031 第十一話 廃村(一) 四人の仕事
一 声掛け
蔵都の宿に、凱が来た。
土間の戸を開けるなり、大声で名を呼んだ。宿の女が驚いて盆を落としかけた。
「朔! いるか!」
朔は二階から降りた。
凱の後ろに、もう一人立っている。
「梓」
「久しぶり」
梓は旅装のまま、矢筒を担いでいた。
「見つけたんだよ」
凱が親指で梓を指した。
「昨日、河岸で。声かけたら来てくれた」
「そうか」
朔は上がり框に座った。
凱が梓を振り返った。
「てかお前、いつ北から戻ってきたんだ」
梓が、目を逸らした。
すぐだった。凱の顔から、隣の壁のあたりへ。何気ない動きに見える速さで。
朔はそれを見た。
梓が北にいたのは、二年前だ。越州と相津にいたと、あの時は言っていた。
山丈の一件の後、彼女がどこへ行ったのかを、朔は知らない。北へ戻ったとも聞いていない。
訊いたこともない。
梓は答えなかった。
凱が口を開きかけた。
「凱」
朔が先に遮った。
「仕事の話をしろ」
「お、そうだった」
凱はあっさり話を変えた。
梓は目を戻して、矢筒の紐を握り直す。
「洛環の外れだ。問屋筋から回ってきた」
凱が懐から出した紙は、折り目がついていて、端が汚れている。
「廃村がある。人がいなくなって何年か経ってる。そこに小物が湧いてる。家鳴りとか、垢嘗とか」
「駆除か」
「問屋が、荷置き場にしたいんだと。四人で三十両」
朔の眉が上がった。
「なんで四人要る」
「家が二十戸くらいある。戸と、窓と、縁の下と、天井裏。一軒に穴が五つあると思え。それが二十軒だ」
家鳴りは壁や梁の内側を伝って逃げる。どれも弱いが、数と出口が厄介だ。三人だと、誰かが必ず穴を空ける。
「一人、心当たりがある」
「誰だ」
「律人という。陰陽連の男だ」
朔は紙を懐にしまって、立ち上がった。
「式神を出す。一人で十も二十も並べられる」
「へえ」
凱は納得した顔をした。
梓が口を開いた。
「私、会ったことないわ」
「そうだな」
「どんな人」
朔は少し考えた。
「よく頭を下げる」
「それだけ?」
朔は頷いた。
梓は少し首を傾げた。
二 合流
律人は、洛環の外れの街道で待っていた。
三人が着いた時、律人は既に道端の石に腰かけていた。旅装で、陰陽連の紋は出ていない。
朔を見つけると、立ち上がって頭を下げた。
「朔」
「早いな」
「非番だから」
律人は凱と梓にも向き直った。
両手を体の前で揃えて、深く頭を下げる。
「天羽律人と申します。此度はご一緒させていただきます。不慣れなこともあるかと存じますが、よろしくお願いいたします」
凱がぽかんとした顔をした。
「……おう」
凱は困った顔で朔のほうを向いた。
「慣れろ。こいつは、誰にでもこうだ」
朔がそう言うと、律人は少し申し訳なさそうな顔をした。
律人は梓のほうを向いて、また同じだけ深く頭を下げた。
「梓どのでいらっしゃいますか」
「梓でいいわ」
「では、梓どの」
「どのも要らない」
「……失礼いたしました」
律人は言い直した。
「梓さん」
梓は小首を傾げてから、頷いた。それでいいことにしたらしい。
四人は歩き出した。
「非番なのか」
朔が訊くと、律人は頷いた。
「うん」
「公務じゃないのか」
「今回は、申請してない」
律人の声が、少し沈んだ。
「洛環にいたくなかった」
朔は横を見た。
律人は前を向いている。
「政争か」
「まあ、そんなところ」
律人はそれ以上言わなかった。
道中、律人はよく喋る。ただし、喋る相手は凱と梓だった。
凱には、どの街道を通ってきたかを訊く。梓には、弓のことを訊く。どちらにも丁寧で、丁寧すぎて、凱は何度か返事に詰まった。
途中の茶屋で休んだ時、律人は四人分の茶を頼んだ。
そして、四つの湯呑みを、一つずつ配って回った。
「どうぞ」
「おう」
「ありがとう」
「どうぞ」
律人は最後に自分のぶんを取った。
朔は湯呑みを受け取りながら、それを見ている。
二年前、臥雲山へ行った時も、律人は同じことをした。桃の家で千代が茶を運んできた時、律人は自分のぶんを最後に取った。
この男は、いつもそうだ。
依頼主は、洛環へ荷を入れる問屋の番頭だった。
村の手前で待っていた番頭は、四十くらいの愛想のいい男だった。
「これでございます」
番頭は村を指した。
「期限は十日。それまでに、荷を置ける程度になっていればようございます」
「住めるようにはしなくていいんだな」
「はい。人は住ませません」
番頭は揉み手をした。
「荷が、噛まれたり、引っ掻かれたりしなければ」
「分かった」
「では、十日後に。金はその時に」
番頭は帰っていった。
三 下見
村は、思っていたより静かだった。
数えると、二十四戸あった。
家は残っている。
屋根が落ちているのは三軒だけで、残りは形を保っていた。戸が外れている家もあるが、壁は立っている。
道具も残っていた。
土間に臼がある家。軒下に鎌が掛かったままの家。井戸のところに桶が置いてある家。
人だけがいない。
「妙な感じだな」
凱が辺りを見回した。
「なんでいなくなったんだ」
「さあな。俺たちの仕事は、いなくなった後の片づけだ」
番頭は、そのことには何も触れなかった。この村がなぜ空になったのか、聞いていない。
飢饉かもしれない。疫病かもしれない。洛環が近いから、人が町へ出たのかもしれない。
訊けば、誰かは知っているだろう。
四人は村を歩く。
一軒目に入った時、天井が鳴った。
みしり、という音。
それから、壁の内側で何かが動いた。梁を伝って、隣の部屋へ移る音がした。
「家鳴りだな」
律人が天井を見上げた。
「何匹くらいいるかな」
「一軒に三匹か、四匹だ」
朔は指を折った。
「二十四軒で、八十から百」
「多いね」
「多い」
壁の内側で、また何かが移動する音がした。
二軒目の風呂場に、垢嘗がいた。
風呂桶の縁に張り付いて、長い舌で桶の内側を舐めている。人が使わなくなって何年も経つ桶を、まだ舐めていた。
梓が矢をつがえかけて、やめた。
「弓は要らないわね」
「要らん」
「手で潰せるもの」
梓は弓を背に戻した。
三軒目の奥の間で、凱が足を止めた。
「おい、これ見ろよ」
朔が入った。
寝床が敷いてあった。
筵と、薄い掛け物と、枕。何年も前に敷いたままのもので、埃が積もっている。
その枕が、動いた。
誰も寝ていない寝床の上で、枕が半回転して、向きが変わる。
それから、また動いた。
「なんだこれ」
「枕返しだ」
朔は寝床の脇にしゃがんだ。
「寝てる人間の枕を動かす」
「誰も寝てねえぞ」
「そうだな」
凱は寝床を覗き込んだ。
枕が、また動いた。
「何やってんだこいつ」
凱が笑った。
村の全部を回って、持ち場を決めた。
「律人。家鳴りをやってくれ」
「うん」
「壁と梁の中にいる。中からは殺せん。家の外から囲って、出てきたところを叩く」
「式神を並べればいい」
律人は家の数を目で数えた。
「一軒につき四体か五体。外に立たせて、戸と窓と縁の下を塞ぐ」
「出せるか」
「多いのは得意だ」
律人は軽く胸を張った。
「梓は垢嘗だ」
朔は梓に向き直った。
「水回りに集まる。井戸と、水路と、風呂場だ。外が多いから、弓が使える」
「分かった」
「朔は」
「枕返しだ」
朔は奥の間を顎で示した。
「寝所にいる。奥の間で、狭い。俺の間合い向きだ」
「俺は」
凱が身を乗り出した。
「お前は持ち場を持つな」
朔は凱を見た。
「逃げたやつを潰して回れ」
「どこを」
「全部だ」
「おう」
凱は満足そうに頷いた。
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