第一章「大陸という地」~①~
始まりました。本編第一章~①~です。今回のテーマは滅びゆく世界と共に何が変わったかという事に焦点が当たると思います。少年は近くて遠い国に何を見るのかというものが一つ軸としてあるので、話は難しいかもしれません。では、次回。
第一章「大陸という地」~①~
世界が破滅して四年。
嘗ての秩序が崩壊した国家は地球上を見渡せば無数。
跋扈するのは何も軍隊ばかりではない。
何故なら、テロリストより民間人の持つ銃の方が多いだなんて事実もあるからだ。
この世には兵器と名の付く物より、自衛手段と言う名の武器の方が一杯という詐術である。
実際、暴動で崩壊した中進国は多数。
後進国に至っては無政府状態の地域が拡大し過ぎてどうにもならないと匙を投げたところも多い。
それでも未だに辛うじて政治が行われている場所も存在する。
それが今や沿岸部の工業都市や港湾都市の全てが壊滅した国家、中華人民共和国だ。
人々が“大陸”と呼んでいる嘗て米国とも覇を争うかと言われた世界工場の成れの果て。
その内陸部。
沿岸部の水没によって崩壊した国土に残ったのは幾つかの軍閥。
クーデターで国を我が物にとの野望に燃えた彼らの殆どは兵器による力の誇示によって、その野望を成し遂げる事は無かった。
自分達の管轄する領土内部での治安維持で外部に侵攻する暇など片時も無かったからである。
無論、それだけではない。
当時から軍部の腐敗は恐ろしく進んでおり、武器弾薬の類を横流しして多量の資金を得ていた軍閥の幹部達にしてみれば、黒社会と呼ばれる大陸の裏世界へ流した武器が尋常ではない量に達していた為、安易に武力で民間を弾圧する事が出来なかったという事情もあった。
何かの拍子に横流しした武器弾薬が自分達に向く事態となれば、泥沼の内戦で亡びるのは必至。
諸外国への定期航路なんてものは既に存在せず。
何処に逃げても崩壊した世界しかない以上、自分達の軍閥領に齧り付くしかなかったのだ。
こうして軍閥間の戦闘は崩壊から四年近くに渡って絶無の状態だった。
その向きが変わり始めたのは近頃の事。
ようやく領内での人民統制が安定した為、野心を叶える時だと彼らは動き出したと言われている。
未だ人口を四億人以上抱えているとされる複数の軍閥が直面している危機は主に三つ。
一つは飲料水の枯渇。
一つは食糧の汚染。
一つは居住地の減少。
これらを解決する為に最も良いのはそれらがある国への侵攻であるのは言うまでも無い。
しかし、工業力と貿易の中心たる沿岸の都市を多数喪失したせいで外国への侵略行動なんて出来る状態に無い彼らが取った行動は……結局のところ他軍閥とのパワーゲームでしかなかった。
飲料水が確保出来る領地。
汚染されていない食料が確保出来る領地。
生活出来る居住地が多い領地。
それらが全て十全に揃った地域は極僅かだ。
故に軍閥間での連携が最善の選択だったはずだが、そうはならない。
党が崩壊してしまっている今、肩書きを欲しがる者は多く。
金と権力に群がる者達は更にそれより多かった。
嘗て周辺国家と軋轢を抱えていた姿も既に見る影無く。
緩慢に砕けていく安定に縋り付く状態。
それが大陸の現状と言える。
「ふぅ……」
そんな地域に夏休みの旅行に行くとしたら、正しく正気の沙汰ではないだろう。
だが、【仕事】と言われては断ろうにも断り難い。
諸事情というやつは常に人間を縛り付けるので、逃げ出す事も出来ない。
ならば、そんな自分は贄の類かと彼は降り立った塔の上から周囲を見渡す。
地殻変動の折。
季節というものが大幅に変わった。
真冬の猛暑という字面にしてもピンと来ない熱さと大陸は無縁で。
涼やかな風が夕闇の迫る屋上には吹いている。
(どうなる事やら……)
停止したヘリからゾロゾロと降りてくるのは【紅蓮朋友会】御一行様。
誰も彼も性別すら分からない有様で同じ衣装を着込んでいた。
黒い外套。
冷たい色のゴーグル。
衣服も黒一色。
旅行?
そう首を傾げた彼らの内心を一言にするなら、ソレだ。
全てを画策した微笑みの上司、伊藤圭太(56)は日本国内での仕事が溜りに溜まっているという事で今回の一件の立役者でありながら同伴していない。
その代わりにとお目付け役としてやってきたのは会の幹部。
【衛星】
“使い”と呼ばれる能力者達の内でクラスAと呼ばれる超絶の戦闘能力を有する存在。
「ふふ~~ん。ようやく祖国に帰って来れて。オネーサン、ホッコリ♪」
外套とゴーグルが投げ捨てられて。
妖しい一団の一人が颯爽と瑞々しい肌を晒した。
身長176cm。
二十八歳の女性。
モデル体型と自分を言って憚らない自称“オネーサン”。
通称はワン(王の字を当てると説明された)というらしい秘書みたいな恰好の女。
キツイ目元。
左頬の黒子。
100cmの大台を突破している胸元。
地味目な灰色のスーツを着込んでいながら、前のボタンは四つも開いていて。
彼女の性格を端的に表している。
「ようこそ皆さん。大陸へ♪」
彼女のテンション上げ上げな様子に他がげんなりした。
輸送機やヘリでずっとワンがそんな様子で喋りまくっていたからだ。
何処から取り出したのか。
クラッカーを一発鳴らし、ワンが歓迎ムードを演出する。
が、一行のテンションを上げるには到らない。
「これから皆さんの素晴らしい夏休み旅行が始まりますよ~~」
ヘリの周囲に六人程、迷彩柄の軍服を着た男達が直立不動で小銃を持ちつつ周囲を警戒しているし、今出てきた軍用ヘリは移動中、明らかに嫌な軋みを上げていたのだ。
そもそも日本本土から北海道、露西亜を経由して何年前の代物かも分からない輸送機で貨物扱いにして運ばれた身体の疲労が彼らをパーフェクトな置物に変えてしまっている。
レジャーに行こうと思ったら、何故か内戦地帯の上空を貨物扱いで夜通し輸送されていた。
一体、何を言っているのか分からないと思うが、事実は一つ。
使いの【仕事】が旅行だなんて冗談を間に受けた彼らの浅はかさとお人よしさが底無しだっただけだ。
輸送機の轟音から耳を守る為に耳宛を一つ。
どんな気候の地域でも一定の体温を約束する高機能の外套を一つ。
夜間でも敵を容易に識別し、近場なら仲間内で情報を共有出来る暗視ゴーグルを一つ。
他には最高品質の安全靴を一つ。
薄くて軽い自衛隊の正式採用防弾ジャケットを一つ。
腰部に超高カロリーの固形食糧とペニシリンのアンプルが内臓されたポーチを一つ。
空港で装備品を渡されていく度に曇っていった使い達の顔が冴えるわけもない。
これなら生還間違い無し!!
羨ましいなぁ。
と、係員から受け渡された装備は今や死んだ魚の目を生み出す以外の効果を発揮していなかった。
そのような状況でも唯一「楽しみだね♪」と言えたのは随分長い間、そういう生活をし続けてきたらしい少女、蘆夜豊16歳のみで。
「ワンさん。お招きありがとうございます」
「いやぁ~~可愛いわぁ~~~やっぱり、持つべきものは使える手駒と可愛い後輩ね♪」
一体、自分達はどちらなのだろうかと頭を下げる豊以外の全員が脳裏で思った。
支部でも古参の体育会系クラスD。
貝塚佐上。
ケバイ化粧の今時女子高生にして“乗り物使い”。
高弓智紗。
顔は二枚目の漫画フリークにして“ヘモグロビン使い”。
入間蒼雲。
お嬢様みたいな容姿なのに監察官と呼ばれる黒尽くめルックな“命使い”。
蘆夜豊。
そして、脅威の新人、クラスBにして能力は部外秘とされた目付き極悪ヲタゲーマー。
六六千四。
以上のまったく統一性の欠片も無い“使い”達は豊以外ようやくゴーグルを外して溜息を吐く。
「それでこれからの予定ですが」
とりあえず、大陸行きの切符を最初に貰った張本人である千四がワンに尋ねる。
「それはまず食事にしてからという事でいいかしら? さすがにお腹空いちゃって」
「え、ええ」
輝かんばかりの笑顔に気後れした様子で千四が何とか頷く。
「じゃあ、下の展望フロアまで案内するわ。よろしくね? 六六君」
ウィンク一つ。
こっちよ~~と元気全開で案内するワンに付いてぞろぞろ彼らが鋼鉄のドアを潜り抜けていく。
その様子を直立不動で見守っていた男達はしばし沈黙していたが、誰かがポツリと呟いた。
『あんな餓鬼共が?』
しかし、応える者は誰も無く。
彼らはそっと歳若い少年少女達の後を追って屋上を後にした。




