第四章「その痛みの行方」~②~
第四章において語られるのは少年の過去。そして、敵と相対していくのか。此処からが本番かと思います。では、次回。
~②~
地方都市と言っても、沈んだ首都圏からは結構な近さを誇る。
今や第二首都、第三首都、第四首都、第五首都というように政府機能を本土四国九州北海道に分散させ、休火山と認定された山岳地帯から程近い高地に置く日本の現状は何処も同じ。
辛うじて無事だった原発を保守点検する陸路以外の海側は多くが放棄地となった。
緊急時という事で内陸部の岩盤が厚い炭鉱跡等を埋没施設として再開発し、核のゴミは封印。
無事に残った燃料棒は複数の再処理施設の国家的開発と推進で事無きを得た。
今や国土の18%が沈み。
生産性は全盛期の七割近くまで落ちたものの、それでも未だ先進技術に関しては世界有数。
生態系に関しても内陸部で環境の戻りつつある場所が数多く点在している為、住まう場所にも事欠く大陸とは大きく様相が違う。
それでも海側へ行けば、人は減り、道路は寸断され、荒廃地域が増えていく。
人口の内陸部への移動が完了した為に消えた市町村は全国でも数千を数える。
だから、もしも人から遠ざかりたいなら海に行け、というのが現代日本の常識となった。
自殺の名所は富士の樹海ではなく。
海側の線量計が振り切れるかもしれない地域なのだ。
「………何処へ?」
「こういう時の為に用意してあるセーフハウスですよ」
カチャリと眼鏡を直して伊藤が微笑む。
一時間前。
何とか地下駐車場から無我夢中で脱出した千四を出迎えたのは走路を疾走してきた黒いミニバンだった。
ガッと開かれた扉の中に見知ったナイスミドルの顔を見つけて、気を失った豊を預けた千四は精神疲労に半ばグッタリしながらも、何とか自力で車両へと乗り込んだのである。
「助かりました」
小一時間放心状態で呆けていた少年がようやく伊藤に礼を伝えた。
「いえいえ、あんな状況になるまで助けられなかったこちらの不手際をお詫びしなければならない事態ですから」
「敵はビルを?」
「ええ、前日の夜にやられました。まったくヒヤヒヤしましたよ。一歩遅れていたら、あの放火魔の餌食でしたからね」
「放火魔?」
「ようやく相手の素性が割れました。俗に彼らは使いの中でも殺し屋の部類。それも最悪と形容される相手です。まぁ、使いの世界の掃除屋と言っておけば間違いないでしょう」
「掃除屋……差し詰め、掃除されそうになった使いはゴミだと?」
「そんなつもりでは。ただ、彼らを動かすとなるとかなりの資金が必要になる。それこそ、一組織が出すには過ぎた金額。普通に考えれば、かなり本気ですよ。彼らを雇った者達は……」
「相手の素性を聞いても?」
「当事者に話さないわけにも行かないでしょう。使いの世界においては都市型最強。そして、見えざる焼殺者と呼ばれる男達です」
「都市型最強?」
「使いにも色々といますが、連中の一人は仮称【人間使い】と呼ばれ、もう一人は仮称【炎使い】と呼ばれています」
「後者はベタな名前ですが、前者は……」
「あくまで状況証拠から使い達が推測しているだけの名前ですが、まず間違いないでしょう。前者は文字通り、人間を使う。それもかなり幅広く。精神に干渉。肉体の酷使。手駒として遠隔操作や誘導も可能。人心の直接掌握で普通の人間は彼の言いなり。まぁ、使いは人間に入らないのが唯一の欠点というある意味、人が大勢いる場所でなら負け無しの相手です」
そこでようやく千四はあの廃コンビニでガードレールを封鎖した首無しの肉体が化物でも何でもなく。
単純に操られていた人間なのだと知った。
「それはまた随分と……」
言い淀むのも無理は無い。
明らかに人命軽視の能力は厄介極まりなく。
社会を破滅させるに足る猛毒に等しい。
「後者に付いては炎使いといういう事になってますが、実際何を使っているのか定かではありません。ただ、自然発火や相手の融解、蒸発までも行う手際と能力行使の距離が極端に長い事から、暗殺者としての腕は一流。間にどんな壁があろうと相手を焼き殺す為、見えざる焼殺者と綽名されています」
「そんな使いが僕達を襲ったと?」
「間違いなく狙いは貴方達二人でしょう。狙われる理由は分かりませんが、どちらかの能力が問題にされていると見て間違いない」
「やけに断言しますが、確証は?」
「逃げ出した時、施設内の隠しカメラを起動しました。こういう時用の遠隔式で重要書類や重要情報の保管庫等に設置してまして。そこで最近此処へ来た使い。つまり、貴方達二人の情報が抜き出されていた」
本当は裏切り者辺りを炙り出す為の代物なんだろうという内心の声を飲み込んで、千四は話しを続ける。
「学校に向かう途中に狙撃されました。これもその二人だと思いますか?」
「狙撃? ウチの実働チームが人間使いに使われている可能性がかなり高い為、そっちの方かもしれません」
「………」
千四の声無き溜息に済みませんと伊藤が謝った。
「今一番の問題はあちら側に装備一式が持ち出され、内部情報の大半が筒抜けで実働部隊の狙撃班や観測班諸々が使えなくなった事です。相手が本部からの干渉前に全て終えようとすれば、あちらには幾らでも手駒がある。物量で短期決戦を仕掛けられたら、幾らこちらが使いの集団でも太刀打ち出来ないでしょうねぇ」
「暢気ですね。結構」
にこやかに言い切る男に千四が呆れた視線を送る。
「まぁ、一応逃げるという手段も残されています。幾らあちらが大人数でも船で逃げ出されたらお手上げ。それを見越して人質を取りつつ、連絡も取ってくるとすれば、それまでは安心していい」
伊藤の言う事は最もだったが、最悪の場合は逃げて増援を呼べばいいという消極策には違いなかった。
無論、千四としてはそれでも別に構わなかったが、自分のせいで誰かが死ぬというのは普通に後味が悪い。
バンを運転している者もたぶんは使いなのだろう。
白いパーカーを羽織った三十代の男が前部と後部を隔てるプラスチック製だろう透明な壁をコンコンと叩いた。
「そろそろ付きます。まずは体勢を立て直しましょう。幸いにして所属の使いは全て隣県の支部へ退避させるか。こちらに逃がせました。此処で対策を講じて相手の出方を待つのが最善。少し落ち着いて話をする事くらいは出来ますよ。ええ」
いつの間にか山間の道を抜けていたバンは山肌にへばりつくようにして通っている道を下っていた。
左斜面から眼科は数十m以上。
一望出来るのはもう使われなくなって久しいのだろう廃村だった。
「……一つ聞いても?」
「何でしょうか?」
「蘆夜さんの能力に付いてです」
「本人に直接聞いてみては?」
「逃げようとした寸前にたぶん発動していた。だから、あの瞬間……僕は助かった」
「見ましたか?」
「気付いたのは夢中で逃げ出してバンに入れる直前です。少なくとも僕の頭部を庇った瞬間に彼女の左腕は……破片で破断されていた」
チラリと伊藤がミニバンの後部荷台に寝かせている豊を見た。
確かに制服の肩の部分が途中から失われている。
「大まかには彼女も自分の力の本質は分かっている。ですが、実際に彼女の能力の大半が何を使えば、そうなるのか未だ推測の域を出ない。故に我々は彼女の事を仮称【命使い】と呼んでいます」
「命使い……」
「使いには一つ大きな壁がありまして。その壁から向こう側にあるものを使うものはどんなにクラスが低くても、大きな戦力として数えられる。我々はそのような壁を越えた能力の強い使いを【外念使い】と呼びます」
「意味が広いと能力干渉の範囲が広いから強い、そういう事ですか?」
「気付いていましたか……」
「何となく。自分の力を使っていて」
「では、言わなくても分かると思いますが、使いの壁というのは使うものがこの世の中に実在しているかどうか。そして、それがどんな意味を持つか、という事なのです。それが少し違うだけで遣いの強さは大きく変化します。例えば……風使いと嵐使い。どちらが使いの世界の常識では強いと思いますか?」
「風使い」
「それは何故でしょうか?」
「嵐使いは嵐しか起こせず。逆に風使いは嵐も起こせるから、で合ってますか?」
「正解です。詳細に使うものが決められていると、自由度が下がります。全ての能力が一概にそうとは言い切れませんが、基本的に意味の範囲が狭い能力程に弱いというのが使いの世界では一般的です」
「だから、概念……意味の解釈が広く可能な力は強い?」
「そうなります。その前提の上で彼女は【命使い】なわけです。これが限り無く人類にとって夢のような力である事は聡明な君になら、お分かりですね?」
「命。遺伝子。生命体。傷の回復。命の停止。人体の操作。寿命。年齢。何でもござれでしょうね」
伊藤が深く笑んだ。
「彼女は自分が実際には何を使っているのか未だに特定出来ていません。ですが、それらのほぼ全てを使えるのはこちらで確認されています。ただ、彼女には二つだけ致命的な弱点がありました」
「弱点?」
「一つは自身の肉体を操作する際に一定のリスクが伴った事」
「リスク……命使いなら、そんなものとは無縁のはずでは?」
「だから、仮称とこちらでは言わざるを得なかった。彼女は自分の傷を回復する毎に歳を取る。つまり、テロメアの消費が行われ、細胞に微細な傷や老化原因物質が溜まっていくようなんですよ」
「……寿命が縮む?」
「ご名答。このリスクの為に不死身とは行かない。勿論、傷付いた部位に限って傷の程度にもよります。ですが、大怪我をすれば、その傷を負った部位の細胞寿命が消費される事となる。こういうリスクの為、彼女には基本的に能力を使わずに戦ってもらって来ました。リスクを最低限に抑える為です」
伊藤の言葉にドキリと千四の心臓が脈打った。
朝の狙撃でも豊はピンピンしているように見えたが、実際には“攻撃を防ぎ切ったのではなかった”としたら。
(まさか、本当にあの時……)
「ちなみに細胞が一定年齢から増えない部位。脳気質が破壊された場合も能力が発動するようですが、命の根幹に関わるような部位だからなのか。それとも細胞以外のものを使っているからなのか。基本的には脳内情報も含めて完全な復元が行われるようです。それは過去の時点でのデータからも明らかとなっています」
「………」
素直に喜べないのは自分の隣でたぶん確実に少女が一度死んでいるという事実を知ってしまったからだ。
だが、それでも、生きていてくれるだけで十分だとは思いつつも、どんよりとしたものが千四の心を蓋う。
「もう一つの弱点は?」
「彼女が他者に対して能力を使用した場合。“何のリスクも無かった”という事です」
「―――どうして僕にそんな事を話したんですか」
伊藤の言っている事の意味。
それが少女にとって、どれだけの意味を持つのか悟って。
自分で情報を求めたとはいえ、それでも千四は笑みを崩さないナイスミドルを殴り倒したくなった。
「情報が流出した場合のリスクが大き過ぎる。もし心を読むような類の力で情報が僕から漏れたら、彼女は……」
「君の能力はたぶん、それすらも防ぎ切ると踏んだからです」
「―――ッ」
伊藤が静かな視線を千四に向ける。
「君が悟った通り。この能力は戦闘能力重視の格付けを行う我々の中ではそう価値が高いものではない。しかし、この世界が破滅してしまった時代には神の如き力だ。使い方によっては世界全体の資産家から大量の資金を巻き上げる事も出来るでしょう。難病に苦しむ者を救い、病や老いすらも退ける力となれば、各国の政府が日本にカードの一枚として要求する事にも成りかねない」
「そこまで分かっているのに大げさな役職に付けて使いの世界に置いておく理由は何です?」
「彼女は【命使い】……それは命を扱い見るという事。感じられるという事。今まで、我らの団体では使いの発掘は地道な作業でした。しかし、彼女の登場で力の質が低い使いもすぐ発見出来るようになった」
「使いの管理と組織拡大の為だと?」
「君という逸材を見つけたのも彼女だ。君は本来使いとして発見出来るレベルの気配を発していない。いや、どちらかと言えば、その能力が関係しているのでしょうが、気配そのものが無い。それでも彼女は君を発見した」
千四は地下駐車場から脱出する直前。
殆ど無意識的に行った能力行使の結果を脳裏で甦らせる。
ただただ豊を伴って脱出しなければと走って。
壁際に辿り着き。
邪魔だと思った。
それだけだ。
だが、それだけで壁は瞬間的に消え失せた。
「まだ本質は見えませんが、その力はたぶん一定領域から物質やエネルギーの類を排除する。でなければ、あの大穴の説明が付かない。そう仮定すれば風や気圧差を操り、周辺の明度までも落すという現象にもそれなりに説明が付く」
コツコツとプラスチック製の敷居が後ろ手に叩かれ、バンが停車する。
「さて、まずは死地を潜り抜けた疲れを癒してください。此処は昔、県内有数の湯治場だったんですよ。少しお湯に浸かって緊張を解してから、作戦会議といきましょう。着替えはこちらで用意させます」
ガラリと扉が開かれ、伊藤が降りた。
彼らの前には一軒の旅館と思しき廃墟。
本当なら鄙びた温泉宿なのだろうが、今のところはパッと見、薄汚れている。
草の生えた道路の前で千四が降りると伊藤が寝かせていた豊をそのままバンと共に見送った。
旅館裏に医療班を待たせているとの事で、後ろ髪を引かれながらも千四が一歩踏み出す。
「良い湯ですよ。此処は」
顔をホクホクさせながら、旅館の開けっ放しの扉を潜って。
伊藤が少年を振り返り、手招きで誘う。
「………お邪魔します」
新人の哀しき性か。
上司の言葉を断り切れない我が身の疲れに千四は内心溜息を吐くしかなかった。




