その先へ
飛行の祝福が消れてからも、僕たち六人の違和感は残ったままだった。軽く確かめるだけでも、グレンさんの剣は以前より鋭く、ヴィオラさんの眠りは深い。レオンさんの感覚、ドーガさんの受け、セシルさんの治癒術も、昨日までとは明らかに違っている。
「……全員だな」
「はい。それに、弱くなっていく感じもありません」
僕も〖フライドチキン〗へ意識を向けてみる。何が変わったのかまでは分からないけれど、胸の奥にあるスキルの感覚そのものが、今までより強く、深くなっていた。
「飛ぶ方は綺麗に消えました。でも、こっちは別みたいです」
「一時的な強化なら、これも少しずつ弱くなるはずです。でも……今のところ、まったく変わりません」
セシルさんが掌へ小さな治癒の光を灯す。使った魔力はわずかなはずなのに、戦いで残っていた指先の傷があっという間に塞がった。
「永久ってことか?」
「可能性はあります。ただ、ここでは断言できません」
グレンさんは嬉しそうに剣を握り直したけれど、僕は補給拠点の冷却箱へ目を向けた。中にはまだ、ガルーダの肉が残っている。
「……これ、他の人が食べたらどうなるんでしょう」
「空は飛ぶかもしれんな。ガルーダの《極み》そのものに飛行の祝福が宿ってるなら、別の人間でも同じことが起きる可能性はある」
レオンさんも冷却箱を見たまま続ける。
「ただ、こっちの変化まで同じように起きるかは別だ」
「もし誰でも永久に強くなるなら、まずいわね」
ヴィオラさんの声から笑みが消えた。神鳥の肉を食べれば一時的に空を飛べる、それだけでも十分とんでもないけれど、磨いてきた力そのものまで永久に一段階上がるとなれば話が違う。
「でも、私たち六人にはもう一つ共通点があります」
セシルさんが自分の胸元へ手を置く。
「ガルーダを倒した直後から、私たち全員に同じ魔力の痕跡が残っていました。《極み》を食べた瞬間、それが一気に反応したんです」
「じゃあ、食べただけじゃ駄目ってことですか?」
「その可能性が高いと思います。神鳥と直接戦い、討伐まで関わったこと。それと《極み》の祝福、その二つが重なったのかもしれません」
ヴィオラさんが小さく頷く。
「空を飛ぶ祝福はガルーダの肉そのもの。でも、今残っている力は私たち六人だけのものかもしれないのね」
「はい。ちゃんと調べてもらった方がいいです」
「だったら帰って確かめようぜ! 永久だったら最高だな!」
グレンさんが笑って剣を収める。
「その前に右腕をちゃんと治してください」
「分かってるって!」
◇
王都へ戻ると、僕たちはそのまま冒険者ギルドへ向かった。神鳥討伐の知らせはすでに届いていて、受付へ声をかけるより早く、奥から聞き覚えのある大声が飛んでくる。
「来たか! 六人ともこっちだ!」
ギルドマスターだった。詳しい話を受付でできる内容でもないので、僕たちはそのまま奥の部屋へ通される。
扉が閉まると、ギルドマスターはまず六人の顔を順番に見た。グレンさんの吊られた右腕、盾を失ったドーガさん、まだ疲労の残るヴィオラさんたちを確認し、最後に大きく息を吐く。
「神鳥《天穿つガルーダ》討伐。よく帰ってきた」
「おう!」
「お前はもうちょっと死にかけた顔をしろ、グレン!」
怒鳴られたグレンさんが笑う。ギルドマスターは額を押さえてから、今度は僕を見た。
「で、テオ。神鳥を揚げたんだってな」
「……揚げました」
「食ったら空を飛んだ」
「飛びました」
「六人全員」
「六人全員です」
ギルドマスターは数秒黙ったあと、机を叩いた。
「なんで神鳥討伐の報告より、その後の方が意味分からねえんだ!」
「僕に言われても困りますよ!」
「お前のスキルだろうが!」
「味もすごかったぞ」
「グレン、お前は今それを報告しなくていい!」
ヴィオラさんが堪えきれずに笑った。少し空気が緩んだところで、僕たちは飛行の祝福が消えたあとも六人それぞれの力に変化が残っていることと、ガルーダを倒した直後から全員に同じ魔力の痕跡が残っていたことを説明した。
「なるほどな。肉は今どこだ?」
「王国とギルドの管理下にあります。《極み》用に残した分も、勝手には使わないようにしています」
「それでいい。誰でも食えば永久に強くなるなんて話だったら、神鳥を倒したあとに別の戦争が始まるぞ」
ギルドマスターはすぐに専門の職員を呼んだ。僕たち六人の魔力を調べてもらうと、全員から確かに同じ神鳥由来の痕跡が確認された。
「通常の残留魔力とは違います。六名とも、痕跡がそれぞれの祝福にまとわりつくような状態になっています」
「消えそうか?」
「少なくとも今のところ、薄くなってはいません。ただ、この検査だけでは祝福そのものに何が起きたのかまでは分かりません」
ギルドマスターが腕を組む。
「他の奴がガルーダの《極み》を食った場合は?」
「飛行の祝福は発現する可能性があります。そちらは神鳥の肉そのものが持つ性質と考えていいでしょう。ただし、この六名に起きている変化まで同じように発現するかは分かりません」
「やっぱり、討伐したときの痕跡が関係してる可能性が高いってことですね」
「はい。少なくとも、六名だけが別の条件を持っているのは確かです」
そこまで聞いたギルドマスターが立ち上がった。
「なら、見る場所は一つだな」
「え?」
「祝福そのものがどうなったか知りたいんだろ。祝福盤だ」
◇
ギルドの奥にある《祝福の間》へ入ると、中央にはあの日と変わらない祝福盤が置かれていた。僕が初めて〖フライドチキン〗という名前を見たのも、この場所だ。
「……ここ、久しぶりです」
「テオさん!」
声をかけられて振り返る。僕たちが帰還したと聞いて店から駆けつけたらしく、そこにはリリカもいた。
「話は聞きましたけど、本当に神鳥を揚げて、皆さんで空を飛んだんですか?」
「そこだけ聞くと、僕たち何してるんでしょうね」
「私もそう思います! でも、祝福に変化が起きているなら、ここで分かります。祝福盤は読み間違えませんから」
「その言葉、ものすごく聞き覚えがあります」
最初にグレンさんが前へ出た。
「よし、俺から行くぞ!」
祝福盤へ手を置くと、盤面から青い光が溢れた。グレンさんが「おっ」と声を漏らす間にも光は集まり、やがて一つの文字列を形作る。
〖剣神〗
全員が黙った。グレンさん自身も目を見開いたまま、祝福盤と自分の手を交互に見ている。
「前は……〖剣王〗ですよね?」
「ああ。間違いなく〖剣王〗だった」
もう一度見ても、文字は変わらない。
「……おい。俺、〖剣神〗になってんぞ」
「剣の話ですからね」
「分かってる! でも神だぞ!? 王から神だぞ!?」
「うるさいわね。次、私がやるわ」
ヴィオラさんがグレンさんを押し退けるように祝福盤へ手を置く。青い光が集まり、今度は別の文字が浮かんだ。
〖夢幻姫〗
「……あら」
「〖眠り姫〗じゃなくなってる!」
「悪くないわね」
「お前も気に入ってんじゃねえか!」
「〖剣神〗で大喜びした人には言われたくないわ」
続いてレオンさんが触れると、表示されたのは〖神眼〗だった。
「……道理で見えすぎるわけだ」
「レオンさんまで神が付いた!」
「なんでお前はそんな冷静なんだよ」
「お前が騒ぎすぎなんだ」
ドーガさんの〖不落〗は〖不壊〗へ。セシルさんの〖白耀〗も、柔らかな青白い光とともに〖聖耀〗へ変わった。
「落ちないどころか、壊れなくなりましたね」
「先に盾が壊れたけどな」
「……私まで変わるとは思いませんでした」
「〖聖耀〗、似合ってるわよ」
「そう言われると、少し恥ずかしいですね」
五人全員の祝福が変わっている。神鳥を討ったときに僕たちへ残った力と、ガルーダの《極み》の祝福。その二つが重なって、祝福そのものが一段階上へ進んだらしい。
「テオさんの番ですね!」
最後に全員の視線が僕へ集まる。リリカに促され、僕は祝福盤の前へ立った。
懐かしい。あの日もこうして手を置き、そこで初めて〖フライドチキン〗という名前を見た。治癒師として役に立つ祝福が欲しかった僕の前に現れた、意味の分からないスキルだった。
あれから、ずいぶん遠くまで来た。
「なんでそんな緊張してんだ?」
「前にここへ手を置いたとき、人生がひっくり返ったので」
「今回はもう神鳥倒したあとだぞ。これ以上ひっくり返らねえだろ!」
「その言い方、ものすごく不安になるんですけど」
息を吐いて、祝福盤へ手を置く。魔力を流した瞬間、五人のときよりも強い青い光が盤面いっぱいに溢れた。
「おおっ!?」
光がゆっくり集まり、文字を形作っていく。
〖フライドチキン(真)〗
また部屋が静かになった。
「……真?」
「真……ですね」
リリカも目を丸くしている。
「これ、読み間違いとか」
「ありません! 祝福盤は読み間違えません!」
「表示がおかしいとか」
「それもありません!」
なんだか昔もまったく同じことを聞いた気がする。
「ぶはっ! そこは神とか付かねえのかよ!」
「僕に言われても困りますよ!」
「俺は〖剣神〗! レオンは〖神眼〗! なのにお前だけ〖フライドチキン(真)〗って!」
「(真)が付いたでしょう! ちゃんと進化してます!」
「そこなのかよ!」
レオンさんが顔を逸らした。肩が揺れている。
「レオンさん、笑ってますよね?」
「笑ってない」
「じゃあこっち向いてください」
「今は無理だ」
「笑ってるじゃないですか!」
ヴィオラさんまで口元を押さえ、セシルさんも肩を震わせている。ドーガさんも耐えているつもりらしいけれど、完全に口元が緩んでいた。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ光が消えてません!」
リリカの声で、全員が祝福盤へ向き直る。〖フライドチキン(真)〗の下で青い光がもう一度集まり始め、今まで祝福盤で見たことのない動きに、笑っていたグレンさんまで黙った。
やがて、スキル名とは別に新しい言葉が浮かび上がる。
《神鳥を揚げし者》
今度は誰もすぐに口を開かなかった。グレンさんが表示と僕を交互に見て、妙に真剣な顔になる。
「……テオ。お前、本当に神鳥を揚げたって認められたんだな」
「そんな認められ方したくなかったですよ!」
部屋中に笑い声が響いた。それでも僕はもう一度祝福盤へ目を向け、新しくなった〖フライドチキン(真)〗へ意識を向ける。
その瞬間、今まで一度も感じたことのない何かが、胸の奥からはっきりと返ってきた。
「……え?」
「どうした?」
僕は自分の手を見つめた。
「これ……まだ、何かあります」




