032 第十一話 廃村(二) 枕返しと家鳴り
四 初日
翌朝から始めた。
四人は別々の場所にいる。
朔は一軒目の奥の間に入って、枕返しを潰した。一尺の内側に入れば、簡単だった。相手が逃げようとした瞬間に引き寄せて、刀の峰で潰す。斬るまでもない。
二軒目。三軒目。
朔が四軒目に入った時、外で音がした。
式神が壁を叩く音だった。
朔は外へ出て、律人の持ち場を見る。
律人は五軒目の前に立っていた。
周りに、式神が並んでいる。人型で、背丈は五尺ほど。顔がなく、腕が長い。
一軒につき、四体。
朔は数えた。
五軒目の前に四体。六軒目の前に四体。
二軒しか押さえていない。
「律人」
「なんだ」
「一軒ずつか」
「いや、三軒同時にやるつもりだったんだけど」
律人は困ったように頭を掻いた。
「四体ずつ出すと、三軒で十二体になる。少し多い」
「出せないのか」
「出せる」
律人はすぐに答えた。
「出せるけど、一体ずつが弱くなる。壁を割って出てくるやつを止められない」
律人の使い魔は、五体。
牛頭鬼を失って、四体になった。
式神は使い魔とは別物だ。札から作る、通常の術で、数は出せるが一体一体は弱い。使い魔ほどの働きはしない。
以前の律人なら、押さえの役に牛頭鬼を立たせただろう。九尺の体が一軒の前に立てば、それだけで戸口が塞がる。
今はいない。
だから式神を四体並べる。四体でも塞げるが、力が足りない分、取りこぼす。
「朔」
「なんだ」
「見てないで、自分の持ち場をやってくれ」
律人は笑った。いつもの笑い方だった。
「大丈夫だから」
朔は自分の持ち場に戻った。
その日の夕方、八軒目の裏で音がする。
朔が行くと、家鳴りが一匹、壁を割って外へ出ていた。式神が二体、壊れて転がっている。
家鳴りは隣の家へ向かって走っている。
矢が来た。
家鳴りが地面に縫い止められた。
水路のほうから、梓が走ってくる。矢筒に手を掛けたまま朔の横を通り過ぎ、家鳴りにとどめを刺した。
「逃げてたわ」
「見えたのか」
「音がしたから」
梓は矢を抜いた。
「あなたの持ち場じゃないわね」
「律人のだ」
「そう」
梓はそれだけ言って、水路のほうへ戻っていった。
律人が走ってきた。
「悪い。取りこぼした」
「いい」
「次から四体じゃなくて五体にする」
「そうしろ」
五 作業
二日目も、同じことをした。
三日目も、四日目も、同じことをした。
朝に始めて、日が落ちたら終わる。四人は村の入口に建てた仮小屋で寝た。飯は交代で作る。凱の作る飯は味が濃く、律人の作る飯は薄い。
誰も怪我をしなかった。
誰も死ななかった。
仕事としては、退屈なものだ。
家鳴りは八十匹を超えていた。垢嘗は四十匹ほど。枕返しは、寝床のある家にしかいなかったので、十軒ぶんで十二匹だった。
五日目に、朔は数え間違いに気づいた。
二十四戸だと思っていたが、村の外れに、もう一軒ある。
小さな家だった。他の家より粗末で、屋根が半分落ちている。
その家の中に、寝床があった。
枕が動いている。
朔は戸口に立ったまま、それを見ていた。
枕返しは、寝ている人間の枕を動かす妖怪だ。
この家に人がいたのは、何年前か分からない。だが、この枕返しは、今も枕を動かしている。誰も寝ていない寝床の枕を、毎晩、向きを変えている。
朔はそれを潰した。
六日目の昼、凱が村の中央で叫んだ。
「おい、こいつ見ろって!」
三人が集まった。
凱は、ある家の奥の間にいた。
寝床があって、枕が動いている。
「さっきから見てんだけどよ」
凱は屈んで、枕を指した。
「こいつ、ずっとやってんだぞ」
枕が、また半回転した。
「誰も寝てねえのに」
凱は笑った。
「何やってんだこいつ。馬鹿じゃねえの」
凱はひとしきり笑ってから、枕返しを潰した。
律人の口が、少し開いている。
何か言いかけた顔だった。
梓は、寝床を見ている。
凱は立ち上がって、埃を払う。
「次どこだ」
「北の三軒だ」
「おう」
凱は出ていった。
残った三人は、すぐにはその場を動かない。
ほどなく、それぞれの持ち場に戻った。
七日目。八日目。
同じことの繰り返しだった。
九日目の夕方、律人が仮小屋の前で座り込んでいる。
朔はその横に腰を下ろした。
「疲れたか」
「うん」
律人は素直に頷いた。
「式神をこんなに出したのは初めてだ。一日に二十体以上出してる」
「持つか」
「持つ。ただ、雑になる」
律人は膝を抱えた。
「取りこぼしが多い。梓さんに何度も助けてもらった」
「言われたか」
「一度も言われてない」
律人は膝の上に顎を載せた。
「それが、少し」
律人はそこで言葉を切った。
「なんでもない」
律人は首を振った。
「明日で終わるね」
朔は頷いた。
律人が言った。
「早かったな」
「十日かかってる」
「そうか。十日か」
律人は空を見上げた。
西のほうが、うっすらと明るい。
洛環の方角だった。
夜になっても、そこだけが明るい。結界の光だ。何百年も前から、あそこはああなっている。
律人はそれを見ている。
朔も見た。
六 完了
十日目の昼に、終わった。
最後の一匹は、垢嘗。井戸の底に張り付いていたのを、梓が見つけて潰した。
四人で村を回って、確かめた。
音がしない。
家鳴りが動く音も、垢嘗が舐める音も、枕が回る音もしない。
村は静かだった。
人だけでなく、何もいなくなっている。
夕方に番頭が来た。
村を一通り見て、満足そうに頷いた。
「結構でございます。これなら荷が置けます」
「壁は直してない」
「構いません。荷が噛まれなければ」
番頭は懐から包みを出した。
「三十両でございます。お確かめを」
凱が受け取って、その場で数えた。
「三十ある」
「ありがとうございました」
番頭は頭を下げて、帰っていった。
四人が村の入口に残る。
仕事が終わった。
誰も怪我をしていない。誰も死んでいない。報酬は満額出た。
凱が包みを振った。
「飲むか」
「行く」
朔が答えた。
「梓は」
「飲む」
「律人は」
「あ、はい。ご一緒させていただきます」
「そんな畏まんなくていいって」
凱は笑った。
「街道に一軒あったろ。あれ、まだ開いてんじゃねえか」
「開いてる」
朔は街道のほうを顎で示した。
「昼に通った」
四人は歩き出した。
この十日で、仕事を離れて四人が卓を囲むのは、初めてだった。
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