028 第十話 手際(一) 正しすぎる痕
一 依頼
その町は、街道が川を渡るところにあった。
浪都までは二日。橋があるので、荷が集まる。宿場としては中くらいだが、問屋が四軒あって、人の出入りは多い。
朔がその町に入ったのは、宵の口だった。
人がいない。
宿場町の夕方は、普通は一日で一番賑わう。荷を降ろした人足が飯屋に入り、旅の者が宿を探し、店が表を片づける。
戸が閉まっていた。飯屋も、旅籠も、半分は閉まっている。開いている店でも、中に人の姿がない。
朔は自身番の前で足を止めた。
行灯が出ていて、中に人の気配がある。
「宵士だ」
戸を叩くと、間を置いてから開いた。
出てきたのは三十くらいの男だった。町役人だろう。顔色が悪い。
「……宵士どの」
「文をもらった」
朔は懐から書付を出した。
「妖怪の仕業かもしれんと書いてあった」
「はい。はい、さようで」
男は朔を中へ入れた。
自身番の中は狭かった。畳が四枚と、机が一つ。壁に捕物道具が掛かっている。
「三人死んでおります」
男は座るなり切り出した。
「ひと月のあいだに三人。荷も奪われました」
「盗賊か」
「町の者は、そう申しております」
男の声は小さかった。
「この街道には、前から出ます。荷を狙う連中が」
「なら、宵士の仕事じゃない」
「はい」
男は膝の上で手を握った。
「ただ、一件目が――」
男は言葉を切った。
「一件目が」
「妖怪の仕業ではないかと、そう言う者がおりまして」
「どういう死に方だ」
「首が」
男は自分の首に手を当てた。
「ねじれておりました」
朔は眉をひそめた。
「絞めた跡は」
「ございません。骨だけが、こう」
男は手を捻る仕草をした。
「医者が申しますに、人の力では難しいと」
「それで妖怪か」
「はい」
「それだけか」
男は顔を上げた。
「……はい」
朔は書付を畳んだ。
一件だけ、人の仕業らしくない死に方がある。だから妖怪の仕業かもしれない。だから宵士を呼んだ。
その理屈自体は、珍しくない。分からないものは全部妖怪になる。二十年で何度も見てきた。
九割は人の仕業だった。
「二件目と三件目は」
「刃物でございます」
「同じか」
「いえ。二件目は背中から一突き。三件目は……喉を切られておりました」
「ばらばらだな」
「はい」
朔は立ち上がった。
「町の者は、盗賊の名を挙げてるのか」
「挙げております」
男は戸口のほうを気にするように、声を落とした。
「義寛という男の一党だと」
朔は男に目を戻した。
「知ってるのか」
「名だけは。この街道では知らぬ者がおりません」
男は指を折った。
「十何年になりましょうか。荷を襲う連中で、腕が立つと」
「殺すのか」
「いえ」
男は首を振った。
「それが、妙でございまして」
男はさらに声を落とした。
「あの一党は、荷は取りますが、人は殺さんのです。刃向かえば殴られますが、大人しくしていれば命は取られません。だから、街道の者はみな、襲われたら荷を諦めるようにしております」
「それが今回は」
「三人死んでおります」
男は唇を噛んだ。
「町の者は、あの連中も変わったのだと申しております。荒れてきたのだと」
朔は戸口へ歩いた。
「宿は」
「旅籠は、今はどこも」
「開いてる店を教えてくれ」
「橋のたもとに一軒。ただ、夜は閉めます」
朔は外へ出た。
通りに人の姿はない。
空を仰ぐと、月が出ていた。
妖怪の仕業なら、宵士の仕事だ。
人の仕業なら、宵士の仕事ではない。町方の仕事だった。
どちらかを確かめるまでは、帰れない。
二 検分
翌日、朔は三人の死んだ場所を回った。
一件目は、町から半里ほど西の街道だった。
荷車が一台、道の脇に残っている。車輪が一つ外れていて、荷はない。
死んだのは五十くらいの馬子で、首がねじれていた。死体はもう寺に移されていたので、番所で記録を見せてもらう。
二件目は、町の東の河原だった。
男は四十前後。町の問屋で働いていた者だという。背中から刺されて、川岸で見つかった。荷は持っていない。夜に何をしていたのかは分からない。
三件目は、町の中だった。
路地で喉を切られていた。二十代の若い男で、旅の者だ。荷は奪われていた。
「三人の繋がりは」
朔が訊くと、町役人は首を振った。
「ございません。歳も、住まいも、生業も」
「知り合いではないのか」
「一件目の馬子と、二件目の男は、顔は知っていたかもしれません。同じ町ですので。ですが、親しかったという話は聞きません」
「三件目は」
「旅の者でございます。この町には二日いただけで」
朔は三つの場所を頭に並べた。
西の街道。東の河原。町の中の路地。
ばらばらだった。
殺し方もばらばらだ。首をねじる。背中を刺す。喉を切る。
朔は路地に立った。
血の跡が、まだ石に残っている。
しゃがんで、跡を確かめた。
喉を切られた者の血の飛び方は、決まっている。切られた瞬間に前へ飛び、それから膝が落ちて、下へ溜まる。
この跡は、そうなっていた。
正しい跡だった。
朔は立ち上がって、路地の奥に目をやる。
路地は突き当たりで塀にぶつかっている。逃げ道はない。つまり、殺した者はこの路地に入ってきて、殺して、同じ道を戻った。
通りに出る口は一つ。
夜でも、人が通る口だった。
朔は口のところまで戻って、振り返った。
見える。
通りから、路地の突き当たりまで見通せる。夜でも、月があれば形は分かる。
ここで人を殺すのは、下手だった。
朔は町役人のところへ戻った。
「盗賊は、三人を殺して何を取った」
「一件目は荷を丸ごと。二件目は何も。三件目は振り分け荷物を」
「一件目の荷は」
「塩でございます。二十俵」
「二十か」
朔は眉を寄せた。
塩二十俵は、運ぶのに荷車が要る。荷車ごと持っていけば目立つ。荷車は残っていた。つまり、担いで運んだ。
二十俵を、何人で。
「三件目の振り分け荷物には、何が入ってた」
「分かりません。旅の者でございますので」
「宿には何か」
「着替えだけが残っておったと」
朔は顎に手をやった。
塩二十俵と、旅人の振り分け荷物と、何も奪われていない一件。
揃っていない。
その日の夕方、朔は橋のたもとの飯屋に入った。
客は二人しかいない。茶を持ってきた店の女が、朔の刀と帽子に目を留めてから、小声で訊いた。
「宵士の方ですか」
「そうだ」
「早く、なんとかしてくださいまし」
女はそう言って下がった。
朔は飯を食いながら、三件を並べ直した。
殺し方が三件とも違う。
盗賊は、殺し方を変えない。同じ手で、同じようにやる。そのほうが失敗しないからだ。
変えるとすれば、状況が違うからだ。相手が抵抗した、人目があった、手元に刃物がなかった。
だが、そうだとしても。
朔は箸を置いた。
塩を奪う時に、首をねじる必要があるだろうか。
二十俵を運ぶのに人手が要る。人手がいるなら、馬子一人を押さえるのは簡単だ。殴って気絶させれば済む。
殺した。
しかも、人の力では難しいと医者が言う方法で。
引っかかっていることが、もう一つある。
どの現場にも、痕跡が残っていた。
一件目の荷車の周りには、複数の足跡があった。二件目の河原には、争った跡。三件目の路地には、血の跡と、擦れた土の跡があった。
どれも、追う者が見れば分かる程度に残っている。
多すぎもせず、少なすぎもしない。
朔は茶を飲んだ。
十何年も街道で荷を襲って、捕まっていない一党が、こんな痕跡の残し方をするだろうか。
三 根城
三日目、朔は町の外を歩いた。
目的は二つある。一つは、荷を運んだ経路を探すこと。もう一つは、この一党がどこにいるかを知ることだった。
塩二十俵は消えない。担いで運んだなら、どこかで下ろしている。
朔は西の街道から山手へ入る道を辿った。
半日歩いて、山の中腹で炭焼きの小屋を見つけた。
「塩を運んでるのを見なかったか」
炭焼きは初老の男だった。朔の帽子に目をやり、長いこと黙ってから答えた。
「見とらんです」
「そうか」
朔は礼を言って離れた。
十歩ほど歩いたところで、炭焼きが呼び止めた。
「宵士どの」
「なんだ」
「その、沢を二つ越えたところに、昔の炭焼き小屋がありますで」
炭焼きは目を合わせなかった。
「今は誰も使っておりません。行かんほうがよろしいかと」
朔は足を止めた。
「そこに誰かいるのか」
「知りません」
炭焼きは窯のほうへ顔を背けた。
「ただ、行かんほうがよろしい」
朔は礼を言って歩き出した。
沢を二つ越える。
小屋があった。
炭焼き小屋にしては大きい。壁が補修してあり、屋根も葺き直されている。
人の気配はない。
朔は近づかずに、離れたところから小屋を窺った。
周りに踏み跡がある。人数は分からないが、一人や二人ではない。
朔はその場に立ったまま、考えた。
三日で見つかった。
町に入って、三件の場所を見て、炭焼きに一度訊いただけで。
運がいいのだろうと、朔は思った。
二十年やっていれば、そういう日もある。聞き込みが当たる日と、当たらない日がある。今回は当たったのだろう。
日が落ちるのを待つことにした。
沢の岩陰に腰を下ろして、水を飲んだ。
この一党を、どうするかは決めていない。
もし三人を殺していないなら、宵士の仕事ではない。町方に任せて、朔は帰る。
殺しているなら、話が変わる。
朔は目を閉じた。
妖怪の気配はない。この山にも、あの小屋にも。
人間だけだった。
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