。
『あらあら、大変ね。今日から明日も明後日もずーっと“垂れ流し”の人生だものね』
男達の幾人かは泡を吹いて昏倒し、意識のある幾人かは銃も取り落として両手で股間を押さえた。
彼等のズボン。
その下半身部分には一様に血痕が、まるでそんなファッションですと言わんばかりに広がっていて、何が起ったのかはまるで分からない。
一つだけ確かなのは男達の全員にその事象が起こり、彼等が完全に行動“不能”になったという事だけだ。
『さて、残りを刈りましょうか』
後に彼女に喧嘩を売って生き残った男達は知る事となる。
その女にその言葉を投げ掛けて生き残った人間が自分達をおいて皆無であるという事実を。
第二章「帰来の王」了




