第一章「大陸という地」~②~
少しずつ、大陸の内側がどのようになっているのかが明らかにされていくでしょう。では、次回。
~②~
「いや~~それにしても伊藤さんがこんなに可愛い子達を寄越してくれるなんてオネーサン感激~」
大皿で出てきた恐ろしく赤い麻婆を取り分けて頬張りながら、ワンは外套を脱いで着替え、如何にもバカンスですと言わんばかりの軽装な少年少女達に微笑んだ。
最初の一口で撃沈された智紗は水を三杯程飲み干した後ダウン。
後に続いた男性陣二人。
佐上と蒼雲は五口で目が虚ろになりアウト。
残る豊と千四のみが普通に食事を続けていた。
展望レストランの類らしい。
前面硝子張りの世界からは彼らのいる地域がよく見渡せた。
他に大きな建物が無いせいもあって、見晴らしは良い。
だが、それを差し引いても景色が良いとは言い難かった。
(これが大陸の現状……“此処”は僕らみたいな国の人間からしたらまだ見慣れた“普通”の内に入るが、この大陸の人間からしたら……)
少年少女に馴染みが無いとはいえ。
それでも展望レストランで食事というのはまぁまぁ千四にとっても常識の範囲だろう。
そんなところで食事する機会があるかはともかく。
だが、巨大な円卓の端。
窓際から彼が見る景色は……廃墟としか見えない。
焼けた瓦礫と崩れた建造物の群れ。
巨大な災害に見舞われたのかと思うような街は灰色に煤けていた。
世界各地。
四年前から何処でも珍しくは無い光景。
それなりにニュースの類を見る者ならば、どうしてこうなったのか。
自らの体験と合わせて予想は付くだろう。
「ワンさん」
「ん? 何々? このオネーサンに聞きたい事があったら、何でも聞いて♪」
「“此処”は大陸の基準で良い方ですか?」
「そういう事に気付く子ってオネーサン好きよ」
少年の瞳にある色を見て。
少しだけ微笑みを深くしたワンが頭の髪を後ろに撫で付けて、ピンで留めた。
オールバックの美人秘書が今までガツガツ食べていたのが嘘のように口元をナプキンで拭いて立ち上がり、窓際へと移動する。
そろそろ宵が迫る頃合。
しかし、形だけのレストランに明かりは点かない。
「君の問いに答えるわ。六六君……此処は大陸基準で言うと“無傷に近い”」
「……そうですか」
少しだけ外を眺めてから少年が再び麻婆を蓮華で食べ始める。
「あら? もっと訊きたい事があるんじゃない?」
「訊いても詮無い事ですから。ただ、これで無傷に近いと言われて【仕事】時の治安が気にならないと言ったら嘘ですが」
「……いやぁ、珍しいわ~。そういう反応の子は初めてかもしれない」
「そう、ですか?」
「ええ、怖気付いたわけでもない。帰りたくなったわけでもない。でも、冷静……伊藤さんが貴方の事を気に入ったって言ってたの。分かる気がするわ」
感心した様子のワンに千四が視線を逸らした。
「褒められてない気が……」
「褒めてるわよ。この街並みが誰の責任なのか知っても怖気付かない君はあの国の人間にしては肝が据わっているもの」
今まで黙ってダウンしていた佐上がワンに訊ねる。
誰の責任というのはどういう意味かと。
「そっちの可愛い後輩ちゃんと六六君は気付いてたみたいだけど、この都市の有様は皆、此処の住人がやった事なのよ」
まるで戦禍にあったような街並み。
それが災害のせいではなく人災だと聞いて。
『!?』
千四と豊意外の全員が驚きに目を見張る。
「人間の最後の敵が人間。人間を最後に助けるのもまた人間。此処には全てがあるわ。この四年で諸々失い過ぎた人々が大人しくなった理由を聞いたら、貴方達卒倒しちゃうかも」
「……水と食料の枯渇で最後の敵が出来たから、ですか」
ワンが目をパチクリとさせて思わずパチパチと拍手した。
「エクセレント。調べてきたりしたのかしら?」
ワンの言葉に千四が首を横へ振る。
「今のワンさんの言葉でアフリカ大陸の現状を思い出しただけです。現地住民が最後に争いを止めて団結を取り戻した理由は食料と水を貯蔵した政府施設の襲撃が理由だったと数ヶ月前の記事で読みました」
「何処も同じよ。軍閥が治めてるなんて言ってるけど、連中のしてる事は執政じゃなくて収奪。人、物、金、食料、水、工業製品、今じゃ武器を大量に持ってる幇を使って互いにドンパチドンパチ。人間の命が軽いのも大陸なら、人間の命が重いのも大陸。今じゃ、此処もいつ襲撃されるかって部下共が心配してるわ。あはは」
何処か済まなそうなワンが両手を合せてごめんねと舌を出した。
千四と豊は黙々と食事をしていて。
今の話を聞いていた他の三人は唖然とした様子で口をポカンと開けている。
「まさか、此処が暗いのは……」
三人組のまとめ役である佐上がようやく気付いた。
「いや~~この間、中層階で明かり付けてたら連中どっかの幇から横流しして貰ったらしきRPGぶっ放して来て。ホント、持つ者も持たざる者も大変よ。やれやれ」
何でもなさそうに言われたが、軍用兵器で階層の一部ごと吹き飛ばされて平気な類の人間なのかと。
佐上がワンを見て、何処かげっそりした顔となる。
使いは高位の使いの気配が分かるものだが、彼女の気配は大きくない。
それでもクラスAの幹部を張っているとすれば、それはもう人間を止めていると見て間違いない。
能力の効果範囲や持続時間が小さくとも特異さと戦闘力だけでクラスAを張れる人間はいるのだ。
「ぅう~~ん♪ 何だかオネーサン。君が普通に欲しくなっちゃったわ。今夜はオネーサンの寝台で火遊びしてみない? 六六君」
ウィンクされるも極悪な目付きが横に逸らされた。
「お断りします。それと出来れば部屋は窓際じゃない奥の部屋を貰っても?」
「OKよ。最初からそのつもりだったんだから。男女別で寝てたらイザという時、危ないかもしれないから女子と男子で雑魚寝になっちゃうけど。いいかしら?」
断られてもまるで残念そうにも見えないワンがゆったりと訊ねる。
「お願いします。それと出来れば鎮静剤か睡眠薬の類を貰えますか?」
「あら? 具合でも悪いの」
「いえ、そろそろ蘆夜さんが限界なようなので」
「あ……千四君。あたしは……」
今まで殆ど口を閉ざしていた豊が何か喋ろうとしたものの、汗を滴らせて息を吐く。
「ど、どうかしたの? 監察官!?」
同性の智紗がさすがに驚いて傍まで来ると顔を覗き込む。
「何でも、な……」
カクンと糸が切れた人形のように豊が意識を失い。
慌てて智紗がその身体を後ろから抱き止めた。
「どうしたのかしら?」
理由が分からず困惑するワンに少年が能力の弊害みたいなものですと言い置いて佐上に全員で看病して欲しい旨を話し、泊まることになった部屋へ全員を送り出した。
ワンの呼んだ男達が全員を連れて行く間にも展望レストランの中は完全に闇へと没していく。
「能力の弊害ねぇ……」
ポツリと呟いて。
しばし、豊が運ばれていった扉を見ていたワンがようやく二人切りとなった若い“使い”の少年に目を向ける。
「さて、これで人払いは済んだ訳だけれど」
前置きしたワンがさり気無い手付きでテーブルの上にゴトンと大口径の拳銃を置いた。
その鈍い輝きは明らかに剣呑だ。
(マグナムの類か。女性の細腕で撃てるとしたら……はぁ……)
物騒この上ない物が出された意味を悟って。
千四はどうしてこんな事になっているのかと三日前を思い出す。
その時から確かに空港で嫌な予感はしていたのだ。
何故なら、大陸へ彼を送り込んだ張本人。
伊藤圭太から連絡があった。
壮年の男は言っていた。
誰が敵で味方かは自分で判断しろ、と。
「話しましょうか。貴方が此処へ呼ばれた理由ってやつを」
巨乳の秘書風美女がにこやかに微笑んだ。




