第三章「破滅と奇蹟」~③~
ラブコメものにはよくあるお泊りイベント回となりました。こういうフラグを消化する間にも周囲には妖しい影が蠢き始めます。では、次回。
~③~
ビルでの訓練から数時間後。
シャワーを浴びてからバッタリと家の寝台に倒れ臥した千四はそろそろ寝ようかとモソモソ電灯のリモコンを片手で探していた。
(……疲れた)
本日、改めて測られた彼の能力は極めて数値として高い値を示した。
まだ本決まりではなく。
決まっていなかったが、数日後には完全測定の上でほぼ間違いなくクラスBになる予定。
と豊は伊藤に報告したらしい。
それに伴い使いとしての【特権】もノーマルなものから引き上げられるとか。
基本的に公的な機関との繋がりがある日本国内の団体は【紅蓮朋友会】のみらしく。
国家的支援で所属する使いはそれなりの生活を約束されるという。
大きな力を持つからこそ大きな利益を“得させる”。
それに伴う義務を課し、自分の影響力の大きさを自覚させる目的である事は何となく千四にも理解出来た。
特典は多岐に及ぶらしいが、クラスBの大きなものは主に六つ。
政府配給の無償最優先権。
各種車両の公的免許の免除。
公的インフラの無料化。
各種税制の全額免除。
国公立大学及び大学院への就学時試験及び授業料の免除。
そして、最後にこれが最も大きいだろう。
公的警察権力・司法によっては如何なる罪にも問われない。
罪状不問権。
普通に考えれば馬鹿馬鹿しい話だ。
しかし、それが実際には死刑宣告に等しいという事を千四は理解していた。
罪に問われない。
逮捕はされてもすぐに釈放。
起訴すらされない。
それが如何に恐ろしい事態である事か。
所属組織の独自裁量による“処分”を国が暗黙の了解として認めているのだ。
司法権、警察権、それらの及ばない存在として使いの管理を委ねている。
その点で【紅蓮朋友会】に任せられているモノの大きさは計り知れない。
一団体が国家権力の一部を委任されるという事態は正しく異常。
これをありがたがる奴がいたら、余程に頭の出来が残念に違いないと千四は思う。
(これからどうする?)
今日から沢山の特典に囲まれて幸せなライフプランを……と生命保険会社のファイナンシャルプランナーみたいな戯言を事務で言われたわけではない。
しかし、事態は実際にそういうものとなっている。
生活が向上するのは確かだろうが、それを素直に喜べる程、彼の脳裏は単純でもない。
(まぁ、まずは自分の能力を見極める事から、だろうか)
訓練の内実。
ほぼ能力測定で終わった彼の肉体はまったく疲れていない。
数時間前に色々と使いの特徴に付いて豊から説明された話を千四が脳裏で半数する。
一つ。
使いの能力は科学的な見地からは殆ど解明されていない。
一つ。
使いの能力は脳気質や遺伝情報にまったく起因しない。
一つ。
使いの能力は基本的に精神活動、集中力に大きく左右される。
一つ。
使いの能力は何を使うかで千差万別であり、精神修養や能力運用の工夫以外のトレーニングで向上する類のものではない。
一つ。
使いの能力を上げる方法は二つ―――同じ使いを殺すか、または死んだ能力者の能力が別人に発現した場合のみである。
一つ。
使いの能力による現象は物理法則環境下では実存が能力以外で保障されない……つまり、能力者が消えれば、不自然な事象は自然消滅する。
しかし、例外が存在しており、一度出力された事象の“余波”はこの限りではない。
単純に言えば、炎を出す使いがいて、能力を使用後に死亡した場合、使いが出していた炎は消えるが、炎で暖められた空気の温度はそのまま、燃やされている物も常識的範囲で燃焼が続く。
(精神修養……集中力の向上、か)
如何なる状況でも乱れが少ない精神と能力使用の細かな調整を行うだけの集中力。
それが基本的には使いの訓練に必須だと言う。
訓練場に大きな空間しか広がっていない事や頑丈なコンクリートで覆われている事にも納得である。
肉体を基本的に鍛える必要が無いのだから、当然の話だろう。
無論、健全な精神は健全な肉体に宿るという体育会系思想の使いもいるらしいが、基本的には自分が何を使っているのかを把握し、理解し、能力運用の工夫が肝要の為、肉体トレーニングに必要な器具は置かれていなかったのだ。
(結局、風を起こせる。気圧の偏差を起こせる。それから周囲を暗くする、だったか? これが、僕の能力の一端。後は何を使っているのか自分で本質を見極めて自己申告。一体、何を使ってる……この力は……)
千四がツイッと虚空を人差し指でなぞった。
すると、シャワーから上がったばかりの火照った身体にそよ風が当たり、ひんやりと冷やしていく。
「……エアコンの方が便利だな。正に文明の利器」
今も最小限の温度設定で部屋は涼しく保たれている。
しかし、風を起こしている間は常に意識を能力の使用に向けている為、他の事に集中出来ない。
(上手くいくか?)
気圧の操作という事で不意に思い付いた事を千四が脳裏で思考した。
ツイッと指が虚空をなぞると彼の視線の先。
テーブルに置かれていた電灯のリモコンがパンッと跳ね上がり、彼の前に落ちてくる。
(おぉ……便利なのは便利だが、これはもしかして人をダメに―――)
ネット界隈では四年前から変わらず“人をダメにする器具”が盛んに勧められている。
曰く。
人をダメにする椅子。
人をダメにする炬燵。
人をダメにするソファー。
人をダメにする便利で快適な商品はこのご時勢でも未だネット通販の売れ筋商品だ。
(く、自堕落に陥る能力? 実はそんな気も……)
微妙におちゃらけた思考で千四は自分の奥底にある発案を覆い隠した。
何を使っているのかは知らないが、風を起こすや気圧を操作する程度でも十分に人は殺せる。
気圧零の世界で人体がどうなるか。
風圧100m以上の世界で人が呼吸出来るか。
わざわざ言う必要も無いだろう。
世の中、人間が生きる為に必要なものは結構多いのだ。
それが環境に直結するからこそ、エコなんて言葉が今更流行るのだから。
(蘆夜さんは僕の能力に【制約値】能力使用の制限や限界が常識的範囲では無いと見てる。実際、何処まで現象を大きく出来るのか分からない……でも、確かに何処まででも拡大出来る気はしてる……)
ゴロンと横になって掌を電灯に翳してみれば、こんな手で風が起きている事自体、彼には信じられなかった。
(同時に起こせる風の起点、確か【並列起動限界(MTL)】は最大で十二。十分だと言っていたのは攻撃にも防御にも他の事にもバラバラに使う事が出来ると踏んでるからだ……)
俗に使いの世界というのは裏社会のようなものだ。
それはまだ団体に入って間もない千四にも分かる。
普通に生活している内はいいが、【仕事】というのがいつかは違法な犯罪に手を染めた使いの“処分”等になる可能性は高い。
そもそも強い力を持っていると認定された以上、団体側も“戦力になる個体”を遊ばせておくわけがない。
そういう組織論は常識的にも理解の及ぶところだ。
「どちらにしても、進むしかない。なら、僕は……」
枕元に置かれている本にチラリと視線をやって。
少年はそろそろ寝ようと電灯を消し―――。
ピンポーン。
夜間の来客。
それに一瞬、寝台横に散らばっていた制服を掴もうとして。
『千四君。あたしだよ。開けてくれないかな?』
結局、慌てて室内に置かれている漫画雑誌と際どい表紙の単行本を千四は片付けた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
制服を脱ぎ捨ててあるのは無視。
それよりハーフパンツだけという全裸に近い姿でいる事が問題だと急いでジーンズが収納から出されて履かれる。
『どうかしたの?』
「下着姿、でして。出来れば、後二十秒程時間を」
『あはは、気にしないのに』
「こちらが気にします」
言っている間にも本の類は全て壁に埋設された収納にギュウ詰め。
制服も軽く折り畳まれ、寝台の上へ置かれた。
「どうぞ」
ドアの鍵を思わず気圧偏差で弾き開けた彼が他に見られてマズイものは無いだろうと安堵しつつ続けた。
「それじゃ、お邪魔します」
すぐにドアを開けて豊が部屋へと入った。
再び鍵が閉められてヒタヒタと歩いてくる足音。
その姿を見て。
ようやく千四は彼女が何の為にわざわざこんな時間尋ねてきたのかを知った。
出会った時と同じ黒尽くめの衣装。
それは限り無く仕事着。
つまり、夜間の千四を一人にせず守る為の来訪。
「驚かせちゃったかな?」
暗い色のゴーグル越しでは視線も分からない。
だが、声音は少しだけ済まなそうな、気恥ずかしそうなものだった。
それがどうしてか。
自分の姿を思い出して千四が詰まる。
下にはジーパンを履いたものの、未だ上半身は裸だったのだ。
「今、Tシャツを」
テーブルの上に出しっぱなしにしていた着替えを持って壁際で袖を通している間にもデスクトップの前に置いてある座椅子が僅か軋んだ。
「護衛という事でいいですか?」
振り返った少年にチョコンと両手を膝の上に置いた豊が頷く。
「本当は事前に電話しようかと思ってたんだけど、伊藤さんが驚かせた方が男の子は喜ぶって……」
(あの人は……はぁ)
そこまであの男がお茶目であるとは思っていない為、千四はまた何か裏があるのではないかと勘ぐってしまいそうになる。
「その、すいません。実は来客用の布団みたいなものは無くて」
「あ、それならいいよ。これでも一応特技があってね。この姿の時は何処でも寝られるの」
それはオンナノコとしてどうなのかと言おうとしたが、千四は深く突っ込むのを止めた。
日常的に野外で眠る事が多いとしたら、それは仕事という事。
夜にする仕事と言えば、監視業務や非合法活動に違いない。
根掘り葉掘り聞いて薮蛇になっても、それはそれで気まずいに違いなかった。
「一応、寝る時はクーラーを消しますが、いいですか?」
「うん。全然」
「そうですか。じゃあ、これを」
埋設型の収納から千四がタオルケットを一枚出して豊に渡した。
「ありがとう。あ、ちょっといいかな?」
「何ですか?」
「その、新しいブーツだけ持ってきたんだけど、履いて寝たくて」
「……構いません」
「うん。じゃあ、悪いんだけど履かせてもらうね」
イソイソと外套の内側から新品らいきブーツを取り出して履いた豊がタオルケット一枚を羽織って微笑んだ。
「今日から襲撃犯の事件が解決するまでは毎日来ると思うから、よろしくお願いします」
「毎日……」
「だ、ダメかな?」
ゴーグル越しで見えないとはいえ。
それでも上目遣いに捨てられた子犬のような瞳をしているに違いない。
それくらいの事が想像出来る程度には蘆夜豊という人物を千四も理解し始めていた。
「いえ、頼もしく思います。これからもどうぞよろしく」
「うん」
「明かり、消します」
「お休みなさい。千四君」
「はい。蘆夜さん」
カチリとリモコンのボタンが押されて。
周囲が暗闇に包まれる。
この状況。
どう見ても他の人員が監視している事は間違いない。
日常を見られているというのはあまり良い気分ではないが、命には代えられないし、極力意識させないよう取り計らっているのだろう事は此処数日、彼が監視役を豊以外に見ていない事からも明らかだ。
事態がどう転がるにしろ。
しばらくこんな日が続くのだろうかと千四は闇に慣れてきた視線だけで豊を見た。
ゴーグルの下。
まだ目を閉じているかどうか定かでは無い。
だが、口元は僅か緩んでいるような気もする。
(……まぁ、いいか。寝よう……)
青少年の健全なる心情としては多少胸が高鳴るものの。
漫画の女性くらいにしか興味が無い草食系男子(国家からは肉食系になって下さいとお願いされる立場)な千四はそっと瞳を閉じた。
四年前から生き延びる事が最優先だった事実は重いし、今も生き延びる為の労は惜しまない。
そんな現実の中、恋やら愛を謳うのは漫画ばかり。
青春は恋愛だ、なんて戯言に耳を貸さないヲタクゲーマー六六千四にとって、現実にいる美しい少女と一つ屋根の下というシュチュエーションは単なるイベントの一環として過ぎ去っていった。
(少なくとも、これで死の恐怖に怯えながら眠る事も無い……)
監察官。
そう呼ばれた高位の使いらしき少女が共にいる。
それ以上の安眠条件なんて現時点で他に有りはしないだろう。
(今日は良い夢が見れそうだ)
緩やかに彼の意識は落ちていく。
その夜、珍しく何処からも獣の声は聞こえなかった。




