Sランクの修行
遠征二日目から、修行は本格的に始まった。
「テオ。今日は先頭を頼む」
「僕がですか?」
森へ入ったところで、レオンさんが僕に道を譲った。
「何か見つけたら言ってくれ。足跡でも羽でもいい。間違っていても構わない。ただ、聞く前に一度は自分で考えろ」
「……分かりました」
その日の午前中だけで、何度間違えたか分からない。
鹿の足跡を魔物だと思い、古い痕跡を追い、ようやく鳥型魔物を見つけたと思えば風上から近づいて逃げられた。
「もう少しヒントとか……」
「欲しいのか?」
「できれば」
「周りをよく見ろ」
「それ、ほとんど何も教えてませんよね!?」
後ろでグレンさんが豪快に笑った。
「いいんだよ! 俺たちがいるうちに失敗しとけ!」
「ずいぶん気軽に言いますね……」
「本当に危なくなったら止めてやる! それまでは自分でやれ!」
その言葉通りだった。
疲れても、すぐには休ませてもらえない。
「ヴィオラさん、そろそろ休みませんか……?」
「疲れているのは分かるわ。でも、まだ歩けるでしょう?」
「歩けますけど……」
「なら、もう少し頑張りましょう。本当に無理ならセシルが止めてくれるわ」
「その基準まで行くんですか?」
「修行なんでしょう?」
柔らかく笑われた。
声は優しいのに、全然優しくない。
「安心してください。倒れるまで続けたりはしませんよ」
「よかった……」
「倒れる前には止めますから」
「セシルさんまで!」
五人は僕より、僕の限界を分かっているらしかった。
森では痕跡を追った。
山では足場を見ながら歩いた。
途中の町では討伐依頼を受け、僕でも戦える相手は容赦なく回された。
「テオ! そっち一体頼むぞ!」
「さっきも倒したばかりですよ!」
「まだ動けるだろ!」
「動けますけど!」
本当に危険になった瞬間だけ、五人は恐ろしいほど速かった。
ドーガさんの盾が僕の前へ入り、レオンさんの矢が死角から来た魔物を射抜く。数が増えればヴィオラさんが眠らせ、グレンさんがまとめて片づける。
怪我人が出ればセシルさんが治す。
僕にも余裕があれば、治癒を手伝った。
そこで毎日、思い知らされた。
この人たちはSランクなんだ。
僕が一体に必死になっている間に、五人は戦場全部を見ている。
追いつけるなんて思わない。
何年もこうして生きてきた人たちと、今の僕が同じように動けるはずがない。
それでも悔しかった。
だから翌朝、体中が痛くても起きた。
逃げられた鳥を翌日は逃がさないように考えた。
滑った斜面では、次から先に足場を見るようにした。
見落とした痕跡は、次から自分で探した。
二週間を過ぎた頃には、少しずつ景色の見え方が変わっていた。
森へ入れば、自然と地面や枝を見る。
羽が落ちていれば立ち止まる。
魔物が出ても、誰かの指示を待つ前に自分の立つ場所を探す。
まだ失敗する。
それでも、最初の頃のように何も分からないまま立ち尽くすことは減っていた。
鳥型魔物の狩りでは、探すところから参加した。
痕跡を追い、見つけ、追い込み、五人の助けを借りながら仕留める。そのまま僕が処理し、野営地で料理する。
そんな狩りを何度も繰り返した頃だった。
「……やっぱり強い」
揚げた鳥を食べて、僕は手を止めた。
「俺もそう思うぞ!」
グレンさんはもう二つ目を食べている。
「最初の頃よりうまくなってる!」
「種類も個体も違いますから、まだ断定はできません。でも……何度も続くと気になりますね」
早い段階から僕が関わり、そのまま途中で抜けずに料理まで続けた鳥は、祝福が強く出ている気がする。
「帰ってから、条件を揃えて確かめた方がよさそうですね」
「はい」
セシルさんに頷きながら、少し嬉しくなった。
この修行は、冒険者としての僕だけじゃない。
〖フライドチキン〗にも繋がっている。
「なら明日も鳥を探すぞ!」
「検証のために無理やり増やさないでくださいよ!」
「修行にもなって一石二鳥だろ!」
「鳥だけに、とか言わないでくださいね」
「おっ、うまいな!」
「言わせたのグレンさんでしょう!」
最後に回った湖沼地帯では、泥に足を取られ、服を汚し、何度も転んだ。
靴は擦れ、袖は破れた。
破れたところを縫っても、その数日後には別の場所が破れた。
一度ひどく転んで腕を切ったときは、セシルさんに治してもらった。
「傷はもう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「でも、その服は治せませんからね」
「……もう何か所目でしょう」
見れば、僕の服はあちこち縫い目だらけだった。
「冒険者らしくなってきたじゃねえか!」
グレンさんは笑っていたけれど、僕としてはまったく嬉しくない。
それでも歩いた。
一か月が終わる頃には、朝起きたときから体が重いのが普通になっていた。
髪も少し伸びた。
手のひらは硬くなり、日に焼けた腕には細かな擦り傷が残っている。
でも、足だけは止まらなかった。
帰路の途中、ヴィオラさんがふと振り返った。
「テオ。今日は誰も待っていないわね」
「……え?」
言われて、前を歩くみんなを見る。
「最初の頃は、何度か足を止めていたでしょう?」
「……そうでしたね」
「少しずつ慣れてきたみたいね」
それだけ言って、ヴィオラさんはまた前を向いた。
胸の奥が熱くなった。
自分では気づいていなかった。
相変わらず疲れている。
足も痛いし、今すぐ横になりたい。
それでも僕は、一か月前より速く歩いていた。
そして予定通り、一か月後。
遠くに町の外壁が見えた。
「……帰ってきた」
声に出した途端、力が抜けそうになった。
「どうだった、テオ!」
グレンさんだけは、出発した日と変わらない元気さで振り返る。
「一か月みっちりやった感想は!」
「……今は、もう歩きたくないです」
「はっはっは! そりゃそうだ!」
笑う元気すら、僕にはあまり残っていなかった。
服は泥と埃にまみれ、何度も縫い直してある。靴も傷だらけで、荷物を背負った肩はずっと重い。
きっと今の僕を店のみんなが見たら、驚くだろう。
「よし! 次も行くぞ!」
「……せめて、しばらく休ませてください」
「行く気はあるんだな!」
「そこだけ拾わないでくださいよ……」
そう言いながらも、僕は歩き続けた。
町までの最後の道を、誰かに待ってもらうことなく。




