竜を斬ってきた
「テオ! 竜を斬ってきたぞ!」
売り切れの札を出した直後、店の外から聞き覚えのある大声が響いた。
「……ガイ?」
入口を見ると、旅装のガイが立っていた。
その後ろにはセラ、ルッツ、フィオもいる。四人とも日焼けして、荷物も装備も長旅の汚れが残ったままだった。
「最近ぜんぜん見なかったけど、どこ行ってたんだよ」
「だから竜を斬ってきた!」
「討伐隊に参加してたのよ。ガイ一人で倒したみたいに言わないで」
セラがすぐに訂正する。
「北の山道に氷甲竜が出たの。交易路まで下りてくるようになって、何組かのパーティーで討伐することになったのよ」
「行き帰りと捜索で、ひと月半」
ルッツが付け足した。
「ひと月半も?」
「急に決まったからね。テオくんに顔出す暇もなくて、ごめんね」
フィオが笑う。
「でもね、本当にガイの〖竜斬り〗が効いたんだよ。普通の剣じゃほとんど傷もつかなかったのに」
「聞いたかテオ! 俺、ちゃんと竜を斬ったぞ!」
「本当に斬ったのか……」
Cランクになった日。
〖竜斬り〗を授かったガイは、竜に会ったら斬ると騒いでいた。
あのときは、大トカゲにも会ったことがなかったのに。
「なんだよその顔!」
「いや、ちょっと思い出してただけ」
「俺は有言実行する男だからな!」
胸を張ったガイの右肩が、わずかに下がっていた。
「ガイ、右肩」
「ん?」
「まだ痛いだろ」
「なんで分かるんだよ」
「かばってるから。見せて」
「帰ってきて最初にそれかよ!」
文句を言いながらも腕を差し出してくる。
動かしてみると、骨は大丈夫そうだ。ただ、腫れが少し残っている。
「しばらく無理に振らない方がいいよ」
「もう竜は斬ったから平気だ!」
「次の依頼でも剣は振るだろ」
「振るな」
「ルッツまで!?」
フィオが吹き出し、セラも呆れたように笑った。
「それよりテオ! フライドチキン! 帰ったら最初に食うって決めてたんだ!」
「もう売り切れだよ」
「そんな!?」
竜の話をしていたときより大きな声だった。
「賄い用なら少し残ってるけど」
「テオ! やっぱりお前は最高だ!」
「そういうときだけ褒めないで」
厨房に残してあった肉を揚げて出すと、四人は荷物を下ろして席についた。
「うめえええっ!」
「ガイ、飲み込んでから喋りなさいよ」
「ひと月半ぶりだぞ! これが食いたかったんだよ!」
セラも呆れながら二つ目へ手を伸ばしている。
フィオは嬉しそうに頬張り、ルッツは何も言わず食べ続けていた。
「それで、竜はどうやって倒したの?」
「おっ、聞きたいか!」
ガイが身を乗り出す。
「こいつの鱗がとにかく硬くてな。剣を入れても弾かれるんだよ。そこで俺が――」
「三回目の突撃でやっと斬ったのよ」
「セラ! そこは俺に言わせろ!」
「最初の二回も話したら長いでしょ」
「そこが大事なんだよ!」
ガイが騒ぐ横で、フィオが僕を見る。
「でも、本当にそこから流れが変わったんだよ。ガイが〖竜斬り〗で鱗を割って、その傷をみんなで狙えるようになったから」
「普通の剣じゃ斬れなかったのに?」
「俺の祝福は竜を斬るための祝福だからな!」
ガイが得意げに鼻を鳴らした。
「すごいな、ガイ」
「だろ!」
ものすごく嬉しそうだ。
「それでな、証拠もある!」
ガイが床に置いていた荷物を引き寄せた。
「机には置かないでよ」
「分かってるって!」
厚い布を開くと、中から青白い鱗が出てきた。
僕の手よりずっと大きい。その表面には、深い斬り傷が一本残っている。
「ここ! 俺が斬ったところ!」
「わざわざその部分をもらったの?」
「初めて斬った竜だぞ!? もらうだろ普通!」
「普通かどうかは知らないわ」
セラがため息をつく。
「まだあるぞ!」
今度はルッツが、別の包みを床へ置いた。
「それも竜の?」
「ああ。四人分の素材の取り分を、ほとんどこれに替えた」
「ガイがどうしても欲しいって聞かなかったのよ」
「だって魔石だぞ! 竜の魔石!」
ガイが包みを開く。
冷たい空気が、足元を這った。
「……寒っ」
思わず腕をさする。
中にあったのは、大きな青い魔石だった。
白い光が奥で揺れていて、置いてあるだけなのに周囲の床へ薄く霜が広がっていく。
「これが氷甲竜の魔石?」
「そうだ!」
「売ればかなりの額になると思う」
ルッツが言う。
「だから明日、ギルドで鑑定してもらうの。それでさすがに高かったら売るって、やっとガイを説得したところ」
「安かったら飾る!」
「高くても最初は飾るって言ってたでしょ」
「気が変わった!」
そのとき、奥からぱたぱたと足音が近づいてきた。
「テオ! 金羽キジの飼育場の水入れ、直してきたよ! 外れてた留め金も替えたから、今度はそう簡単には――」
店へ入ってきたキアラさんが、途中で止まった。
「……なに、それ?」
視線は、床に置かれた青い魔石へ釘づけになっている。
「氷甲竜の魔石だって」
「竜の!?」
次の瞬間には、ガイたちの横まで来ていた。
「ちょっと見せて!」
「誰だお前!?」
「キアラ。魔道具作ってる。触っていい?」
「駄目! 俺の戦利品!」
「じゃ、触らない!」
キアラさんは腰から測定器を取り出した。
「それはいいのか?」
「近づけるだけだから!」
魔石の横へ持っていく。
針が一気に振れた。
「……え」
キアラさんが黙った。
もう一度。
今度は場所を変えて測る。
「マジで……?」
「キアラさん?」
返事がない。
魔石の周りを回りながら、何度も数値を確かめている。
「そんなにすごいの?」
セラが尋ねると、キアラさんが勢いよく顔を上げた。
「すごい! 冷気めっちゃ強いのに、出方がかなり安定してる!」
そのまま僕を見る。
「テオ、これ使えるかも!?」
「何にですか?」
「低温保存庫!」
「保存庫?」
「今のやつ、もっとでっかくできるかも!」
キアラさんの声が弾む。
「今の保存庫でも普通に使えてるけど、大型の魔物を入れたら一気に場所取るじゃん。長く肉を置いとくには、まだ全然余裕ないでしょ?」
「まあ、そうですね」
「今まで規模を広げようとすると、魔石を増やしすぎて冷気の調整が面倒だったの。でもこれなら……」
キアラさんが青い魔石を指さした。
「最初におじいちゃんが言ってたくらいの大きさ、いけるかも!」
「本当に?」
「試さないと分かんない。でも、これなら試す価値ある!」
キアラさんの目が完全に輝いている。
「おじいちゃんにも見せたい!」
「待て待て!」
魔石へ手を伸ばしかけたキアラさんを、ガイが慌てて止めた。
「だからまだ俺たちのだからな!」
「あ、そっか」
「今忘れてただろ!?」
騒ぎを聞きつけて、リリカさんまで奥から顔を出した。
「どうしたんですか?」
「リリカ! これ買お!」
「はい?」
「この魔石! 保存庫めっちゃ広げられるかも!」
リリカさんの目が丸くなる。
「本当ですか!?」
「たぶん!」
「では買いましょう!」
「早いな!?」
今度はガイが驚いた。
「もちろん、まず鑑定してからですよ! でも必要な設備に使えるなら、候補に入れる価値はあります!」
セラが僕たちを見回す。
「本当に買ってくれるなら、こっちとしても助かるけど」
「ちゃんと適正価格で買います!」
「だったら俺も文句ねえ!」
ガイが魔石を見下ろして笑った。
「ただ売るより、テオの店で使われる方が面白そうだしな!」
「まだ使えると決まったわけじゃないよ」
「使え!」
「無茶言わないでください」
「じゃ、おじいちゃん呼んでくる!」
キアラさんはそう言うなり走り出した。
「待ってください、魔石は――」
「持ってかないって!」
そのまま店の外へ飛び出していく。
「おじいちゃん! ヤバい魔石来た! 保存庫でっかくできるかも!」
声が遠ざかっていった。
ガイはしばらく入口を見たあと、僕を振り返った。
「俺、竜を斬った話をしに来たんだけどな」
「ちゃんと聞いたよ」
「最後、全部魔石に持ってかれたぞ」
「仕方ないんじゃない?」
「テオまで!?」
セラとフィオが笑う。
ルッツだけは、床に広がった霜を見ながら呟いた。
「高く売れそうだ」
「お前はそればっかりだな!」




