剣を弾く羽
ある日の午後、僕たち《暁の牙》はギルドの奥へ呼ばれた。机の上には、僕の腕ほどもある灰色の羽が一枚置かれている。近づいて見ると、羽というより薄い金属板のようだった。
「北西の山道に鳥型魔物が現れた。すでに二組の冒険者が討伐に向かったが、どちらも失敗している」
「原因はこれか?」
グレンさんが羽を覗き込む。ギルド職員が頷いた。
「全身を同じ羽で覆っている。剣も矢も通らない。幸い死者は出ていないが、山道が使えなくなっていてな。《暁の牙》に討伐を頼みたい」
僕も羽に触れてみた。指で押してもほとんど曲がらず、縁は刃物みたいに鋭い。
「……硬いですね」
「羽で剣を弾くのか。面白そうじゃねえか!」
「グレンさん、なんで嬉しそうなんですか……」
依頼を受けた僕たちは、翌朝には町を出た。
二日後、北西の山道へ到着した。そこから先は人の姿がなく、荷馬車の轍も途中で途切れている。レオンさんと一緒に周囲を調べると、岩場に大きな足跡と、何枚かの灰色の羽が残っていた。
「まだ新しいです。この先にいると思います」
「ああ。俺もそう見る。行こう」
しばらく跡を追うと、開けた岩場の上に大きな鳥がいた。僕よりずっと大きな体を灰色の羽が覆い、翼を畳んでいるだけなのに鎧を着ているように見える。
「鋼羽鳥だな。まず俺が試す」
レオンさんの矢が飛んだ。翼に命中した瞬間、甲高い音が響き、矢はあっさり弾かれる。
「本当に通らねえな!」
グレンさんが前へ出ると、鋼羽鳥も岩場から飛び降りた。ドーガさんが盾で突進を受け止め、その横からグレンさんの剣が翼へ叩きつけられる。今度も硬い音が響いただけで、灰色の羽にはほとんど傷がつかなかった。
「こいつは硬え!」
「だから、なんで楽しそうなんですか!」
「眠ってくれれば楽なんだけど」
ヴィオラさんが魔法を放つ。鋼羽鳥の体が一瞬揺れ、動きが鈍ったものの、そのまま眠り込むことはなかった。
「完全には効かないわ。テオ、近づくなら気をつけなさい」
「はい!」
僕も前へ出る。鋼羽鳥との距離が縮まった瞬間、〖フライドチキン〗がいつものように答えを示した。首の付け根。そこへ刃を入れれば、肉を大きく傷めず、一撃で仕留められる。
でも、その場所は何枚もの灰色の羽に覆われていた。
「急所は分かります。でも、羽の下です!」
近づこうとしたところで、鋼羽鳥が翼を振り上げた。すぐにドーガさんの盾の後ろへ退くと、次の瞬間には重い一撃が盾を叩き、足元の岩が砕ける。
「見えても届かねえか」
「はい。正面から刃を入れても、あの羽に止められます」
「なら、どうする?」
「……少し動きを見ます」
三年前なら、そこでグレンさんたちが羽を破ってくれるのを待っていたかもしれない。でも今は違う。鳥なら、まず動きを見る。どう動くのか、どこへ逃げるのか、翼をどう使うのか。
鋼羽鳥はドーガさんへ何度も襲いかかった。盾へ体当たりし、翼を大きく振り上げる。その瞬間、首元を覆っていた羽がわずかに浮いた気がした。
「……今の」
すぐに閉じてしまった。確信はない。
「グレンさん、もう一度攻撃させてください。今の動きをもう一回見たいです」
「何かあったか?」
「たぶん。でも、まだ分かりません」
「よし、分かった!」
グレンさんが鋼羽鳥の前へ出る。挑発された鋼羽鳥は翼を広げ、勢いよく振り下ろした。やっぱり同じだった。翼が持ち上がるのに合わせて、首元の羽もわずかに開く。
急所そのものが移動しているわけじゃない。閉じている間は硬い羽に守られているだけで、攻撃する瞬間だけ、その奥へ届く道ができる。
「見えました!」
僕が声を上げると、グレンさんが振り返った。
「いけるか?」
「はい。次、僕の方へ向けてください!」
グレンさんが正面から注意を引き、ドーガさんが片側を塞ぐ。レオンさんの矢が反対側へ飛び、鋼羽鳥の進路を僕の方へ寄せた。
鋼羽鳥がこちらを向く。まともに翼を受ければ、僕では耐えられない。それでも目を逸らさず、動きを見る。
鋼羽鳥が踏み込んでくる。まだ早い。僕を叩き潰そうと大きく翼を振り上げた瞬間、首元の羽が浮いた。
「今!」
僕も踏み込んだ。硬い羽そのものは狙わず、開いたところへ刃を滑り込ませる。そのまま〖フライドチキン〗が示している一点へ深く突き入れると、鋼羽鳥の体が大きく震えた。
翼から力が抜け、巨体が岩場へ崩れ落ちる。
「……やった」
「おう! 見事だったぞ、テオ!」
グレンさんに肩を叩かれ、ようやく息を吐いた。倒れた鋼羽鳥の羽には、レオンさんの矢やグレンさんの剣を受けた跡こそあるものの、ほとんど傷らしい傷はついていない。
「結局、羽は斬れなかったな」
「はい。でも、斬る必要もありませんでした」
翼を持ち上げてみる。閉じてしまえば、僕が刃を入れた道はほとんど分からない。あの一瞬だけ、防御が開いていたんだ。
「よく見ていたわね、テオ」
「三年も鳥ばかり追ってましたから」
ヴィオラさんにそう答えながら、もう一度灰色の羽を見る。硬いものを無理に壊さなくても、その向こうへ届く瞬間がある。今回の鋼羽鳥は、ただそれを見つけられただけだった。
帰り道でも、そのことが頭から離れなかった。硬い羽を破ったわけじゃない。動いた瞬間にできた隙間から、その内側へ届いただけだ。
そのとき、ふと別の羽が脳裏に浮かんだ。
黄金の羽。
剣も魔法も弾き、これまで誰にも討ち取られなかった神鳥《天穿つガルーダ》。
もちろん、鋼羽鳥と同じだなんて思っていない。そんな簡単な相手なら、二百年もの間、誰にも倒されずにいるはずがない。
それでも、三年前の僕とは違う。あの頃より多くの鳥を見て、追って、仕留めてきた。今なら、もう一度あの神鳥について考えられるかもしれない。
町へ戻り、ギルドへ討伐を報告したあと、僕はグレンさんを呼び止めた。
「グレンさん」
「ん?」
「前に見せてもらった、神鳥の資料なんですけど」
グレンさんの表情が変わる。
「もう一度、見せてもらえませんか」




