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第二章「帰来の王」~②~

少しずつ、大陸の事情が見えていくでしょう。では、次回。

~②~


「で、どういう事なんだよ。さっきのは?」


 着陸した飛行場の横。


 滑走路横の小さな建築の一階。


 小銃を持った男達が警備する一室のソファーで蒼雲はワンにジットリした視線を向けていた。


 他の使い達も同様だ。


 こういう事もあるだろうと予想していた千四と豊、フゥだけが静かに出されたペットボトルのお茶を飲んでいた。


「いや~オネーサンのとこも色々あるのよ。ホント、色々……」


 視線を逸らしてあからさまに説明を省いたワンに佐上が溜息を吐く。


「見ている暇なんてありませんでしたが、あの高度で襲われたという事は相手が持ってるのは戦闘ヘリの類だ。そんなの何処かの軍閥くらいしか持ち合わせてないはずでしょう。レーダーに極力映りたくないと低空を飛行していたんですよね? それなのに相手はこちらをピンポイントで襲って来た。何か抗争の火種でも抱えているんですか? ワンさん」


「今回の【仕事バイト】が嗅ぎ付けられちゃったのね。たぶん……」


 蒼雲と佐上と智紗が千四の方を向く。


「何をするのか大まかには聞いてますが、具体的な事はさっぱり教えて貰ってません」


「大まかな内容って何?」


「掃除、だそうで」


 智紗の言葉に千四が返す。


「掃除……それだけで殺され掛けたのか?」


 蒼雲が眉を潜めて、ワンが仕方ないとソソクサ準備し始めた。


 フゥが姉の持っていたバックから取り出した資料を幾つかテーブルの上に並べていく。


「これは……現在の大陸地図ですか?」


「ええ、そうよ。現在、私達がいるのは此処」


 佐上が訊ね、ワンが頷く。


 広げられたのは嘗ての国土の三分の一以上。


 沿岸部が殆ど水没している大陸の地図。


 指し示されたのは各地に散らばる赤い点の一つに程近い場所だった。


「この赤い点は何なんだ?」


 蒼雲の言葉にワンがポリポリと頬を掻いた。


「……忌み地よ」


「イミチ?」


 智紗の問いに女が大きく溜息を吐いてから頷く。


「そう。この大陸で四年前から忌避されてきた場所。そして、今も大陸を人の住めない場所に変えている汚染源」


「……」


 千四が今も日本にいるのだろう微笑の上司を思い浮かべた。


 とりあえず、一発殴りたいとの思いは正当なものだろう。


「これ……事故の起こった原子力発電所の……」


 千四のげんなりした様子とワンの言葉からさっそく思い至った豊が核心を言い当てる。


「げ―――」


「おいおいおい?! 冗談だろ!!?」


「そういう事か。伊藤さんも人が悪い……」


 使い三人が三者三様のリアクションを取った。


 絶句する智紗、思わず喚く蒼雲、何処か諦観したような佐上。


 彼等の表情は最もだ。


 何故なら、大陸での核危機は世界的な核汚染要因の一つなのだから。


 当時、原発は稼動前のもの以外、その殆どが大災害に巻き込まれてメルトダウンあるいは緊急停止しても外部へ核物質の流出が起きた。


 それらの災害現場は国家の最優先課題として津波や地震の被害よりも先にケアされたが、未だ予断を許さない事故原発は数多い。


 当時は世界規模で情報インフラが破壊された事もあり、各国専門家の連携すらまともに出来なかったが、一年後には国連が頻発する原発災害に対し、IAEAを改編して超国家規模の組織を創設。


 原子力災害対策を国連先進国から拠出させた数百億ドルの資金を原資として推進。


 現在はロボット工学の発展を軸として各国が様々な分野の専門家を出し合い、高レベル放射性物質の汚染下でも活動が可能な防護服や様々な防災用品を開発している。


 その専門家達でさえ匙を投げたのが中国の原発災害だった。


 最も被害が甚大だった地域は半径数百kmが立ち入り禁止区域となり、よく国連総会の報告書では内部が一体どうなっているのか誰も知らないと言われている。


 そんな場所がすぐ近くにあるとなれば、三人の顔が引き攣るのも当然だった。


「原発を掃除って……むろっちがそんな能力を持ってるって事?」


 智紗の呟きに千四が軽く頷いた。


「意味が分からない?! もしも、それが本当なら、どうして軍閥が襲ってくるんですか!?」


 佐上の言う事は最もだ。


「基本的な部分の情報が抜けてるようだから、幾つか補足しておくわね」


 ワンが数枚の同じ内容が書かれた資料をフゥに配らせた。


「英語……?……こいつは……支援、物資? 合意の、条件だと?」


 蒼雲が字面を追って、概要を把握し、首を傾げる。


「その資料はね。国連が各軍閥に対して支援物資を送る代わりに課した契約内容。ま、“首輪”ね。その合意が遵守されない場合、軍閥は今自分達が受け取っている物資を打ち切られるわけ」


「―――腐ってますね」


 佐上が大まかな状況を把握して、そう吐き捨てた。


 智紗はチンプンカンプンの様子で頭にクエスチョンマークを浮かべている。


「お前にも分かりやすく言うとだな。部屋に散らかった塵を片付けてる内は御褒美が貰えて生活は楽になるが、塵が無くなったら契約は終了。更に塵があった部屋は自分のものじゃなくなるってな事が、此処に書いてある」


 蒼雲が智紗に内容を噛み砕いて教える。


「これ……国連と各軍閥が結んだ密約で国家の再建案でもあるみたい……」


 豊が内容を詳しく読み込んで、目を細める。


「そういう事よ。軍閥は国連に物資を提供してもらう代わりに人命諸々を投入して力技の除染作業と原発災害の収拾を行なわせてるの。そして、除染と原発災害がある程度収束したと認められた場合、武装解除と同時に各軍閥は再び一つの国家を再建すると約束した」


「……最初から守る気も無かった、と」


 千四が内情を一発で貫いた。


 その言葉にワンが少しだけ理解が早くて助かると頷く。


「それはどういう?」


 佐上に千四が想像した限りの悪辣を並べ立ててみる。


「つまり、軍閥としてはこの契約はポーズ。勿論、最後の条項は決して呑めない。いや、ある意味呑む必要も無い絵空事だったって事です。何故なら、この国の原発災害が収束するのは軽く見積もっても千年単位。軍閥にしてみれば、領地内の人減らしと支援物資欲しさの八百長。違いますか?」


 ワンはものの見事に看破された裏事情を肯定する。


「そうよ。国連側もそれは分かってた。分かったけど、放っておく事も出来なかったのよ。現在進行形で進み続ける汚染を少しでも封じ込める為に人柱も大量に必要だった。国連の拒否権を持つ国々を筆頭にして、大陸に近い国なら何処でもそうだったから、結局軍閥に無理難題……通常の国家なら非人道的と非難されてもおかしくない除染工程を押し付けた。分裂して事実上、拒否権が無くなっていた彼等軍閥にしてみれば、笑いが止まらなかったでしょうね。領地内で暴動を起こそうとしていた勢力が丸々物資の代価に化けるんだから……」


 ワンが視線を僅かに伏せた。


「つまり、今回の襲撃の理由は……原発災害の収束を嫌った軍閥の暴走って事ですか?」


 佐上の言葉にワンは済まなそうに頷いた。


「少しだけ訂正させてもらうとすれば、軍閥自体ではないわ。たぶん、今回の【仕事】を嗅ぎ付けた幾つかの派閥が半信半疑ながらも動いてるんでしょう。でも、実際信じてるやつもいるんじゃないかしら」


「原発を掃除出来る人間がいると?」


「ええ、何せ四年でオネーサンが一躍有名人になっちゃったから」


「使いの存在が今回の【仕事】の信憑性を上げた?」


 自嘲がワンの唇から零れた。


「まぁ、君達も分かってると思うけど、【衛星サテライト】クラスになると軽~く小国くらいは滅ぼせるわけ。その能力を軍閥の勢力調整に使って、ガッツリ相手と殴り合いをしてきたオネーサンみたいなのがいるんだから、もっと化物みたいなやつがいてもおかしくないと軍閥連中の上層部は考えてるんでしょうね」


 全てを聞き終えた彼等が沈黙した。


 予想以上にハードな状況。


 これからどうなるのかまったく予想が付かない上に地域を統治する軍閥からの襲撃に怯えながらの道程となれば、命が幾つあっても足りないのは明白。


 事態の中心たる千四にしても、連れてきてしまった手前、責められても仕方ないと内心で罵倒される事に少し身構えた。


「……それで、千四君。君の能力に付いて訊ねても?」


 佐上の問いに千四が答える。


「ええ、お答え出来る範囲でなら」


「原発災害を“掃除”出来る程のものなのかい?」


「一応……まだやった事はありませんが、伊藤さんは可能だと判断したんでしょう」


「すげーな。お前……やっぱ【超新人スーパールーキー】と呼ぶべきか」


「それはちょっと……」


 蒼雲がもう驚くというよりは呆れた様子になる。


「まー何だかよく分かんないけど、むろっちはサイコーにイカス能力を持ってるって事でOK?」


「ノーコメントで」


 今までの真面目な雰囲気も何処へやら。


 使い達のいつも通りの様子に彼が内心で感謝を捧げた。


 命を掛けているのだ。


 追求もせず安易に済ませていいはずもない。


 しかし、三人の誰も少年を責めようとはしなかった。


 その光景があまりにも意外だったのか。


 目をパチクリとさせたワンがフッと微笑む。


「いいわね。貴方達……オネーサン、君達みたいな子が後輩で嬉しいわ」


 それから幾つかの事柄が話し合われた。


 主な話題は現地へ赴く少年に誰か付いていくのか。


 または全員で行くのかどうか。


 これは高レベルの使いである豊が同伴する事で決まった。


 また、現地での状況確認の為にワンも同伴する。


 軍閥からの襲撃を恐れ、他の三人を置いて行く事に懸念を示した千四に対してワンは妹を三人の護衛として残すと提案。


 妹のフゥが実はクラスBの使いであるという姉の発言に驚きつつも、その華奢な少女に護衛される事を全員が受け入れた。


「じゃあ」


 それから三十分後。


 補給の済んだ輸送機に再び少年と豊が乗り込み。


 三人が後方待機となったフゥと共に手を振る。


 ワンも妹の耳元に何事かを囁いて頷かせるとエンジン音が高まる輸送機のタラップを上がった。


「じゃあ、帰ってくるまでの数時間。よろしくね」


「分かったアル。姉さんも気を付けてアル」


 すぐにハッチが閉められ、浮遊感と共に千四と豊とワンが空の人となる。


「……それで今向かってる原発の状況は?」


「ん~~たぶん、大陸でも最悪に近いかもしれないわね」


 軽く言ったワンが懐から取り出した端末内の画像を何点か二人に見せ、説明を始めた。


「上の、此処。原発建屋が爆発して吹き飛んでるのが分かる?」


「はい。かなり大規模な爆発だったようで」


「それはまぁ、もう過ぎた事だし、いいのよ。ただね。解け落ちた燃料が原発の床を突き抜けて、下の地層内部に溜まってるみたいなの」


 画像がスライドされ、次の写真には濛々と立ち上る煙がしっかりと写っていた。


「これ、どうなってると思う?」


「……最悪な状況なのは分かりました」


「分かるの? 千四君」


「ええ、まぁ、TVとネットの智識ですが。たぶん、再び反応が加速してるんだと思います」


「その通りよ」


「え? もう炉が壊れてるのに?」


 豊の最もな疑問に千四が答える。


「稀に天然の反射材。水だとか土だとか。そういうものの中で再び反応が加速する事がある、という事らしいです」


「そして、困った事に実はもう一つ問題があるの」


「もう一つ?」


「ええ、この原発の近くに流れてる川が見えるかしら?」


「はい。取水先ですか?」


「原子力発電って言うのは核分裂反応の熱で水を熱して、タービンを回転させる事で行なうの。だから、多くは水辺に作られるわけね。でも、この原発は少し特殊で……建設途中にちょっとした手違いと部品の偽造やら強度不足やら環境問題で取水先からあんまり水を取り込めない仕様になっちゃったのよ。で」


 新しい画像は大きなポンプと思われる写真だった。


「……地下水を汲み上げてる?」


「ご名答。それも安全を無視した設計でシステムに組み込まれてたらしいのね。“極秘裏に”」


「極秘裏って……それはまた随分と」


 千四が顔を顰める。


「これが実は一番の問題で、その地下水脈、ここら一帯で現在使用されてる生活用水の取水源なのよ」


「そんな?! それじゃ、もし此処でもう一度反応が加速したら……!?」


 豊の想像は正しいらしく。


 ワンは否定しなかった。


「再反応で地下深くの水源に燃料が潜り込めば、ここらは完全な不毛地帯になるでしょうね。それだけじゃないわ。水蒸気に巻き上げれた放射性物質が雲になって周囲を再び汚染する事にもなる……今まで多くの人命を費やして除染してきた場所も全部消える。そうなれば、軍閥にしても人民の統制は難しくなるでしょう。最悪、暴動。いえ、内戦でどれだけ死者が出るか……」


 言われた事の重みに豊がゴクリと唾を飲み込んだ。


 大虐殺。


 少なくともそれに準じる事態になるかもしれない。


 ただでさえ、食糧不足で飢餓が進行している大陸の台所事情は深刻なのだ。


 口減らしという響きは残酷だが、切実に過ぎる。


 地獄の釜が開けば、災厄は他の軍閥領地内にも飛び火しかねない。


「一つ聞いても?」


「何かしら? オネーサンに応えられる事なら、何でも聞いて頂戴」


「この原発そのものを再利用する気が軍閥にありますか?」


「愚問ね。再利用なんてする気も無いでしょう。ぶっちゃけ、更地にしたいってのが本音じゃないかしら……」


「そうですか」


「具体的な能力に付いては聞かないって伊藤さんとの約束だから、詮索しないけど。放射性物質だけを除去出来たりするわけ? 君の能力は……」


 ワンの最も知りたいのであろう事実を少年はただ笑みで応えるだけに留めた。


「忘れて頂戴……使い同士で能力を訊ねるなんて、失礼よね」


 沈黙が下り、少年は伊藤が自分を送り込んだ理由の全てを理解した。


(相変わらず喰えない人だ。そして、狡猾に過ぎる……人間を滅ぼすのは他人の悪意ではなく自らの良心……自分から逃げられない以上、遣り切るしかないわけだ……)


 偉大な科学者は最初、自分の生み出した数式が世界の平和を造るモノになってほしいと願った。


 しかし、実際はその逆で兵器への転用が相次ぐ。


 それと少年の能力も同じ。


 心して使わなければ、やがて少年だけはなく。


 全てを滅ぼすのは確実。


 これからも続くのだろう【仕事】の内容、その道筋が示された以上、彼もまた組織の頚城から逃れられない。


 そこに能力がある以上、それを背負う覚悟がこれからの人生では何度でも試されるのだろうと少年は自らの業を思った。


「大丈夫? 千四君」


「はい。蘆夜さん。それより、蘆夜さんの方が心配なんですが」


「あ、あたしは大丈夫、だよ?」


「隠しても無駄です。顔色が悪いですよ。鎮静剤を打ちますか?」


「……あはは、やっぱり君には隠し事出来ないみたい……でも、いい。これからどうなるか分からないんだし」


「……分かりました。でも、もし本当に我慢出来なくなったら言って下さい。また倒れられても困りますから」


「うん。約束する……」


 二人の間の空気を察したのか。


 少しだけ意外そうにワンが千四に訊ねた。


「もしかして、二人は相思相愛の仲だったりするのかしら?」


「な、そ、そんな事!? あ、あたしはただ彼の護衛役というか。その……」


「頼れる先輩で何よりも命の恩人です」


 豊が言い淀む間にも少年が素早く返す。


「へ~~そうなんだ~ふ~ん」


 ニヤニヤしながら、ワンがそれから何度もカップルにぶつけるような質問を連発し、目的地に付くまでの時間、二人は気を紛らわせるには丁度良い会話を繰り広げる事となった。


 それから二時間程後。


 操縦席からの声にワンが目的地に付いた旨を二人に説明し、嵌め殺しの窓を見るように言う。


「あれが忌み地……」


 二人は薄暗い曇り空の下。


 半壊した原子力発電所とその中央の建屋内部から煌々とした紅の光が漏れているのを少年が確認した。


「カウンターも反応し始めたみたいね」


 ワンが一足遅かったかと端末に出ていた数値に顔を歪める。


(やるしかないって事か。ぶっつけ本番……怨みますよ。伊藤さん)


 外の景色にこれから自分の為すべき事を意識して。


 千四は使いになってからずっと訓練し続けていた自らの能力の出来る事と出来ない事を脳裏で反芻する。


(もしもの時は気が引けるけど、蘆夜さんのお世話になろう……)


 大きく呼吸した後。


「済みませんが、発電所と地域一帯が見渡せる位置まで高度を上げて貰えますか?」


「いいわ。すぐに指示しましょう」


「千四君……」


 何処か不安そうな顔の豊に千四が笑みを浮かべる。


「大丈夫です。あの一件の後も蘆夜さんに鍛えられましたから」


「……うん。でも、無理はしないでね?」


 頷くに留めて。


 少年が壁のハッチの前に立った。


「位置に来たら、開けて貰えると助かります」


「ええ」


 神妙にワンが頷き、数分で高度を更に上げた輸送機が地域全体を見渡せる位置にまで到達する。


「準備は良い?」


「はい。いつでもどうぞ」


「じゃあ、行くわよ!!」


 ワンがハッチを開放した。


 高空での急激な気圧低下で機内がめちゃくちゃになる―――事は無かった。


 それどころか。


 風音一つ無い静寂が輸送機全体を包み込む。


「?!!」


 ワンが思わず息を飲んだ。


 それは起こされている現象の特異さにではない。


 少年。


 使いに向いているとは思えない聡そうな男の顔が、無表情になったからだ。


 そういう顔ならワンは幾らでも崩壊した大陸で見てきたが、根本的に違うのは空虚とは程遠いものが、その表情の奥底に秘められている事か。


「ふぅ……」


 両腕がまるで何か大きなものを持つように前方へ差し出され、広げられる。


 千四は腕の中に納まった景色に目を細め、ゆっくり腕の間隔を縮め始めた。


 世界の光景が、一変する。


 音はしない。


 だが、すっぽりと手の中に納められた地域の明度が急激に下がっていく。


 ワンの目の前で発電所が真夜中のような闇に閉ざされていき、最後にはその地域の全てが黒い半球状の現象で覆われて観測不能となった。


 地獄のような光景とは言うまい。


 何故なら、そんなのは大陸の何処にでも転がっているのだから。


 ただ、彼女が感じたのは根源的な恐怖。


 まるで天変地異が起ったような有様は人間を慄かせるだけの威力を持っていた。


「………完了」


 少年の呟きが終わったと同時。


 闇の半球が綺麗さっぱり消え失せる。


 呆気なく解けた能力の跡。


 それを目にしたワンが見たものは……とても人間のやった事とは思えないものだった。


 半径数kmにも及ぶだろう刳り貫かれた大地。


 周辺の水脈と接触したのか。


 綺麗な半球のあちこちの壁からザァザァと大量の水が湧き出して溜まり始めている。


「―――オネーサンも歳を取ったかしら。今時の子って凄いのね」


「いえ、手品の類ですから」


「それにしては凄過ぎない?」


「地域一帯の放射性物質は取り除いておきました。原発跡地の利用はご自由にどうぞ。ある程度の時間は水源も汚染とは無縁だと思います」


「こりゃ【衛星サテライト】の名前を返上しなきゃならないわね。あははは」


 目の前の光景を食い入るように見ているワンはそう漏らして本当に可笑しそうに笑う。


 トゥルルルルルッと豊の懐で小型端末の鳴る音がした。


 取り出して相手の番号を見た少女が少年に未だ使えるイリジウム端末を渡す。


 掛けてきた相手が誰なのか。


 分かっていた少年が僅かにげんなりした様子となる。


『お疲れ様でした。千四君』


「伊藤さん……」


『いや~今回の一件はどうなる事かと思いましたが、どうやら上手くいったようですね』


「監視衛星で覗き見ですか?」


『いえいえ、現地に観測班を置いているから分かったんですよ。幾ら僕が【紅蓮朋友会フレア・フレンズ】の大物でも安易に国の監視衛星を使ったりしませんよ。お高いですからね』


 金さえ払えば使わせてもらえると暗に認めた壮年の顔を思い浮かべて、少年は一発真面目に殴ってやろうかと本気で思案する。


 が、そんな事を口に出せる程、偉くもなければ度胸も無いので溜息を吐くに留め。


 通信先の相手が掛けてきた意図を探る事とした。


「今回の【仕事バイト】に付いてですが、これでお終いという事でいいですか?」


『いや、実はその事で連絡したところなんですよ。ええ』


 嫌な予感。


 このまま通話を切りたい衝動に駆られながらも、何とか少年は「どういう事ですか?」と平静に返す。


『それがですね。今回の一件が成功したという事でガンガン新しい【仕事】が舞い込んで来てまして。済みませんが、大陸の各地を回って“全部”処理して貰えませんか? いや、本当に悪いとは思ってるんですよ? 新人の君にこんな事を頼んでいるという時点で僕も心苦しいんです。ですが、依頼者側からの催促が―――そっちは後回しにして、あっちの方を先に。ええ? もう振り込んだ? いや、返金しといて下さい。とにかく、こっちは本部の回線がパンクしそうになってまして。とりあえず、君の安全を確保する意味でも、もう少し大陸内部で活動していて貰えませんか?』


 何やら背後から大量のコール音と人の怒号が飛び交っている。


 それは察したものの、安全確保の名目で大陸に置いておかれるという現状に少年はグッタリした。


「今、日本に帰ったらどうなりますか?」


 一応、内心で予測は立てていた。


 自分が世界規模の災厄を解決する糸口になる。


 となれば、何かしら大事になるだろう事は。


『そうですねぇ』


 伊藤が言い辛そうにヒソヒソと囁いた。


『此処だけの話。他の使いの団体さんが仕掛けてきて、死人の山か戦争か。はたまた誘拐、脅迫、何でもござれでしょうかねぇ』


「もう結構です。それで期間は?」


『今、総代に出張ってもらっているところですから。まぁ……二週間程度で全部片付くでしょう。はい? 総代が悲鳴? どういう事ですか? 仕事多過ぎ? 徹夜したらお肌が危険? ははは、面白い冗談だ。まだまだ総代は若いんですから、苦労は借金してでもするべきだとお尻を叩いておいて下さい。ご機嫌取りにはお気に入りの菓子店からホールをダース単位で持っていくなり、コンビニのお高い方のアイスを持っていくなりすると効果的で―――ああ、済みません。とにかく、二週間程は日本への帰国は見合わせてください。そっちに人員を送るのも考えたんですが、どうやら完全に見張られているらしいので、位置の捕捉をされない為にもワン君に此処は一任という事で。代わって貰えますか?』


 千四がワンにそっと端末を差し出すと。


「あ、伊藤さん。この子凄いね。ウチの支部にくれない?」


 彼女は開口一番そう言った。


 それから数分間、何やら話し合っていたものの、すぐにケリが付いたのか。


 残念そうな顔で美人秘書は端末を千四に返した。


『君達の置かれた現状は理解しました。とりあえず、大陸支部の方に輸送手段と補給ルートは用意させます。それと今後は基本的に機上の人になった方が危険は少ないでしょう。全員を乗せて回って貰って、機体の乗り換えや整備、給油以外は空の上という事で』


「ちょっと待ってください。武装ヘリに追い掛け回された経験上、高空にいても攻撃機が飛んでくる可能性があると思うんですが」


『そちらはあまり心配せずともいいかと思います。何故かと言えば、軍閥領内の航空機に付いては全てこちらで把握していますから。輸送ルートを絞れば、相手は燃料や部品の磨耗具合、飛行距離の関係で追って来れないでしょう。それと大陸内部で最も信頼性が高く飛行時間が長い輸送機を持っているのは我々【紅蓮朋友会】です。飛行場が抑えられでもしない限りは安全を保障しますよ』


 言い包められているとは分かっていたが、それでも伊藤に縋るしか無いという現状を理解して。


 千四は渋々通信先の相手に理解を示した。


『では、此処からしばらくは無線封鎖となるでしょうから、一番大事な事を教えておきます』


「一番大事な事?」


『ええ、まだ確証が無いという事は先に言い添えて起きますが、君の安全を守る為にも今回は教えておきましょう』


「随分と勿体付けた言い方ですね……」


 呆れた声に伊藤が何処か苦笑気味に笑った。


『自分でもそう思いますが、未知というものは何よりも恐ろしいですから』


「未知?」


『新世代の使い。君のような新人に近頃、相当な使い手が現れ始めているという話が此処数ヶ月の話題にはよく挙がってきている。それで大陸にもそういった類の新人がいるらしい、との情報があります』


「そういう新人ルーキーが襲ってくると?」


『分かりません。ただ、こちらの情報網に拠ると相手は軍閥領内でかなりの地位と権力を掴んだとか。数百万人規模の兵士を抱えているとか。眉唾ながらも中々楽しい話がちらほらと』


「気を付けてどうにかなる類の相手ですか?」


『分かりません。だからこそ、怖い。君はまだ発展途上。事実、無敵なわけでもない。その力もまた何処まで未知の相手に対して通用するのかは分からない。故に僕から言える事は一つだけ……己以外を信用しない事です』


「………」


『では、二週間後。空港で』


 沈黙した少年にそう告げて。


 ブチリと回線が切断された。


 豊に端末を返却した千四はさてこれからどうしようかと壁際の座席へと座った。


「伊藤さん。何か言ってた? 千四君」


「とりあえず、大陸でのバカンスが伸びました。後、登録されていない【新人】の使いには気を付けた方がいいとも」


「そう……ごめんね。頼りなくて……」


「いえ、蘆夜さんが辛いのは分かってますから。此処からさっきの空港に帰るまで眠っていて下さい。それくらいの間はこちらで周囲の警戒を引き受けます」


「お願い、しちゃって……いい?」


 いつもよりも青白い顔で豊が呟く。


「具合の悪い時くらい頼ってください。いつも守ってもらっているばかりなのは男として複雑ですし」


「あはは……うん……じゃあ、甘えさせてもらうね……少しだけ……少し……だけ……」


 カクンと少女の意識が途切れ、座席横の少年の肩に頭が凭れ掛かる。


 その様子を見ていたワンが繁々と安らかとは言い難い寝顔を見て、千四に視線を向けた。


「この子、大丈夫なの?」


「はい。能力の弊害みたいなものですから」


「能力の弊害ねぇ……身体的なものなら薬で何とかなるんだろうけど、この子の場合は精神的なものでしょう?」


「分かるんですか?」


「そりゃ、これでもクラスAだから。監察官殿の話は色々と聞いてるわ。何でも最強の肉体強化系だとか何とか。それなら理由は体よりも心の方だって思うじゃない?」


「……優し過ぎる。たぶん、理由はそれだけですよ」


「優し過ぎる?」


 ワンの問いに千四は答えず。


 豊に肩を貸したまま。


「おやすみなさい。蘆夜さん……」


 そう言って、窓の外を時折眺めては周囲に気を配り続けた。


 少女が少しでも休めるようにと。

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