育てた味
翌朝、最初に孵った金羽キジを料理することになった。
比較用として、ロイドさんには野生の金羽キジも一羽捕まえてもらっている。どちらも僕が仕留め、下処理から揚げるところまで一人で行う。
育ち方以外の条件を、できるだけ揃えるためだ。
「私も見ていていいですか?」
エルナさんが飼育場の前で聞いた。
「大丈夫ですか?」
「実家でも、育てた鶏を食べてました。最後だけ見ない方が嫌です」
声に迷いはなかった。
僕は育てた金羽キジへ手を添え、【フライドチキン】が示す急所を確かめた。
孵った日から餌をやり、掃除をし、重さを量るのも手伝った一羽だ。それでも、育てる目的は最初から決まっている。
一撃で仕留め、すぐに血を抜いた。
「お願いします。おいしくしてください」
「はい」
野生の一羽も同じように処理し、二羽を並べて捌いていく。
見た目の大きさはほとんど同じだった。けれど、育てた方は胸肉が厚く、皮の下には薄く脂がついている。
「こんなに違うんですね……」
エルナさんが肉を覗き込む。
「餌の影響でしょうか」
「可能性はあります。でも、一羽ずつなので個体差かもしれません」
「重さも脂の量も、全部残しておきます」
僕は同じ部位を同じ大きさに切り、調味料、衣、油、揚げる時間まで揃えた。
二つの鍋へ肉を入れる。
じゅわあっ!
油が激しく泡立ち、金羽キジの濃い香りが厨房いっぱいに広がった。
野生の方も、育てた方も、素材の時点ですでにうまそうだ。
ただ、育てた金羽キジを揚げているときだけ、【フライドチキン】から返ってくる手応えが少し違った。
強いというより、深い。
仕留めた瞬間から始まったのではなく、それより前から続いていた何かが、最後の調理までつながったような感覚だった。
「テオさん、何か違いますか?」
「育てた方は、いつもの《極み》と少し感覚が違います。飼育中に関わったことが影響しているのかもしれません」
「餌やりや掃除も?」
「そこまでは分かりません。これから比べないと」
二羽を揚げ終えると、コレットさんに頼んで皿を入れ替えてもらった。
閉店後、試食の席に《暁の牙》のみんなと、リリカさん、コレットさん、エルナさんが集まった。
比較用の野生個体を捕まえてくれたロイドさんもいる。
ロイドさんはグレンさんたちと同じ卓につき、いつもより少しだけ背筋を伸ばしていた。
「ロイドさんも遠慮せず食べてください」
「そのつもりで来た。俺が捕まえた金羽キジだからな」
「どっちが育てた方だ?」
グレンさんが二枚の皿を睨む。
「まだ言いません。両方食べて当ててください」
「任せろ!」
まず一皿目を全員で取った。
僕も一つ口へ運ぶ。
衣を噛み破った瞬間、濃い肉汁があふれ出した。癖はないのに肉の味は力強く、噛むほどにうまみが増していく。
「うっま!」
思わず声が出た。
「やっぱり金羽キジは、肉そのものがものすごくおいしいです!」
「うめえ!」
グレンさんも机を叩いた。
「これだ! この濃さだ!」
「久しぶりに食べたけど、やっぱり別格ね」
ヴィオラさんが目を細める。
ロイドさんも満足そうに頷いた。
「これだよ。捕まえるのは面倒だが、その価値はある」
「何度も無傷で捕まえてきたロイドさんが言うと重いですね」
「本当に面倒なんだからな」
レオンさんはすでに二つ目へ手を伸ばしていた。
「待ってください。まだもう一皿ありますよ!」
「分かっている。だが、こっちも残す理由がない」
「比較する気あります!?」
リリカさんが慌てて止める。
野生の金羽キジを使った《極み》は、文句なくうまい。初めて食べたときと同じで、ほかの鳥とは素材の力から違う。
「では、次を食べましょう」
セシルさんの言葉で、全員が二皿目を取った。
僕もかじる。
「……うっま!」
また声が出た。
金羽キジらしい濃いうまみは、そのまま残っている。
けれど、肉が柔らかい。噛んだ瞬間に甘みのある脂が広がり、濃い肉の味を包み込む。それでいて重くなく、飲み込んだあとも香りが長く残った。
「これ……ちゃんと金羽キジです。あの濃い味はそのままなのに、肉が柔らかくて、脂までおいしいです!」
「おおっ!」
グレンさんが目を見開く。
「野生の方もうめえ! だが、こっちは脂がうめえぞ! 肉も柔らけえ!」
ドーガさんも二つの皿を食べ比べる。
「野生は肉の味が真っすぐ強い。育てた方は、そこに脂の甘みが加わっているな」
「どちらも別格ね。でも、味の方向が違うわ」
ヴィオラさんはそう言いながら、育てた方をもう一つ取った。
コレットさんは断面を見つめたまま、興奮気味に僕を見る。
「揚げ方は本当に同じなんですよね?」
「同じです」
「なら、肉質がかなり変わってます。育てた方は胸肉にも肉汁が残っていて、脂が全体を柔らかくしてます」
ロイドさんは育てた方をもう一口食べ、急に手を止めた。
「……待て。これ、本当に俺が捕まえてきたのと同じ金羽キジか?」
「同じ魔物です」
「肉の味は確かに金羽キジだ。でも、柔らかさも脂も全然違うぞ」
皿を見つめたあと、ロイドさんが僕へ顔を向ける。
「テオ。あのときの話、本当にここまで形にしたんだな」
「僕一人では無理でした。エルナさんが育て方を考えてくれたからです」
エルナさんはまだ手をつけず、みんなの反応を呆然と見ていた。
「……そんなに違います?」
「エルナさんも食べてください」
まず野生の方を口へ運ぶ。
エルナさんの目が大きく開いた。
「なにこれ……おいしい……! 金羽キジって、野生でこんなにおいしいんですか!?」
「はい。もともとものすごくおいしい鳥なんです」
「これなら、育てて増やそうって言い出した理由も分かります……」
何度か噛んでから、育てた方も口へ運ぶ。
エルナさんの動きが止まった。
「……あれ?」
もう一度噛み、慌てて野生の方も食べ直す。
「味はどっちも濃い。でも、こっちは柔らかいし、脂が甘い……」
育てた方を見下ろし、急に顔を上げた。
「私が育てた金羽キジ、本当にこんな味になったんですか!?」
「はい」
「野生の金羽キジがもともとこんなにおいしいのに、育て方で味まで変わるんですか!?」
「僕も驚いてます」
エルナさんは帳面を開きかけたけれど、育てた方へもう一度手を伸ばした。
「……記録はあとで書きます。今は冷める前に食べます」
「それがいいです!」
リリカさんも育てた方をかじり、ぱっと顔を輝かせた。
「おいしいです! でも、これは大変ですよ!」
「何がだ?」
「野生の《極み》だけでも毎回売り切れるんですよ!? 育てた金羽キジまで出したら、絶対もっと欲しがられます!」
「売るのか!?」
グレンさんが反応した。
「まだ売りません。数が全然ありませんから」
「じゃあ俺たちで食えるな!」
「そういう意味でもありません!」
エルナさんが即座に止める。
「今分かったのは、人の手で育てた金羽キジもちゃんとおいしいことと、野生とは違う肉質になる可能性があることです」
「十分すごいぞ!」
グレンさんが育てた方を掲げる。
「もともとうまい金羽キジを増やせて、しかも育て方で味まで変えられるんだろ!」
「一度成功しただけです。次も同じになるか確かめないと」
「なら次も食う!」
「育つまで数か月です」
「長え!」
「生き物なんですから当然です!」
エルナさんが言い返し、ようやく帳面を開いた。
「次は同じ餌で育てる個体を分けます。一方は今まで通り私たちが世話をして、もう一方はテオさんにも早い段階から継続して関わってもらいます」
「餌やりだけですか?」
「掃除も体重の確認もです。途中でやめず、同じ作業を続けてください。それでスキルの手応えに違いが出るか比べます」
「分かりました」
リリカさんが慌てて皿を自分の方へ寄せた。
「ちょっと待ってください! 育てた方、もうほとんど残ってませんよ!」
「比較には数が必要だ!」
グレンさんがもう一つ取ろうとする。
「同じ人が何個食べても比較になりません!」
「味が変わらないか確かめる!」
「変わりません!」
エルナさんがグレンさんの手を止め、その隙にリリカさんが最後の一つを確保した。
「危なかったです……!」
「リリカさん、それ半分にしませんか?」
「嫌です!」
騒がしい卓上の横で、エルナさんは帳面に二行書き加えた。
『飼育個体は野生と異なる肉質になる可能性あり』
『飼育段階からの関与が、スキルに影響した可能性あり。要比較』
そこまで書いたところで、グレンさんが聞いた。
「なあ、エルナ。今食えるのは、あと何羽いる?」
「一羽だけです」
「一羽だけ!?」
グレンさんの絶叫が店内に響く。
その横で、ロイドさんが嫌そうに眉を寄せた。
「先に言っておくが、次の比較用も俺に捕まえさせるなら、追加料金だからな」




