第二章「災い来たりて」~④~
ついに戦闘(逃げているだけもしれない)が始まりました。そして、次回からは第三章に移り変わります。ようやくバトルものらしい展開になってきましたが、此処までが少し長かったかもしれません。では、次回第三章「破滅と奇蹟」でまた。
~④~
基本的に事務手続きというのが千四は苦手だ。
と言うのも、公共機関に入ると目つきの悪さが祟って決して良い顔をされないと分かっているからだ。
だから、何らかの公的書類で手続きしなければならない時は取り寄せられるものは自宅で手続きをしたり、ネット上から行ったりと工夫していた。
一時期、テロ残党の掃討作戦が全国の警察で行われた際など、あの目付きは明らかに妖しいと通報された挙句、公安がやってきて事情を聞かれた事もあった程なのだから、その結論は正しい。
だが、この目付きの悪い若者は何なんだ?という視線も受けず。
辞令のような紙切れ一枚で【仕事】とやらの内容を受け取った彼は困惑しながら、横の少女を見やった。
【蘆夜豊】と言うらしい妖しげな装束の使い。
軽く自己紹介を受けてはいたが、特別な【仕事】に付いているという意外は然して情報も無い。
ただ、今さっき受け取った用紙にも名前があった。
曰く。
『本日付を持って、監察官【蘆夜豊】に同行して補佐せよ』
短く纏めるとそういう事になるだろう。
「これからよろしくね。千四君」
「はい。よろしくお願いします。蘆夜さん」
受付から出て歩き始めた上司?の横に付いた彼に振り向きもせず。
豊が訊ねる。
「始めて此処へ来たのに落ち着いてるんだ……千四君は」
「そう、ですか?」
「うん。昔、あたしが来た時は何が何だか分からなくて、色んな人に迷惑を掛けちゃったから。ちょっと、そのドッシリ構えた感は羨ましいかも……」
「いえ、構えては」
「そう?」
「はい。色々と考えてはいますが」
狭いエレベーターに乗り込めば、二人切り。
果たして。
この自分の横にいる相手はどういう存在なのかと千四は距離感を測りかねる。
最初から少し馴れ馴れしいとは思うものの、それがどうしてなのか理由も分からない。
まずは様子見をするべきだと冷静に判断したはいいが、何をさせられるかも定かでは無い現状。
どう相手に向かい合えばいいのか答えは見つかっていない。
「……君の監視役。あたしだったんだ」
「え?」
「驚いちゃった?」
おずおずと尋ねる豊に千四が頷く。
「少なからず」
「ごめんね。気を悪くしちゃったかな?」
「いえ、そんな事は」
「今までは見る側と見られる側だったわけだけど、これからは同僚みたいなものだから、もし良かったら……」
差し出された手は冬だというのに革製の手袋に覆われている。
どちらかと言うと女の子らしい喋り方をする。
もとい、先程の訓練場にいたような今時の女子とも違う様子に何処か漫画の中のヒロインを思い浮かべて。
千四は素顔が気になった。
「こちらこそ」
握手して数秒。
チンとエレベーターが地下駐車場へと付いた。
「さ、行こう」
何かしら車でも用意されているのかと思えば、見慣れぬ黒いスクーターらしきものが置かれていた。
「これで?」
「そうだよ。しっかり掴まっててね」
(え……)
さっそくエンジンが掛かった愛馬に跨った豊の背中に何とも言えぬものを感じた千四だったが、此処でわざわざ諸々のツッコミを入れるのも野暮かと大人しくその後ろへ跨る。
「落ちるといけないから、ギュッとして」
「………はぃ」
微妙に声を小さくしつつ。
同年代の女性に後ろから合法的?に抱きつくという状態に視線を泳がせつつ、両腕が腹の位置に重ねられる。
それなりに背が高い千四が異様な姿とはいえ少女に後ろからそういう恰好で抱き付いているのだ。
微妙に犯罪のような気がしないでもない。
だが、そもそも非合法だろう組織に入っているだから、通常の道交法云々、男女の不純異性交遊云々と言っていられるものでもないだろう。
少なくとも組織のパンフレットに書かれていた言葉を悪意的に解釈すれば、生死に直結するやり取りが行われているだろう事は想像に堅くない。
「じゃあ、今日は見回りをするようにって伊藤さんから言われてるから、ちょっと飛ばすね」
「え―――」
ギュルッとタイヤの擦過音が響けば、まるで飛び出すように駐車場の入り口へとスクーターが飛び出した。
その速度たるや明らかに単なるスクーターの域を超えている。
見掛けだけで中身はまったくの別ものなのか。
「?!??」
泡を食って腹にしがみ付いた千四が風音に支配されながら、瞳を薄らと開く。
すると明らかに80kmを軽く凌駕する速度でスクーターが爆走していた。
ダラダラと冷や汗を掻いたのも最初の内だけだ。
見知った都市の情景が流れて往く様は何処か小気味良い。
真冬の太陽が照らす下。
肌を撫ぜる風は想像よりも心地良かった。
ようやく彼が一息吐いたのは人気の無い耕作放棄地の中を奔る国道沿いの交差点での事。
「どう、気持ちよかった?」
何処か上機嫌に訪ねてくる上司に頷けば、それに気を良くしたのか。
豊は更なる速度で車両の少ない道を爆走した。
一時間程、市街から離れた道を流した後。
止まったのは四年前の騒動からそのまま野ざらしになった田に囲まれた廃コンビニ。
今は硝子も割れ、内部に物が残っている様子も無く。
伽藍とした場所だった。
そろそろ日が傾き始めた空には薄く雲が棚引いて遠く遠く果てまで伸びている。
「ふぅ……じゃあ、此処で休憩にしよう?」
罅割れたアスファルトの上。
ガードレールに腰を下ろした豊に習い。
千四も制服姿のまま横に並んだ。
「………」
「………」
話題というものを改めて探してみても、基本的には使いや組織の事になるだろう。
しかし、今の彼にとって必要なのはそれだけではない。
直接の上司になるのだろう少女の事を知りたいと思うのはそれが彼にとって必要不可欠だからというだけではない。
使いというものの本質を未だ見極められずにいる千四にとって、他人とは違う能力を得た人間が根本的に何をどう考えるものなのか。
知らなければ、これからどう振る舞い、どう他人に接していけばいいものか答えがない。
特に他人との付き合いを重要とせず。
一人生きていく事に慣れてきた彼にとって、自分が普通の人々とは違い特別な能力を持つ存在であるという現状はスタンスの変更を余儀無くされる事態だ。
今までのように振舞って日常を過ごすのか。
それとも使い特有の日常というものが存在するのか。
教示を請う必要性があった。
「……【仕事】って聞いて、君は物騒な事を考えたりした? 千四君」
話しかけようとした矢先、そう言われて。
戸惑いながらも、素直に彼は頷く。
「そっか……そうだよね」
豊が空を見上げながら独り言のように呟く。
「こういうのってバトル漫画とかだとお約束だし。悪の組織と戦ったり、逆に自分のいる場所が悪の組織だったり、みたいな事は考えるよね」
「実態としてそういうものを想像したのは否定しません」
「あはは、素直だなぁ。千四君は……もし、此処で組織を否定したりしたら、実は試験に掛けられていたとか。失格したから処分させてもらうとか。そういう事になるとは思わなかった?」
「そこまで人道に外れた組織をこのご時勢国内に溜め込むような政府なら、今の国連を主導してはいないと思います」
「難しい事知ってるんだ。君って……」
「使いを管理する機関だと言いながら、使いを軽々しく扱う組織……それは一見して正しいように見えますが、管理責任を果たしていない事になる。自分で管理者と名乗るからには管理に厳重さを求められて然るべき。違いますか?」
「うぁ~~伊藤さんが言った通り……」
「伊藤さんが何か?」
「うん。君を一番組織に入れたくないタイプだって言ってた」
「どうして?」
「え? う~ん……たぶん、君みたいな思考をする子がいると組織が回し難いんじゃないかな」
「組織を?」
「【紅蓮朋友会】ってね。アジア全域の使いを束ねてる一番大きな組織なんだけど、他の地域の組織とは違って。すっごく取り締まりが緩いの」
「そうなんですか?」
「うん。他の場所だと犯罪に荷担しただけで即処分は当たり前。更に処罰する側の部隊が凄く多い。四年前からこっちたぶんアジア以外の地域で能力を犯罪に使って生き延びた人って殆どいないんじゃないかな」
「それ程、ですか?」
「……【紅蓮朋友会】総代の人は基本的にそういう事には寛容でね。犯罪を犯しても理由や状況によっては情状酌量の余地があるとか言う子なんだ。だから、犯罪を取り締まる会員も他の地域に比べたら凄く少なくて、使いにとってアジアは平和な場所だって言われてる」
「平和……」
「だから、組織の上の人達は自分達の“形”を主張しない。他の地域の組織と違って宣伝したり、力を誇示したりしない。その代わり、所属する使い達が出来るだけ良い方向性に想像してくれそうな【仕事】を与えたり、組織の構成を見え難くしたり、細かいところには気を使ってるって話」
「口外していい類の話ですか?」
「あんまり喋っちゃダメなんだけど、君は伊藤さんのお気に入りだからいいんじゃないかな」
「……一つ聞いても?」
「何かな?」
「伊藤さん。あの人の事です」
「ああ、そうだよね。気になるのは当然だと思う。伊藤さんは簡単に言うと外部顧問の中でも特別な人でね。難しい地域に派遣される人なんだ」
「つまり、厄介事になりそうな場所に?」
「そうそう」
「もしかして、僕は厄介事の類でしたか?」
「どうかな……ただ、伊藤さんが見出した人は組織の中でも特別な力や地位に恵まれる人が多いって話だから、君は厄介事じゃなくて。嬉しい誤算、だったんじゃないかな」
あの笑みを思い出して。
千四が複雑な内心を飲み込んだ。
「あたしからも一つ聞いていいかな?」
「何ですか?」
「本当は自分から聞くのはマナー違反なんだけど、これから君は一番キツイ【仕事】をしなきゃならない。その時、何が出来るのか分からなかったら、君を守ったりも出来ないと思うから……君の―――」
「風」
「え……」
「風に連想出来る何かだと。訓練場で言われました」
「喋っちゃって良かったの?」
「はい。これから何をさせられるかは知りませんが、まだ死にたくはありませんから」
「そっか。ありがとう。千四君」
「いえ、それに実際どういうものなのかはまだ分かりませんし」
「まだ、本質が見えてないんだね……」
「たぶん、かなりの強風を吹かせる事が出来ます。それと物を弾く事も」
「使い勝手良さそう。あたしのより」
自分の手を見て、豊が苦笑した。
「でも、そっか。風かぁ。じゃあ、あの時は光の屈折率とかを変えてたのかな?」
「あの時?」
「ほら、君が襲われた日。部屋を抜け出す時に自分の姿を見えなくしてなかった?」
「すみません。ちょっと、分かりかねます」
「分からない? じゃあ、あの時のは……」
更に訊ねようとした時。
空が紅蓮に染まる頃合を見計らったようなタイミングで。
車道から一台の大型バイクが速度も落とさず二人目掛けて突入してきた。
「千四君ッッ!!」
咄嗟にガードレールから後ろに倒れ込みながら豊が自分より10cm以上大きな身体を引っ張る。
ガガガガガッ。
大型の車体とレールの擦れる合う音が周囲を引き裂いた。
そのまま体勢を崩した車体が廃コンビニに突入して激音を発する。
「後ろに付いてきて!!」
「は、はい」
すぐに立ち上がった豊が自分の黒いスクーターへと走り寄って行く。
それに千四も続いた。
「さっそく掛かったけど、まさかバイクで突撃してくるなんて……」
「掛かった?」
スクーターの後ろへ腰を乗せながら千四は内心、自分達が囮になっていたのだろうと感付いていた。
「伊藤さんからこの都市にあたし達とは違う使いが入り込んでるって話は聞いてる?」
「はい。今のが?」
「たぶん……でも、自分から突撃してくるなんて」
いつでも逃げられるようアイドリング状態されたスクーターに乗ったまま。
廃コンビニの内部を見つめていた二人だったが、千四は遠方から急速に近付いてくる排気音を聞いて思わず振り向いた。
車道を猛烈な勢いで大型のダンプが迫ってきていた。
その背後には山積みになった鉄パイプらしきものが固定されている。
「蘆夜さん!!?」
「まさか、あっちも?!」
可能性の問題だったが、速度も緩めずにやってくる車両にデジャブを感じた彼女がスクーターを発信させるよりも先に何かが廃コンビニから飛び出した。
思わず加速して避けたスクーターには目もくれず。
ソレがガードレール側。
オブジェのように手足を伸ばすと出口を封鎖した。
(に、人間、なのか?)
千四の疑問は最もだっただろう。
首が螺旋折れたバイカーの頭は存在せず。
また、恐ろしい勢いで血飛沫を道路に撒いていた。
「……どうしよう」
豊の言葉に千四が事態を正確に認識した。
耕作放棄地に設けられたコンビニは周辺全てが鬱蒼とした植物に占拠されている。
入り口へはダンプがすぐにでも突入するだろう。
田の方へと逃げるしかないが、明らかに誘導されているような気がしないでも無い。
だが、どちらにしろダンプに巻き込まれれば即死なのだ。
裏手に回るという事も考えたが、明らかにコンビニを突き破ってくるだけの車体重量がある。
迷っている暇は無かった。
ダンプがガードレールを破りながらコンビニの駐車場へと突入してくる。
意を決して豊がスクーターを発進させた直後。
ボッとコンビニを囲むように群生していた植物が急激に燃え上がった。
それでも直進を選んだスクーターが唸りを上げて、ダンプが横転してパイプを吐き出すよりも早く炎の中へと突入する。
幸い近頃の天気が良かった事が功を奏したか。
地面はぬかるんでおらず。
スクーターはタイヤを焦がしながらも炎の中を突っ切っていく。
多少の火傷は覚悟していた豊が周囲からの熱を感じない事を不審に思ったが、それどころではない。
スクーターをまるで追い掛けるように植物が燃え上がり続けていた。
相手はどんな手品を使っているのか。
まるで姿の見えない明確な敵意と殺意に豊は自分が思っていた以上に侵入者が手慣れだと理解する。
「このまま車道まで突っ切る!!」
耕作放棄地を迂回する形でガードレールの無い場所まで進んだスクーターがようやく炎の地獄から抜け出して車道へと乗り上げた。
そのまま敵の索敵範囲を脱しなければと速度が上げられる。
彼女達の背後でダンプが爆発したのはそんな時だった。
猛烈な勢いで飛んで来た破片が千四の背中を直撃し―――。
しかし、そのままスクーターは場を離脱し、走り去っていった。
まだ、消防も警察も掛け付けて来ない少しコンビニから離れた車道の一角。
二つの影を空へ巻き上がる炎が照らす。
『どうなってやがる? Cクラス以上の【外力排除能力】だと。こんな地方にそれだけの使いが回されたってのか?』
『いや、たぶんは対象の能力だろう。あの状況で集中出来るとしたら大したものだが……』
『せめて、後数台用意出来なかったのか? このグズ』
『無茶を言うな。このご時勢。こんな地方都市の人気の無い車道にあれ以上の獲物が掛かると思うか? お前こそ、あんなヘマを遣らかして恥しくないのか? ドジ野郎』
『都市型最強が聞いて呆れる』
『見えざる焼殺者の名が泣いているぞ』
『『………』』
『首尾は?』
『ああ、失敗だ【統率者】……悪いが今回の【仕事】は下ろさせてもらえないか?』
『怖気づいたか。ふ、やっぱりグズ野郎だな』
『訳を聞こう』
『この男の能力で焼き殺せない階梯の使いだとは聞いてない』
『最初に言ったはずだ。今回は特に重要な任務になると。今更の辞退は認められるものではない。そして、今回の一件に対して考えられる限り、最強のタッグとしてお前達は指名された』
『だが、あの【外力排除能力】は突破困難だ。もっと間接的な使いを連れて来るべきでは?】
『……やらなかったと思うのか?』
『何?』
『試せる限りの方法を使って殺害を試みた。だが、不可能だった……』
『まさか?』
『何でもいいが、そろそろ消防が来る。場所を変えようや』
『ああ、そうしよう。乗れ』
鮮やかな紅のセダンに二つの影が乗り込んでスクーターが消えた方角とは反対へと走り出す。
残されたのは炎上する田園地帯と崩落した廃コンビニとダンプだけだった。
その日、山火事にまで発展した事故は翌日の地方新聞の三面に載る事となる。
何があったのか。
誰が死んだのか。
その全ては数字のみでしか語られなかった。
第二章「災い来たりて」了




