出発までの一週間
翌朝から、店はいつもと少し違う忙しさになった。
「次、お願いします!」
「はい!」
午後の生け捕り受け入れで運び込まれた鳥型魔物を、僕が順番に仕留めていく。
今日の営業で使う分ではない。僕が遠征へ出ている間、《定番》に使うための肉だ。
血を抜き、必要な処理を済ませると、店員たちが急速冷凍室へ運んでいく。凍った肉は、そのまま広げたばかりの低温保存庫へ移された。
「まだ入ります!」
保存庫から戻ってきたリリカさんが声を上げる。
「さすがですね! これだけ入れても全然余裕ありますよ!」
「作っておいてよかった……」
「でも無理しないでくださいね。全部を今日やる必要はないですから!」
「分かってます」
「テオさん、こういうとき絶対頑張りすぎるので!」
「そんなことないですよ」
近くで肉を運んでいた店員が、ちらっと僕を見た。
「……なんですか?」
「いえ!」
目を逸らされた。信用がない。
《極み》は、僕がいない間は作れない。《特製》も一か月分すべてを用意するのは難しい。
だから遠征中は《定番》を中心にして、《特製》は準備できた分だけ出すことにした。
「一か月だけですからね! 《極み》がお休みでも、《定番》だけでどうせ売り切れます!」
「そこまで言い切ります?」
「毎日見てる私が言うんだから間違いないです!」
「問題は、お客さんが納得してくれるかですね」
「それなんですよねえ」
リリカさんが腕を組む。
「店の前に書いておきましょう。『テオさん遠征中のため《極み》はお休みです』って」
「僕の名前まで書くんですか?」
「書かないと『今日はないんですか?』って毎日聞かれますよ」
「……お願いします」
仕込みを始めて三日目、町の店からコレットがやってきた。
「テオさん、本当に一か月も行くんですね」
「うん」
「こんなに長い遠征、初めてですよね?」
「三日間の調査しか行ってないからね」
「……大丈夫ですか?」
「店のこと?」
「テオさんのことです」
「そっち?」
コレットが少し笑う。
「だって一か月も外にいるんでしょう?」
「《暁の牙》のみんなと一緒だし、修行だから無茶な相手を一人で倒せとかはないよ」
「ならいいんですけど……」
「町の店の方、お願いね」
「はい。それは任せてください。《特製》も準備してもらった分はちゃんと出します」
「ありがとう」
「その代わり、帰ってきたら《極み》お願いしますね」
「コレットまで?」
「お客さん、絶対待ってますよ」
それは間違いなさそうだった。
その日の営業後、金羽キジの飼育場にも向かった。
エルナさんは餌箱の前にしゃがみ込み、記録帳へ何か書き込んでいる。
「エルナさん」
「あ、テオさん。ちょうどよかったです。この子、昨日からこっちの餌ばっかり先に食べるんですよ」
「本当だ」
二種類置かれた餌の片方だけ、明らかに減りが早い。
「今日は量を少し変えて様子を見ようと思ってて……あれ、何かありました?」
「一週間後から、一か月くらい遠征に出ることになりました」
「一か月!? 長いですね」
「修行することになって」
「《暁の牙》が?」
「僕がです」
「ああ、なるほど!」
「納得が早いですね」
「だってテオさん、冒険者としてはまだ経験少ないじゃないですか」
「そうですけど……」
エルナさんは悪びれもせず記録帳をめくった。
「じゃあ、比較飼育は帰ってきてからですね」
「やっぱりそうなりますよね」
「一か月途中で抜けたら意味ないですから。テオさんが早い時期から継続して関わる個体は、帰ってきてから始めましょう」
「お願いします」
「それまではこっちで普通に育てておきます」
話が早い。
「それより、遠征先に鳥型魔物います?」
「そこですか?」
「大事ですよ!」
「まだ行き先までは聞いてませんけど、いろんな場所を回るみたいなので、たぶん」
「珍しいの食べたら味を覚えてきてくださいね!」
「そこは任せてください」
「お願いします!」
四日目の夜。
第二拠点の食堂へ行くと、大きな地図が机いっぱいに広げられていた。
「ここから北東へ行く」
レオンさんが道を指でなぞる。
「最初は街道沿い。そのあと森を抜けて、山沿いを回る。日程に余裕があれば、その先の湖沼地帯まで行く」
「一か所に留まるわけじゃないんですね」
「ああ。今回は一種類の魔物を狙う遠征じゃない」
「途中の町で依頼も見るぞ!」
グレンさんが横から入ってくる。
「討伐でも調査でも、テオの経験になりそうなら受ける!」
「修行のために依頼を選ぶんですか?」
「報酬までもらえる! 最高だろ!」
「依頼する側の都合も考えてくださいよ」
「ちゃんと達成するんだから問題ねえ!」
レオンさんが地図から顔を上げる。
「全部受けるわけじゃない。移動と帰りの日数を見ながら選ぶ」
「分かりました」
「最初から難しい奴はやらせねえから安心しろ!」
グレンさんが僕の肩を叩く。
「まずは歩いて、探して、戦って、食って、寝る!」
「後ろ二つはもうできますよ」
「じゃあ二個は合格だな!」
「まだ始まってもないのに?」
ドーガさんが笑った。
そこからさらに数日、営業と仕込みを続けた。
出発前日の夜、僕はリリカさんと低温保存庫の中を確認していた。
「予定通りです!」
リリカさんが手元の記録と棚を見比べる。
「《定番》はこれで回せます。《特製》は準備した分がなくなったら一時休止。《極み》はテオさんが帰るまでお休みです!」
「はい」
「町の店もコレットから問題なしって連絡来てますよ」
僕は並んだ肉をもう一度見回した。
「テオさん」
「はい?」
「四回目です」
「何がですか?」
「確認するのが」
ばれていた。
「……やっぱり気になります」
「分かりますけど、大丈夫です!」
リリカさんが胸を張る。
「一か月くらい、ちゃんと回してみせます。だからテオさんは店じゃなくて、自分の修行に集中してください!」
「……お願いします」
「任されました!」
翌朝。
まだ空が白み始めたばかりの時間に、荷物を背負って店の外へ出た。
「テオさん!」
入口からリリカさんが手を振る。
「行ってらっしゃい!」
「行ってきます」
「怪我しないでくださいね!」
「できるだけ」
「そこは『しません』じゃないんですか!?」
「魔物がいるところに一か月行くので……」
「もう!」
第二拠点へ向かうと、五人はすでに揃っていた。
「遅えぞ、テオ!」
「まだ時間前ですよ!」
「俺たちはもういる!」
「グレンが早すぎるだけ」
ヴィオラさんが眠そうに言う。
「荷物は?」
「大丈夫です」
「忘れ物は?」
「昨日三回確認しました」
「よし!」
グレンさんが街道の先へ向き直った。
「じゃあ行くぞ! 一か月、みっちり修行だ!」
「お手柔らかにお願いします」
「それは無理だ!」
「出発前に言わないでくださいよ!」
グレンさんが笑いながら歩き出す。
僕も荷物を背負い直して、五人と一緒に街道へ出た。




