↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵士  作者: 酒蔵ツクル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/48

021 第七話 牛鬼(一) 昼から飲む男

一 昼の酒


 蔵都(ぞうと)の裏通りに、昼から開けている店があった。

 間口が狭く、看板も出ていない。中は薄暗く、卓が三つしかない。夜になれば人が入るのだろうが、この刻限に飲んでいるのは朔(さく)だけだった。

 肋はまだ完全には繋がっていない。深く息を吸うと、右の脇腹に芯の残った痛みが走る。


 弥左衛門(やざえもん)が手配した医者は腕がよく、そして口うるさかった。三月は安静に、酒は控えよと言われている。

 三月はかからない。

 口には出さなかったが、朔には分かっていた。折れた三本は、あと半月もすれば繋がる。宵士(よいし)の体はそういうふうに出来ている。傷が塞がるのも、骨が繋がるのも、人間よりずっと早い。


 便利なようで、そうでもない。

 早く治るということは、それだけ多く怪我をするということでもある。二十年で、切られた数も折った数も数えていない。数えても意味がないと気づいてから、数えなくなった。人間なら一生に一度の怪我を、この体は年に何度もやる。

 そして、医者にそれを説明できない。


 三月と言われれば、そうかと答えるしかない。ふた月で動き出せば、無茶をする患者だと思われる。実際には、ふた月あまりで治ってしまう。

 朔は猪口(ちょこ)を傾けた。

 酒を控えよという指示だけは、守る気がなかった。


 懐は温かい。櫛名(くしな)討伐の報酬は、これまで受けたどの依頼よりも大きかった。瑛丹(えいたん)を買い足しても、当分は減らない額が残っている。

 だから、こうして昼から飲んでいられる。

 やることがない。

 傷が治るまで、重い仕事は受けられない。軽い仕事を探して回るほど金に困ってもいない。宿で寝ているのも性に合わない。


 それで、店に来た。

 猪口を置いて、朔は指で卓を叩く。

 考えているのは、浪都(ろうと)のことだった。

 鷺宮(さぎのみや)は、朔の戦い方を知っている。接近戦を得手とすることを、ある筋から聞いたと言った。

 朔の戦い方を知っている者は、指で数えられるほどしかいない。浪都の城を出た時にも、同じ指を折った。


 同業ならどうか。宵士は十七人。散って動いているが、顔を合わせることはある。誰かが朔の戦い方を知っていて、酒の席で話したのかもしれない。それが回り回って浪都まで届いた。

 朔は、折った指を一本ずつ開いた。


「――ってぇ!」


 表で誰かが転んだ音がした。

 それから、戸が開いた。


「よお!」


 入ってきた男は、頭から埃をかぶっていた。

 背が高い。朔より頭半分ほど大きい。肩幅があって、袖をたくし上げた腕が太い。髪は短く、後ろのほうがはねている。鼻の頭に擦り傷があった。


「凱(がい)か」

「探したぞ。三軒目だ」


 凱はそう言って、朔の向かいにどかりと座った。卓が揺れた。


「今、転んだろう」

「敷居(しきい)が高かった」

「敷居は高くない」

「じゃあ俺の足が長かったんだな」


 凱は手を上げて、店の女に酒を頼んだ。頼み方が大きい。


「聞いたぞ。大蛇やったんだってな」

「やった」

「境州(きょうしゅう)の、七体の一角だろ。すげえじゃねえか」

「運がよかった」

「運で七体は死なねえよ」


 凱は運ばれてきた徳利(とっくり)を、自分の猪口に手酌で注いだ。半分こぼした。


「で、どこ怪我した」

「肋だ」

「三本くらいか」

「よく分かるな」

「顔でだいたい分かる」


 凱は猪口を空けた。


「それでな」

「なんだ」

「美味い話を持ってきてやった」


 朔は猪口を置いた。


「傷が治ってない」

「治るだろ、そのうち」

「そのうちだ」

「じゃあ話だけ聞け」


 凱は身を乗り出した。


「東の海沿いだ。廻船問屋(かいせんどんや)が困ってる。船がやられてる」

「妖怪か」

「牛鬼(うしおに)だってよ」


 朔は眉を寄せた。


「牛鬼」

「知ってるか」

「聞いたことはある。見たことはない」

「俺もねえ」


 凱はあっさり言った。


「だからいいんじゃねえか」

「よくない」

「よくあるだろ」


 凱は徳利を傾けた。今度はこぼさなかった。


「報酬が八十両だとよ」


 朔の手が、猪口の上で止まった。


「八十」

「船が三艘やられてる。荷ごとだ。四艘目が沈む前に片づけたいんだと」

「一人でやればいいだろう」

「一人だと燃費が悪ぃんだよ」


 凱は自分の腹を叩いた。


「俺の術は撃つのは得意だが、長いのは駄目だ。海の上で長引いたら勝てねえ。お前が一緒なら、ちゃちゃっと終わる」

「ちゃちゃっとな」

「そうそう」


 朔は猪口を回した。

 傷は完治していない。痛むのは深く息を吸った時だけで、動けないほどではない。

 それに、やることがない。


「折半か」

「四十ずつだ」

「お前が取ってきた話だろう」

「取ってきただけだ。やるのは二人だ」


 凱は当たり前のように言った。

 朔は猪口の底に残った酒を眺めてから、頷いた。


「やる」

「よし!」


 凱が卓を叩くと、今度は徳利が倒れた。

 朔は倒れた徳利を起こしながら、目の前の男を見た。

 凱は、いつもこうして仕事を持ってくる。

 三年前も、五年前もそうだった。朔のほうから誘ったことは、思えば一度もない。

 理由を訊いたことはない。訊いても、答えられないだろう。



二 凱という男


 翌朝、二人は東へ向かった。

 街道沿いに三日ほど歩く。凱はよく喋る。喋りながらでも歩く速度が落ちないので、朔は黙って聞いていればいい。

 二日目の昼、峠の茶屋で休んだ時だった。

 朔は懐から紙包みを出して、中の粒を一つ口に入れた。


「なんだそれ」

「瑛丹だ」

「ああ、あれか」


 凱が覗き込んだ。


「いくつ持ってる」

「四つ」

「多いな」

「多くない」


 朔は水で流し込んだ。


「お前は」

「持ってねえ」


 朔は湯呑みを置いた。


「一つも持ってないのか」

「持ってねえよ」

「なんでだ」

「高いだろ」


 凱は団子を頬張りながら言った。


「一粒五両だぞ。五両あったら飯が何回食えると思ってる」

「死んだら食えん」

「死なねえよ」

「死ぬぞ」


 朔の声が、少しだけ低くなった。


「お前の術は燃費が悪い。撃ち切ったら動けなくなる。動けなくなったところを殴られたら死ぬ」

「殴られる前に終わらせるからいい」

「終わらなかったらどうする」

「そんときはそんときだ」


 朔は溜息をついた。


「一粒くらいは常備しとけって」

「いらねぇよ」


 凱は団子の串を置いた。


「だってあれ不味いだろ」


 朔は手を止めた。


「不味い」

「不味いって。なんだあれ、砂と鉄を混ぜて固めたみてぇな味しやがる」

「そんな味はしない」

「するだろ。お前よく平気で飲めるな」

「慣れる」

「慣れたくねえよ」


 凱は茶を飲み干した。


「子供かお前は」

「子供じゃねえ。俺のほうが三つ上だ」

「三つ上が不味いから薬を飲まんと言ってるんだ」

「不味いもんは不味い」


 凱は言い切った。

 茶屋を発ってしばらく歩いたところで、朔は思いついたように訊いた。


「お前、迅天(じんてん)系だよな」

「なんだそれ」


 朔は足を止めた。


「知らんのか」

「聞いたことあるような、ねえような」


 凱は首を捻った。


「なんかそういう区分けがあるってのは、昔どっかで聞いた気もするけどよ」


 朔は歩き出した。


「三つある」

「三つ」

「宵士に埋め込まれてる妖怪の系統だ。剛鬼(ごうき)系、幻狐(げんこ)系、迅天系」

「へえ」

「剛鬼系は鬼だ。膂力と頑丈さが飛び抜けてる。桃(とう)がそれだ」

「ああ、あの爺さんか」


 凱は納得したように顎を撫(な)でた。


「あれは確かに硬そうだ」

「殴っても死なん」

「殴ったのか」

「殴ってない。そういう話だ」


 朔は指を一本立てた。


「幻狐系は狐だ。幻術と狐火(きつねび)。人を惑わすのが得手だ」

「で、迅天系は」

「天狗だ。神通力と、速さ」

「おお」


 凱が声を上げた。


「それは俺だな。速えし」

「そこは合ってる」

「他は合ってねえのかよ」

「神通力を撃ち続けて平気なやつは、記録にない」


 凱は自分の掌を、裏返したり戻したりした。


「そういうもんかね」

「そういうもんだ」


 凱はそれきり興味を失ったらしく、また前を向いて歩き出した。

 少し後ろを歩きながら、この男は本当に何も知らないのだと朔は思った。

 三系統の話は、宵士なら誰でも知っている。自分が何を埋め込まれた体なのか、何が得手で何が不得手なのか、それを知らずに戦うのは危ない。

 だから、誰かが教える。


 朔は桃から聞いた。十二か、十三の時。刀を握らせる前に、まずそれを教えられた。お前は狐だ、幻術と狐火が出る、鬼のようには殴れんし天狗のようには跳べん。そう言われた。

 凱に教えた者は、いなかった。

 誰も拾わなかったからだ。


 だから凱は、自分が天狗だということを、四十六になった今も知らない。知らないまま、三十年以上それで戦ってきた。


「なあ」


 凱が振り返った。


「なんだ」

「じゃあお前は、狐なんだな」

「記録上はな」

「記録?」

「拠点の焼け跡から、帳面が一冊出てきた。施術を受けた子供のことを書いたやつだ」


 朔は前を向いたまま続けた。


「名前は書いてない。施術を受けたばかりの子供には、まだ名前がないからな。番号と、施術した日と、何を混ぜたか。それだけだ」

「じゃあ、どれがお前か分かんねえだろ」

「日付で分かる」


 朔の足取りは変わらなかった。


「俺が施術を受けた日に、施術されたのは一人だけだった。その日の欄に、幻狐と書いてあった。爺さんが帳面を探し出してきて、見せてくれた」

「へえ。爺さん、まめだな」

「酒が絡まんことには、まめだ」


 凱が笑った。


「だが、幻術はほとんど使えん。狐火が少し出るだけだ」

「じゃあ何なんだよ、お前のあれは」


 凱は、朔が空を蹴る動きを手で真似た。


「重さだ」

「重さ」

「引くか、押すか。一尺だけな」


 朔は掌を開いた。


「狐の術じゃない。三つのどれにも入ってない」

「へえ」

「桃も見たことがないと言ってた」

「ふうん」


 凱の相槌は、それきりだった。

 興味がないのだろうと朔は思った。

 実際、興味はなかったらしい。凱は半町ほど歩いてから、まったく違うことを言った。


「腹減らねえか」

「さっき食ったろう」

「さっきは昼だ。今は昼過ぎだ」


 朔は、返事の代わりに空を見上げた。

 この男とは、こういう話を二十年以上している。

 初めて会ったのは、二十二年前だった。


 街道沿いの町で、宵士が一人捕まっていると聞いた。役人に訊くと、悪漢を半死半生になるまで殴った男だという。悪漢が孤児を足蹴にしたのを見て、気づいたら殴っていた。そう本人が言ったらしい。

 朔は金を払って出してもらった。

 礼を言われた記憶はない。出てきた凱は、開口一番「腹減った」と言った。


 それから二十二年、凱は時々仕事を持ってくる。十年近く顔を見なかった時期もあったが、ある日ふらりと現れて、また持ってくるようになった。

 牢から出した恩を返すつもりなのだろう、と朔は思っている。


 ただ、凱自身がそう思っているかどうかは分からない。訊いたことはないが、訊けば「そんなこと考えたこともねえ」と言うだろう。

 そして、それは嘘ではないはずだ。

 拠点が襲われた時、凱は十三だった。朔は十。


 三つの差は、あの時は大きかった。十三なら、一人で山を降りられる。食い物を探せる。人に紛れて町に入れる。十ではできない。

 朔は桃に拾われて、八年、飯を食わせてもらい、刀の振り方を教わった。

 凱は拾われなかった。

 一人で生きられる程度には、強かったからだ。


 中途半端に強かったから、誰も手を差し伸べなかった。宵士の生き残りを探していた者がいたとしても、自力で歩いている十三の子供は、後回しにされる。

 だから凱には師がいない。妖術も剣術も、全部我流だ。


「なあ」


 凱がまた振り返った。


「なんだ」

「その大蛇な。どうやって倒した」

「囲まれた」

「囲まれた?」

「胴で円を作られた。逃げ道を全部塞がれて、待たれた」

「うわ。それ嫌だな」

「嫌だった」

「で?」

「胴を足場にして跳んだ」


 凱の足が、一歩ぶん遅れた。


「敵を足場にしたのか」

「そうだ」

「それはいいな」


 凱はにやりと笑った。


「俺もやろう」

「お前は跳べんだろう」

「跳べるって。ちょっと違うけど」

「全然違う」


 凱は声を上げて笑った。

 朔は歩き出した。

いつも読んでいただきありがとうございます。まだの方は、ブックマークしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。