おすそわけ
「これ……まだ、何かあります」
〖フライドチキン(真)〗へ意識を向けると、今までにはなかった感覚が胸の奥から返ってくる。鳥を仕留めるとか、料理するとか、そういう力とは少し違う。自分の中にあるものを、誰かへ渡せるような感覚だった。
「何が分かるんだ?」
「えっと……分けられる、みたいです」
「何を?」
「僕の祝福を」
グレンさんの笑いが止まった。僕自身も意味が分からず、もう一度〖フライドチキン(真)〗へ意識を集中させると、祝福盤の光が再び揺れた。
〖フライドチキン(真)〗の下に、新しい文字が浮かび上がる。
《おすそわけ》
「…………」
「ぶはっ!」
「グレンさん!」
「いや、待てって! 神鳥倒して、〖フライドチキン(真)〗になって、増えた能力が《おすそわけ》って!」
「名前は僕が決めたんじゃありません!」
ヴィオラさんまで口元を押さえ、レオンさんは顔を逸らしている。ドーガさんの肩まで揺れていたけれど、リリカさんだけは祝福盤を睨むように見つめていた。
「テオさん。その《おすそわけ》、何をどう分けるんですか?」
「たぶん、僕が作ったフライドチキンを食べた人に、一時的に〖フライドチキン〗そのものを渡せます」
「……そのもの?」
リリカさんの表情が変わった。
「完全に僕からなくなるわけじゃないです。ずっと残る感じもしません。ただ、食べた人の中にも一時的に〖フライドチキン〗を作れる……そんな感じです」
「待て」
今度はギルドマスターが低い声を出した。
「祝福を他人に持たせられるってことか?」
「たぶん」
「たぶんで済ませるには、とんでもねえ話だぞ」
レオンさんも真顔になっていた。祝福は、その人自身に授けられるものだ。僕だって、自分の祝福を誰かへ渡せるなんて話は聞いたことがない。
「試してみるしかないわね」
「そうですね。ただ、フライドチキンが必要です」
「なら店だ。客で試すなよ」
「それくらい分かってます!」
◇
翌朝、開店前の本店厨房に僕たちは集まった。僕とリリカさん、《暁の牙》の五人、それから検証のために町の支店からコレットにも来てもらっている。
「急に呼んでごめん、コレット」
「大丈夫ですよ。支店は任せてきましたから。でも、リリカさんから『テオさんの祝福を食べてもらいます』って聞いたときは、何の話かと思いました」
「僕もまだ何の話なのかよく分かってないよ」
「テオさんのスキル、またすごいことになったんですね」
コレットが苦笑する。最初に試すなら、長く一緒にフライドチキンを作ってきたコレットが一番いい。普段の自分と何か違えば、本人にもすぐ分かるはずだ。
「じゃあ、やってみよう」
普段店で使っている鳥肉を一切れだけ揚げる。特別な魔物でも《極み》でもない、いつものフライドチキンだ。
皿へ乗せてから〖フライドチキン(真)〗へ意識を向け、《おすそわけ》と念じる。胸の奥にあった力が腕を通り、目の前のフライドチキンへ少しだけ流れ込んだ。
「……できたと思う」
「見た目は普通ですね」
「僕にもそう見える」
「食えば分かるだろ!」
後ろからグレンさんが身を乗り出した。
「なんでグレンさんが一番楽しそうなんですか?」
「祝福を食うんだぞ! 気になるだろ!」
「食べるのはコレットです!」
コレットが笑いながらフライドチキンを一口食べる。ゆっくり噛んで飲み込み、それから自分の胸元へ手を置いた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「なんか……あります」
コレットの表情から笑いが消えた。
「テオさん。私の中に、何かあるんです」
「分かる?」
「はい。これって……」
目を閉じて少し集中したあと、コレットが目を見開く。
「〖フライドチキン〗……?」
「本当に入ったのか」
レオンさんの声が低くなる。
コレットが何か急に上手くなったわけじゃない。包丁の握り方も、料理の知識も、昨日までのコレットのままだ。それでも本人の中には確かに、僕がずっと持っていたのとよく似た祝福の感覚が存在しているらしい。
「試しに作ってみよう。いつも通りでいいから」
「はい!」
僕が仕留め、下処理まで済ませた肉を渡す。そこから先はコレットが普段通りに下味をつけ、衣をまとわせ、油へ入れていった。
手際はいつものコレットだ。急に僕と同じ技術が身についたわけでもない。それなのに、油の中で肉が揚がっていくにつれて、僕には今までと違うものがはっきり分かった。
「……繋がってる」
揚げ上がったフライドチキンを網へ置く。〖フライドチキン〗の祝福が、いつもの《特製》より明らかに強く残っていた。
「どうですか?」
「《特製》だよ。でも、今までコレットに任せた《特製》より強い」
全員で一口ずつ確かめる。
「うまっ!」
「グレン、朝から何個食べるつもり?」
「これは検証だ!」
「一番大きいの取った人が言わないで」
ヴィオラさんに言われても、グレンさんは気にせず二口目を食べていた。
僕も一口食べて、改めて確信する。僕が下処理で手を離したあとも、祝福がそこで途切れていない。
「今までは、僕からコレットに渡したところで、僕の関わりは薄くなってました。でも今は違う。《おすそわけ》してる間は、コレットが担当した工程にも〖フライドチキン〗が働いてる」
「じゃあ、私が作ってもテオさんの祝福が続くんですか?」
「うん。ただし、《極み》にはならない」
そこだけは、はっきり分かった。
「《極み》は今まで通り、僕自身が最初から最後まで関わらないと駄目みたいだ。《おすそわけ》で渡せるのは、あくまで僕の祝福の一部だと思う」
「十分すごいですよ、それ」
コレットが自分の手を見つめる。そこにあるのは僕の技術じゃない。でも、一時的とはいえ、確かに〖フライドチキン〗が宿っている。
「テオさん」
横からリリカさんの声がした。
振り向くと、完全に商売を考えている顔だった。
「これ、本店だけの話じゃなくなりますよ」
「え?」
「町の支店でも、テオさんから《おすそわけ》を受けた料理人が作れば、今までより強い祝福を保てるってことですよね?」
「……たぶん」
「何人までできます?」
「その顔やめてもらえません?」
「大事なことです! 効果時間は? 距離は? 一日に何人まで?」
「一気に聞かないでください!」
リリカさんはすでに紙を取り出していた。
「ちょっとだけ追加で試しましょう!」
「開店前ですよ!」
「だから今やるんです!」
結局、分かる範囲だけ確かめることになった。
《おすそわけ》は、僕が意識して祝福を込めたフライドチキンを食べた相手にしか発動しない。普通に僕のフライドチキンを食べるだけでは、〖フライドチキン〗が宿ることはなかった。
それに、コレットからさらに誰かへ渡すこともできない。コレットが揚げたものをリリカさんに食べてもらったけれど、リリカさんの中には何も起きなかった。
「テオさんから直接、一人分だけですね」
「勝手に広がらなくてよかったです……」
もし食べた人から次々に〖フライドチキン〗が伝わっていったら、さすがに怖すぎる。
効果も永久ではなかった。しばらくするとコレットの中の感覚は少しずつ薄れ、数時間後には完全に消えた。
「《極み》はテオさん本人だけ。《おすそわけ》は一時的で、そこからさらに広がることもない。それでも……すごいですね」
リリカさんは紙へ何かを書き込みながら、もう次のことを考えている。
「これなら忙しい日だけでも厨房の人へ《おすそわけ》してもらえば、本店も支店ももっと安定します。将来的には――」
「リリカさん、もう店舗増やす計算してません?」
「してません!」
一拍置いて、目を逸らした。
「……まだ」
「してるじゃないですか!」
厨房に笑い声が広がった。
「よし、次は俺だ!」
グレンさんが勢いよく手を挙げる。
「何がですか?」
「俺にも《おすそわけ》してくれ!」
「なんでですか!」
「〖剣神〗が〖フライドチキン〗まで持ったらどうなるか、気になるだろ!」
「全然気になりません!」
「俺は気になる」
「レオンさん!?」
「私も少し見てみたいわ」
「ヴィオラさんまで!」
「鳥を斬るとき何か変わるのかは興味あるな」
「ドーガさんまで乗らないでください!」
最後の希望を込めてセシルさんを見る。
「安全だと分かってからなら……一度くらいは」
「セシルさん!?」
五人が声を上げて笑った。
そのころには、店の外から開店を待つ客たちの声が聞こえ始めていた。
「そろそろ戻らないと」
コレットがエプロンを外す。
「今日はありがとう。支店の方、本当に大丈夫?」
「はい。ちゃんと任せてあります。それに、来てよかったです」
コレットは自分の手を見てから、僕へ笑いかけた。
「もう《おすそわけ》は消えちゃいましたけど、今度は支店でも試してくださいね」
「うん。次はそっちでやってみよう」
「約束ですよ!」
コレットが厨房を出ていく。その向こうでは、今日も開店を待つ客の列が長く伸びていた。




