↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵士  作者: 酒蔵ツクル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/45

006 第二話 魘獏の牙(一) 陰陽師の頼み

一 律人(りつと)


 街道の茶屋で団子を食っていると、後ろから声をかけられた。


「朔(さく)」


 振り向かなくても分かった。この呼び方をする人間は一人しかいない。


「早いな」

「深沢(ふかさわ)にいるって聞いて、追ってきたんだ。入れ違いにならなくてよかった」

「座れ。ここの団子は甘すぎなくていい」


 天羽律人(あまはりつと)は朔の向かいに腰を下ろし、店の女に茶を頼んだ。頼み方が丁寧すぎて、女が一瞬戸惑った顔をした。


「すみません、それと団子も一皿いただけますか」


 狩衣(かりぎぬ)ではなく、旅装だった。それでも袖口や襟の仕立てが、この街道を歩く人間のものではない。腰に刀はなく、代わりに札を入れた筒を提げている。

 律人とは、ここ三年ほどの付き合いだった。


 陰陽連(おんみょうれん)には、各地から妖怪の訴えが届く。それを読んで、陰陽師(おんみょうじ)が祓うものと、宵士(よいし)に回すものとを仕分ける。宵士に回すと決まったものを、宵士のところまで持ってくるのが、律人の役目だった。


 最初に持ってきたのは、蔵都(ぞうと)の外れの古井戸の件だった。それから、川沿いの村の件、峠の茶屋の件。年に一つか二つ、律人は書き付けを手に、朔の居場所を探し当ててきた。

 仕事を渡すだけなら、使いの者を寄越せば済む。それでも律人は、毎回自分で来た。


「陰陽連の仕事か」

「半分そう。半分は僕の勝手だ」


 律人は茶が来るのを待ってから、懐から折った紙を出した。


「蔵都の加賀屋。米と塩を扱ってる大店だ。そこの十二になる息子が、三月ほど前から伏せってる」

「医者は」

「四人診た。誰も病名を言えなかった」


 朔は団子を串から抜いて食った。


「それで陰陽連に回ってきた。僕が診に行った。呪いじゃない。妖怪の仕業でもない。取り憑かれてもいないし、祟られてもいない。何も憑いてないんだ」

「じゃあ何だ」

「瑛輝(えいてる)だ」


 朔は串を置いた。


「生まれつき、取り込みやすい体質でね。人間の体は瑛輝をほとんど弾く。だから何百年、誰も気にしなくてよかった。ただ、稀に弾けない体がある」

「なるほどな、それが溜まったのか」

「ああ。十二年ぶんだ」


 律人は茶を一口飲んで、湯呑みを両手で包んだ。指が細い。剣も鍬も握ったことのない手だった。


「厄介なのは祓う対象がないことなんだ。呪いなら解く。妖怪なら斬る。憑き物なら落とす。でも、あの子の中にあるのはあの子自身が溜めたもので、外から来たものじゃない。斬るものがない」

「お前の技でも駄目か」


 律人の手の中で、湯呑みが止まった。


「駄目だった」


 それ以上は言わなかった。


「陰陽連としては、もう手がないという扱いになった。書き付けはそう出した。……ただ、そこで終わりにすると、あの子は年内保たない」

「それで、お前の勝手か」

「そう」


 律人は笑った。人の好い笑い方をする男だった。


「古い医書を漁った。陰陽連の書庫は八百年ぶんある。それらしい処方が二つ出てきた。一つは材料が全部揃う。効くかどうかは分からんが、試す価値はある」


 律人が紙を朔のほうへ滑らせる。

 開くと、薬種の名が十ほど並んでいた。律人の字だ。丁寧すぎるほど丁寧に書いてある。

 三つ目で、朔の指が止まった。


「これは」

「そう。それが問題なんだ」


 律人は身を乗り出した。


「それだけが揃わない。加賀屋は金に糸目をつけずに探させた。蔵都の薬種問屋を全部当たって、それから西の大きな町も。どこにもない。というより、この国にもうない」


 朔は三つ目の名を見直した。


「獏の牙か」

「絶滅してる。二百年前まではいたそうだ。今は一頭もいない」

「知ってる」

「そうか。宵士なら知ってるか」

「狩り尽くされた獣の話は、宵士なら一度は聞かされる。二度とやるなって意味でな」


 朔はそれ以上言わず、紙を畳んで懐に入れた。律人が目を丸くした。


「持ってくのか」

「加賀屋に会う」

「受けてくれるのか」

「会って、子供を見てから決める」


 朔は立ち上がって、串代を置いた。律人が慌てて団子を口に押し込んだ。


「待て、僕のぶんは僕が」

「お前が呼んだんだろ」

「だから僕が出すって話だ」

「次に出せ」


 先に歩き出した朔の後ろで、律人が女に丁寧に礼を言っているのが聞こえる。



二 加賀屋


 蔵都は大きい。

 朔は年に何度か通るが、通るたびに何かが建っている。堀沿いの道は荷車で埋まり、人が肩をぶつけながら歩いていた。

 加賀屋は表通りに面した、間口二十間近い大店だった。暖簾をくぐると、番頭が二人がかりで奥へ通す。

 主人は五十ばかりの男だった。恰幅がよく、目の下が落ち窪んでいる。


「加賀屋でございます。天羽(あまは)さまには、たびたび」

「いえ、こちらこそ。こちらが宵士の朔さんです」


 律人が言うと、加賀屋は畳に手をついた。


「宵士どの。よくぞおいでくださいました」

「朔でいい」


 朔が腰を下ろすと、加賀屋は少し戸惑ってから身を起こした。


「息子に会わせてもらえるか」

「ええ、どうぞこちらへ」


 通された奥の座敷は、日当たりがよかった。一組だけ敷かれた布団に、子供が寝ている。十二だと聞いていたが、八つか九つにしか見えない。頬がこけて、手首が枝のようだった。

 目は開いていて、入ってきた朔のほうへ動いた。


「よう」


 子供は何か言おうとして、口を動かしただけだった。

 朔は枕元に座って、目を閉じた。

 濁っている。

 火車(かしゃ)の谷ほどではない。だが、人ひとりの中にこれだけ溜まっているのは見たことがない。芯もある。芯は、この子供自身だった。外から来たものが憑いているのではなく、この体がそれ自体で溜めている。


 弾けない体だという律人の言葉は、正確だった。

 朔は目を開けた。


「痛いか」


 子供が小さく頷いた。


「どこが」


 子供は自分の胸を指した。それから、頭を指した。


「よく我慢したな」


 朔は立ち上がった。

 廊下で待っていた加賀屋が、しきりに手を揉んでいる。癖なのだろう。


「いかがでございましょう」

「律人の見立てで合ってる」

「では」

「一つ、当てがある」


 加賀屋が息を詰めた。


「処方は見た。獏の牙が要る」

「……はい。それが、どうにも」

「探させたんだってな」

「西の町まで人をやりました。薬種問屋の蔵を空にして探させても、出てまいりません。二百年前に絶えたとかで」

「絶えた理由は聞いたか」


 加賀屋が瞬きをした。


「いえ。……古い獣だから、自然に」

「違う、狩り尽くされたんだ」


 加賀屋の手が止まった。


「獏は夢を食うと言われてた。悪い夢を食う。だから牙も肉も肝も、病に効くと信じられた。実際には効かん。何一つ効かない」

「では、なぜ」

「効くと信じられたからだ。二百年かけて、一頭ずつ狩られた。害のある獣じゃない。人を襲わん。逃げるのも下手だ。だから簡単に獲れた。最後の一頭がいつどこで死んだかは、誰も記録してない」


 加賀屋は言葉を失っていた。横で、律人が唇を結んでいる。


「……では、息子は」

「話は終わってない。獏に似た獣がいた。魘獏(えんばく)という。獏の亜種だ。小さくて、数も少なくて、薬にならんと思われてた。だが実際に効くのはこっちだ」

「効く……のですか」

「その処方に書いてあるのは、獏の牙じゃない。獏の牙と書いてあるが、元は魘獏だ。八百年前の医書だろう。当時は区別が曖昧だった」


 律人が口を挟んだ。


「待て、朔。それは書庫で確かめたのか」

「確かめてない」

「じゃあ」

「魘獏は人に悪夢を見せ、弱った精神から瑛輝を吸収する。その性質から魘獏の牙が薬に使われた話は聞いたことがある。獏のほうは聞いたことがない」


 朔は加賀屋に向き直った。


「効くと信じられたほうが狩り尽くされて、本当に効くほうは薬にならんと思われて残った。よくある話だ」


 畳に落ちていた加賀屋の目が、ゆっくりと上がった。


「……残っておるのですか」

「一頭も見てない。十年以上な」


 加賀屋の目から光が消えかけた。


「だが、牙を持ってるかもしれないやつに心当たりがある」


 加賀屋が、朔の腕を掴んだ。

 商人が客の体に触れるのは、よほどのことだ。掴んでから気づいたらしく、加賀屋はすぐに手を離して畳に額をつけた。


「失礼を」

「いい」

「……お願いします。金はいくらでも」

「金の話は、牙が手に入ってからだ」


 額をつけたままの加賀屋の肩が、震えている。

 朔は立ち上がった。

 座敷を出かけたところで、加賀屋が呼び止めた。


「宵士どの。……一つ、聞いて頂きたいお話が」

「なんだ」

「西からの荷が、ここ半年ばかり妙でございます」


 朔は足を止めた。


「妙とは」

「量が減っておるわけではないのです。むしろ増えておる。ただ、通る道が変わりました。今まで西の城下を通っておった荷が、わざわざ遠回りをする。逆に、その城下へ入る荷が増えております」

「何の荷だ」

「それが分かりません。手前どもの扱う品ではありませんので。ただ、荷駄の数だけは見えます。商売柄」


 加賀屋は言葉を選ぶように言った。


「西は今、景気がいいと申します。あちらのご領主が名君であられるとかで。……それにしても、腑に落ちん動き方をいたします」

「何故それを俺に」

「いえ、各地を渡り歩かれている宵士どのなら何かご存じではないかと」

「悪いが知らんな」


 表へ出て歩き出すと、律人が口を開いた。


「都も、少し変だ」

「何がだ」

「うまく言えない。空気っていうか、人の出入りっていうか。……こういうのは、僕の得意じゃないな」


 律人は苦笑した。


「まあ、気のせいだろう。それより、心当たりってのはどこだ」

「臥雲山(がうんざん)だ」

「臥雲山」

「山に入る。お前も来てくれ、三日ほど見てくれればいい」

「三日」


 律人は指を折った。


「陰陽連には五日と言ってある。ちょうどいい」

「来るか」

「行くよ。当たり前だろ」


 律人は当たり前のような顔で言った。


「なんで僕を誘ったのかは訊かないでおく」

「そうしてくれると助かる。山道の話し相手が欲しかった、ということにしといてくれ」

第二話「魘獏の牙」が始まりました。ブックマークしておいていただけると、更新を見逃さずに済みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。