第三章「破滅と奇蹟」~⑤~
第三章はこれにて終了となりました。そして、物語は加速度的にバトルを増やしつつ、ヒートアップしていくかと思われます。では、第四章「その痛みの行方」でまた。
~⑤~
朝、千四が起きたのは六時台。
まだ登校まで余裕があった。
しかし、今日はいつもと違いお客様がいる。
それもわざわざ椅子で寝ていらっしゃる。
これはもう“お・も・て・な・し”しなければならない。
何故か。
そんな微妙な発案が彼の脳裏で許可された。
週四回以上は自炊している少年にとって朝食を作る事なんて朝飯前である。
ザッと白いエプロンをして。
フライパンを火に掛け。
物価の優等生白くチャーミングな丸みを帯びた物体。
卵を油を引いた面に四つ落せば、後は水を少々入れて塩胡椒と蓋一つ。
その間にお湯を沸かし、カップに二つ分のインスタントスープの元を投下。
トースターに食パンを突っ込んで厚切りにしたハムをレンジで温める。
後は給湯器から出したお湯で二分程洗ったシャキシャキのレタスを用意すれば準備万端。
ケチの付けようもない朝飯が完成する。
本来は炊飯ジャーでご飯まで用意したいところだったが、台所下の備蓄米はもう尽きていた。
ハムだって焼きたいところだが、人間物の焼き方一つで対立が起きる事もある。
なので、絶対に譲れない一線。
目玉焼きは半熟という部分だけを彼は忠実に守った。
もし、これで『いや、両面焼きだ』とか、『卵は固めで』とか言われたとしても、作ってしまったものはもう戻らない。
ブラブラ登校がてらコンビニでお握りかパンを買うという選択肢もあったが、これも千四にとっては続けていきたい日常の一部には違いなく。
出来るだけ和やかに朝を迎えたいとの思いも相まって、朝食はサックリ用意された。
「ん……ぁ、おはよう。千四君……何、してるの?」
寝惚け眼。
ゴーグル越しでは分からないが、目覚めた様子の豊に洗った顔を拭き拭き千四が答える。
「おはようございます。蘆夜さん。今日は朝食を作ってみました。途中、着替えとかしなきゃいけないと思ったので。早めではありますが、如何ですか?」
「え、もしかして、これ全部……」
ゴーグルをズラしてテーブルの上に用意された朝食に目をパチクリさせた豊が思わず千四を見る。
「はい。一応、このご時勢に自炊も出来ないようじゃ、いつ困るか分かりませんから」
「そ、そぅ。あ、ありがとうね!?」
「いえ、パンもそろそろ焼き上がります。顔を洗ったら、一緒に食べましょう」
「う、うん!!?」
何故か力強く頷いて。
豊がタタタッと洗面所の方へと掛けていく。
「あ、新しい歯ブラシとタオルは戸棚の上に」
『ありがとう。ごめんね。こんな押し掛けてご馳走になっちゃって』
「守って貰っている身分ですから」
『気にしなくていいよ。【仕事】だもん』
ゴーグルを付けて再び戻ってきた豊が床に座り込む。
「じゃあ、食べましょう」
「うん」
「「頂きます」」
さっそく箸を持った彼女がキョロキョロと食卓を見渡した。
「あの……お醤油ってあるかな?」
「―――ッッッ?!!」
此処に来て、半熟かどうかではなく。
目玉焼きに掛けるもので断絶が発生した事に千四は呆然とした。
やはり、何処かオンナノコのお泊りというイベントで頭の螺旋が抜けていたらしい。
彼にとっての宇宙の真理にも等しい意味でのお勧めは塩と胡椒だ。
確かに日本人ならば醤油という選択肢もあるだろう。
だが、待って欲しい。
それは本当に正しい選択であろうか。
人間は海から生まれた生き物であり、全ての生き物の原初は海に帰属する。
ならば、人は海から出でて海に帰るのが妥当。
つまり、塩は文化的にも社会的にも遺伝的にも調味料として至高の―――。
「すみません。家には醤油さしが無くて」
「そうなんだ。あ、でも、お塩が……」
「ええ。コンビニから買って食べる時も考慮すると塩分は控えめにしたく思い」
「そうなんだ。健康にまで気を使ってるなんて、何か凄いね。千四君て」
「いえ、普通です」
「そういうのあんまり普通じゃないと思う。だって、学生なんだから」
にこやかにお塩も美味しいねと微笑む口元。
朝食を誰かと共にするという光景。
それは四年間から一生もう共有する事の無いはずと諦めていた時間。
「………」
千四は何処か懐かしい空気に僅か箸を止めた。
「どうかしたの?」
「何でも。家で誰かと一緒に食事するなんて思ってなかったので」
「そっか。うん……あたしもそう言えば、家で誰かと食事したりするのって随分久しぶりかもしれない」
「そうですか」
理由も尋ねず。
「でも、とりあえずは早めにした方が。道に人の増え出す前に着替えが出来るところまで行かないと面倒な事になるような気が……」
「そ、そう、だよね。ごめんね。気を使わせちゃって。セーフハウスは市街地の端にあるから、此処からスクーターで七分くらいなんだ。そこまで行けば、一緒に登校しても大丈夫な恰好になれるから」
「分かりました」
そのまま穏やかに過ぎた朝食時は七時五分には切り上げられ、制服に着替えて歯を磨いた千四と同じように歯は磨いたが、黒尽くめのままの豊は急いでスクーターへと跨った。
あまりにも穏やかな朝だったからか。
監視中は連絡が無いと知っていたからか。
彼女は一つだけミスをした。
定時連絡。
いつもならしているはずの事をその日は怠った。
そうして穏やかだった時間は過ぎ去り。
争いの一日がやってくる。
辿り着いた場所が同じでも違う景色。
そこが地獄ではないと誰も保障してはくれない。
それが現在の、過去の、未来の、何時だろうと変わらない、この世の本当の姿に他ならないと。
彼らは未だ知らない。
第三章「破滅と奇蹟」了




