鋼羽鳥の《極み》
鋼羽鳥を仕留めた翌日、僕は本店の厨房に立っていた。もちろん、持ち帰った鋼羽鳥を食べるためだ。
仕留めたのは僕。血を抜き、羽を落とし、解体し、味をつけ、衣をまとわせるところまで全部自分でやった。ここまで来れば、作るものは一つしかない。
「鋼羽鳥の《極み》、できましたよ」
「待ってました!」
グレンさんが真っ先に手を伸ばした。
灰色の羽からは想像できないほど、揚がった肉は柔らかい。僕も一つ取ってかじると、衣の中から濃い肉汁があふれた。
「……おいしい」
「羽はあんなに硬かったのに、肉はずいぶん柔らかいのね」
ヴィオラさんも気に入ったらしく、もう次の一つへ手を伸ばしている。
その横でグレンさんが二つ目を飲み込んだところで、ふと自分の腕を見た。
「……来たな」
「来ましたね」
僕にも分かった。
体の表面を、薄い何かが包んでいるような感覚がある。三年前なら大騒ぎしていたかもしれないけれど、今ではこういうことも珍しくなくなっていた。
「やっぱり防御に近い祝福みたいですね」
セシルさんが僕たちの状態を確かめながら言う。
ドーガさんが自分の腕を軽く叩き、感触を確かめた。
「身体が硬くなった感じじゃねえな。衝撃が少し弱くなる」
「鋼羽鳥らしいですね」
三年間、いろいろな鳥型魔物を食べてきた。
全部ではない。でも、格の高い鳥型魔物ほど、もともと持っていた性質に近い祝福が現れやすいことは分かってきていた。
熱を操る鳥なら熱に関わるもの。寒冷地に棲む鳥なら寒さへの強さ。素早い鳥を《極み》にしたときは、しばらく身体が軽く感じられたこともある。
低位の鳥では何も起きないことも多いし、同じ種類でも差はある。それでも、強い鳥ほど特別な祝福が出やすい。その傾向だけは、もう間違いないと思っていた。
「鋼羽鳥は、羽で攻撃を弾く。その性質が《極み》にも乗ったってことか」
「たぶんそうだと思います」
グレンさんは自分の手を握ったり開いたりしてから、にやりと笑った。
「じゃあ、これ食って神鳥と戦えばちょうどいいな!」
「もう食べる前提で作戦に組み込んでるじゃないですか」
「使えるもんは使うだろ!」
でも、それは僕も同じ考えだった。
鋼羽鳥の祝福がどこまで通用するかは分からない。それでも神鳥の攻撃を少しでも軽くできるなら、挑む前に食べておく意味はある。
食事を終えると、第二拠点の机に古い資料を広げた。
三年前にも何度も見た、神鳥《天穿つガルーダ》の記録だ。
翼を広げれば巨大な影が地上を覆い、羽ばたくだけで建物を壊す。
全身を覆う黄金の羽は剣も魔法も弾き、過去には二つのSランクパーティーと王国軍まで投入された。それでも倒せず、進路を逸らすだけで多くの犠牲が出た。
「鋼羽鳥と同じだとは思ってません」
僕がそう言うと、グレンさんが頷いた。
「当たり前だ。あれと同じなら、とっくに誰かが倒してる」
「はい。でも、今まで僕たちは金色の羽をどうやって突破するかばかり考えてました」
机の上の絵へ指を置く。
大きく広げられた、黄金の翼。
「鋼羽鳥は、羽を斬れなくても仕留められました。ガルーダにも同じように、動いたときだけ肉へ届く場所があるかもしれません」
「あるかどうかは、実際に見なきゃ分からないな」
レオンさんの言葉に頷く。
「はい。だから最初から仕留めに行くんじゃなくて、まず僕が動きを見たいです」
三年前の僕なら、そんなことは言えなかった。
神鳥の前へ出て、翼の動きを見る。今考えても怖い。でも、この三年間で何度も鳥を追い、動きを見て、仕留めてきた。
今の僕なら、見ることはできる。
「問題は近づけるかだな」
グレンさんが資料の横へ視線を向けた。
そこには神器《天縛の鎖》が置かれている。
「こいつで飛んでるガルーダを止める。ずっとは無理でも、一瞬なら地上へ引きずり下ろせる」
「その一瞬で見るんです」
僕が答えると、グレンさんが笑った。
「見るだけで終わる気はねえ顔してるな」
「見えたら、仕留めたいです」
「そうこなくちゃな!」
ドーガさんが腕を組んだまま、資料を見ている。
「テオが近づくなら、鎖で落としたあとが一番危ねえ。暴れさせたままじゃ無理だぞ」
「そこは俺たちの仕事だ」
グレンさんが迷わず言った。
「俺たちで押さえる。テオは鳥を見ろ」
その一言で十分だった。
三年前の遠征では、僕は五人の動きを覚える側だった。
今は違う。
五人が僕に任せてくれることがある。
僕にしかできないことがある。
「ただし、無茶はしないでくださいね」
セシルさんが静かに言った。
「ガルーダの攻撃は鋼羽鳥とは比べものにならないでしょう。鋼羽鳥の《極み》に防御の祝福があるからといって、正面から受けていいわけではありません」
「分かってます」
「本当に?」
「……できるだけ」
「そこは『はい』と言ってほしかったですね」
セシルさんが苦笑する。
ヴィオラさんも資料のガルーダを見ながら口を開いた。
「私の眠りがどこまで効くかも分からないわ。でも、少しでも動きを乱せるなら試してみる価値はあるでしょう?」
「お願いします」
まだ作戦と呼べるほど完璧じゃない。
ガルーダがどう動くのかも、黄金の羽に本当に隙があるのかも分からない。
それでも、三年前とは違う。
「行きましょう」
僕が言うと、グレンさんが笑った。
「おう!」
そのまま資料をまとめ始めたグレンさんが、ふと手を止めた。
「なあ、テオ」
「なんですか?」
「鋼羽鳥でこれだろ?」
嫌な予感がした。
「神鳥を《極み》にしたら、どうなるんだ?」
部屋が静かになった。
「……知りませんよ」
「気になるだろ!」
「まだ倒してもないんですよ!?」
「だから倒すんだろ!」
グレンさんは本気だった。
僕も机の上に描かれた巨大な神鳥を見る。
二百年、誰にも討ち取られなかった鳥。
あれほどの魔物を、僕が最初から最後まで関わって《極み》にしたら。
「……ちょっとだけ、気になりますね」
「だろ!?」
思わず笑ってしまった。
「じゃあ、倒しましょう」
今度こそ。
神鳥《天穿つガルーダ》を。




