第2章 転生不可!? 神様、ちょっと待ってください!
気づけば、俺は真っ白な空間にいた。
右を見ても、左を見ても、真っ白。
上も下も、どこまでも白一色だ。
「……ここ、どこだ?」
声は出た。
手も動く。
足もある。
けれど、身体が妙に軽かった。
まるで、自分の身体ではないような感覚だ。
「病院……じゃないよな?」
どう考えても病院ではない。
ベッドもなければ、医者もいない。
あるのは、果てしなく続く白い空間だけ。
そして。
『守屋悠真』
「うひゃっ!?」
突然、背後から声が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには一人の老人が立っていた。
白く長い髭。
ゆったりとした白い衣。
穏やかそうな顔立ち。
そして、なぜか全身から漂う、言葉では説明できない威圧感。
……何というか。
いかにも神様って感じの爺さんだ。
「え、えっと……どちら様でしょう?」
『我か?』
「はい」
『お前たち人間の言葉で説明するならば、神と呼ばれる存在だ』
「…………」
神。
神様。
なるほど。
……いや、なるほどじゃねえよ!
「か、神様!?」
『うむ』
「じゃあ、ここって……」
『生と死の境界にある、魂の審理場だ』
「…………」
魂の審理場。
何だか嫌な名前だな。
裁判所みたいじゃないか。
……待てよ。
交通事故。
真っ白な空間。
そして神様。
となると。
「……あの、もしかして」
『何だ?』
「俺、死んだんですか?」
『そうだ』
「…………」
即答だった。
もう少し、こう。
気遣いというものはないのだろうか。
『お前は先ほど、現世にて命を落とした』
「……マジですか」
『事実だ』
「…………」
分かっていた。
何となく、そうなんじゃないかと思っていた。
けれど、実際に言われると、想像していた以上にきつい。
母さんはどうしているだろう。
事故のことを聞いたら、きっと悲しむ。
俺は、何も親孝行できなかった。
友達にも返事をしなかった。
ゲームも受け取れなかった。
……何もかも、中途半端なままだ。
「……そっか」
思わず、声が漏れた。
しばらく俯いていたが、ふと気づいた。
待てよ。
死後の世界に神様がいるということは。
つまり。
「……転生!」
『む?』
「転生ですよ!神様!」
『ああ。魂が新たな生を得ることか』
「それです!」
俺は勢いよく顔を上げた。
そうだ。
まだ終わりじゃない。
ここが死後の世界なら、転生という可能性が残っている!
「俺、もう一度人間に生まれ変われるんですよね!?」
『…………』
神様は、なぜか黙り込んだ。
……あれ?
何だろう。
すごく嫌な予感がする。
『残念だが』
「はい?」
『お前に、次の転生は認められぬ』
「…………へ?」
…………。
………………。
「えええええええええええっ!?」
絶叫した。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今、何て言いました!?」
『次の生まれ変わりはない、と言った』
「何でですか!?」
『お前は生前、転生に必要な徳を十分に積んでおらぬ』
「と、徳!?」
『そうだ』
徳。
徳、ねえ。
いやいや。
そりゃあ、俺は立派な人間じゃないけどさ!
「俺、犯罪とかしてませんよ!?」
『承知しておる』
「人を騙したり、傷つけようとしたりもしてません!」
『それも承知しておる』
「じゃあ、どうして!?」
『悪事を働かぬことと、徳を積むことは必ずしも同じではない』
「そんな無茶な!」
思わず食ってかかった。
「俺が家にいたからですか!? 大学を休んでたから!?」
『……それだけで魂の価値が決まるわけではない』
「じゃあ、何なんですか!」
『魂の行動、選択、他者との関わり。それらを神界の基準で審査した結果だ』
「神界の基準って……」
何だよ、それ。
そんな基準、俺は一度も聞いたことがない。
生きている間に教えてくれたってよかったじゃないか。
そうすれば。
そうすれば、もっと――。
……いや。
仮に知っていたとして、俺は何かを変えただろうか。
その答えは、すぐには出なかった。
『なお、お前だけが特別に扱われているわけではない』
神様は静かに続けた。
『すべての魂が無条件で転生できるわけではないのだ』
「……じゃあ、俺はどうなるんですか?」
『いずれ個としての形を失い、魂は大いなる循環へ還る』
「……それって、俺が消えるってことですか?」
『お前という存在は、そうなる』
「…………」
嫌だ。
そんなの、嫌に決まっている。
俺は、まだ生きたい。
もう一度、あの世界へ戻りたい。
もしそれが無理なら、せめて別の世界でもいい。
今度こそ、ちゃんと生きたいんだ。
「……お願いします」
『む?』
「もう一度だけ、チャンスをください」
俺は深く頭を下げた。
「何でもします。今度はちゃんと頑張ります。だから……もう一度だけ、人間として生きるチャンスをください!」
『…………』
長い沈黙が流れた。
神様は、俺をじっと見つめている。
そして。
『……何でもする、と申したな?』
「……え?」
『その言葉に偽りはないか?』
「ありません!」
即答した。
ここで断られたら、本当に終わりだ。
何だってやってやる。
どんな面倒な仕事でも構わない。
……た、多分。
『ならば、ここで徳を積め』
「……はい?」
『お前に任せたい仕事がある』
神様はそう言って、右手を掲げた。
すると、真っ白な空間に無数の光が現れる。
「うわっ……!」
光のひとつひとつに、大地があった。
海があった。
山があった。
大きな城や、見たこともない建物が見えた。
まるで、いくつもの地球が目の前に浮かんでいるようだった。
『これらは、我らが管理する世界の一部だ』
「……世界?」
『そうだ。人間が暮らす世界は、お前が生きていた場所だけではない』
「マジか……」
異世界。
ゲームやアニメで散々見てきたものが、目の前に存在している。
思わず見とれていると、神様は続けた。
『実は今、いくつもの世界が滅亡の危機に瀕しておる』
「…………は?」
滅亡?
今、滅亡って言った?
『原因は、本来存在するはずのない神器が、それぞれの世界へ流出したことだ』
「神器……?」
『神の力を宿した、特別な道具だ。武器、装飾品、生活用具。その形は様々だが、いずれも強大な力を持つ』
「へえ……」
『本来、ひとつの世界には、その世界を安定させる神器がひとつだけ存在する』
「……ひとつだけ?」
『うむ。しかし、異なる神器が同じ世界に存在すると、互いの神力が干渉し、世界の秩序を乱し始める』
「それって、どうなるんです?」
『最終的には、世界そのものが崩壊する』
「…………」
……はい?
世界が崩壊?
いやいやいや。
それ、さらっと言っていい話じゃないだろ。
『そこで、お前には神器の回収を任せたい』
「……ちょっと待ってください」
『何だ?』
「そんな危険なものを、どうして世界中にばらまいたんですか?」
『…………』
神様が目を逸らした。
……おい。
嫌な予感しかしねえぞ。
『神器の管理を担当していた女神がな……』
「はい」
『保管庫の封印を誤って解いてしまったのだ』
「…………」
『その際、百個の神器が異なる世界へ散逸してしまった』
「……ひゃく?」
『百個だ』
「…………」
ひとつ、ふたつ、みっつ。
……百個?
「百個ぉぉぉぉぉ!?」
『うむ』
「多すぎるだろ!!」
思わず叫んでしまった。
「それ、管理体制どうなってるんですか!?そんな危険なものを百個も失くすって!」
『神界でも重大な問題として扱っておる』
「そりゃそうでしょうね!!」
何だこの職場。
いきなり不安しかない。
『もっとも、すべて別々の世界に落ちたわけではない。ひとつの世界に複数落ちたものもある』
「そういう問題じゃないんですけど!」
『お前には、神器管理を担当する女神の補佐として各世界を巡り、散逸した神器を回収してもらう』
「……俺が?」
『そうだ』
「普通の人間ですよ?」
『承知しておる』
「戦ったことなんてありませんよ?」
『そのための補佐権限を与える』
「そもそも、神様が直接回収すればいいじゃないですか!」
『神が直接干渉すれば、神器同士の反発をさらに強めてしまう。世界によっては、それだけで崩壊を早めかねん』
「…………」
……なるほど。
つまり、神様たちが動くと危険だから、俺にやらせようと。
要するに、危険な現場作業を人間へ丸投げするわけだ。
……何というブラックな労働環境。
『もっとも、お前にしかできぬ理由もある』
「……え?」
『お前は現在、どの世界にも属していない魂だ。神力を持たず、世界との結びつきも失っておる』
「それが?」
『だからこそ、異なる世界の神器へ接近しても、干渉を大きく増幅させずに済む』
神様は、俺をまっすぐ見つめた。
『特殊な才能が必要なわけではない。今のお前という存在が、この任務に適しておるのだ』
「…………」
つまり。
勇者だから選ばれたわけじゃない。
伝説の血筋があるわけでもない。
ただ、死んでいて、どこの世界にも所属していないから都合がいい。
……何だかなぁ。
「……で、その仕事を引き受けたら、本当に転生できるんですか?」
『百個すべてを回収し、任務を完遂したならば、お前を再び人間として転生させよう』
「本当ですか!?」
『神の名において約束する』
そう言うと、神様は指を鳴らした。
目の前に、金色の文字が浮かび上がる。
『これは神界の契約書だ。任務を完遂した場合、人間としての転生を保証する旨を記しておる』
「……へえ」
俺は文字を眺めた。
不思議なことに、見たこともない文字なのに意味が理解できる。
そこには、確かにこう書かれていた。
『散逸神器百点の回収完了を条件とし、守屋悠真に人間としての転生を保証する』
……よし。
嘘じゃなさそうだ。
「……分かりました」
『む?』
「やります」
俺は大きく息を吸った。
「やりますよ!やればいいんでしょう!?」
『うむ。よい返事だ』
「ただし!ちゃんと転生させてくださいよ!?」
『無論だ』
「あと、労災とかあります!?」
『……ろうさい?』
「仕事中に怪我したときの補償ですよ!」
『必要な保護は与える』
「何だか怪しい言い方だなぁ……」
『詳しいことは担当の女神から説明を受けるがよい』
「……担当の女神?」
『今回の神器管理者だ。お前の相棒となる』
なるほど。
女神様と二人三脚で神器回収。
しかも相手は女神。
もしかして、めちゃくちゃ美人だったりして。
……いや、待てよ。
神様の世界なんだから、きっとすごい能力を持っているに違いない。
魔法も使えて、頭もよくて、優しくて。
うん。
案外、悪くないかもしれない。
『では、神器管理室へ送るぞ』
「えっ、もう!?」
突然、足元に魔法陣が現れた。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ心の準備が!」
『よい旅を』
「話聞いてえええええ!!」
眩い光が、俺を包み込んだ。
そして。
このときの俺は、まだ知らなかった。
これから相棒になる女神様が。
世界を救うどころか、自分の部屋の片づけすらまともにできない。
とんでもないポンコツ女神だったということを。




