038 第十三話 照合(一) 部屋で待つ男
一 接触
その男は、朔の部屋にいた。
蔵都の宿である。二階の角部屋で、朔は半年ほど同じ宿を使っている。
戸を開けた時、部屋の中は暗かった。行灯は消してある。
朔は鯉口に手をかけた。
「やめておけ」
声がした。
窓際に、男が座っていた。障子を細く開けて、外を見ている。座り方に隙がない。
「義寛か」
「そうだ」
義寛は窓の外を見たままだ。
「どうやって入った」
「宿の者は気づいておらん」
答えになっていなかった。
「次からは戸から入れ。茶くらいは出す」
朔は戸を閉めて、行灯に火を入れた。
半年ぶりに見る顔だった。あの夜と同じ、痩せた頬と、後ろで括った髪。黒目が大きい。
「宿を知ってたのか」
「調べた」
「なんのためだ」
「取引だ」
義寛はそう言って、初めてこちらを向いた。
「わたしは、あれから調べていた」
「あの町の件か」
「そうだ」
義寛は障子を閉めた。
「十四年ぶんの帳面を洗い直した。どの荷を、いつ、どこで取ったか。全部記録してある。わたしは筆まめな男でな」
「それで」
「妙なものが十一件出た」
義寛は指を一本立てた。
「中身が分からん荷が十一件。どれも浪都から出ている」
朔は腰を下ろした。
義寛は窓際に座ったままでいる。
「十一件のうち、どれが繋がっているかは分からん」
義寛は指を下ろした。
「荷の中身は捨てた。日付と、行き先と、経路しか残っていない」
「じゃあ、何も分からんだろう」
「わたしだけならな」
義寛の大きな黒目が、朔に据えられた。
「お前は場所を知っているはずだ」
義寛は膝の上の帳面に、手を置いた。
「あの町の三人は、荷に触れて死んだ。触れただけの人間が死ぬということは、その荷を追った者がいるということだ」
義寛の声は、平らなままだ。
「お前は追っている。違うか」
朔は黙っていた。
「答えなくていい」
義寛は膝の上で手を組んだ。
「取引の話をする」
「言え」
「わたしの帳面から、十一件の日付と経路を出す」
義寛の目は、朔から動かない。
「そちらは、場所を出せ」
「何の場所だ」
「お前が見た場所だ。どこで、何を見たか」
朔は義寛の顔を見返した。
「割に合わんな」
義寛はあっさり頷いた。
「わたしが出すのは日付と経路だ。紙に書いてある。写せば済む」
義寛は懐のあたりに手を当てた。
「お前が出すのは、お前が足で見たものだ。同じ値段にはならん」
義寛は懐から手を離した。
「それでも、お前は出す」
義寛の口調には、迷いがない。
「わたしの十一件がなければ、お前の持っているものは繋がらん。違うか」
朔は指を組んだ。
その通りだ。
朔が持っているのは、四つの点だ。
どれも、西の同じあたりを指している。だが、それぞれが別の話かもしれない。繋がっていると証明するものが何もない。
日付と経路があれば、変わる。
同じ日に同じ道を通っていたなら、それは一本になる。
「一つ訊く」
朔は組んだ指を解いた。
「なぜ俺に持ちかけた」
「他にいないからだ」
義寛は淡々と答えた。
「わたしは盗賊だ。役人には行けん。同業に話す気もない。これを調べている人間で、わたしが名前を知っているのは、お前だけだ」
「信用してるのか」
「していない」
即答だった。
「お前は喋らんだろうと思っているだけだ」
朔は眉を動かした。
「あの町で、お前は何も言わなかった」
義寛は続けた。
「盗賊の仕業ではないとだけ言って、それ以上は言わなかったそうだな」
「役人にでも訊いたか」
「訊いた」
義寛の声に、責める響きはない。
「言えば、伝えた者が次に消える。そう考えたのだろう」
義寛は組んでいた指をほどいた。
「わたしも同じことを考えた」
義寛の目が、わずかに伏せられた。
「だから、わたしの一党にも話していない」
朔は短く息を吐いた。
「わかった」
朔はそう言った。
「取引だ」
「そうか」
義寛は懐から紙束を出した。
二 荷
紙は十七枚あった。
義寛は十一件ぶんを抜き出して、畳の上に並べた。
どれも短い。日付。積み出した町。通った経路。取った場所。荷の形状。人数。
字は細かく、まっすぐに並んでいる。
「これだ」
朔は一枚ずつ目を通した。
二枚目で、手が止まる。
日付は、四年前の秋。
「これは」
「なんだ」
「積み出しが浪都で、行き先が東だな」
「そうだ」
「どこの道を通った」
「潮見街道を東へ。だが途中で北へ折れている」
義寛は紙の上で、指を北へ滑らせた。
「妙なのはそこだ。潮見街道をそのまま行けば蔵都だ。北へ折れる理由がない」
「折れた先は」
「山だ」
義寛の指が、山の手前で止まる。
「わたしはそこまでは追っていない。荷を取ったのは折れる手前だからな」
朔は紙を置いた。
北へ折れて、山を越えれば、その先は東国の北になる。
瑛沢だ。
「場所を出す」
朔はそう言った。
「瑛沢という。東国の北にある廃坑だ。二十年以上前に閉じてる」
「そこに何がある」
「あった、だ」
朔は言い直した。
「一昨年の夏に崩れた」
朔は自分の指を折った。
「坑の奥に、人を繋いだ跡と、妖怪を入れた檻があった。同じ場所にな」
義寛の目が動いた。
「人と、妖怪をか」
「そうだ」
「それは、何だ」
「分からん」
朔は首を振った。
「陰陽連の品目が残ってた。妖怪の動きを止める札の下地と、瑛輝を集める器だ。どちらも町の店には置いてない」
義寛は紙の一枚を手に取った。
「陶器の器だな」
「見たのか」
「取った」
義寛は紙に目を落とした。
「一昨年の秋だ。木箱が四つ。中に藁と油紙が詰めてあって、陶器の器が入っていた。空だった。内側に粉が付いていた。売り物にならんから捨てた」
「どこの荷だ」
「浪都から出て、東へ向かう荷だった」
朔は紙を並べ直した。
義寛が十一件の日付を指で追う。
「四年前に、北へ折れる荷がある」
指が、次の紙へ移る。
「三年前にもある。二年前にもある」
「間隔は」
「年に一度か、二度だ」
義寛は最後の一枚で指を止めた。
「一昨年の夏を最後に、北へ折れる荷が止まっている」
朔の手が止まった。
「止まってる」
「止まっている」
義寛は紙から目を上げた。
「わたしはそれを、こちらが荷を取りすぎたせいで経路を変えたのだと思っていた」
朔は坑を思い出す。
あの坑は一昨年の夏に崩れた。朔と律人が入って、実験体を斬って、天井が落ちた。
その後、北へ折れる荷が止まっている。
畳んだのだ。
「他の経路は」
「西だ」
義寛は残りの紙を指した。
「十一件のうち、七件が西へ向かっている。浪都から出て、さらに西だ」
「境州か」
「その手前までは確かだ」
義寛はわずかに顎を引いた。
「わたしの一党は境州へは入らん。あそこは商売にならん」
朔は紙の並びを目でなぞった。
西へ七件。北へ四件。
北は止まった。西は続いている。
「潮洲でも同じものを見た」
朔は言った。
「潮洲」
「集落の人間が、妖怪を獲って売っていた。買っていたのは鑑札のない商人だ。湊で舟に積んで渡していた」
「舟はどこへ」
「東から来て、東へ帰ると言っていた」
朔は畳の上に、指で潮洲から東へ線を引いた。
「潮洲から見て東は、浪都だ」
義寛の目は、紙に落ちている。
どちらも、しばらく口をきかなかった。
「集まっている」
先に口を開いたのは義寛だった。
「妖怪が、浪都へ集まっている。潮洲から、東国の北から、おそらく他からもだ」
「そして」
「そして、西へ出ている」
義寛の指が、紙の上で浪都から西へ動いた。
「浪都で何かをして、西へ送っている」
朔は畳に目を落としている。
四つの点が、線になっている。
妖血丹。潮洲。瑛沢。あの町の三人。
どれも浪都を通っていた。
「もう一つある」
朔は紙から目を離した。
「あの町の三人だ」
「三人がどうした」
「一人は馬子で、浪都からの荷を東へ運んでた。一人は問屋の帳面をつけてた」
朔は指を二本立て、それから三本目を立てた。
「三人目は旅の者だ。だが、あの町を通る荷は浪都から来るものが多い」
「触っただけの人間か」
「中身が何かも知らんまま死んでる」
義寛の指が、紙の上で止まった。
「手際がいい」
低い声だった。
「末端を三人、ひと月で消した。しかも、消えたことが誰にも分からんようにな」
義寛は紙を畳んだ。
「そういう手を使う人間が、浪都にいる」
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