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宵士  作者: 酒蔵ツクル


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030 第十話 手際(三) 盤の上の駒

七 誘導


 小屋の中で、話を続けた。

 中は思ったより片づいていた。板敷きに筵(むしろ)が敷いてある。壁際に荷が積んであり、どれも縄で縛って番号が振ってあった。

 義寛(ぎかん)が板敷きに座り、朔(さく)も座った。

 七人は外に出ている。


「三人の素性は」


 義寛が訊いた。


「馬子(まご)が一人。問屋の使用人が一人。旅の者が一人」

「繋がりは」

「ない、と役人は言ってる」


 義寛は腕を組んで、何か考えている。


「馬子の名は」


 朔は番所で見た記録を思い出した。


「六助といった」


 義寛の目が、わずかに動いた。


「知っている」

「知ってるのか」

「この街道の馬子はだいたい知っている。誰がどの荷を運ぶか、知らねば商売にならん」


 義寛は腕を解いた。


「六助は、三年ばかり前から浪都(ろうと)の問屋の荷を運んでいた」

「どこの問屋だ」

「名は知らん。ただ、浪都から来る荷を、この町で受けて、東へ運ぶ」


 朔は膝の上で指を組んだ。

 浪都。


「問屋の使用人のほうは」

「二件目か」


 朔は記録を思い返した。


「町の問屋で働いていた。四十前後。名は――」


 名が浮かんだ。


「清吉だ」


 義寛の眉が動いた。


「帳面をつけていた男だな」

「知ってるのか」

「我々は荷を取る。取る前に、どの荷がいつ来るかを知る必要がある」


 義寛は壁際の荷に目をやった。


「問屋の帳面を見る機会があった。清吉の字を覚えている」

「三件目は」

「旅の者だったな」

「二十代の男だ。この町には二日いただけだ」


 義寛は首を振った。


「知らん」


 朔は考えた。

 馬子。帳面係。旅の者。

 繋がりがない、と役人は言った。

 だが、繋がりは一つあった。

 荷だ。

 朔は口を開きかけて、止めた。

 三人とも、荷に触れていた。運んだ者、帳面に書いた者、そして――三件目は分からない。

 だが、この町を通る荷は、浪都から来るものが多い。


 朔の頭に、三つのものが浮かんだ。

 潮見街道(しおみかいどう)の松林で斬った浪人が服んでいた妖血丹(ようけつたん)。潮洲(ちょうしゅう)の集落で捕らえた鑑札(かんさつ)のない妖物商(ようぶつしょう)。そして瑛沢(えいさわ)の坑内で見た収容跡と、西へ続く轍。

 三つとも、同じ方角だった。

 この町は、その道筋の途中にある。


「一つ訊く」


 朔は顔を上げた。


「あんたたちが取った荷の中に、妙なものはなかったか」

「妙な、とは」

「中身が分からんもの。開けても何か分からんもの」


 義寛の表情が、初めて動いた。


「ある」

「いつだ」

「去年の秋だ」


 義寛は壁際の荷を見た。


「木箱が四つ。中に藁と油紙が詰めてあって、その中に陶器の器が入っていた。空だった」


 朔は動きを止めた。


「空か」

「空だ」


 義寛は指先で、器の口の形を宙に描いた。


「使ったあとのものだろう。内側に粉が付いていた。売り物にならん。捨てた」

「どこの荷だ」

「浪都から出て、東へ向かう荷だった」


 朔は目を閉じた。

 瑛沢の広場に積んであった木箱と、同じものだ。

 朔は目を開けた。


「義寛」

「なんだ」

「一つ、考えたいことがある」


 朔は板敷きに手をついた。


「俺がこの小屋を見つけるのに、三日かかった」


 義寛の目が、朔に向いた。


「町に入って、三件の場所を見て、炭焼きに一度訊いた。それだけだ」

「炭焼きが教えたのか」

「行かんほうがいいと言った。それだけだ。だが、場所は言った」


 朔は続けた。


「十四年捕まっていない一党の根城が、三日で割れるか」


 朔は板敷きについた手に、少し体を預けた。


「それと、現場の痕跡だ」


 朔は指を一本立てた。


「三件とも、追う者が拾える量だけ残っていた。多すぎもせず、少なすぎもしない」


 義寛の目が、細くなった。


「歩幅に合っていた」


 朔は指を下ろした。


「調べる者が、一日ずつ進めるだけの量だ」


 小屋の中が、静かになった。

 義寛は板敷きに目を落としている。

 やがて、口を開いた。


「わたしを消したい者がいる」

「そうだろうな」

「そして、お前に消させたい」

「そうだろうな」


 朔は一拍置いた。


「あるいは、あんたに俺を消させたいか」


 義寛が顔を上げた。


「どちらでもいい、ということか」

「どちらでもいいんだろう」


 朔の声は低かった。


「俺が勝てば、盗賊が片づく。あんたが勝てば、宵士(よいし)が一人減る。仕掛けたやつは、どっちでも損をしない」


 義寛は動かなかった。

 長いこと、動かなかった。

 朔は、その顔を見ている。

 銃を引き剝がされた時、この男は表情を変えなかった。喉に刃を当てられても変えなかった。

 今は、変わっている。

 怒っているのではない。

 それは、もっと静かなものだった。

 義寛は、十七年前に死を偽装して、自分に名を付けた男だ。


 その日から、自分の頭で考えて、自分の判断で動いてきたはずだった。

 そのやり方で、十四年、捕まらずにやってきた。

 今回、彼は誰かの盤の上を歩かされている。

 どこへ動かされたかも、誰に動かされたかも、分からないまま。

 道具に戻されていた。

 朔は、その顔から目を外した。



八 別れ


 朔は立ち上がった。


「町に戻る」

「何と言う」

「盗賊の仕業ではなかった、と言う」

「それだけか」

「それで足りる」


 義寛が朔を見上げた。


「信じんぞ、町の者は」

「信じん」


 朔は頷いた。


「信じなくていい」

「なぜだ」


 朔は戸口で足を止めた。


「言えば、伝えた者が次に消える」


 義寛は黙っていた。


「三人とも、何も知らん者だった」


 朔は戸口の柱に手をかけた。


「荷に触っただけの人間が三人死んでる。中身が何かも知らんまま死んでる。そういう手際の相手だ」

「それで、黙るか」

「言う相手がいない」


 朔は首を振った。


「証拠がない。名前も出てこない。今言えるのは、盗賊の仕業ではないということだけだ」


 朔は戸を開けた。

 外は、まだ暗い。

 義寛の声が、後ろから来た。


「宵士」


 朔は背を向けたまま立っていた。


「浪都から東へ出る荷だ」


 義寛の声は、静かだった。


「わたしは覚えている。いつ、どの荷が、どこを通ったか。十四年ぶんある」


 朔の手が、戸の縁で止まった。


「渡すのか」

「渡さん」


 即答だった。


「わたしが調べる」

「そうか」

「お前も渡さんのだろう」

「お互い様だ」

「それでいい」


 義寛の声に、わずかに笑いが混じった。


「手を組む理由がない。お前はお前で調べろ。わたしはわたしで調べる」

「そうする」


 朔は外へ出た。

 小屋を出て、沢を二つ越えて、山を下りた。

 夜が明ける。

 町に戻ると、自身番に町役人がいた。顔色は、三日前より悪い。


「宵士どの。いかがでございました」

「妖怪の仕業ではない」


 朔は短く答えた。


「盗賊の仕業でもない」


 役人が顔を上げた。


「では、誰が」

「分からん」

「分からん、とは」

「分からんということだ」


 朔は帽子のつばに手をやった。


「調べた。妖怪ではない。それは確かだ。だから、俺の仕事はここまでだ」

「そんな」


 役人は立ち上がりかけた。


「では、この町はどうなるのです。また人が死ぬのでは」

「死なんだろう」


 朔の声は平らだった。


「もう三人死んでる。三人で足りたはずだ」

「足りた?」


 役人が聞き返した。


「町方に届けを出せ。妖怪ではなかったと。あとは町方の仕事だ」


 朔は自身番を出た。

 通りに人が出ていた。三日前より多い。噂は回るのが早い。宵士が山へ行ったことも、朝になって戻ってきたことも、もう知られているのだろう。

 誰かの視線を感じた。

 朔は帽子のつばを下げる。

 町の外れまで歩いて、橋を渡った。

 渡りきったところで、一度だけ振り返った。


 町の屋根が並んでいる。煙が上がりはじめていた。

 あの町の人間は、これから盗賊を怖がって暮らすだろう。夜は出歩かず、荷を出す時は人を増やし、義寛の名を呪う。

 そのほうが、安全だ。

 本当のことを知っている人間は、三人死んだ。

 朔は前を向いて、歩き出した。

 四つ目だった。


 四つとも、西だ。そして、四つ目で初めて、口を塞ぐために人が死んでいた。

 朔は歩きながら、頭の中でその四つを並べた。

 誰にも言えない。

 律人(りつと)に言えば、律人が調べる。律人は陰陽連(おんみょうれん)の人間で、家の政争の駒で、調べたことを誰かに報告する立場にある。


 梓(あずさ)に言えば、梓が動く。彼女は国元に戻れない事情を抱えているらしく、この国に後ろ盾がない。

 凱(がい)に言えば、凱は何も考えずに首を突っ込む。

 三人とも、朔より弱くはない。だが、三人とも、消されて困らない立場ではなかった。

 この町の三人は、荷に触っただけで死んだ。

 朔は街道を東へ歩いた。

 誰にも渡さない。


 そう決めた。

第十話「手際」、完結です。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

ブックマークで引き続きよろしくお願いします。

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