表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル【フライドチキン】で脳汁無双 〜追放された治癒師、揚げた鳥がうますぎて冒険者ギルドに囲われる〜  作者: あゆと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/18

お店

「お店を出しましょう!」


 リリカさんは、空になった皿を指さして言った。


 僕はすぐに返事ができなかった。


 現時点最強のフライドチキンは、もう一切れも残っていない。

 なのに、リリカさんの目はまだ熱かった。


「お店……」


 口に出したら、頭の中に絵が浮かんだ。


 小さな台の前で、僕が油鍋を見ている。

 揚げたての匂いで、通りかかった冒険者が足を止める。

 リリカさんが皿を渡して、その人が一口食べる。


 さっきのリリカさんみたいに目を丸くして、それから笑う。


 まだ場所もないし、看板もない。

 鳥を何羽買えばいいのかも分からない。


 それなのに、少しだけ見えた。


「……いいですね」


 言った瞬間、リリカさんの顔がぱっと明るくなった。


「いいんですか!?」

「まだ何も決まってないです。でも、ちょっと楽しそうです」

「私もです! テオさんが揚げて、私が渡すんです! 熱いですよって言って、お皿を渡すんです!」


 リリカさんは空の皿を胸の前で持った。

 さっきフライドチキンを受け取った時と、少し似た持ち方だった。


「私もやります!」

「手伝うってことですか?」

「違います! 私も、このお店をやります! お皿を渡す側に立ちたいんです!」


 元気な声だった。

 でも、ただの勢いには聞こえなかった。


 リリカさんは皿を机に置くと、両手をぎゅっと握った。


「場所も探します! 道具もそろえます! お金も出します! お皿も洗います! お客さんにも渡します! だから、私もやらせてください!」


 一気に言われて、僕は目を瞬いた。


「……本気なんですね」

「本気です!」

「受付嬢のお給金を、フライドチキンに使うんですか」

「使います!」

「早いです」

「食べたので!」


 理由が強かった。


 リリカさんは、空の皿を見た。

 まだ匂いが残っている皿を、宝物みたいに見ている。


「それに、絶対に売れます!」


 リリカさんは、急に受付嬢の顔になった。


「受付で毎日見てるから分かります! あの人たち、熱い肉の匂いに弱いです! 脳筋戦士さんはまず止まります。肉ですから!」


 肉ですから。


 その一言で押し切られそうになった。


「普段は冷静な魔法使いさんも止まります! 顔には出さないと思います。でも、一個買って、少し離れて食べて、何もなかった顔でもう一個買いに戻ります!」


 僕の頭の中にも、その魔法使いが見えてきた。


 無表情で一個買う。

 歩きながら食べる。

 少し先で止まる。

 何もなかった顔で戻ってくる。


 見たい。


「斥候さんは一番先に匂いに気づきます! 弓使いさんは片手で食べられるものが好きです! 盾役さんは絶対に二個買います! 大きい人は、だいたい二個いきます!」


 まだ一個も売っていないのに、リリカさんが言うと、店の前に冒険者が並ぶところまで見えてくる。


「あと、食べた瞬間に頭の中で何か出ます!」

「何か?」

「脳汁です!」

「脳汁」

「出ます! さっき私も出ました!」


 胸を張って言われた。


 僕は思わず笑ってしまった。


「それは、祝福スキルの効果ですか」

「分かりません! でも、出ます!」


 強かった。


 理屈はまだ何も分かっていない。

 でも、リリカさんが食べて、止まって、笑って、もう一個ほしがったのは本当だ。


 その顔を、僕はもう見ている。


「リリカさんは、受付嬢ですよね」

「今は、です!」

「今は?」

「辞めます!」


 早い。


 早すぎる。


「待ってください。受付嬢を辞める話ですよ」

「分かっています! でも、もう気持ちは決まりました!」


 リリカさんは自分の手を見た。


 さっきまで、小皿を大事そうに持っていた手だ。


「依頼書を渡す仕事も好きです! でも、さっき思ったんです! この手で、テオさんのフライドチキンを渡したいって!」


 部屋の中には、まだフライドチキンの匂いが残っていた。


 その匂いの中で、リリカさんは本気の顔をしている。


 僕は空の皿を見た。


 追放されたあと、冒険者に戻ることを考えなかったわけではない。

 別のパーティに入ることも、低ランク依頼からやり直すことも、頭のどこかにはあった。


 でも今、僕が一番気になっているのは依頼板ではなかった。


 明日の鳥だった。


 どの鳥を買うか。

 油は足りるか。

 何切れ作れるか。

 リリカさんが皿を渡したら、食べた人はどんな顔をするか。


 考えていたら、自然に口が動いた。


「僕もやります」

「本当ですか!?」

「はい。明日も作りたいです。依頼を探すより、明日の鳥を探したいです」


 リリカさんの顔が、さらに明るくなった。


「今のテオさん、すごく楽しそうです!」

「そう見えますか」

「見えます!」

「じゃあ、たぶん楽しいんだと思います」


 言ってから、僕も笑った。


 場所も道具もお金も、考えることはいくらでもある。

 でも、それより先に、明日また作りたいと思ってしまった。


 誰かに食べてもらいたい。

 リリカさんが皿を渡すところを見たい。


「最初は小さくやりましょう。いきなり大きな店は無理です」

「小さな台からですね!」

「鳥も、まずは少しだけ」

「でも、足りなくなったら困ります! 脳筋戦士さんが来たら二個です!」

「まだ売ってもいないのに、もう二個目の心配ですか」

「必要な心配です! 私がもう一個ほしかったので!」


 言い切られた。


 僕はまた笑ってしまった。


「明日、鳥を買いに行きます」

「私も行きます!」

「まだ店、ないですよ」

「でも、鳥は要ります!」


 リリカさんは、ものすごく真剣だった。


 たしかに。


 店はまだない。

 でも、鳥は要る。


 僕はリリカさんに手を差し出した。


「一緒に、やりましょう」

「はい!」


 リリカさんは、すぐにその手を取った。


 握られた手は、思ったよりあたたかかった。


 店はまだどこにもない。


 でも明日、僕たちは鳥を買いに行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ