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第五章「戦闘というもの」~③~

争いは続きます。主人公のバトルは一体どうなるのか。どうぞお楽しみください。では、最終章で。

~③~


 闇が光っていた。


 夜空に浮かぶ掃天の月。


 日常の象徴たる学校という場を歪にしているのは人影。


 もしも、その日が学園祭前の準備期間なら、その光景を見た外部の人間は自分を無理矢理に納得させられただろう。


 一切の明かり無き校舎から湧き出すようにやってくる硝子玉のような瞳をした学生達。


 人形の如く操られているのか。


 人間使いの脅威は既に彼の日常を侵食し切ってしまったようだった。


 生徒達に混じって見える教師。


 他にもクラスメイトの顔がちらほらとある。


「………」


 昼の気だるい暑さが嘘ように冷えた夜風が周囲を渡っていく。


 清かに擦れる音色は無数の制服が奏でる地獄への序曲か。


 今、この小さな公立高校の領域に存在する全てが自分の死という結果を得る為に用いられているという事実に吐き気にも近い感情を感じて。


 千四は生徒達の壁に囲まれて出てきた相手を静かに見据えた。


 ヤクザというのが第一印象。


 眉の無い殺意に歪んだ顔。


 ギラギラと輝くネクタイ。


 恫喝の声の一つも上げれば、立派なそっち系だろう。


 本日、支部で殺され掛けたばかりだが、初めて出会う“敵”というものに彼は褪めた気分で告げた。


「此処まで怨まれるような事した記憶は無い、な」


「ああ、そうかよ」


 玄関前。


 グラウンドに集結する人の壁。


 その奥からの声は正しくビルの地下駐車場で聞いたものに違いないと千四は確信する。


「テロリストと呼んでいいか?」


「自由にしろよ。ばけもんが……どうしてこの状況でテメェは平気なんだ……」


 顔を歪めて炎使いが吐き捨てた。


「?」


 そこまで嫌われる程に相手を知っているのか。


 それとも現状何かをされているのか。


 分からず。


 それでも冷静に周囲を観察した千四の瞳には学校周辺の家々の異変が明確に映った。


 家々の中で明かりが付いたり消えたりしていた。


 やがて、それは学校内の電灯にも波及していく。


「チッ、これでもダメかよ。じゃあ、しょうがねぇなぁ」


 男が、影からは宗道しゅうどうと呼ばれた炎使いは生徒達の中から女生徒を一人掴み出した。


 長い髪の毛を引き摺るようにしてガッと背中を蹴り付け、群集の前へと倒れ込ませる。


「この女が惜しかったら、能力を切れ。嫌なら殺す」


「……断る」


「いいんだな? テメェのせいで人が死んでも?」


「構わない。やればいい。だが、一つだけ」


「あぁん?」


 千四がそっと左腕を広げて指を曲げ、空間を引き裂くように横へ凪いだ。


 瞬間。


「なッ!?!」


 爆風と言っても過言では無い暴力的な風圧で群集が横薙ぎに転がされ、何とか膝を付いて凌いだ宗道まで一直線に千四が駆ける。


「足手まといに埋もれたお前の負けだ」


「チィィッ!?」


 相手が足で人間を踏み付けに加速するのを見て。


 瞬間的に判断を下した宗道は手を横に伸ばす。


 すると、ジュッと金属の焼ける音と共に校庭脇の照明を付けた鉄塔が突撃する千四へと落ちてくる。


「無駄だ」


 再びの暴風が巻き起こり、横へと数百kg以上あるだろう鉄の巨大な棒を弾き飛ばした。


 しかし、その間にも距離を取った宗道は群集を迂回するようにして校舎内へと逃げ込んでいく。


「逃がすか」


 追撃する千四は順当に行けば逃げ出しているようで誘い込んでいるに違いない男の周到さを予想して、薄暗い玄関内部へと暴風を吹かせた。


 すると、数人の生徒達がガラス片や下駄箱に押し倒されるようにしてバタバタと倒れ込む。


(やっぱりか……)


 玄関横の窓を風で叩き割って内部へと歩を進めた千四が周囲を警戒しながら、教室を見て回る。


 まだ、誰かがいると見て間違いない。


 暗い場所では数の不利はそうでもない。


 だが、相手がわざわざ指定した学校という環境でかくれんぼをしながら戦える程、彼は自分が強くないと知っていた。


(さっきの言動からして、何かしらの攻撃を受けていた。それでも平気なのはたぶんこの力がその力を常時排除しているから……そうなれば、後は直接攻撃の類で刃物なり銃なり出してくるかもしれない……)


 このまま相手が何処にいるのか分からず探すよりはいいと千四が指で虚空をなぞる。


 瞬間、通路端から丸々1階分。


 室内に向かってガラス片が弾け、風によって内部に潜む者達へと突き刺さった。


 ドサドサと大量に倒れ込む音。


 そのまま小走りに駆けながら、内部に誰かいないかと月明りに確認して二階へ。


 校舎は全部で三棟。


 端から端まで約50m。


 三階建てでそれなりに広い。


 しかし、暴風で先手を取って仕掛ければ、相手は潜んでいる限り、攻撃を喰らうしかない。


 早めに生徒や教師を操る力が切れなければ、多くの学校関係者が負傷する事になるわけだが、死者が出ないよう気を使って風を起こしている千四のやり方しか、今のところ有効な潜む敵への対処法は無かった。


(相手にしてみても、人質にならないと知れば、捨て駒にはしても、積極的に殺そうとはしないはず……伊藤さんの言葉は正しかった)


 人間使いの力を有る程度分析した計画者プランナーの言を借りれば、力の支配下にある人間はせいぜいが簡単な命令に従って全力で動く木偶人形。


 複雑な命令が出来ない以上、行動不能にしてしまえば、遠隔からは死体のまま操るような事も出来ない。


 となれば、千四の現在の戦い方が最適解であるのは言うまでも無いだろう。


 風で一つ目の校舎の三階を“掃除”しようとした時だった。


 ザッと反対側の校舎端から宗道が転がり出てくる。


「死ねッ!!!」


 炎使いが何かしようとする前に千四の風が室内へと内側へ吹き込み。


 今正に男の壁にならんとした生徒達を廊下側から窓際へと薙ぎ倒した。


 刹那。


 急激に廊下内部の空気が揺らぎ、通路の構造材の全てが燃え上がっていく。


 千四が次の風を起こすよりも早い。


 そして、次の一瞬で宗道は二階の階段へと姿を消していた。


「これが僕の排除能力……」


 能力を発動させている気は無かったが、焼け崩れそうになっている廊下の中、千四の己の身体に熱さ一つ感じてはいなかった。


 ピリリリリ。


「?」


 教室内部からの音に千四が首を傾げる。


 端末が一斉に鳴り出したらしく。


 けたたましく学校全体にアラートが響いた。


「………炎使い、か」


 千四は階段を取って返し、二階や一階でもう一度風を教室内に放つが、反応無し。


 次の校舎に潜んでいるのかと歩を進めた。


 そんな彼の冷静さとは裏腹に第三校舎の内部へと走り込んだ宗道は息を切らしながら、白壁に拳を叩き付けていた。


「クソッ!! クソッ!! あの餓鬼ぃいいッ!!!?」


 炎使い。


 宗道にとって、自分の能力は正に己が求めていた力そのものだった。


 使いとなってから、その力で焼いた人間の数はたぶん百人を超える。


 だから、自分の力に絶対の自信を持っていたし、自分の力が高階梯ハイレベルの使いにもそれなりに通じるという自負があった。


 だが、見えざる焼殺者と綽名される力の一端すら、今回の獲物には効いている様子が無い。


 それは苛立ちを産み。


 また、冷静さをも男に与える。


(風使い。排除使い。何でもいい。ぶち殺してやる……だが、あの能力は厄介だ。ただ、攻略のしようは、たぶんある……でなけりゃ、どうしてあいつの服は風にはためていた? 何で足元の人間を踏める? 排除してるとしても、それには何かしらの理屈があって、限定された効果の範囲が……そもそも、無敵だってんなら鉄骨を一々弾く必要すら無ぇだろうが)


 相手の力が複数の起点で己の能力を排除しているとすれば、その起点の大きさによっては隙間が出来るかもしれない。


 そこへ全力を叩き込む為のお膳立てとして、相手の動きを鈍らせる時間稼ぎの盾を用いたわけだが、早くも盾は本来の役目を果たさなくなった。


 排除使い。


 風を起こす千四の力は宗道にとって、その防御力と相まって最悪に近い。


 本来、彼は根っからの攻撃型だ。


 防御力は使い達の間でも“紙”に等しい。


 それでもずっと暗殺家業を続けられていたのは彼の能力がかなりの遠距離からでも相手に一切気付かれず攻撃が可能で殺害する事も容易だったからだ。


 炎を上げて燃やす事が多いというだけで実際には燃やさずとも相手を殺せる。


 しかも、クラスAの使いにすら先手を取れば【外力排除能力ボーギョリョク】次第では致命傷を与えられるのである。


 だからこそ、一重に現在の状況は完璧に必勝のパターンを外している。


 まず、何よりも相手の防御の質が高い。


 それを突破するには攻撃を集中させて全方位から相手を狙わなければならないが、それにはある程度の近距離が要求される。


 逆に相手は彼程の殺傷能力が無い代わりに遠距離から風を起こして物体を動かす事が出来るわけで、間接的に地の利を利用する事に長けている。


 建造物の中では圧倒的に不利だ。


 利点は逃げる場所と隠れる場所がふんだんに存在し、ある程度は命令で動かせる人形がまだ数十人待機させてある事。


 しかし、それもすぐにクラス内に潜ませているのが祟って、行動不能にされるに違いない。


 となれば、後考えられる限りの一手は―――。


(潮時か。だが、全力も出さずに逃げ出すのは癪だ……あの【統括者】の件もある……此処は……)


 裏家業に入った時から、命というものを放り投げるようにして愉しんできた彼だからこそ、自らの危機にあっても冷静に状況判断を欠かさない。


 一秒でも長く使いとしての人生を愉しみ。


 一秒でも長く人を焼き続ける為ならば、彼は如何なる不利を押してでも、戦い続けるだろう。


 プロ意識と呼ぶには歪過ぎる宗道の思考に曇りなく最短の攻撃手順が思い浮かんだ。


「……これで行く」


 長年の経験と勘。


 そして、頭に叩き込まれたバトルフィールドの全てが合致した時。


 仕掛けるポイントは一瞬で確定。


 残るは誘い込む為の餌だとまだ暴風の音も遠い第二校舎を見つめて、彼は動き出した。


 そんな動き出す駒を仕掛けた小型の監視カメラで確認しながら。


 もうそろそろ決着が付きそうだと人間使いと炎使いを都市へ呼び込んだ存在。


【統括者】が一人校舎屋上で端末を覗いていた。


 もうカメラの半分以上が破壊されてしまっているが、それでも戦闘の場が移っていくのを観察出来れば、本人にしても問題は無かった。


「宗道に火が付いたな。ここからだ。どう出る……六六千四……」


 玄関前の攻防においては人質を無視して攻撃を開始し、内部に入っては先読みしていたのだろう数の利を完全に覆してみせた。


 しかし、それ自体は当初から予想の範囲内。


 敵に【紅蓮朋友会】の外部顧問が付いている時点で入れ知恵は考慮されて然るべきだ。


 だから、問題はそこから先。


 この短期間であらゆる攻め手に対しての対処方法を学ばせる事は不可能。


 となれば、奇異トリッキーな攻め方や必死の反撃と言った戦闘の中でしか発生しないものまでは対応可能ではないに違いなかった。


 その時になって、まだ能力に頼っても十分に戦えるのか。


 それとも能力だけでは対処し切れなくなるのか。


 問題は其処だった。


(宗道の移動ルートから察して目的地は此処……つまり、攻め方は……)


 どのように戦いを進める気なのか。


 大方は理解して。


 指が端末の映像を切り替える。


「お前の力は何処まで届く」


 炎使い。


 その役目は千四の能力の計測。


 そして、最も適した殺害方法が何なのかを知らしめる事。


 監視役たる人間使いが倒れた事がもう分かっている以上、時間はそれ程無い。


 攻撃機会も宗道の最後の戦闘が終わった直後から援軍到着までが妥当。


 ラストチャンスはこの夜しかない。


「本質を見極めろ。あの力の本来の在り方を……」


【統括者】の脳裏には複数の映像が流れていく。


 狙撃に対する風の障壁。


 数百m先ですら豪風を起こせる能力運用距離の長さ。


 地下駐車場で罠を抜けた際の手際。


 爆発の閃光と衝撃内部でも動けたという事実。


 分厚いコンクリート壁に穴を開ける事すら可能な能力の【制約値】。


 炎使いの能力の真価を発揮されて尚傷付かない恐ろしい程の【外力排除能力】。


(風は排除した空気を一方向に流して作っていると見て間違いない。問題は宗道の能力を受けても排除出来ているという事実。明らかに物理的な守りではない。概念使い特有の高度な防衛機能。排除するものを変えれば、コンクリート壁すら瞬間的に抉る。これら全ての情報から導き出される答えは……)


 瞳を閉じた沈思黙考の末。


 瞼がゆっくりと開く。


(もし、排除する事自体が答えを導き出す為の過程に過ぎないとしたら。排除が概念上の状態を得る行為であるならば、突き詰めた終着点に残る事象の名は―――)


 硝子の連続して割れる音が思考を留める。


 理科室やAV機器を置く特別教室が軒を連ねる校舎にようやく千四は辿り着いたようだった。


(見せてもらおうか。この予測が正しければ、お前の力は此処で完全に発現せざるを得ない)


 炎使いと風使い。


 未だ本質の見えない使い達の最終幕が今、上がる。


第五章「戦闘というもの」了

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